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2015年2月14日 (土)

ボストン美術館ミレー展(1)

2014年11月 三菱一号館美術館

Milletbostonpos9月に府中市美術館の「生誕200年ミレー展 親しきものたちへのまなざし」を見た印象が未だ残るうちに、こんどは別のミレー展があり、それをみる機会に恵まれました。

「生誕200年ミレー展 親しきものたちへのまなざし」の際にも、漏らしましたが、私には、ジャン・フランソワ・ミレーよりはジョン・エヴァレット・ミレイの方を見る機会が多かったので、今年は、われながらちょっと不思議な機会に恵まれた、ということにしておきましょう。

相次いでミレーの企画展を見てきたということで、それぞれを較べながら、それぞれの展示の特徴を含めたミレーという画家の作品の印象について、改めて私なりに整理しながら述べて行きたいと思います。この「ボストン美術館 ミレー展」の大きな特徴は、ボストン美術館のコレクションがミレーに対するある種のストーリーをもって、そこにある作品のラインアップには一つの解釈の姿勢が表われているように見えることです。それは、主催者のあいさつに読み取ることができます。

“田園で働く農民の姿や身近な情景、自然の様子を畏敬の念を込めて描き取ったジャン=フランソワ・ミレーは、写実主義を確立し、近代絵画への先駆者とされています。ミレーは1814年にフランス北部・ノルマンディ地方の農村で生まれ、1849年にはパリ郊外のバルビゾン村に家族で移住、村に集まった芸術家と交流を持ちながら生涯制作を続け、1875年に亡くなりました。それまで美術の対象とは見なされなかった農民の地道な日々の営みを、荘厳な芸術に高めた画期的な試みにより、ミレーは西洋絵画史に大きな足跡を残しました。そして自然に寄り添う人々とその勤勉さを称賛する表現は、日本人の心の琴線に触れるものであり、我が国でも時空を超えて愛され続ける画家となりました。ミレー絵画の素朴かつ崇高な魅力は、ヨーロッパや日本のみならず、アメリカにも波及しています。19世紀半ば、絵画修行のために渡仏してミレーと親交を結んだマサチューセッツ出身の画家たちが、故郷にミレーを紹介したことに端を発し、ボストン美術館は、ミレーの母国フランスにも比肩する充実したミレーの作品群を収蔵することになったのです。”

このあいさつでは、ミレーという画家は農民の働く姿や情景を畏敬を込めて描いた画家としいう捉え方と言う事ができると思います。「種まく人」や「刈り入れ人たちの休息」「羊飼いの娘」といった今回の展示でボストン美術館の3大ミレーと言われるという作品などは、まさにそのようなものとして見ることができると思います。また日本のミレーを愛好する人々も、これらの作品に加え、「晩鐘」とか「落穂拾い」といった有名な作品などから、そのようなイメージを抱いている人も多いのではないかと思います。

また、この展覧会にボストン美術館の館長が寄せている言葉の中にミレーについて次のような一節があります。“1860年代以降、アメリカにおいて、彼の作品について批評家たちがたびたび論じたことからも明らかなように、ミレーは非常に注目を集めていた。ミレーと農民という主題は、道徳性とキリスト教の理想の具現化の観点からアメリカ人に認識されていた。たとえば、彼の作品は子どもの本の中で、立派な暮らし方のモデルとして掲載された。1875年(ミレーの没年)の『ニューヨーク・トリビューン』紙の匿名記事では次のように説明している─「最後に、ミレーという名は聖なるものとなった」。”

府中市美術館でのミレー展との大きな違いは、このようなミレー解釈に由来するものではないかと思います。府中市美術館で展示されていた肖像画や晩年の風景画は、ここでは最初の自画像を除いて展示されていませんでした。これはボストン美術館のコレクションが農民の働く姿や生活の情景を描いた作品に限りなく重点を置いたものになっているからではないかと思います。それは、引用した館長の言葉に中にあった“ミレーと農民という主題は、道徳性とキリスト教の理想の具現化の観点からアメリカ人に認識されていた。”という一節から、ミレーの農村を描いた作品は、絵画として優れていて、人々の好みに沿うものであったという以上の何かを持っていたのではないかと思います。それは、ミレーの作品を見ることにより人々が触発されて紡ぎだすストーリーのようなものではないかと思います。ミレーの作品が制作された当時のボストンと地域を考えてみれば、敬虔で道徳的なピューリタンたちが開拓によって農業を営んでいた地域だったと思われます。そのような人々にとって、華やかで賑やかな都会であるパリを離れて、貧しさのなかで農村に住み、農家の情景を丁寧に描くミレーという画家の姿は、道徳的に共感できるもの、もっと言えば尊敬できるものとして映ったのではないかと思います。その、ミレーの描く農民たちの慎ましく、勤勉な姿は彼らにとって理想の姿として芸術という以上に道徳的なものとして捉えられたのではないかと思います。その様なミレーの捉え方からすれば、いい格好に扮した人物を立派に描く肖像画などは、鑑賞の対象にはあまり入ってこなかったといえるのではないかと思います。他方、ミレー以外にも農民を描いた画家はいたにもかかわらず(例えばブリューゲル、コンスタブル)、ミレーほどの支持を得られなかったのは、そのためではないのかと思います。

このような姿勢は、展示の章立てにも表われていると思います。

Ⅰ.巨匠ミレー序論

Ⅱ.フォンテーヌブローの森

Ⅲ.バルビゾン村

Ⅳ.家庭の情景

Ⅴ.ミレーの遺産

私の場合は、ミレーが農村風景を題材として作品を描いたことや、そこに彼の作品を特徴付けていることは事実としてあるとは思いますが、ちょっと違うというのが正直な実感です。これから具体的な作品に則してみて行きたいと思います。

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