無料ブログはココログ

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月

2015年5月31日 (日)

ごくたまの妄言

お伽噺の「シンデレラ」。子供のころから不思議に思っていたことがある。継母とその連れ子である姉たちに虐げられた少女が、不思議な力によりお城の舞踏会に着飾ってでかけ、姉たちをはじめとした女性たちの憧れの的である王子様に見初められ、その姉たちの見ている前で、その証拠であるガラスの靴をはいてみせて、王子様と結ばれるという話。少女から一人前の女への脱皮する成長譚であり、変身譚、復讐譚とも読まれている。

そこで、その姉たちだ。彼女たちは慥かにシンデレラを虐めた。しかし、妙齢の少女には、よくあるイノセントゆえの残酷さで、彼女たちは単に、シンデレラと同じように夢を見ていたに過ぎない。しかし、彼女たちは、目の前でシンデレラに王子様をさらわれて、大いなる挫折をさせられた。しかも、シンデレラ・ストーリーの悪役として仕立てられ恥辱の後半生を送ることになるはず。その彼女たちの心情はどうだったのか。シンデレラは少女から大人になったときに憧れの王子様と結ばれ、姉たちは同じ瞬間に絶望の淵に落とされた。それは姉たちの視点からは不条理そのものということになりはしないか。

小さなころから、それは不思議であり、どちらかと言えば、その姉たちに感情移入している。そして、年齢を重ねるに従って、敗北主義と言われるかもしれないが、シンデレラに共感するということがなくなった。

2015年5月30日 (土)

Selection from My Favorite Numbers(5)

私の偏屈さのゆえでしょうか、ここまでのセレクションについては、ほとんど知らないというコメントをいただきました。ということで、現役で活躍している人々を上げていきたいと思います。ただし、ここで上げる曲は最新のものではなくて、ちょっと古いものです。

 

BABYMETAL「4のうた」

目を閉じて虚心に聴くと、普通にヘビメタです。歌詞に注目すると笑ってしまうし、アイドルっぽい少女が踊りながら歌っているのは、面白いです。

 

tricot「夢見がちな少女、舞い上がる、空へ」

尖がった音に、尖った歌詞、そのわりに軽い。そこに絶妙の距離感がベースにあって、心地よい乗りを生んでいる。

 

奥華子「Rainy Day

ピアノの弾き語りのシンプルな演奏で、60年代、70年代にトリップしたような自らをさらけ出すような歌と、研ぎ澄まされたようなピアノの音色が心を打つ。

 

Perfume「シークレットシークレット」

動画はライブのものでしょうが、会場を巻き込んだ巨大な乗りを生んでいるのに、渦中にいるPerfumeはいたってクールです。

 

平原綾香「シチリアーノ」

シングル曲ではなくて、アルバムの中の一曲で、クラシック音楽の編曲ですが、セレクションの最後を静かに終わるには、ちょうどいい曲だと思います。

 

以上、セレクションにお付き合いいただき、ありがとうございました。また、気が向いたら男声編とか、洋楽でとか、やるかもしれません。あと、インスト編とかも…。

2015年5月29日 (金)

Selection from My Favorite Numbers(4)

今日は、昨日とうって変わってメジャーなものをあげていきたいと思います。昨日は少なかったので、多めに紹介します。

中山千夏「あなたの心に」

アイドルといえば、言えなくもない。国会議員までやった人です。素直な発声で、おおらかに、ストレートに歌う。それだけに直接、聴く者に届く力強さがあります。

 

黛ジュン「天使の誘惑」

ズンドコ・ビートのバックで、粘っこい歌い方をしているにもかかわらず、けっこう乗りがいいのと、のどでシャウトしているロック系のボーカリストたちに比べて肚のすわったパンチのある声のパワーが感じられます。中村晃子の「虹色の湖」なんかもそうです。

 

弘田三枝子「人形の家」

ジャングル大帝の「レオのうた」も捨て難いのですが、この人も声の魅力です。この時代の歌謡曲のポップスの歌手たちの声のパワフルさについては、いま聴いてもスゴいと思います。

 

 

伊藤智恵理「夢かもしれない」

ずっと時代が下って80年代のアイドルですが、声の伸びやかさだけは負けていません。それだけで聴かせてしまう人でした。

 

田村直美「ゆずれない願い」

もう少し後の時代ですが、ハイトーンのボーカルを最大限に生かした、それだけのナンバーです。声の存在感などは上の人たちには届かない感じですが。バックとのバランスも含めて。

 

 

千賀かほる「真夜中のギター」

フォーク・ソングのような曲を演歌のように粘っこく歌っていますが、不思議な味が出ています。曲そのものはすなおに入りやすい曲だと思います。後に、島谷ひとみのカバーしてるようですが、千賀かほるの方がすきです。

 

 

沢田聖子「流れる季節の中で」

上が70年代なら、こっちは80年代のフォーク・ソングのアイドルというところでしょうか。こちらも、未だ、それほど屈折をみせていない時代ということでしょうか。ただ、上と違ってノスタルジーの要素が入り込んでいて、時代が前だけを向いるのではなくなったことが分かるようです。

 

麻生よう子「逃避行」

演歌といえなくもない。少し哀愁を帯びたところが何ともいえない。逃避行というタイトルでマイナーコードの曲か聴き始めると、最後にポジティブにメジャーで終わるちぐはぐさも微笑ましい。

