無料ブログはココログ

最近読んだ本

« 「在る」ということ雑感(5) | トップページ | 「在る」ということ雑感(6) »

2015年4月 7日 (火)

ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2014(23)

バークシャーのこれからの50年

では、これからの先の道を見ましょう。私が50年前にこれから何があるのか予想を試みたら、そのいくつかは全く的外れだったことを心に留めて置いて下さい。この警告をもちながら、私のファミリーがバークシャーの将来について私に尋ねられたら言うであろうことを、今、これから話します。

 最初に、何よりもまず、我慢強いバークシャーの株主の皆さんには永久的な資本損失の可能性は単一会社の投資の中に見つけられるのと同じくらい低いと、私は信じています。それは、1株当たりの固有の価値が時間とともに上昇していくことが、ほとんど確実であるからです。しかし、この明るい予想は重要な注意を伴います。もし、投資家のバークシャー株への入り口が異常に高ければ、いわば高値、帳簿価格の2倍に近い価格はバークシャーの株価の最高値ですが、投資家が利益をえるのに長い年月がかかってしまうでしょう。言い換えると、健全な投資は、それが上り値で買われれば、無分別な推測に変わってしまうかもしれないのです。バークシャーも、この真実から免れてはいません。

しかしながら、投資家が会社が自己株を買い戻す価格よりも高値にしたバークシャーの購入品は、相当の期間内に収益を生み出すものでなくてはなりません。バークシャーの取締役は、固有の価値と思っている価格を下回る価格での買戻しを承認することしかできません。(我々の意見では、それは他社の経営陣にはしばしば無視されてしまう買戻しの本質的な基準です。)

購入した後1~2年で売るつもりである投資家に対して、私は入場価格がいくらであろうとも、保証を提供することはできません。ベン・グレアムが何十年も前にいいました。「短期的には市場は投票マシーンですが、長期的には計測マシーンになる」時に、投資家の投票の決定はアマチュアもプロも似たような、狂気の沙汰になりえます。

私は市場の動きを確実に予測する方法を知らないので、少なくとも5年は購入したバークシャーの株式を所有し続ける人にだけ、バークシャー株式の購入を勧めます。短期的な利益を求める人は、どこか他を探すべきです。

警告をもうひとつ。バークシャーの株式を借金して買うべきではありません。我々の株価は最高点からおよそ50%落ちたことが、1965年以降に3回もありました。この種の低下が、いつかまた、起こるかもしれません。いつ起こるかは誰も分からないのです。バークシャーは、ほぼ間違いなく持ち続けている投資家には満足を与えます。しかし、レバレッジをかける投機者には壊滅的な選択となります。

 私は、バークシャーが財政上の問題を経験させるような事件の可能性は、基本的にゼロであると思っています。我々は、常に千年に一度の大洪水の覚悟があります。実際、その準備ができていない人に向けてライフジャケットを売っているのですから。バークシャーは2008年から2009年にかけてのメルトダウンの間、「最初の応答者」として重要な役割を演じました。そして、我々は貸借対照表と潜在利益の強さを2倍以上にしました。皆さんの会社はアメリカのビジネスのジブラルタルであり、これからもそうであり続けます。

財務的な持久力をどんな状態でも維持するために、会社は次の3つの力を蓄えています。(1)収益の太く、信頼できるフロー、(2)多大な流動資産、(3)目先の現金をあまり必要としないこと。その最後の必要性を無視すると、会社に予想外の問題を経験させてしまうことになります。あまりにしばしば、有力な会社のCEOは規模が大きくても債務は借り換えることができると感じています。2008年から2009年において、多くの経営陣は、そういう考え方がどれほど危険であるかを学びました。

