無料ブログはココログ

« ウフィツィ美術館展(2)~第1章 大工房時代のフィレンツェ | トップページ | ウフィツィ美術館展(4)~第3章 大工房時代のフィレンツェ »

2015年1月24日 (土)

ウフィツィ美術館展(3)~第2章 激動のフィレンツェ 美術の黄金期の到来

前章の終わり頃からボッティチェリの作品展示を見ることができました。言うまでもなく、初期ルネサンスを代表する著名な画家であり、今回のウフィツィ美術館展の目玉といわれているものです。

Venusそこで、数点が展示されているボッティチェリの作品の印象を端的に申しますと、「こんなものか」という失望ととまどいでした。展示されているボッティチェリの作品を見てみると、展示されている作品が失敗作というでもない限り、平面的で装飾的な画面の作り方をしていたのが分かります。例えば、今回の展示にはありませんが「ヴィーナスの誕生」は横一列に、同一の線上に人物が並んでいて、背景は書割のように平面で、人物とその余白をうめるために背景が描かれているという構成になっています。その人物も肉体の厚みがなく平面的です。つまり画面全体ではのっぺりとしていて、まるで塗り絵のようになっているわけです。また、それぞれの人物はコスチュームプレイのような形で描き分けられている人かたのパターンにようです。このような描き方の構造を見ていくと、前章でみたペルジーノ、さらにはギルランダイオよりも古いタイプで、バルトロメオ・ディ・ジョヴァンニに近いタイプではないかと思われてくるのです。では、なぜボッティチェリがルネサンスの代表的な画家で革新的なようなイメージをもたれてしまっているのかといえば、それ以前の画家では取り上げることあまりなかったギリシャ神話のような異教的な題材を先駆的に採り上げたことによるのではないかと、思いました。それまで誰も採り上げていないということは、前例がないということです。そこで、あらたにパターンを創る必要があります。それをボッティチェリがやった。いわばデザイナーです。デザインをしたからといって、作品として優れたものになったとは限らない。今回のボッティチェリの作品を見ていて、そんな想像をしました。このことには証拠も何もないのですが、私なりに、ボッティチェリの作品について、何がいいのかを探してみた挙句、このくらいのことしか見つけることができませんでした。

Ufizbot「パラスとケンタウロス」という作品です。今回の美術展のポスターやチラシに使われた、いわば、この美術展のメインの作品です。ボッティチェリの作品の中でも「ヴィーナスの誕生」や「春」ほどではないにしろ、きわめて知名度の高い作品なのだろうと思います。ケンタウロスという半人半獣を人と並べられるようにデザインするということは大変だったのかもしれません。また聖書を題材とした絵画作品のように決まりごとに従えば内容はそれにより込められてしまうことはないわけです。だからデザインができたことで足れりということになっているように思われます。細かいところは工房の職人たちに任せて…。実際、バラスの仕草と表情がちぐはぐ、というよりも、表情まで描き込まれていないでお面のようになっています。人体のバランスも取られていない(バラスの手が長すぎる反面足が短い。また首のすわりが悪い)し、ポーズも不自然です。最初から不自然でいくという方針で描かれたのならいいのでしょうが、見ていると、デザインを考えているうちにポーズを色々といじって、人体の基本的な構造が分かっていないので途中で不自然なことに気付かず、最終的に修正できなかったというのが実際のところなのではないかと思います。このバラスとケンタウロスの並び方はイコンの中の似たパターンをそのままに使っている感じです。背景の描き方もまるで演劇の舞台装置のようで、バルトロメオ・ディ・ジョヴァンニの「砂漠で改悛する聖ヒエロニムス」に通じるところがあります。文句ばかり並べ立てているようですが、絵画作品として、どこに魅力があるのか分かりかねるというのが正直な感想です。ただし、この作品を発注したであろうメディチ家のサロンにおいて、この作品を飾り、それをネタにその場にはギリシャ神話や文化にくわしいフィチーノやピコ・デラ・ミランドーラたちがギリシャのことを雑談やら何やらで時間をつぶすには、とても便利なものだったのかもしれないということは考えられます。それは絵画作品として鑑賞するというのではなくて、飾りです。一種の職人仕事です。

Ufizbot2「ロッジャの聖母」という油彩の作品です。「バラスとケンタウロス」のような大作ではなく小品です。後年の修復でかなりの加筆がなされているとのことですが、前例のある聖母子像なので安心して見ていられるのですが、聖母とキリストについてはイコンを見ているような錯覚に捉われます。聖母の顔は陶器のように冷たい感じがしますし、赤子の顔はイコンのちょっと怖いパターンのままです。多分、ボッティチェリという人はダ=ヴィンチの登場以前の人で、ダ=ヴィンチのような解剖学的な正確さで人を描くという現代の視点でいえば科学的合理主義に基づく視野というのが、なかった人ではないかと思われます。むしろ、伝統のイコンのパターンのほうに絵画のリアリティを感じ、ダ=ヴィンチが現れても、自身の視点に影響を受けることがなかったのでしょうか。だから、油絵の具という新しい機材を与えられてもペルジーノのように、その新機材を生かした表現を展開させていくことはなかった。ただし、小手先になるのでしょうか、聖母の滑らかで柔らかな肌の感じを上手く表現していたと思います。ボッティチェリは他にも聖母子の作品が展示されていましたが、その点だけは、ひとつの魅力としていえるのではないかと思います。

このウフィツィ美術館展の最大の眼目がボッティチェリということでしたが、このように私にはボッティチェリの作品がつまらなかったので、全体としては失望という感想でした。歴史や美術史の教科書で習うルネサンス初期の巨匠ボッティチェリがこんなものなのだとするとルネサンスというのはいったい何だったのか、何か大袈裟ですが、そんな疑問を感じました。近代絵画という言い方が適当かどうかは分かりませんがリアルとか自然とかいうことがキーワードで立体的な空間を二次元の平面的な画面に違和感なく定着させるという考え方。これは、例えば、ここでも何度も触れましたが、レオナルド・ダ=ヴィンチが人間を正確に描くために解剖学的な分析により骨格だとか筋肉の構造まで理解して人の身体を描く表現を展開する。そのようなことがルネサンスを契機として様々な模索が始まった。つまりは、近代絵画の始原がルネサンスあたりにあると考えていた。ところが、そのルネサンスの巨匠であるボッティチェリの作品が、このような近代絵画という視点に入ってこない、時代が異なるものだったというわけです。

だから、教科書から想像するようなルネサンスというのが革命的ともいえるような運動というイメージではなくて、北部イタリアのフィレンツェやミラノ等の都市の一部のごくローカルなところで、ダ=ヴィンチ等のような人々かそれぞれに活躍したのが、後からそういうものという物語をつくった、というのが本当のところではないでしょうか。

しかし、この後、その失望を補うほどではありませんでしたが、小さな発見が数個あって、それらが今回の収穫となったと思います。

« ウフィツィ美術館展(2)~第1章 大工房時代のフィレンツェ | トップページ | ウフィツィ美術館展(4)~第3章 大工房時代のフィレンツェ »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/61026657

この記事へのトラックバック一覧です: ウフィツィ美術館展(3)~第2章 激動のフィレンツェ 美術の黄金期の到来:

« ウフィツィ美術館展(2)~第1章 大工房時代のフィレンツェ | トップページ | ウフィツィ美術館展(4)~第3章 大工房時代のフィレンツェ »