2015年5月28日 (木)

Selection from My Favorite Numbers(3)

昨日は、主にマイナーの傾向のものでしたが、今日はアップ・テンポのものを中心に上げていきたいと思います。

ZELDAQUESTION-1

女の子バンドなどという言葉があった頃の、草分け的存在。ゼルダというフィッツジェラルドの狂気の妻の名をバンド名としたり、ニュー・ウェーブの影響の残る耽美的な雰囲気は、当時の女の子バンドの苦労が偲ばれる。ここではギターの石原富紀江のクールなカッコ良さが光る。ギターソロの細かなリフを組み立ててうねらさせる演奏は、モーツァルトのピアノソナタ第8番の第1楽章の展開部の慟哭のパッセージを想わせる。

 

カルメン・マキ&OZ「空へ」

ZELDAよりも、何年も前の女の子のロックのフロンティアの一人。バックは男性だけれど、ボーカルとしての声量や、ハイトーンの伸びは男も女もなく図抜けていた。ただ、曲はステレオタイプの風来坊とか気儘で自由な女をセンチメンタルに歌うようなのは、今になって聴くと苦笑を混じってしまう。うるさい、やかましい騒音のようなロックを女でありながらやっているとは何事かという、困難である一方で幸せでもあった時代の、この人の存在感は強烈。

 

SYOKO 「Magie

80年代後半にインディーズブームがあったときに、インディーズの有力なバンドでメジャーに行かなかったバンドのリードボーカルだった人です。バンド解散後1枚だけソロアルバムはひっそりとリリースした中の一曲です。いかにもインディーズといったナンバーで、当時のパンクとかオルタナティブ・ミュージックの影響がモロで、ただ根っこは昨日あげた山崎ハコに共通したものが、かなり屈折していますが、親しみをもたせます。

 

Starles「銀の翼」

1980年代、関西で一時期プログレのバンドがまとまって活動し、シーンの高まりがあった時期がありました。その中のバンドのひとつで、たった1枚のレコードで消えていったバンドです。女声のハイトーンのボーカルを生かした、疾走感のあるナンバーで、当時流行していた、ジャーニーとかTOTOとかスティクスなどのプログレハードに負けていません。

 

ZABADAKharvest rain(豊饒の海)」

これまであげてきた演奏に比べると、アコースティックの要素が強くなり、ケルト・ミュージック風の味わいが優しい印象を残します。ボーカルは優しい声で、エコ という感じです。

2015年5月27日 (水)

Selection from My Favorite Numbers(2)

昨日の続きをいきましょう。

山崎ハコ「気分を変えて」

70年代初頭のフォークソングの中から出てきた、当時10代のシンガーのライブ盤。病院から直行してきましたと本人がMCでしゃべっていたけれど、自らをさらけ出すようにギター一本で直情的に歌にぶつけてくる。その切迫感は痛々しいほど。後年、香坂みゆきがカバーがしているのも悪くない。

 

森田童子「僕たちの失敗」

山崎ハコと年代は変わらないはずだけれど、60年代後半のティストを色濃く残して、当時をノスタルジックに振り返って、感傷的になるという趣味。団塊世代で反体制とか好きなオジさんが涙を溜めながら安酒場でラジカセなんぞで聴くのが似合う雰囲気。この甘ったるさは青春なんだよねと言われれば、納得してしまう。

 

錦城薫「赤い華」

この人も、あんまり知られていない。というよりも数枚のレコードを残して消えてしまったという方が正しい。今だったら、日本の土俗的なティストをポップスの演奏に乗せる人たち、例えば元ちとせのような人が評価されるのだから、時期が早すぎたかもしれない。和太鼓みたいなリズムセクションの土俗的なビートで、オーケストラをバックに透明なボーカルが歌い上げる正統的な歌謡ポップス風のきれいなメロディのたたみかけるような印象は強烈で、一度聴いたら、耳から離れなかった。

 

茅原実里「君がくれたあの日」

アニメの声優さんだそうです。普段はアニメ声というのでしょうか甲高い声で舌足らずでしゃべっている人だそうで、歌いだすと一変して腹式呼吸の下腹から声が出てくるというパンチのきいた声で絶唱してしまうという落差と、声優ならではドラマチックな語り加味した歌詞の発声が、ポップス・ナンバーなこの曲が、オペラかミュージカルのレチタティーボのように聞こえてきます。

浜田真理子「聖歌~はじまりの日」

今日は、あまり知られていない人ばかりになってしまいました。私の天邪鬼な趣味がよく現れていると思います。ピアノの弾き語りで、山陰の地元に密着した活動をしているらしく、東京に出てきてたまにライブをするそうですが、大きなホールは敬遠してしまうそうで、知る人ぞ知るという歌手らしいです。それだけにライブでは一音たりとも聴き逃さない聴衆がつめかけ、息を呑むような緊張が張りつめるらしいです。この演奏はスタジオ録音でしっとりとしたナンバーですが、小さなホールで生歌で聴かされたら電気がはしるかもしれないと思います。

Selection from My Favorite Numbers(1)

