無料ブログはココログ

« 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(3) | トップページ | 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(5) »

2014年12月18日 (木)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(4)

3.芸術─アナモルフォーズ、「胡蝶の夢」を比喩として

芸術は、我々の生きるこの「現実」の地平とは別の次元に、もう一つ別の地平を生じさせる。絵画は、平面上の色や形という視覚に訴えるものだけで、一つの世界をつくり上げる。その世界は、現実と地続きでなく、次元の異なる世界である。音楽は音で、文学は言葉で、舞踊は身体の動きで、演劇は言葉と所作で、映画はスクリーンに映し出される動く映像で等々、それぞれ用いる手段は違っても、別の次元に改めてそれ固有の世界を生じさせることにおいて共通すると言えよう。そしてそり世界は、単に対象的に別の次元として把握されるだけのものではなく、あくまで我々がそこに巻き込まれて生きるもう一つの地平である。

他方、芸術作品は、現実の「ある」ということの地平に何らかの位置を占める事物としての側面ももつ。絵画は例えば画布と絵の具と額縁の集合体として、美術館や居室の壁に掛けられたり、或る展覧会場から別の展覧会場へトラックで運ばれたり、収納庫に保管されたりする。音楽も、聞こえる音は他の音と同じ空気の振動であり、音を出すには楽器や演奏家の身体を必要とし、あるいは録音・再生に器材を必要とする。これらのような意味で、芸術作品は「現実」の地平において、「ある」。

我々は普段、現実として、いつもすでにそれとしてある。そのことは我々にとって当たり前のことである。それはいつもすでに与えられている。芸術は、あくまでもその地平から出発し,もう一つの別の次元の地平を、新たに一から今ここに生じさせなければならない。

こうして芸術は、少なくとも二つの地平に関わりをもつ。芸術についての体験は、次元間の差異の体験を含む。芸術は、地平性・次元性に関わる。ホルバインの「大使たち」が絵の中の二つの次元の間で体験させること、荘子が「胡蝶の夢」の夢と現実とのあいだで体験したこと、それらと原理的に同じ構造の体験を、芸術は「現実」と「もう一つの別の次元」とのあいだで生じさせるのではないか。その中動態の体験を、芸術には意味をもつのではないか。

芸術においては、比喩的な言い回しをすれば、1で言うところの「頭蓋骨が見えようとする瞬間に垣間見られるのは何か」のようなものが重要だと思われる。見えてしまい、見られてしまった頭蓋骨はもうどうでもよい。そのような頭蓋骨ならば、我々は、何も芸術でなくとも、現実の地平で十分出会うことができる。「何は」「何を」をすり抜けていく何か、「何は」や「何を」に還元されない或るはたらき、それら以前の出来事、しかも「何は」「何を」を成り立たせてもいる「何」とも言えない。すでに成立している現実の地平では自明なものとしてみえなくなっているそのところを、芸術は地平性・次元性を操ることで浮かび上がらせる。究極的には、「胡蝶の夢」のように、私が私であること、ものがものであること、世界が世界であること、現実が現実であることの謎あるいは秘密を、われわれはそこに巻き込むかたちで提起する。体験させる。そういうものとして芸術を考えることができるのではないか。

音楽や抽象絵画のように、新たに生じた地平が、「何は」「何を」と言いうる何ものをももたない場合が、芸術においては少なからず見受けられる。項として名指しうるものを結節させない地平も我々は考えなければならない。新たな地平の成立とともに体験される中動態の働きや出来事が、主語となるものを生み出し支えることなく、ただそういうこととしてそこに生じ、そのままそれだけで体験されるという事態である。この点が今後の課題として残るにしろ、芸術を地平性・次元性との関わりで捉え、そこでの中動態の体験に意味を見出そうという我々の試み自体は、そのことになり無効になるものではないと考える。

さらにまた、芸術がどのようにして別の次元に新たな地平を生じさせるかということも、今後の問題となってくる。芸術が地平性・次元性を操るとはいえ、地平はそのものとしては隠蔽されており、直接に扱うことができない。いったんこの地平に主語として成立している事物でしかない。芸術が一次的な素材として用いるのは、あくまで、現実の地平の見たり聞いたり触れたりできる事物なのである。事物をどのように扱えば次元をまたぎ越すことができるのか。事物でどのような仕掛けをつくればあらたに地平が生じるのか。そのような作業を行う者─芸術家ということになろうが─の「私であること」はどのようなありようをしているのか。問題はさまざまな角度から考える必要がある。

« 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(3) | トップページ | 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(5) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(4):

« 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(3) | トップページ | 森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(5) »