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2015年2月 8日 (日)

ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(3)~ Ⅱ.古典主義への回帰

絵を描くのが好きとか嫌いとかいう以前に、生まれながらの絵描きというタイプの人がいると言います。有名な画家には、そういう人が多く、例えばピカソなんかがその典型ではないかと思います。そういう人は、日常的に、何の構えもなく同然のように描いているという、考える前に手が動いて描いてしまう人です。例えば、レストランでディナーを食べて、普通の人は「美味しかった」と感想を述べるのでしょうが、それより先に手が勝手に動いてしまうように紙ナプキンにペンでたった今食べた料理の美味しそうなスケッチをサッと描いてしまう人です。おそらく、デ・キリコは、そういうタイプではないのではないかと思います。描くということをする前に、ワンクッションが入っているように作品を見て思いました。観念先行というのでしょうか。レストランの例で言えば、デ・キリコは料理の美味しさを、まず「美味しい」と言ってから、家に帰って反芻し、その印象を改めて何をどう描くかを考える、という感じがします。それは、展示されている彼のデッサンを見ると分かります。デッサンには描く喜びのようなことが感じられなくて、必要だから義務的にやっているような感じがするのです。

さて、この展示は「古典主義への回帰」というテーマです。形而上絵画で高い評価を得たデ・キリコでありましたが、言うなれば奇を衒ったような作品は、時の経過と共に人々の目に慣れてくれば、当初の衝撃が薄まってしまい、月並みなものになっていったと思われます。当時のフランスは1830年代のナポレオン3世のバブル経済政策によって大衆消費社会の端緒が発生し、教養とか趣味の蓄積を持たない大衆という新たな消費者が大勢の嗜好に流されるように、大量消費を始めた時代だった言えます。その消費傾向の副産物として生まれた潮流が流行という現象です。大衆は短期的な波のように繰り返される流行に乗せられるように、後から後から目新しいものを消費するというパターンが形作られるようになったといいます。絵画芸術の世界も、ハイ・アートなどといって超然としてたわけではなく、その担い手になっていたブルジョワは流動的な階層であって大衆から成り上がる人々も多く、大衆社会の影響から無縁でいたわけではなかったと思います。そんな中で、デ・キリコの奇想が一時的にもてはやされ、短期間のうちに飽きられて、次第に顧みられなくなってくるということは十分想像できることです。(実際は、そうだったのかは分かりません)奇を衒うということは、それを受ける人々の反応を考えて行うことです。ゴーイング・マイウェイで自分の芸術を脇目も振らず追求するのであれば、人々の反応を第一に考えることもなく、したがって奇を衒う必要などありません。つまり、デ・キリコは人々の反応を、つまりは自分の作品が人々に及ぼす効果をまず考えていた人であったと思います。そうであれば、奇想に人々が衝撃を受けなくなってきたことには敏感で、気づいていたのではないかと思います。奇を衒うということは標準的なパターンからの逸脱でありますが、それが度重なることになれば、今度はそれがパターンになってしまいます。いつまでも奇を衒うことを続けることはできない。そこで考えたのではないか。それが古典主義というのは、頭で考えるよくあるパターンでしょう。王道で行こうというわけです。しかも、当時は新古典主義の風潮もあったといいます。

Chiricoself_2「自画像」を見ていきます。いわゆる形而上絵画の平面的な作風に対して、こちらは人物に立体的な厚みが表現されていて、あえて言えば普通の肖像画の雰囲気の作品になっています。しかし、古典の安定した画面とは、いささか印象を異にしています。デ・キリコという画家は素直ではないのでしょうか。どこかに屈折していて、ストレートに絵筆を執る前にワンクッションあって、グダグタ考え込んで恣意的な操作を加えてしまう癖があるようです。それは、形而上絵画ではなくて、この作品のような文法に従って素直に描けばよいような古典主義的な作品であるからこそ、そういう特徴が表われているのかもしれません。例えば、全体のバランスを少しずつ崩している(意図的なのか、下手なのかは分かりませんが、手の大きさの不均衡とか、顔の左右の不均衡とか)、過剰に細かく顔のところにマチエールを重ねているとか、敢えて生気のないような色遣いをして背景とのバランスが取れていないとか、また胴体を石像のように彩色しているのは趣向なのかもしれませんが、質感は石になっていないとか。重箱の隅をつついているようですが、デ・キリコというひとは、他の多くの画家と違って、描くということに何か懐疑を抱いていたのではないか、それが素直になれない原因はないか、と私には思えてきます。テ・キリコはニーチェをはじめとした哲学に親しみ、アポリネールをはじめとした文筆の人と親しく交わったのは、自分が描くということを信じられなくて、どこかで意義付けてくれる説明を求めていたのではないか、と私には思われるのです。人は何事かに熱中しているときには、その何事かに対して懐疑的になるということはありません。熱烈な恋愛の真っ最中の人は人生の意味等を考えないし、野球に熱中している人は野球の魅力は何かなどとは考えることもないでしょう。しかし、この同じ人が失恋をしてしまったり、野球チームの補欠に落とされてしまったりして、距離を置くことを強いられたときに、人生の意味とか野球のどこか面白いか、などと考え始めるのです。それが一般的で、絵を描くことに対しても、画家が疑問を抱くということは普通考えられないことでしょう。そんなことは画家の自己否定に繋がってしまうことになりますから。それが、デ・キリコという画家には絶えずあったのではないか。私は、デ・キリコの屈折には、そういうことが原因しているのではないか、と思われるのです。それが、描くことに対して、どこか屈折してしまって作品に投影されてしまっているのが、これらの古典主義的な作品には、表われやすくなっている、と私には見えます。それだけに、今見ると、形而上絵画よりも、こちらの諸作品のほうが異様な感じがするのです。

Chiricostill2_2「母親のいる自画像」もどこかわざとらしいのです。髪の毛一本まで丁寧に描いていながら、それが写実として髪の質感とかリアルな顔になるのではなくディテールが突出しそうな感じですし、背景の柱と人物と手前のテーブルと散りばめられた小物がちぐはぐな感じが強いのです。もっとも、デ・キリコだから一筋縄ではいかないという先入観で見ているからかしれませんが。

しかし、それまでの形而上絵画の平面的でスパッと切り捨てたようなキレはこのような作風になると後退してしまったように見えるというデメリットもあると思います。ここで展示されている「谷間の家具」という作品は、それまでの形而上絵画に則った作品ではあるものの、思い切りの良さが感じられない、穏やかさが入り込んでしまって微温的な作品になってしまっていると思います。例えば、色彩の緊張関係が希薄になってしまっていたり、空間構造の矛盾がなくなり、単に組み合わせの突飛さくらいしか残っていないことなど。この作品を見ていると、形而上絵画のアイディアが枯渇してきていたと言えるかも知れません。それを、誰よりもデ・キリコ自身が分かっていたからこそ、新たな展開を模索したのかもしれません。そういうデ・キリコにとっては、古典主義は絵画を描くことのベースとして土台になるということよりも、取捨選択のできるスタイルのひとつ程度の認識しかなかったのかもしれません。だから、作品を見ても、徹底して修行するというのではなくて、古典主義のスタイルを試してみようという程度のものだったような気がします。だから、古典主義がイマイチということであれば、他のスタイルにチェンジすることに躊躇はなかったと思います。

Chiricovalley


 

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