たまに試みているベストセレクション。飽きもせず、今度は音楽でやってみたいと思います。ただし、私は節操がないので、日本のポップスに限ってみます。ポップスといっても、いわゆる純邦楽とクラシック以外というくらいに考えていただきたいと思います。一人(または一グループ)で一曲を原則として、曲目に簡単な感想を加えてアトランダムに並べて、どんどん紹介していきます。

なお、曲自体を聴いてもらうのが、私の偏った感想とか紹介文より、ずっといいので動画サイトへのリンクを曲名のところに貼っておくことにします。聴きたい場合には、曲名をクリックしてみてください。

それでは、ジャンル分けできるほどキチンと聴いていないので、とりあえずは女声から紹介していきます。

 

矢野顕子「Watching You

ほんわかした曲調でありながら、この演奏の緊張感の高さは只事ではない。アンサンブルなどという生易しさとはほど遠い、各パートがバトルを繰り広げている。ピアノの音色は鋭く、よくこのようなピアノを弾きながら歌うことができるものだ。この曲は“あなたがいて良かった”というフレーズが繰り返され、一貫してメジャーで歌われる。一見、愛の生活の喜びをうたっているようだが、歌詞の語尾は過去形で、“あなたがいて良かった”なのだけれど、現在はどうなのか一言も触れていない。それが分かると、このメジャーの曲がすべて虚しく響いてくる。だからこそ、テンションの高い演奏で、ずっしりと重いシリアスな、その何度も聴ける演奏ではない。

 

谷山浩子「不眠の力」

ビック・ネームの演奏をもうひとつ。矢野顕子以上にクセのある人なので、とくに、そのかん高い声が馴染めるかどうかの関門になると思う。この曲は、あなたを想うという恋の唄から始まって、いつのまにか死の静謐を歌っているという不気味な歌。ビブラートを交えることなく、稚拙とも思える発声で訥々と、言葉を噛みしめるように歌われる背後で、即興的な伴奏が勝手に動きまわる。それが、死の虚しさを歌う声と、宇宙のような混沌とした広がりのような伴奏が、交わることなく並立するようなのが、広い宇宙の中で凛として孤独に立つ人が音楽に現われている稀有の曲だと思う。

参考として、廃墟をうたった 原マスミ「海で暮らす」 も推薦もの。

 

本田美奈子「CHARLIE

若くして病気で逝った歌手のデビュー・アルバムの中の一曲。晩年のミュージカル・ナンバーやクラシカル・ナンバーもいいけれど、若さにかまけて一気に突っ走るロックン・ロール調のノリのいい曲。めったにないような重くシリアスな曲が2曲も続いたので、息抜きを兼ねて、しかし、しっかりと歌っている、パンチも利いている。

 

森口博子「もっとうまく好きといえたなら」

アイドル出身の元気のいいナンバーを続けて。マイナー・ティストのちょっぴり利かせた当時流行の軽快なディスコビートに乗って、印象的なサビが最初に提示されて、インパクトを残す。つづくバラード(物語詩)のような部分は、ビートに乗って演劇の語りのように歌われるうまさと、最終的にはポジティブに、聴く人を元気づける姿勢は、この人の個性だと思う。

 

ちあきなおみ「夜間飛行」

今日の最後は、歌謡曲の大家のヒット・ナンバー。シャンソンやファドといったラテン的なポピュラー・ミュージックの雰囲気を漂わせ、転調と、リズムの転換を劇的に歌い上げる。じっくり聴かせる、味わい深いナンバー。夜は、しっとりと更けてゆく。

2015年5月26日 (火)

小川千甕 縦横無尽に生きる(2)

Senyoturi_2『釣人』という作品です。日本画では珍しく水平線をしっかりと描き込み、それによって空間をはっきりと描き分けて、画面構成を意識的に行なっている作品です。まず、画面の外形が横長の長方形で水平線が目立つ画面になっているのが特徴です。釣り人を描くような場合、掛け軸のような縦長の画面に、釣竿をもって立っている釣り人の姿が、岸辺の立木などを背景に描かれることが多いように思っていました。しかし、この作品は、茫洋とした海面の広がりのなかにポツンと海面に突き出た櫓に釣人が一人描かれているだけのシンプルな画面です。それだけに水平線の目立つのです。しかも、この水平線が画面の下三分の一ほどの位置にあります。これより下の位置に水平線があれば空の広がりが印象的になり、反対に、水平線が二分の一より上の位置にあれば水面が強調され、それぞれ空間の広がりが印象的になるのですが、そのどちらでもない。ちょうど、そういう効果の生じない、最も凡庸とも思える位置に水平線があります。それだけに安心感を与える安定した空間の割り振りと言えます。それがゆえに海面の奥行きをある程度描くことができるようになって、その向こうに広がる空も広がりとして描かれています。日本画としては珍しいほど、絵の具が濃く、厚塗りのように波が、とくに白波がたてて描き込まれていて、その大きさが遠近的な、画面奥になるに従って小さくなっていくので、否が応でも奥に向かって広がっていく海が印象付けられます。しかし、そんな中で釣人は水面に立っているのではなく、櫓の上の少し高い位置にいます。しかも、立ち姿ではなく、櫓の上に座った、身をかがめた姿を背後から描いています。これによって、釣人は、海と空という水平方向と奥行きという方向に広がっていく面としての空間に対して、立ち姿の縦線ではなく、面の広がりも線の延びもない点になっています。また、櫓の上にいるということで、空でも海でもどちらの空間に属していない、空間から浮いた姿となっています。さっき、水平線の位置が凡庸とのべましたが、この釣人がいる水平線から突き出た櫓のてっぺんの位置が画面の上三分の一にして、画面が縦に三分割されるような位置関係が、意識した構成として考えられていた結果ではないかと思います。これにより、釣人が空間から浮いて、独立した姿、孤独な姿が強調されます。釣人は後姿で、肩を落として蹲っているように見えるのが、なおさらその風情を際立たせています。この画面を縦に三分割したのは、この作品を描いている視点が、ちょうど真ん中あたりで、水平線を見下ろしていながら、櫓の上の釣人は見上げる視線になっているということです。これにより、釣人の画面の位置がいっそう特異なものになり、その存在が際立たせられています。これは、さきほどの『浅草寺の図』で人々の位置関係で空間を想像させるということをしているのと同じように、釣人と言う人物自体を描き込むのではなくて、釣人の位置する空間の位置関係によって描くものを想像させることをしているのです。しかも、『浅草寺の図』の場合と同じように、『釣人』でも視点を一点に統一することで、作者の主体がはっきりさせられています。つまり、ここでは釣人を描く視点が明確にあるということであり、作者は釣人と一体ではなく、どの角度から描くかを明確にする客観的な姿勢でいるのです。そのため、この作品では釣人が自立した存在となって、海にも空にも属さない、孤高な姿を描いているといえるにしても、感傷が混ざっていないのです。それは、たとえば若山牧水の「白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染ずただよふ」という歌に感傷性とは対照的に映るのです。

