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2015年3月23日 (月)

生誕100年小山田二郎展(2)~第1章 前衛からの出発

習作期を含めた初期の作品は戦災でほとんど消失してしまったということで、小品が数点あるだけで、とくに学生時代にどのような試行錯誤を繰り返したのか、今となっては作品で検証することができなくなっているのは残念です。そこに、小山田の方向性の萌芽があったのではないか、と思えるからです。というのも、1950年代からの作品展示は多いのですが、この時点ではすでに小山田の方向性は定まっていたと言えるからです。

Nambatafusyou美術学校時代から戦争中のいわば習作期の数少ない作品を見ている限りでは、眼で外形を見たまま写実的に描くという方向性は、学生時代か早い時点で放棄してしまって、見えないものを描くということを早くから志向していたように思えます。それは、小山田が美術学校時代に輸入されたシュルレアリスムという流行の影響かもしれません。しかし、シュルレアリスムといっても、ダリとかマグリットのようにひとつひとつの描写はリアリスティックで、それらを組み合わせた構成でだまし絵のような異化の効果を与える画家もいます。小山田の、この時期の作品を見ていると、そういうものとは異なる志向があったと思います。むしろ、シュルレアリスムは無意識への志向があり、通常の意識の下に潜む何ものかを追求しようとするというような理念に惹かれたのではないかと想像します。それゆえに、ことさらに眼で見えるものからは異質な、心理学のロールシャッハテストのような、まるでカオスのような形態を描こうとした水彩画を制作したり、まるでキュビスムに則ったような作品を制作していたようです。この時期、外形的な形を持たないモヤモヤしたものを描くことができるということをシュルレアリスムの方法論を通じて知り得たことと、ものの外形を成り立たせていることの土台への興味があって、その両方の間で揺れ動いていたという想像をしています。例えば、前者の外形を持たないモヤモヤしたものを描くというのは、シュルレアリスムのオートマティスムの手法を用いて思春期のモヤモヤした想いを画面にぶつけるように表現して見せた難波田史男の初期の不定形な水彩画(右上図)に似ている印象を覚えたのでした。ただし、色彩感覚でいえば、明るい色を並べる難波田に対して、小山田は暗く鈍い色を重ねる傾向があるので見た目の印象は異なります。他方で、定規やコンパスを用いた図形のような、まるでブラックの分析的キュビスムのような形体を描いても見せています。かといって、抽象絵画のような形そのものを放棄してしまうところまでは行きません。それらの狭間で、小山田は、目に見える感覚的なものではない何ものかを描きたいが、それは何かという試行錯誤を、この時期繰り返していたというように見えます。

Oyamadadance「舞踏」というタイトルで小山田は水彩画を何点も制作していますが、ここではその一点を見てみましょう。この一連の作品の制作は1950年代で、画壇で注目された時期にあたり、もはや初期とは言えないかも知れませんが、この展示の章立てのタイトルである“前衛”の要素がかたちに残されている作品として展示さていたのではないかと思います。小山田が見たとは思いませんが、私がこの作品をみていて似ていると思ったのが、カンディンスキーのミュンヘン時代の初期の作品で「クリノリン・スカート」(右下図)という作品です。カンディンスキーはガーデンパーティーの風景を単純化し図式化して、自由に色遣いで絵の具を塗りたくるような作品を作り出しました。そのようなカンディンスキー作品と似ているのではないかという視点で、小山田の作品を観てみると、視覚を構成している要素を分解して、その様々な要素の中から、自身の絵画制作に必要な要素を取捨選択しているのが分かります。私には、小山田はカンディンスキーと同じように、しかし、その意味内容はことなるのでしょうが、その要素の仲で色彩を第一に選択しているように思えます。「舞踏」つまりダンスという絵画では、ドガのように躍動する肉体の美しさや力感、あるいは筋肉の動きにともなう陰影といった魅力的な要素はすべて捨て去られ、舞踏による動きを様式化して、図案のようなものにして、そこに自由に色彩を乗せることができるようになっていると思います。多分、小山田の視覚は、学生時代のからの修行を通して、色彩を第一に、次に色彩を乗せるために形態をというような形に形成していったのではないかと思います。この「舞踏」での形態は三角形によって構成されるという幾何学的に単純化され、構図は安定している上に自由に色が塗られています。その色彩の効果において、小山田は様々な実験を試みているように見えます。カンディンスキーはこのような実験から、やがて形態をものかたちに捉われない抽象的な絵画を展開していきましたが、小山田は形態を残しながら色彩が観る者に与える影響を効果的に活用する方向に進んだのではないか、と私には思われます。

Kandinskycrinolinここで展示されている作品の流れは、小山田が自身の色彩を第一にみていく傾向を自覚し、絵画制作において技法化しているプロセスと見ることができるのではないか、と思います。

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