無料ブログはココログ

« ルディー和子「合理的なのに愚かな戦略」(6) | トップページ | ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(2)~Ⅰ.序章:形而上絵画の発見  »

2015年2月 6日 (金)

ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(1)

2014年11月  パナソニック汐留ミュージアム

Chiricopos都心の用事が予定より早く終わり、始めて訪れる美術館であるけれど、興味がないわけではない画家なので、少し足を伸ばすことにした。ホームページに新橋駅からのアクセスが写真を交えて親切に説明されてガイドに従って向かったが、途中、何度か迷ってしまった。それは、美術館とはいいながらパナソニックという企業のロビーの片隅に間借りしているような、まるで、パナソニックを訪問するような体裁になっているからだと思う。しかも、この会社はなんとなく雰囲気が暗い。業績が反映しているのかわからないけれど、その中にある美術館までの足取りは重くなったのは正直なところ。

会社の受付のような入場券の販売窓口で訪問カードのようなカードを受け取ってロッカーに荷物を預け(このカードキーには紐がついていて首から下げると会社を訪問しているような気分になる)。館内(というよりは室内)は広くはなく、展示作品の数が多ければ余裕がないという感じ、私が訪れたのは夕刻の閉館時間の1時間前だったので、入場客は多いとはいえないだろうけれど、室内の広さの感覚から余裕があるようには感じられなかった。

初めて訪れた美術館だったので、少し印象を書きましたが、ここからは本題のデ・キリコの印象について書いていきたいと思います。

デ・キリコという画家や作品については、恥ずかしながら、有名な少女が古代風の建物の広場で走っているイラスト風の作品を目にした程度でした。それもあって、例によって主催者のあいさつでの説明を引用することにします。“20世紀を代表する画家、ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)。イタリア人の両親のもとでギリシャで生まれた画家はね父親の死後、17歳でミュンヘンへ移り、同地で、アーノルド・ベックリンなどの北方の幻想的な象徴主義と、ニーチェの思想に大きな影響を受けました。1911年にパリを出たデ・キリコは、写実的でありながら現実離れした神秘的な雰囲気の作品を発表、詩人アポリネールによって「新しい世代のなかで最も驚くべき画家」と称され、画壇にその名を知らしめます。彼の生み出した「形而上絵画」とは、ありふれた日常の裏側に潜む、まったく新しい未知の精神世界を画面に出現させようとしたものであり、その斬新な手法は、後のシュルレアリストたちに大きな影響を与えました。第一次世界大戦後、絵画のマティエールを重視した古典主義絵画への回帰の時代を経て、豊かな色彩と堅固な構成を得る一方、デ・キリコの画面には、馬や剣闘士など新たなモティーフが登場します。そして、ローマに定住した晩年には、初期の形而上絵画のテーマを再び取り上げた新形而上絵画を創造し、その芸術世界に新たな価値を与えました。─中略─、デ・キリコの作品は、現実と非現実の境を行き来し、観る者の不安や困惑を誘う一方で、その芸術に隠された大きな謎のゆえに、私たちを惹きつけてやみません。”少し長い引用になりましたが、おそらく一般的なデ・キリコ像に近いものであろうと思います。