Senyoohotsu_2これらのようなユニークな空間を扱った作品を制作することのできる画家でありながら、『西洋風俗大津絵』という作品も描いています。これは、ヨーロッパ遊学の際に描いたスケッチ風の作品で、挿絵かカット用のものでしょうか、それでもダンスをしている女性の躍動感とユーモラスな姿、そしてそれでも造形が崩れないのは上手い人であるのが分かります。この巧さとか、軽妙洒脱さというのが、便利というのでしょうか、挿絵の注文が増えたということでしょうか。小川も食べていかなければなりませんから、そこで画家として生活できる方向性を見出していく、それが、この後から晩年に向けて「俗画」と自称する南画と解説されるような作品を描いていくことにつながっていったのでしょうか。小川は、求められて挿絵や漫画といったものを数多く制作して、売れっ子ということになっていったといいます。生活の糧と言うのは、切実なことで、霞を食って生きていけるわけではありませんから。それにしても、私には小川という画家は、芸術家タイプで自分の芸術をつきつめて追求するタイプというよりは、絵画を目的としてまつりあげるのではなくて、絵画を介したコミュニケーションを、むしろ好んでいるのではないか、つまりは、作品を見て人々の喜ぶ姿を見たいタイプなのではないかと思いました。

Senyofire泉屋博古館分館は展示室がニ室あって、その間にロビーがあるという建物なのですが、これまでの作品は第一展示室とロビーに展示されていた作品で、第二展示室に入ると、作風は一変します。『炬火乱舞』という作品です。院展に出品した作品で、小川が南画のような表現に可能性を見出した契機となった作品ということです。こんな感じの作品がこっちの展示室にたくさんありました。こうなると、構図とか構成とかいったことをキッチリ考えるということがなくなって、筆の赴くままに融通無碍に描いているよう見えます。これまで見てきたような、構成によって空間を感じさせ、それが表現に結び付いていくという、比較的明瞭でキッチリしたものがなくなってしまっているように見えます。多分、このような方向を、味わい深いとか滋味豊かとか、逆に感じる人が多いということなのでしょう。鞍馬の火祭りを描いているということですが、中央の炎の赤と、寺の山門の赤がまわりの夜の闇の黒と対比的にみえる、と言ったらいいでしょうか。

Senyorantei_2『蘭亭曲水』という掛け軸の作品です。こうなると、構成とか、視点とか、描写とかいったものはどうでもよくなって、崩しの味わいといったところに興味が行くということでしょうか。こういうのを愛でるというは、否定しませんが、私にとっては対象外になったという感じです。あえて誤解を避けずに言えば、もはや絵画ではなく、骨董とか室内装飾とか、そういったもの、私は分類します。それだけのことで、私が偏狭なのは、わかりますが、かといってこの作品を貶めるつもりは全くなくて、例えば、手塚治虫の作品原稿を美術館や博物館で見たくないのと同じような心情です。

2015年5月24日 (日)

小川千甕 縦横無尽に生きる(1)

2015年4月19日(日)泉屋博古館分館

長期出張の帰り、少し早く東京に着いた。おみやげもあるし、沢山の荷物を抱えて、疲れが大分残っているが、都心に出たついでの帰宅するにはちょっとした時間があいたので、手近な美術館をネットで物色して寄ってみることにした。年寄りの冷や水と言うなかれ、とはいえ、この齢では、案の定きつかった。後で、疲れがたまって、数日間、身体のだるさが抜けなかった。

