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2015年3月 6日 (金)

岡田暁生「音楽の聴き方」(13)

第5章 アマチュアの権利─してみなければ分からない 

パウル・ベッカーの『ドイツの音楽生活』という本がある。この中でベッカーは、「音楽は社会が作る」ということを繰り返す。ベッカーにとって音楽と社会の媒介となるキーワードが「形式」である。この場合の形式は、ソナタ形式のような音楽の様式だけではなく、認識枠のようなものをさす。ベッカーは言う。「形式とは素材それ自体ではない、知覚される素材である。知覚は周囲世界によって行われる。素材が形式になるためには、周囲世界がなければならない。素材は周囲世界によって知覚され、周囲世界と素材が関連付けられることによって、形式が生じる。形式は素材と周囲世界の産物である」。ベッカーの言う周囲世界とは、「人」の同義に他ならない。音楽はそれ自体ではただの音(=知覚される素材)に過ぎない。それを音楽として知覚する人々(=周囲世界)、そして枠組(=形式)があって初めて、音は音楽になる。例えば作曲家にとって、音響という材料を音楽に組み立てるには、形式が要る。ドレミファの音階、いろいろな和音、ピアノやヴァイオリンの音は、それだけではまだ材料だ。それだけではまだ材料だ。ソナタやフーガや変奏、あるいは弦楽四重奏やピアノ連弾などの形式があるからこそ、手持ちの音を音楽にすることが出来るのである。聴き手にとっても事情は同じだろう。半ば無意識であったとしても、他楽章形式の意味だとか、「成立は八小節でひとまとまりになることが多い」といった知覚枠を持っているから、交響曲はただ滔々と流れる響きではなく、音楽として聴こえてくる。知覚枠が分からなければ、音楽は音楽に聴こえない。また、音楽を上演する場も、ひとつの形式である。バロック時代からモーツァルトあたりまでの器楽合奏用の多くは、貴族の祝賀会の類で鳴り響くことを想定して作られた。それと入れ替わるようにして、18世紀末の市民社会の成立とともに生まれたのが、コンサートホールである。それは新しく生まれた近代市民に、音楽を通して一体感を与える制度であった。対するに連弾や弦楽四重奏やリートは教養市民の家庭で演奏されるものであったし、ショパンやリストに代表されるサロン音楽は裕福なブルジョワジーのパーティーで弾かれることが多かった。音楽はそれ自体として孤立して存在しているのではない。それはまさに「音楽」として体験するにはさまざまな枠があり、それは社会によって生み出されるといのがベッカーの考え方である。

ベッカーの論考をユニークなものにしているのは、それが「音楽には時代と社会が映し出される」といった単なる社会反映論に留まっていない点にある。つまり、ベッカーは音楽をただ社会を反映するだけでなく、自ら社会に働きかけ、社会を批判し、場合によっては新たに社会を作り出す機能を持っているものとして、考えているのである。ベッカーによれば、新しい社会を作るという音楽の力が全面的に解放されたのが、フランス革命以後の近代である。今や音楽は「群集に呼びかけ、新しい生の価値それ自体を自らのうちに吸収し、前代未聞の規模でもって社会を形成し、教化する力を持ち始めた」。近代社会における音楽の使命とは、「この絶えず膨張し、みたところまったく有機性を欠いていると見える群集に、一体感を喚起すること」である。無秩序の群集のカオスを、音楽が持つ人々を鼓舞する力によって、有機的な共同体へと統合するのである。こうした意味での近代音楽の金字塔は、いうまでもなくベートーヴェンの交響曲である。コンサートホールで鳴り響く交響曲とは、教会のミサと貴族のサロン、そして大学におけるコレギウム・ムジクスを総合した社会全体が集う空間、教会と貴族とアカデミーの境界を取り去って一つの巨大な社会を作り上げる場だったというのである。ベートーヴェンが創り出したのは、「公衆という混沌とした群集を公共性へ向けて再創造する統一の意識」であった。

しかしながら新興ブルジョワの19世紀は、ベッカーの考えによれば、音楽を通したこのユートピア創出の夢が、次第にただの娯楽へと萎えていく没落のプロセスに他ならなかった。何よりベッカーが問題視するのは、19世紀に入って生まれてきた音楽産業である。彼は「仲介者」という言葉を使うのだが、要するに聴衆の娯楽ニーズに応じた音楽商品を出来るだけ効率的に供給するのが、音楽出版社だったりマネージメント業であったりすると、ベッカーは言う。音楽の「形式」をともに創出すべき音楽家と社会とが、19世紀においてはこの仲介者により分断されてしまった。それだけではない。音楽はベートーヴェンのように社会全体に向けて呼びかけることを停止し、人々を統合する代わりに、小さな集団びとにそのニーズにあった音楽を提供することでもって、それを分断してしまった。

近代は効率的な音楽享受のシステムを飛躍的に発展させてきた。プロによる演奏会が制度化されるに従って、アマチュアは自分で楽器を嗜まずとも、手軽に音楽を聴くことが出来るようになった。レコードの発明とともに、自分で演奏会場に足を運ぶ必要すらなくなる。自宅にいながらにして、音楽が聴けるようになったのである。最近では音楽体験の結果としてもたらされるところの、「感動」とか「癒し」とか呼ばれる心的状態を得ることが出来ると称する、ヒーリング・ミュージックなるものが大流行だ。しかし今日何より求められているのは、実は逆に、音楽をいつでもどこでも手軽に聴けると思わないこと、音楽を聴くための手間を厭わないことではないかと、私は考えている。1920年代になると、多くの芸術ジャンルにおいて参加型の芸術創造が強く希求されるようになる。これは19世紀の上流ブルジョワが、芸術を金で購入できる高価なステータスシンボルとしてしか扱ってこなかったこと、そして芸術を「する」権利が一握りのプロに独占されてしまったことに対する、下からの反動だったと考えられる。

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