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2015年1月 8日 (木)

おいしくいただく

年末年始のお休み。どこかに出かけるでもなく、自宅で寝正月を決め込んでいましたが、普段はあまり見ることのないテレビを見るともなく、見て過ごしました。お正月番組というのでしょうか、正月向けに晴れ着を着た男女が多数集まって大騒ぎをする光景を見ているうちに、ちょっと気になることがありました。そういう番組でよく見られたのが、食べ物が供されて、それを男女が食べるという場面です。私のような年寄りがお行儀のことをいうのは、口うるさい年寄の文句ということになりますが、我慢していただきたいと思います。

供された食べ物を口にした男女が、口をモクモグさせながら、何か探るような表情をして「ん…、うん」という言葉にならないことを発声していました。これは私が子供の頃であれば、非常に行儀が悪い、失礼なことだったと思います。そして、この若い男女は口にした食べ物を呑みこむか呑み込まないうちに「旨い」という言葉を連発していました。これは、私には、とてもおいしそうに食べているように見えませんでした。ということで、私が常識的に食べるということ、おいしく食べるということと、このテレビに映っている男女のそれとは、かなり違うのではないか、と正月早々思ったわけです。寝正月で、暇を持て余していた私は、暇つぶしに少し考えてみました。

まず、食前の「いただきます」についてですが、これは食べ物をいただくということで、その感謝の意をあらわすものということでしょう。最近、合掌して「いただきます」を言うひとが多いようです。私が子供の頃に受けたしつけは、「いただきます」で合掌するのは僧侶で、食べ物として供されたのはもともとは生物で、食べ物を食べるというのは他の生物の生命をいただくということから、そのことへの感謝ということで、合掌するということではないかと思います。私が受けたしつけは、これとはちがって、合掌するのではなくて、両手を膝に乗せた正座の姿勢で、礼をするように「いただきます」をするように、というものでした。これは食べ物として食卓に供されるまでには、沢山の人々の手がかかっているということで、身近なところでは、支度をしてくれた母親や、その費用を稼いでくれた父親をはじめとして人々に感謝をして「いただく」ということだったと思います。そこで合掌したら、冥福を祈ることになるので、それは違うということになるわけです。

だから、食べ物を食べ残すことに対しては、苦労して作物を育て収穫した農家に片に申し訳ないという教育を受けたことを覚えています。そのようにして、食べ物をありがたくいただくのは、それが人が生きていく上で、食べなければ人は生きていけないからです。食べるということは人が生きていくための神聖な行為ということができ、だから、そのことに専心しなければいけないわけで、だからこそ、食事の時に余計なお喋りをしない、と躾けられたと思います。そういう意味で、供された食べ物を一口咀嚼しながら「旨い」などと批評めいたことをいうのは、苦労してくださった人々に対して失礼に見えるわけです。まず、出されたものをきちんと噛んで食べる。残さないでたべる。食べ物をお腹におさめて、しっかりと身体に吸収するということを実感するのが満腹感、満足感です。それを全身で感じたあとで、はじめて「おいしかった(おいしくいただいた)」という言葉が出てくる。たんに表面的な感覚器で知覚するという批評的な、いってみれば上から目線で、食べ物に関わった人と切り離してしまって快楽の道具のように感覚的な戯れのように、いってみれば口先だけの巧言令色で飾ってしまうというのは、私が受けた躾に従えば、傲慢さがあらわれ、失礼な態度に見えました。そして、さらに言えば、全身で食べ物を取り込むという、いってみれば全身で食べ物をおいしくいただくという満足感に至らない、本当においしいのか、というように見えました。

かつて、吉田健一という小説家が、ある料亭の豪華な料理を評して、御馳走と宴会料理は違う、と言いました。感覚的な旨いでは、御馳走をおいしくいただくことはできないのではないか、と思います。

年寄の説教、かな。とはいっても、私自身、切実に食事をしているかといえば、こんなことを書いてしまうと、一番襟を正さなければいけないのは、この私自身だったりする、と反省もかねて。

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