Senyoposちょうど美術館に着いたところで、プレミアム・トークというイベントが始まるところで、ゲストの画家が学芸員と美術館の展示室を歩きながら、展示作品の前で解説がてらフリー・トークをするというイベントで、多数の人だかりができていた。とはいっても、この美術館は上野あたりの美術館に比べると小規模で入場できる人数も少ないので、人でいっぱいということにはならない。以前に来た別の展覧会のときは人かけのまばらな静かで落ち着いた空間だった。今日は、その前回にくらべて、そのせいもあってか人の多く、にぎやかさだった。しかし、その画家という人の話は展示作品について、その魅力を語るというのが趣旨なのだろうけれど、自分の方法論とか芸術観、あるいは、美術展の画家である小川千甕の近くにいた安井曽太郎や梅原龍三郎のことばかり語っていた。あつまった人々は、この画家という人のファンとか関係者のような人々が多かったようだった。つまり、私のような人間が時間を工面して、展覧会に来る人間にとっては邪魔でしかなかった。美術館が狭くて、画家のトークがうるさいからといって、避けることもできなかった。そのせいか、落ち着いて作品を見ることができず、作品の印象に影響がなかったとは言えない。だいたいにおいて、美術展でついでのように開催されるイベントは概してつまらない、主催者の自己満足でおわってしまうことが多いということがよく分かった。

Senyohotokeさて、小川千甕という人は、私は知らない人であったので、展覧会パンフレットの説明を引用します。“小川千甕(1882~1971年)は、明治末期から昭和期までの長きにわたって、仏画師・洋画家・漫画家・日本画家として活躍しました。京都に生まれた千甕は、少年時代は仏画を描いていました。1902年(明治35年)からは浅井忠に洋画を学ぶ一方で、新感覚の日本画も発表し始めます。明治末、28歳で東京へ越してのちは、『ホトトギス』『太陽』などに挿絵、漫画を発表して人気を博しました。さらに1913年(大正2年)には渡欧し、印象派の巨匠ルノアールにも合っています。帰国後は日本美術院に出品し、本格的な日本画家として活動しました。旅を愛した千甕は、各地を訪れ、その自然や風俗に共感を寄せて、自ら「俗画」と称したダイナミックな筆遣いの南画(文人画)風で愛されました。洋画と日本画、漫画と南画、美術と文芸などを自由に行き来し、その枠にとらわれない縦横無尽な仕事ぶりは、現代の我々に爽やかな印象を与えます。”この説明を読んでも、どのような絵を描いていたのか分かりません。とりあえずは、色々なことをやったということは分かりますが、では何をどのように描こうとしたのかは、分かりません。埋もれていた画家を今回の展覧会で発掘して見せたということらしいので、ここでの説明は、評価が定まっていないので、どのように書いていいのか、という手探りで書いている印象です。そして、展示作品を見ていて、全体として掴みどころのないというのが感想です。良く言えば融通無碍、悪く言えば一貫性がなくフラフラして落ち着かない。ティーンエイジャーのころの精緻な仏画(『孔雀明王図』)を見ると、描くことの技量は高い人であるようなので、器用に描けてしまうので、どんな方向でも、それなりに描けてしまうのでしょう。本人も、「これ!」という確固とした方向性とか志向がなかったのか、探しても見つからなかったのか、それとも、器用なので他人から求められれば、それなりのものが描けてしまうので、様々な注文があって、それに応えているうちにそうなってしまったのか、蓋を開けてみればそうなったのか。そして、晩年の作品を見てみると、最後は開き直りというのか、「堅いこと言うな」とでも言っているかのような、良く言えば自由闊達、悪く言えば遊び半分のようなものを描いたという感想です。この展覧会は、埋もれてた人を掘り起こすというような意図もあるらしいのですが、あまり、この画家がどうこう、というより、雑誌等のカットやどこかのインテリアに飾られているのを何気なく目にする、という程度のスタンスのタイプ、美術館で鑑賞するとかいう画廊というより骨董店にあるような、そんなタイプのように見えました。

Senyoasakusa若い頃の仏画をみれば一目瞭然ですが、デッサンの巧さなど技量の高い人なので、『浅草寺の図』のような風俗を描いた掛け軸でも、ひとりひとりの人物の造形はしっかりしていて、日本画の巨匠といわれる人の群像画の頼りなさに比べて、はるかに安心して見ていることができます。画面左中ほどでかがんで子供を追いかけている女性の姿勢などは重心がしっかりしていて、洋画のデッサンの基礎の上で描かれていることが分かります。日本画を見ていて往々にして目にする無理な姿勢が、小川の作品ではまったく見られません。そして、少し上から見下ろすような視点で、その視点が一貫しているのは、そこに画家の主体が明確にあるので、構成が明確です。その上で画面の上部を鳥の飛ぶ空間として、人は描かず、ここでははっきりとは描いていませんが、水平線の存在が分かるようで、平面の画面に3次元の空間がきちんと把握されているのが反映されています。描線とか絵の具は日本画ですが、構成としては洋画の構成になっています。だから、全体として、ほのぼのとした雰囲気なのですが、全体の構成などをみると卒なくまとまった印象です。こういう題材をと扱った日本画では、多くの場合には、様々な人物たちを画面に登場させ、その人物たちを描き分けることが優先されて、画面上には、その人物たちをうまくレイアウトすることに注意が注がれます。それに比べて、この作品では、まず場面である空間がしっかりと把握されて、画面の中に空間がつくられて、その中の構成として人物が配置されている。だから、様々な人物が描かれているだけでなく、人物相互の空間の関係も分かるようになっています。それゆえに、空間への統一的な視点、つまり、画家の主体が分かるのです。ここでは、こころもち上方から見下ろす視点が取られています。ここで感じられるのは、近代日本画と教科書に出てくるような画家たちの作品には、ついぞ感じることができなかった、写生ということです。作品全体のトーンがほのぼのとしたマンガのような描き方ではあると思いますが。私には、興味深いものでした。というのも、洋画であれば背景の風景や建物が物体として描かれて、それによって空間の区画も同時に描かれることになり、空間の枠が実体のあるように見えてくるのですが、この小川の作品では、背景が一切描かれることなく、人物の配置やそれぞれの人物の描かれる角度(視点)、大きさ、あるいは空の部分を大きな余白にして(敢えて地平線を描かずに)、画面上部に飛ぶ鳥を配して空間の枠組みを見るものに想像させるようになっています。洋画の、とくに油絵の、マチエールということばもあるように物体の事物としての存在を画面に積み上げて、その存在をベースにそれらが隙間なく描かれることによって、物体の存在との関係が空間の外枠として意識されるのに対して、この小川の作品は何もない空間という洋画であれば虚無といかいいようのないのをベースにして、人物の配置関係がまずあって、それが空間を想像させるという、私からみればたいへんスリリングな試みを行なっているように見えるのです。