Chiricobecさきにも書きましたように、私は予備知識もないところで作品を観てきた感想を、この引用を参照しつつ、まずは、デ・キリコの作品群の印象を大雑把に書いて、後で、展示された作品の個々の感想を綴って行きたいと思います。私が観たデ・キリコの印象は“軽さ”です。例えば、主催者あいさつの最初のほうで触れられている、デ・キリコか影響を受けたというアーノルド・ベックリンと較べてみるとよく分かります。ベックリンは象徴主義と言われる画家ですが、ここにあげた「死の島」は暗い空の下、墓地のある小さな孤島をめざし、白い棺を乗せた小舟が静かに進んでいくさまを描いた神秘的な作品と言われています。写実的でありながら神秘的な雰囲気の濃厚な作品で、このような言葉の形容だけであれば、デ・キリコと同じものになってしまうでしょう。しかし、印象はまったく異なります。それは、ベックリンには島の岸壁の重量感とか質感が表現されていて、画面に描かれた物体に存在感があるのに対して、デ・キリコにはそういうものが感じられないという点です。ベックリンの作品では、写実的で現実にありそうなもののように描かれた死の島と、島に向かう小舟に白いひとがたが独り立っている姿が、小さくしか描かれていないのに視線が集まってしまい異様さが目に付いて、不気味な印象を強くします。デ・キリコの作品には、このようなベックリンの作品にあるような迫力は感じられません。デ・キリコの作品は、ベックリンに比べると、平面的でノッペリとした画面になっていて、個々のものの輪郭はキチンと描かれているようなのですが、いかにも上手に描かれている画像という域を超えることはありません。私はデ・キリコの伝記的事実に詳しくないので、彼がアカデミックな技法を修行したのかは分かりませんが、作品を見る限りではベックリンほど習熟していないのは明白ですし、むしろそのような画面の迫力とかいうよりも、自分のアイディアを手軽に画面に活かせるような手段として絵画の表現技法を考えていたのかもしれない、というタイプに見えてきます。描く内容があって、それをいかに描くかというのは単純な議論で、逆に描いているうちに描くものが見えてくるという場合もあるでしょう。そのどこに重きを置くかは画家によって千差万別です。その中で、キリコは絵筆を握る手の比重が相対的に重くなくて、頭でアイディアを考えるタイプの人だったのかもしれません。その場合には、画面そのものに重い存在感があると操作しにくくなります。つまり、ベックリンの作品のような世界は、デ・キリコにとっても鈍重で融通の利かないものだったのではないか、と考えたとしても不思議ではありません。デ・キリコの場合は、結果として画面の出来栄えとか完成度よりも、アイディアを考え付いた時点である程度作品そのものが決まってしまう、というようなあり方であったような気がします。しかも、頭の中で考えるということは視覚的な実在というよりも、言葉で組み立てていくようなことになるので、彼の作品の中には、視覚的に生かされていないものも見受けられる(アイディア倒れ)、また言葉で考えると、視覚的なデリケートなニュアンスに言及することは難しくなるため、パターンの繰り返しが増えてしまうおそれがある。

私は、デ・キリコの作品の大きな要素は、画面に意外なものを持ち込んだことによって生じる違和感にあると思います。ブレヒト等の理論をデュシャンが実践した「異化」を作品画面の中に持ち込んだというものに近いものではないかと思います。ただ、デュシャンのような過激な形態をとらずに、作品を観る人に「あれ?」と思わせることで、なんとなく深い意味があるのではないかと錯覚させるというものだったと思います。そのためには、画面自体に迫力があると、画面自体が自立してしまって「あれ?」と思わずに納得されてしまうことになるでしょう。デ・キリコはそういう描き方をしていたからアイディアを特化させていかざるをえなかったのか、もともとアイディアを持っていてそれを作品にするために描き方を選択したのか、は初期の修作期の作品を見なければ分かりません。

それでは、個々の作品を観て行きたいと思います。なお、展示は次のように章立てされていましたので、その順で観て行きたいと思います。

Ⅰ.序章:形而上絵画の発見

Ⅱ.古典主義への回帰

.ネオバロックの時代─「最良の画家」としてのデ・キリコ

Ⅳ.再生─新形而上絵画

Ⅴ.永劫回帰─アポリネールとジャン・コクトーの思い出

« ルディー和子「合理的なのに愚かな戦略」(6) | トップページ | ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(2)~Ⅰ.序章:形而上絵画の発見  »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/61095539

この記事へのトラックバック一覧です: ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(1):

« ルディー和子「合理的なのに愚かな戦略」(6) | トップページ | ジョルジョ・デ・キリコ展─変遷と回帰(2)~Ⅰ.序章:形而上絵画の発見  »