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2015年2月18日 (水)

ボストン美術館ミレー展(5)~Ⅳ.家庭の情景

Milletbostonknitt2ミレーの農作業風景と供に代名詞ともいえるのが、農家の家族の情景を描いた作品です。農作業の風景と比べて、ほとんど全部が女性や子供が中心となって描かれ、農作業の風景以上に似たような構図で何枚もの作品が描かれたと思います。フェルメールなどの17世紀のオランダのブルジョワの市民生活を描いた風俗画に通じているところが見えます。構図とか、鈍い色遣いとか、暗めの室内とか、まるで17世紀のオランダの市民の室内を19世紀のフランスの田舎の農家の室内に置き換えたようにも見えます。おそらく、そういう物に対するニーズが増えてきたのに応えるように、ミレーは何枚も描いたのではないかと思います。

Milletbostonknitt1「編物のお稽古」という作品は、同じ題名で2枚展示されていましたが、ほとんど同じような作品です。ひとつの安定したパターンとして、細部に細工を施して個々の作品の差別化を行いながら量産していったのではないかと思います。突飛な飛躍かもしれませんが、17世紀オランダの画家フェルメールの有名な「牛乳を注ぐ女」の女性のポーズと、ミレーの子供に編み物を教える女性のポーズ、とくに上半身は、ほとんど同じというほどそっくりです。そればかりでなく、画面のほぼ中央に人物を配して、左側に窓のある側に位置させて、左手から光を取り入れていて、女性が光に向かうようにしているところまで、そっくりです。おそらく、ミレーはオランダ絵画を勉強したのではないかと思います。そして、フェルメールの作品に体現されているようなパターンを学習して、それをうまく使ったのではないか。このようなオランダ絵画のパターンは、フランスでも受け容れられる普遍的なものになっていた。では、フェルメールを単に農家に場面を替えただけなのでしょうか。ミレーとフェルメールとでは、作品を一見しての印象はまったく異なります。その違いは何なのでしょうか。多分、その違いが、ボストン美術館でミレーのコレクションが作られるほど受け容れられた理由なのではないかと思います。私が受けた両者の違いの大きな点として、ひとつはミレーの方が簡素に見えたということです。実際に画面に描かれた物の数だけを比べるとミレーの方が圧倒的に少ないように見えます。それは、ブルジョワの室内と慎ましい農家の室内という先入観はあるのかもしれませんが、実際の画面をよくみれば、数の違いはあまりなくて、フェルメールのほうは窓下のテーブルに集中的に物が置かれているので、たくさんあるように見えているのに対して、ミレーは文指されているのと、背景になっていて物の存在感が希薄になっているため、物がないような印象を与えていると思います。そのことが、ミレーの方がより簡素に見えてきます。そして、ミレーは細部を細かく描いていません。例によって、人物の顔を描き込むことをせず、フェルメールのように人物の着ている衣服の布地の肌触りの違いや、服地のつくりだすひだやそこに当たる光による細かな陰影といった精細な描写はミレーにはありません。それは、ミレーには筆力が及ばなかったのか、似たような製品を何点も制作する、いってみれば薄利多売で糧を得るためにひとつひとつを細かく描き込む手間をかけられなかったのか、あるいは丸っこい人物表現に見合うように作品全体を統一するために敢えて細部を描き込まなかったのか、それらのいずれも当てはまるような気もします。それによって、農家の慎ましい生活というのがパターンのイメージとして受け取られやすくなっている効果をあげていると思います。一方、フェルメールにある技巧的な感じ、何か仕掛けがあるというのか、隠喩的に何事かが隠されていると勘繰ることに誘われるような、何かありげな思わせぶりな、一種過剰なところは、ミレーではありません。ミレーでは、その簡素さが際立っていて、それがまた農家の情景に見合い、細部を省略しているところが画面を一種寓話的というのかおとぎ話の一場面のように見せるような効果を作り出しています。

Milletbostonfelそして、フェルメールとちがって、ミレーの画面は全体として暗いのです。その暗さのなかでの明暗の微妙な陰影を観る者に想像させ、ます。そして、暗いということだけで、農家の光の乏しい貧しさ、慎ましさを印象付けます。それが、例えば、アメリカ東部の敬虔なプロテスタントの禁欲的で敬虔な人々にとって共感を誘うものであったのではないと思います。

「糸紡ぎ、立像」という作品。他にも「糸紡ぎ、座像」という似た作品が一緒に展示されていました。ボストン美術館のコレクションはこれらをまとめて所有しているのでしょう。ミレーは、糸紡ぎを題材に何点も似たような作品を制作したのでしょう。私は美術作品の知識が豊富ではないので分かりませんが、もしかしたら、これらも過去の作品の構図のパターンを上手く利用しているのかもしれません。このように、ミレーの作品をみてくると、農民を写実的に描いたというような主催者あいさつにあるようなミレーの姿とは異なった姿が私には見えてきます。それは、農民の姿を執拗にスケッチして、その中からあらたな伝統的な描き方に捉われない、新たな表現方法を創り出したというのではなくて、伝統的な構図とか様式を骨格として、農村や農家を題材として当てはめるように描き、そのなかで現れ出てくる矛盾を適宜手直ししながら、作品として筋の通ったものにまとめていった、というのがミレーの芸術ではないか、と私には考えられます。それは、決して、ミレーを貶めようとするものではなくて、実際に、それまでの方法論で想定外のものを新たに絵画の対象とするだけでも大変なことだったはずですから。

Milletbostonspinner実際のところ、ミレーの作品個々については、ひとつを取り出して単独に価値とか意味とかを議論するというものではなくなってきているように私は思います。個々の作品の独立した存在感というよりは、一種、工業製品に近くなっているというのでしょうか。だから、ここでも、個々の作品については、ミレーの作品の例として議論することになっていると思います。それは、ミレーが似たような作品を量産したということもあるでしょうし、時代も大量生産、大量消費の大衆社会に足を踏み入れようとしていた影響ではないかと思います。ミレーは、とりあげた題材こそ農村ですが、その内実とか制作の構造は都会の労働者などの大衆社会に対して、当時の権威である画家たちよりも一歩先んじて適応した画家ではなかったのか、と私には思います。それが、伝統をもたない、アメリカにおいてむしろ受け容れられたのは、そのせいだったのではないか、と私には思われるのです。パターンを量産する、省略の多い描き方は、高尚な芸術という教養を欠く人間からは、むしろ親しみやすいのではないか。それでいて、伝統的な安定的な画面構成は、それを人々は意識していなくても、印象派のような過激な画面に比べれば、人々の常識の範囲内で見る際に葛藤を起こすことがない、しかし、ある意味で格調は維持されているので、それなりのブライドを満たすことはできる。ミレーの作品は、そういうものとして受け容れられた。一方、旧社会である故国フランスでは、大衆に媚びるように教養ある人々の目に映って、軽蔑を招いた。そういう人々は、評論とか、そういう形として残るものをつくる人たちであったので、そういう記録が評価として残ったのではないか。私には、そんな想像をしていました。

そういう想像をさらに助長させたのは、ミレーの遺産として、彼の影響を受けたとされる後代の画家たちの作品をミレーと比べて見たことでした。そして、私にはミレーよりも、後代の画家たちの作品の方が親しみやすいものに思えたのです。

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