だけど、これを日本画オンリーの人が見たらどうでしょう、味わいというと漠然としますが、そういうものを感じにくかったのではないかと思います。巧いかもしれないが、それ以上ではなく、この作品を見ていると成る程とは思うが、その場かぎりで印象に残るということになったかもしれません。日本画としては、頭でっかちで知的な操作をゲームのように楽しむなどということは、おそらく、評価されなかったのではないか。

2015年5月23日 (土)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(7)

第6章 「われ」という「かなしみ」

「自分の力ではとても及ばないと感じる切なさ」という有限感情としての「かなしみ」は、日本の精神史においては、より一般的には無常感という感じ方としてあった。けっして常ではありえない人間存在のあり方を「かなしみ」として受けとめるという感じ方のことである。無常という考え方は、もともとは仏教の考え方であって、あらゆるものは移り行く、かわらないものは何ひとつないという冷徹な哲理として、ふつうは無常観と記せられている。それが日本に来て無常感になったといわれているが、この「観」から「(哀)感」への受けとめ方の変化は、無常と言うことの理解そのものの変化でもある。

『万葉集』を代表する歌人たちも、無常感としての「かなしみ」を数多くよんでいる。それらの中には、典型的な対象喪失の「かなしみ」でありながら、それだけではなく、同時に、この人間存在のあり方全体の「かなしみ」といったものに広がり深まっている。ものがある。そこでの「かなしみ」は、かならずしも、いわばひりひりとするような絶望的な意味合いのものではなく、そう受けとめる自己限定のなかに、ある種、確かな肯定の手応えを含むものと考えることができる。この大伴家持ら万葉の歌人たちの無常感は、たしかにあらゆるものが移り変わるという無常の働きの受けとめであるが、それと同時に、そこに重ねて、ずっと変わらない自然の働き、「おのずから」の働きの受けとめでもあったということができる。そこでの「せむ術なき」「かなしみ」というのは、嘆きでもありながら、事に対しての、それ以外の仕様のなさというものの承認でもあり、それをそうあらしめている大いなる働きの感受ということでもあったということである。そのことは、結局、基本的な枠組みとしては、これまでに見てきた宣長や親鸞らの発想と同じであるし、独歩の「天地悠々の哀感」ともつながってくる感じ方であろう。

日本人の無常観には、そのうちに「敏感な秩序の自覚」というものが備わっており、それが人生の無常を嘆きながらも「けっこう安定した自然を見出していた」理由だというのである。無常のリズムそのものに「安定した自然」のリズムを重ねて感じとっているということだ。「おのずから」という言葉が、かつては、自然の成り行きのままで、という現代の使い方と同時に、とりわけ死を意味する「万一に」「偶然に」という無常の意味でも使われていたということは大事な日本語の知恵である。我々からすれば、無常あるいは偶然だと思われる事態も、より高い次元である宇宙的地平から見れば、あたりまえの「自然」なこと、「おのずから」のことだと納得しようとする知恵がそこにはめ込まれているのである。

このような無常感・自然感から、「みずから」の有限性の感得と同時に、自然・宇宙の無限性の感得につながる。そのような自然景物を通して、その大いなる場においての「かなしみ」ということが出てくる。つまり、この「かなしみ」は、たしかにある種の形而上的な自然感情ではあるが、それは、まずは感じとっている「われ」の感情であるということである。つまり、その「かなしみ」は、「そればかなしき」「きけばかなしき」という、そうした自然景物を見たり、聞いたりする主体としての「われ」が前提の、その「われ」の感情でもあるということである。仏教の無常という考え方では、そうした主体(われ)の損座区を認めていない。むしろそうした主体(われ)をとどめる発想こそが迷いであり、「われ」を解体し「無我」に向かおうとするところに、無常観としての厳しさがあるのである。そこでは、「かなしみ」は消える。一方、無常感としての「かなしみ」においては、どこまでも「かなしむ」主体がとどめられている。あらゆる物の移り行きを受け止めながらも、受け止めている自分もまた、その中の「ひとつ」としてあるという認識である。その「ひとつ」としての主体をとどめながら、この大いなるものの中にあらためて位置づけていくところに、「かなしみ」という感情が、またその可能性があるのである。

