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2015年3月22日 (日)

生誕100年小山田二郎展(1)

2014年11月 府中市美術館

Oyamadapos休日にわざわざ美術館に出向くなんて久しぶりのこと。たいていは、仕事で出かけたついでに近くの美術館に立ち寄るというパターンがほとんどのこと。とりたてて理由があったわけではないが、はるか以前美術館まわりをはじめたころ、今はもうない小田急美術館というバブル経済の名残りのようなデパートの美術館での回顧展で、透明なブルーの印象が思い出として残っていたからかもしれない。休日の午後、東府中の駅から散歩するように公園をそぞろ歩いて美術館に着いたところ、ちょうど学芸員による作品紹介のイベントがあるというので、20分あまりのスライドによる説明を受けた。はじめての体験で興味深かったけれど、これが作品を観るうえでプラスになるのか、私はあってもなくてもいいような。このイベントの参加者は10名足らず、展示室内も人は少なく、ゆっくりと作品を観ることができたのはよかった。最近、いくつかの美術展に行ったけれど、一番落ち着いた美術展だった。

さて、この小山田二郎という人は、身体上のハンデを抱えていたり、家族を残して失踪したりと小説のネタになるような物語が多く纏わりついた画家で、そういう物語を前提に語られがちです。作品自体も、そういう物語から受けるイメージに沿っているようなところがあります。そのような説明は、この展覧会チラシにあるので引用します。“戦後の日本美術を代表する異才・小山田二郎(1914~1991)は、幼いころ親戚の日本画家・小堀鞆音に水彩を学び、帝国美術学校在学中にはシュルレアリスムに傾倒しました。戦後1952年には滝口修造の推薦によりタケミヤ画廊で古典を開催して注目を浴び、社会風刺や攻撃的なまでの人間洞察を含むその絵画が画壇に鮮烈な印象を与えました。1960年から府中市のアトリエ兼自宅に暮らしましたが、1971年に妻子を残し失踪、以降社会から距離を置いた隠遁生活を送ります。その衝撃的な境遇と生き様、そして、後に遺された作品群は、今なお独自の光彩を放っています。闇の中からこちらを凝視する異形の生き物。あるいは瑞々しい色彩の中に浮かび上がる幻想の世界。小山田の描く世界は、おどろおどろしい迫力の中にも、時にユーモアや優しさをも垣間見せて観る者を惹き付けます。”

ただ、私の絵画の見方は、ここで何度も述べているように、そういう物語をいったん切り捨てたいと思っているので、ここでは、そういう視点で作品の印象を述べてみたいと思います。小山田二郎という画家の紹介を主催者あいさつを引用します。

Oyamadabird1“1950年代の日本美術界の寵児であり、きわめて特異な感覚と才能の持ち主であった小山田は、今見てもなお新鮮なおどろきを与える仕事を多く残しています。彼自身の分身でもあり、すべての人間の意識に棲まう悪魔でもある《鳥女》の肖像たち。復活の兆しを見せることの無い、無惨に傷つけられた《はりつけ》などのキリスト像。あるいは、高い技術に裏打ちされた、水彩の澄みわたる幻想と怪奇の世界。いずれも戦後美術史の中に類例の無い、まさに小山田二郎という特異な「眼」を通じて表わされた、人間と世界の姿そのものです。小山田二郎は生来の病による容貌、絶頂期の失踪と社会からの隠遁といった境遇が、その一見恐ろしい画風とも重ねられて、孤独と絶望のなか生きた伝説の画家というイメージが語られてきました。しかし家族を始め身近な人に聞く彼の姿は、生真面目な一面もあり、温かくユーモアを持った魅力的な人物であったようです。本展では彼と出会った人々の心に残る記憶や証言に耳を傾けつつ、小山田二郎の生涯の画業を改めて紹介します。自身が生み出した闇の世界に生きる異形の者達に、時に優しさやユーモアさえも与えて息吹を吹き込んでいく、創造主とも言える小山田の魅力を伝える機会ともなれば幸いです。”

Oyamadagrune展覧会のチラシに使われているのは小山田の代表作とされている「はりつけ」という作品です。キリストの磔刑を題材に、一説には彼自身を描いたと言われてもいるということですが、痛めつけられた無惨な姿でかつ、何か背負っている姿を象徴的に表現したというように説明されています。ここで、突飛な比較かもしれませんが、磔刑のキリストの無惨な、それこそ目を覆いたくなるような姿を描いた、中世からルネサンスの頃のドイツの画家グリューネバルトのイーゼルハイムの祭壇画の部分を見ていただきたいと思います。そのなかで、とくにキリストの部分だけを取り出したものをさらに見ることができます。これを観ると、キリスト教の信仰というのが、当時いたに峻烈なものであったのかを想像することができますが、小山田二郎のキリストはグリューネバルトに比べてあからさまな無惨さにはなっていなくて、象徴的にそれらしいイメージを掻き立てるように巧みに雰囲気を造っているというこが分かります。具体的なことは、別のところで作品を実際に観て行くところで述べていきたいと思います。主催者あいさつで“特異”というように述べられていますが、グリューネバルトのような細工も何も無くただ直向に、本質を無意識のうちに直撃するような作品を創り出してしまったというよりは、常識との距離を冷静に測って、観る人への効果を計算した上で作品を制作していたというように思えてくるのです。だからこそ、小山だという人が、このような作品を描こうとしたのは何故かということが、私には問いかけたくなります。それは、小山田はこうする以外になかったという人ではなく、他の可能な選択肢がありながら、敢えてこのような選択肢を選んだというように、作品を観ていて思えてくるのです。私が、そのように問いかけることに明確な根拠があるわけではありません。すべては、私が作品を観て感じた主観的な思いです。その点は誤解なきように。その点では、展覧会の主催者とは、異なっているところもあり、重なっているところもありというところです。それでは、実際の作品を観ていくことにしたいと思います。なお、展示は次のような章立てでしたので、それに順じて観て行きたいと思います。

Oyamadagrune2_2第1章 前衛からの出発

第2章 人間に棲む悪魔

第3章 多磨霊園で生まれた幻想

第4章 繭のなかの小宇宙

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