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2015年3月29日 (日)

ジャズを聴く(23)~フィル・ウッズ「アット・ザ・フランクフルト・ジャズ・フェスティバル」

ビ・バップの最も率直な支持者、多くのミュージシャンの間で賞賛を集めるアルト・サックス奏者、フィル・ウッズは、他のあらたなスタイルがビ・バップに疑問を呈し挑戦してきたときに、それをプレイしたこともあったけれども、50年以上にわたり戦ってきました。おそらく現役では最速のアルト・サックス奏者、ウッズのテクニックは、きらめくトーンからダイナミックな解釈能力やユーモラスな音楽的な引用をソロに挿入するセンスまで、ビ・バップの教科書と言える。彼はサウンドとアプローチに関してチャーリー・パーカーの行き方に最も近いものとしてフランク・モーガンに匹敵する。そして、おそらく他のモダン・ジャズのアルト・サックス奏者よりも正統的なプレイをする。彼をハード・バップと考えることもできるが、チャーリー・パーカーへの尊敬の念が強い余りに、パーカーの遺伝子をそのまま継承することを潔しとしなかった。彼は12歳でサックスを始め、その後ジュリアード音楽院に進んだ。そこで、短期間チャーリー・バーネットと演奏を共にした。それから、ジョージ・ウォリントン、ケニー・ドーハム、フリードリッヒ・グルだと演奏し、ジョージ・ラッセルとレコーディングを行い、50年代中盤にディジー・ガレスピーと中東と南米をツアーした。50年代後半、パティ・リッチのバンドに加入し、そこでリードをとるようになり、1959年と60年は彼自身がバンドの創立メンバーでもあったクインシー・ジョーンズのバンドでヨーロッパー・ツアーを行い、1962年にはベニー・グッドマンのバンドでソ連をツアーした。仲間のジーン・クイルとは50年代後半にはプレステッジで60年代前半にはカンデッドでセッションを行い、「Phil and Quill with Prestige」と「Phil Talks with Quill」はJJジョンソンとカイ・ウィンディングのコラボレーションをサックスで行ったのに並び立つアルバムとなった。1960年にカンデッドで録音した「Rights of Swing」は彼の作曲の力を広く知られるものとなった。60年代を通じてスタジオに籠ることが多くなり、公開の場での演奏は、コマーシャル、テレビ、フィルムで何度かだった。「The Hustler」と「Blow Up」のサウンド・トラックを担当し、1961年にベニー・カーターと「Further Definitions」をレコーディングした。1968年にはフランスに渡り、ストレートなジャズに再び取り組んだ。そこで、ピアノのジョルジュ・グルンツ、ベースのアンリ・テクスラー、ドラムスのダニエル・ユメールとヨーロッパ・リズム・マシーンというコンポを結成した。彼らは1972年までは批判に晒されることはなかった。ウッズはロサンゼルスに移り、電気楽器によるカルテットを結成したが、批評家と聴衆の批難に遭い、すぐに解散することになった。その後、東海岸に移り、1973年にピアノのマイク・メリロ、ベースのスティーブ・ギルモア、ドラムスのビル・グッドウィンとアコースティクのグループを始めた。このグループは称賛をうけ、「Images」と「Live from the Showboat」の二つのアルバムによって70年代中盤にグラミー賞を受賞した。彼は、ポップスとソウル・ミュージックのミュージシャンとの演奏も認められていた。彼は、ビリー・ジョエルやアレサ・フランクリン等の歌手のアルバムでソロを吹いている。その後、彼のグループはメンバーチェンジを行い、多くのレーベルにレコーディングし、ウッズはクラリネットやシンセサイザーにも挑戦した。ウッズの初期の録音は復刻され、彼はチャーリー・パーカーの影響を持ち続けていることには妥協していないことが分かる。彼は、また、その小さなグループで定期的にツァーを行っている。

 

At The Frankfurt Jazz Festival    1970年3月21日録音

Jazwoods_frankFreedom Jazz Dance

Ode A Jean-Louis

Josua

The Meeting  

 

Phil Woods(as)

Henri Texier (b)

Gordon Beck(p)

Daniel Humair(ds)

 

このアルバムは、ビ・バップ等のジャズばかりを聴いてきた人よりは、ロックやクラシック音楽など広く聴いてきた人には、むしろ聴きやすいかもしれない。ウッズがフリー・ジャズにもっとも近づいた演奏という声もあるようで、冒頭からウッズの猛烈とも言える音を歪ませて全開吹きまくりのアドリブからスタートすると、疾走するスピード感あふれるプレイが展開される。その熱気とハードなドライブ感が好きな人には拳を握って突き上げるような体力使いまくりの楽しみ方に最有力の録音といえる。しかし、そういうものであれば、普通であればアルバムを聴き通す前に疲れてしまって、もう沢山ということになりかねない。かりに、ジョン・コルトレーンがこのようにことをすれば、全編聴き通す気にもならないのではないか。そこに、実はフィル・ウッズという人の特徴が隠されていて、この録音こそ、いつもは隠されている、ウッズのその威力がいかんなく発揮されたものだと思うのだ。

最初の「Freedom Jazz Dance」はウッズのインパクトの強いアドリブで始まるが、そのメロディとはちょっと言い切れない短いフレーズが、実は隠れたテーマとして、この後の即興はこの変奏のように展開されている(あといくつか、とういうテーマがあって、その数個をとっかえひっかえ使っている)というように聴くと(この曲の最後に最初のフレーズが繰り返されることからも、それはウッズが意識的にやっているのが分かる)、実はこの曲はかなり構成を考えあったように思われる。ウッズとリズムの絡みやピアノやドラムとのソロの受け渡しなどもそうだ。だから、音量の高い、熱気あふれるようなプレイは、クラシック音楽のスペクタクルなオーケストラ作品(ショスタコーヴィチの交響曲とか)やヘヴィ・メタルのような大音量だけれど様式性の高い演奏に近い聴き方ができるのだ。もちろん、ジャズの本来持っているはずの即興性が損なわれてしまうことの無いように、ウッズは配慮を怠っていないだろうけれど。

ここでは、ウッズは自身の特徴である哀感漂うフレーズを抑えて、つとめてメロディアスにならないようにプレイしている。それは、ウッズという人が感覚的に末端のところでプレイして、哀感のフレーズを歌い回すことで勝負している人ではなく、演奏全体を鳥瞰的に見渡して、自分のプレイだけでなくアンサンブルとして曲全体を通して設計している人だということが分かる。だからこそ、このアルバムでの長尺の演奏においても、もたれず、かといって弛緩してしまわない仕上がりになっている。彼の哀感のあるフレーズとか、語り口というのは、実は構成力という強い土台に支えられていることが、かえって、このようなハードなプレイを聴くことで分かるといえる。

連続するように休むことなく突入する2曲目の「Ode A Jean-Louis」は静かに始まり、途中で出くる短いフレーズをくれ返していきながら、音を重ねて徐々にドラマティックに盛り上げていくあたりは、そして、曲想を変えた後で、また還ってくるときに盛り上げる(バックで雄叫びがあがる)のは、クラシック音楽の交響曲の手法に近いのではないかと思わせる。そして、ドラムやペースのリズム・セクションのリズムはストレートに近く、装飾的なプレイがロックやポップスの煽動的な手法をうまく使っていて、ポップスに親しんだひとには乗りやすくなっているのに、ウッズはストレートに乗って、リズムの揺らぎを極力抑えて、疾走感を高めている。

このような点で、このアルバムはジャズにあまり親しんでいない人にとってのウッズの裏入門盤ではないかと思っている。

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