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2015年1月19日 (月)

森田亜紀「芸術の中動態─受容/制作の基層」(29)

4.作動による存在、自己であることの事後性

オートポイエーシス・システムにおいて、システムは構成素を産出するが、産出されたものが構成素とされるのは、それがその後の産出プロセスを作動させるからである。したがって、システムの構成素は、それによって次の産出プロセスが作動した後にしか、定まらない。構成素だけではない。システムには環境からの撹乱も生じうるのだから、何が構成素となってつぎにどういう産出プロセスが作動するかも、あらかじめ決まっているわけではない。作動が続くことから遡って、構成素も産出プロセスのあり方も、それと確定するのである。その時々のシステムの状態は、そこに何が属しどのようにはたらくのか、遡行によって事後的にしか確定しない。

ここに見て取られる事後性は、オートポイエーシス・システムの個体としての存在が作動の継続によって成立していることに基づく。作動し続けること抜きに、システムとしての存在はない。システムは、みずから循環的に作動し続けることによって個体として在るのであって、あらかじめ与えられるようにして在るのではない。したがって、あらかじめ定まった構成素や産出プロセスはない。構成素や産出プロセスは、作動に先立っては決まっておらず、刻一刻のシステム作動から事後的にそれと定まるのである。システムが作動したということから遡って構成素や産出プロセスが定まる。しかしまた、それらの構成素や産出プロセスによってシステムはそのように作動し、そのように存在したのだ。これは、事後性と遡行、時間を巻き込んだ循環と同様のものである。我々はこのように、それがなぜ生じているのかの原理を、システムの「作動による存在」に見ることができるだろう。

この事後性や遡行は、個々の構成素や部分的な産出プロセスについて生じるだけではない。オートポイエーシス・システムという個体そのものについて、同様のことが言えるのである。作動し続けることによって存在し、作動を通じて新しい姿に変化しうる個体がオートポイエーシス・システムであり、その存在や姿は、その後の作動が続くことによってのみ、遡行的にそれと定まる。我々はオートポイエーシス理論によって、中動態で語られる出来事の成り立つ仕組みを、理解できるように思われる。

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