無料ブログはココログ

« 生誕100年小山田二郎展(3)~第2章 人間に棲む悪魔(1) | トップページ | 生誕100年小山田二郎展(5)~第3章 多磨霊園で生まれた幻想 »

2015年3月26日 (木)

生誕100年小山田二郎展(4)~第2章 人間に棲む悪魔(2)

Oyamadaancent「はりつけ」と似たような構図の「昔の聖者」という作品は、四角形によって構成されて、配色も赤が黒と青に加えて赤が印象的に加わっています。磔にされた跡が手のひらと足先に穴をあけられており、椅子に座っていますが、両手を左右に広げたポーズは十字架にかかっている姿を思い起こさせます。この作品は、「はりつけ」以上に直接的に迫ってくる迫力というより、じっくりと眺めてイマジネーションを触発させるようなものとなっていると思います。

これらの作品からは、三角形や四角形といったシンプルな要素を組み合わせて、これまた、数少ない色彩をつかって、イマジネイティブな世界の造形に喜々として没頭している画家の姿が彷彿されてくるのです。これらの作品が制作されたのは1950年代中ごろで、展覧会の説明では第二次世界大戦による焦土から日本が回復軌道に乗り、絵画の世界では戦火の記憶や敗戦後の混乱の記憶が残る中で、小山田の作品には、その影響で社会や人間に対する視線が根底にあったといいます。それはそうなのでしょうが、それだけにとどまるのであれば、同時代の同じ空気を吸って共感できる人たちの間だけで共有されるような観る者を限定する作品にとどまっていたはずです。しかし、そうでない私のような戦災や敗戦後の社会や人々を全く知らない者の目を惹いてしまうのは、小山田の作品が普遍性を持っていたからではないかと思います。それは、造形と色彩という点から小山田の作品を観ていくと、山田の作品のユニークなところが見えてくるように思えるのです。この展覧会で作品を通観するようにみていくと、変遷を伴いつつも、一本の筋が通っているように見えてくるのです。

Oyamadadinner小山田の作品のユニークさを支えているのは、油絵以上に多数の作品が制作された水彩画ではないかと思います。油絵作品の色彩の透明感は水彩画での経験を活かしているのではないか、水彩画の技法を油絵に用いているのではないかと、思われるのです。「晩餐」という作品を観てみましょう。怪奇趣味の幻想絵画のような作品です。手前のテーブルに向かっているように奇妙な動物が食事をしているように見えます。手前の水平なテーブルを基準にして、水平の列をつくるように奇妙な動物が規則正しく並んでいる構成は図式化されているように見えます。それらもさることながら、背景に塗られている赤の彩色についてです。赤の色むらが滲んでいるように見えます。しかし、よく見ると、赤一色というわけではなく、白や青がところどころで混ざって、グラデーションをつくるような、混じるようで混じらない、しかも全体として色が鈍くならずに、透明感を湛えています。これは、画家の工夫した特別な技法ではないかと思います。そのような赤く塗られたバックであるにもかかわらず、赤というインパクトのある色が後ろに控えるようになって、奇妙な動物たちの存在の邪魔をすることなく、しかし、不思議な雰囲気を作り出しています。

Oyamadaweg「蛙の国」という作品では、薄い色を振り重ねて、重ねる色を使い分けることによって、原色の鮮やかさを残しつつも、透明感を湛えた色合いは、画面に軽妙さを与えています。そして、輪郭と少しずれたような色の置き方が構成にあそびをつくりだし、遠目には輪郭を明確に描かれているように見えながら、近くでよく見ると色がずれた遊びがあることで、画面に余裕を与えています。その際に、怪奇趣味ともいえる食卓に向かっている奇妙な動物が親近感をもてるユーモラスなキャラクターのように見えてきます。これらは、前に見た幾何学的で厳しい造形のモノクロームな油絵作品とは同じ画家とは思えない作品です。しかし、油絵作品のモノクロームな色調には、このような水彩画のカラフルな感覚が隠されていると思うと、モノクロームの色彩に対しても一筋縄ではいかないという気がしてくると思います。様々な絵の具を混ぜていくと最後には黒になってしまうといいますから、実は黒という色には多くの色が含まれているはずです。小山田の黒には、そういう色彩のバリエーションが隠されていると言えるかもしれません。そして、黒を基調していながらも画面全体が重苦しくなっていないのは、「晩餐」の赤色の背景が控えめに存在しているのと同じで、小山田の作品に通底している性質ではないかと思います。おそらく、小山田は水彩画で様々な試行錯誤を繰り返し、そこで確立した手法を油絵の制作に活用していたのではないかと思います。

Oyamadanight水彩画でも黒を基調とした作品を制作しています。「夜(姉妹)」という作品です。描かれた題材が、前に見た油絵作品とは異なるものであるからかもしれませんが、全く雰囲気の異なる作品になっています。しかし、黒という色の透明感は油絵作品と変わりません。

« 生誕100年小山田二郎展(3)~第2章 人間に棲む悪魔(1) | トップページ | 生誕100年小山田二郎展(5)~第3章 多磨霊園で生まれた幻想 »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/61338073

この記事へのトラックバック一覧です: 生誕100年小山田二郎展(4)~第2章 人間に棲む悪魔(2):

« 生誕100年小山田二郎展(3)~第2章 人間に棲む悪魔(1) | トップページ | 生誕100年小山田二郎展(5)~第3章 多磨霊園で生まれた幻想 »