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2015年1月 7日 (水)

経営を語る語彙について

美術史家のゴンブリッチは名著『美術の歩み』の中で、興味深いことを書いている。例えば人からある絵画をなぜ傑作だと感じたのかは、「普通、言葉では正確に説明することはできない。しかし、このことは、この作品もあの作品も、同じようによいものだとか、好き嫌いの問題は議論することができないとかいう意味ではない」。こうした問題について議論することを通して、「以前には見逃していた点に私たちは気付くようになる。私たちは気付くようになる。私たちは、各時代の芸術家たちが成し遂げようと努力した調和ということに関して、感覚を高めるようになる。これらの調和に対する私たちの感覚が豊かになればなるほど、私たちは、それらの作品をもっと楽しむようになる」。ゴンブリッチいわく、「紅茶を楽しむ習慣を持たない人々にとっては、一つの銘柄は、他のものと、どう見ても似たりよったりの味に見える」が、「その人たちがもし、洗練された味を探すだけの暇と意志と機会を持てば、どのタイプとのミックスが好ましいかについて一家言をもつ本当の「鑑定家」となり得る」。つまり、「好みというものは洗練し得るという事実を隠せるものではない」というのである。これは、「趣味を語る言葉」の問題だ。例えばワインのテイスティングにおいては、特定の味覚に対応するさまざまな語彙を覚えていくことを通し、微妙な感覚の差異や関連や同一性や連想に徐々に気づくことが出来るようになっていくのであろう。個々の経験が、ばらばらな印象にとどまらず、互いに明瞭に関連付けられ、知の体系となっていくことにより、より深い体験が可能となる。

これは、経営を語るという場合にも言えると思う。例えば、IR活動で投資家やアナリストと企業の経営を様々の角度から、多彩な語彙で語り合うことにより、微妙な機微やビジネスモデルのユニークな視点などについて今までになかった見方や見逃していた点に気づくことを可能にする。経営を語る語彙を増やすということは、経営の視野を広げ、深めると言っていいのではないか。自社を語れない経営者やIR担当者は(こういう言葉は、形容矛盾なのだけれど、現実には存在する)、会社を経営するという概念を持たないとアナリストや投資家から見られても、しかたがない。だから、IR担当者にしても、学生に会社を語る採用担当者にしても、監査担当者にしても、社内にとどまらず、社外の異質な人と会社を経営を語り合うことは、大きなメリットがある。

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