 

磯部忠正は、『無常の構造』で、我々の当面の現実は「無常」として現れ、それに従わざるをえないが、それは同時に、ある「大きな自然のいのちのリズム」のようなものの、その「一節」としていき死んでいっているのであり、そう受け止める一種の「こつ」をわれわれは心得ている、それは「無常観を基礎とした諦念」である、と。「一節」とは時間的な表現であるが、空間的な表現で言えば、「一隅」であり、「一滴」「一角」である。家持らの歌でいえば、「ひとり」「ひとつ」ということである。磯辺のこの指摘は、日本人の無常感一般に、またさきに見た本居宣長の「安心なき安心」論などにもそのまま適用することができる。宣長は、死を含めて悪いことに出会うのも、すべて神々の定めた仕組み・働きにおいてそうなのであり、それらは、われわれには「せむ術なく」「かなしい」ことであるが、その「かなしみ」を「かなしむ」ことにおいて神々の働きに従うことになると言っていた。それは、まさに、「生きるのも死ぬのも、この大きなリズムの一節である」という、ひとつの「あきらめ」ということになるであろう。「あきらむ」とは、もともとは「明らむの語意の転」で、ものごとを明らかにして、はっきりと認識・判別し、処理するというのが原意である。仏教などで「四諦」というと、四つの真理ということである。しかしわれわれが日常語として使っている、またここで問題にしている「あきらめ」「諦念」は、そうした「諦め」ではない。「明らめ」という原意を残しながら、「仕方がないと思い切る、断念する」の意味の「あきらめ」である。「諦」と「あきらめ」の違いは、無常観と無常感の違いにも重なってくる。つまり、すでに述べたように、無常感や宣長の「安心なき安心」論では、どこまでも「かなしむ」自分、「われ」というものがとどめられているが、無常観や仏教の言う「諦」では、そうした「われ」はむしろ迷妄とされている。したがって、そこに「かなしみ」などは漂ってはいない。ただ、いかに「かなしむ」「われ」をとどめる「あきらめ」にしても、それはそれなりに、どうにもならないことをどうにもならないことと明らかにして、それを受け止めているというかぎりでは、本来の「明らめ」の意味合いもどれほどかは、そこにむくまれているということは、いうまでもないだろう。

 

この後も数章が続きますが、これ以上の展開はなく、したがって結論にまとめられてはいません。この後の数章は、様々に「かなしみ」を分析していく、バリエーションのような内容で、興味深いところも多々あるものですが、ここで終わることにします。興味のある方は一読をおすすめします。この著者はこのような横展開が基本で、議論の展開や深まりをストーリー的に楽しむ人には、もの足りないかもしれません。私も、ちょっと欲求不満が残りました。

2015年5月22日 (金)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(6)

第5章 神・仏と「かなしみ」

かぎりあることを「かなしむ」自己の有限性は、同じように限りあることを「かなしむ」他者の有限性と、互いに「ああ」と呼びかけ、呼びかけられる、そのような感情の連動・展開として「あはれ」が「あはれみ」に、「いたみ」が「いたましさ(いたわしさ)」に、そして「いたわり」へとつながっていく。それが倫理感情としての「かなしみ」ということであったが、ここではそのことを十分に押さえた上で、さらにそのさきにある問題について考えてみよう。

どんなに「かわいそうだ」と思ってもどうにもならないという問題は、われわれが有限であるかぎり、どこにでもありうる。「…しかねる」という「かなしみ」の届かなさ・力及ばなさが、さらに次元をすすめて問われてきている。つまり、これまで見たように、人は、そうした力及ばない「かなしみ」においてこそ、他者に呼びかけ、呼びかけられるという共悲・共苦の倫理性があったのであるが、今問われているのは、ぎりぎりのところでそれすらが届かない、力及ばないという問題である。どんなに「何とかしてあげたい」と思っても、何もできないということが思い知らされるということである。

親鸞は、以上のような問い直しに、「慈悲」という考え方を説く。浄土門の「慈悲」というのは─浄土教信仰ときは、ごく簡単に言えば、われわれが阿弥陀如来を信じ念仏をすれば、なからず往生し成仏することができるという信仰である。信じ念仏をすれば、かならず仏になれるのであるから─、念仏していそいで仏になって、その仏の大いなる「慈悲」心で、思うように衆生を助けることをいうのである。今生において、いかに「かわいそうだ」「不憫だ」と思っても思うように助けることができないということであれば、そういう自力門の「慈悲」は終始一貫しない。だから、念仏するということだけがそれを完徹しうる大いなる「慈悲」心なのだ、と。ここで親鸞がくりかえし強調しているのは、われわれ人間には、どんなに「かわいそうだ」と思っても助けることができないことがあるということである。ここには自力への絶望がある。