いかにして我々が常に3つの要点の上に立っているかについて、説明します。一番目として、我々の収益のフローは、巨大で、大規模な多数のビジネスから流れ出てきます。我々の株主は、現在、永続的な競争での有利さを備えた大企業を多数所有しており、将来はさらに多く獲得していきます。たとえ大災害が以前のあらゆる経験をはるかに上回る保険損失を起こしても、このような多様化はバークシャーの収益が持続することを保証することが出来ます。

二番目として現金です。自己資本利益率のような目安を下げる非生産的な資産として、好ましいビジネスでは現金は時に最小にすべきものと考えられています。しかし、ビジネスにとって現金は人間にとっての酸素と同じようなもので、それが存在する時はそれについて考えることはありませんが、なくなったときに掛け替えないものと思い至るのです。

アメリカのビジネスは2008年に、その研究事例を提供しました。その年の9月に、多くの長く反映していた会社が、突然、この数日の小切手が不渡になるおそれに直面したのでした。一夜で、彼らの財務における酸素が消えたのでした。

バークシャーでは、我々の「呼吸」は息切れすることはありませんでした。実際に、9月下旬から10月上旬までの3週間にあいだ、我々はアメリカの企業に156億ドルもの現金を供給しました。

我々は、常に少なくとも200億ドル、ふつうは現預金でそれ以上、は手元に持っているので、それができたのです。そして、本当に必要な時以外は、現金の他の代用品ではなく、流動性を提供することができる財務省短期証券にして持っています。支払期限がきたときに、法的に認められた支払い手段は現金です。

最後に、三番目の要点です。我々は、突然にいっぺんに多額の要求を受けて終わるような取引や投資を決して行ないません。それは、我々がバークシャーを短期的なサイズの大きい負債を負わせないし、巨額な担保が差押えになる可能性のあるデリバティブ契約やその他のビジネスの契約を結ばないことを意味します。

数年前、我々は明らかに誤った価格で担保要件がわずかしかないあるデリバティブ契約の当事者となりました。これらは、確かに利益をもたらすものであることが分かりました。しかし、最近では、新たなデリバティブ契約は完全な担保条件を求めるようになりました。それで、利益の可能性があることとは関係なく、我々のデリバティブに対する興味は終わりました。ここ数年、我々は公益事業で事業の目的上で必要とされるわずかなこと以外は、デリバティブ契約を結んでいません。

さらに、我々は、保険契約者に現金を引き出す特約のある保険契約を結んでいません。多くの生命保険製品には、大きなパニックの時に「逃げる」ことができることにする償還機能が含まれています。しかし、そのようなタイプの契約は、我々が生きている資産損害保険には存在しません。もし、我々の収益が縮小すれば、フロートは落ち込んでしまうでしょう。しかし、非常にゆっくりとしたペースではあるでしょうが。

我々の保守主義は、極端だと思う人もいるでしょうが、いつ起こるかは分かりませんが、人々がパニックを起こすということは完全に予想できることによるものです。ほとんど毎日は何の問題もなく過ぎますが、常に明日はどうなるかは分かりません。(私は、1941年12月6日も2001年9月10日も、特に不安を感じませんでした。)そして、明日、何が起こるか分からないのならば、何が起こってもいいように準備しておかなければなりません。

64歳の65歳で引退を計画しているCEOは、これから1年間に発生するリスクの可能性はわずかであると計算しているかもしれません。実際、彼は「99%」正しいかもしれません。しかし、その確率は我々に訴えるものではありません。たとえ、比喩的に100発装填可能で1発の弾丸だけしか込められていない拳銃であったとしても、我々は、皆さんが我々に委託した資金でロシアン・ルーレットのような運用を決してしません。皆さんが希望するものを追求する際に必要とするものを失うリスクを犯すとことは狂気の沙汰であるというのが、我々の意見です。

« 「在る」ということ雑感(5) | トップページ | 「在る」ということ雑感(6) »

バフェットの手紙」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ウォーレン・バフェットの「株主への手紙」2014(23):

« 「在る」ということ雑感(5) | トップページ | 「在る」ということ雑感(6) »