親鸞は浄土教として、基本的に、浄土に往生して成仏するという考え方をとっているが、同時に、信じ念仏をするならば、そのとき人は、そのままでもう必ず仏になることができる身分になるものだとも教えている。この考え方は、親鸞思想のたいへんなところで、われわれは、本当に信じ念仏をすれば、かならずしも来世を待たずして、その瞬間に仏と「等しい」存在になるのだということである。むろん、生身にはまだ煩悩をまとっているから、仏そのものにはなれない。その意味で、けっして同じではないが、等しい存在にはなれるのだというのである。こうした考え方をここに当てはめてみると、信じ念仏をするならば、この身のままで仏と等しい存在になれるということであり、仏と等しい存在になれるということは、何らかの意味で仏の働きが自分の中に働いてくるということである。大いなる「慈悲」心とは、その働きのひとつである。それは「すえとをりたる大慈悲心」であるからして、かならずや相手に届くはずのものである、というのである。

つまり、大切なことは、そこでたとえ自分が言ったり、やってやったりすることがあっても、それはけっして自分「みずから」の働きではなくして、仏の働き、他力としての仏の働きが自分の中で働いてくるということである。相手が、もうどうにもならないと弱っている時に、自分が、俺が、「みずから」の力でおまえをなんとかしてやろう、というときには、ややもすれば、むしろそれが暴力的に感じられることがある。親鸞の言っているのは、そうではなく、自分には慰め助けてやることができない、できないけれどもそれてる何とかしてあげたいという思いの中で祈りをもつとき、その祈りが自分を超えて自分の中に、自分を超えた超越的な働きとして働いてくるということであろう。

「慈悲」という考え方は、仏教の中心概念のひとつである。「慈悲」の「慈」は、友情を意味するサンスクリット語から翻訳された言葉で、一般的に「いつくしみ」の意味である。これに対し「悲」は、人生の苦しみ・かなしみに対する人間の呻き声であり、みずからが呻くような「悲」の存在であることを知ることによって、他者の苦しみ・悲しみがわかる、わかるがゆえに、その他者の苦しみを何とかして癒してあげたいという救済の思いとなって働いてくる、それが「悲」である。このような「悲」のはたらきには、すでにわれわれの自力を超えた働き、仏の他力の働きであるという理解がそこにはある。つまり、もともと、われわれ自身の有限性・無力性の感受において成り立ってきたはずの倫理感情としての「かなしみ」が、あらためてその有限性・無力性を思い知らされるという事態である。これは、人は人の営みとして、できうるかぎりを尽くしてながら、なおある届かなさ・力及ばなさは、それを自覚したところに、自然と向こうから、ある働きが働いてくるとしか言えない事柄である。

 

倫理感情から宗教感情への展開は、本居宣長の「かなしみ」論にも見出すことができる。宣長の「かなしみ」論は自己表出や共悲・共苦論だけではない、天地自然や神々とのつながりの中で「かなしみ」がとらえられている。宣長は、人はしに際しては、ただひたすら「かなしめ」ばいいという。われわれ一人ひとりにとって、死を前にしてどう「安心」したらいいのかという問題は、みな疑問に思っていることだろうが、そんなものはとりたててない。なぜかというと、下たる者はみな、「上より定め給ふ制法」─単なる制度・法律といったものではなく、もっと根本的な、この世がこの世である仕組みのようなことにおよぶ事柄であり、宣長は、それは神々が定めたものとも、あるいはきわめて霊妙な「おのずから」の働きが働いてそうなったとも言っている─のままに受け入れて、われわれのできるかぎりの努力をして世の中を渡っていく以外に仕方がないのであるから、別に「安心」などというものは必要ない。それなのに、無益のことをいろいろと考えて、天地の道理はこれこれで、人が生まれてきたゆえんはこれこれ、死ねばこれこれになるなどと、じつはわかりもしないことをさまざまに自分自身にいいように論じて、「安心」をこしらえようとしている。それらはみな中国から入ってきた儒教とか仏教のさかしらごとであって、ほんとうのところはわれわれには知りえないことであるから、すべて想像でかたっている無益の空論なのだ、と。

わが国においては、そうした儒教・仏教のような考え方が伝わってくる以前のむかしには、そんなこざかしい心がなく、たた死ねば、よみの国に行くものとのみ思って、「かなしむ」よりほかなく、これを疑う者もいなかったし、理屈をこねる人もいなかった。「よみの国」というのは、きたなくあしき所とはいえ、死ねばかならず行かなくてはならないことであるから、この世に死ぬことほど「かなしい」ことはない。そのもっとも「かなしい」ことを「かなしまない」ように、いろいろと理屈をつけているのであろうから、それらが真実の道ではないことは明らかであろう、と。これはのちの「安心なき安心」論と名づけられた大事な議論であるが、ここで説いているのはふたつのことである。ひとつは、この世界は、神々が定めた世界としてあるから、それをそれとして受け止めて生き、死ねばいいのだろうということであり、もうひとつは、死ぬことはとてつもなく「かなしい」ことで、「かなしむ」以外にないことだということである。そのふたつのことが別事ではないということが、この考え方の肝心なところであろう。つまり、「かなしむ」以外のないことをきちんと「かなしむ」ことが、結局は、この世の仕組みをそう定めた神々の働きに従うことになる。だから、そこに「安心」というものがあるのだという考え方になるということである。

ところで、世の中のことは、何ごともみな「神のしわざ」であるという、そのことの中には、当然悪いこと、わざわいも入っている。そうしたわざわさごとは、みな禍津日神がもたらすということであるがゆえに、その神の「あらびはし(あらぶること)」は、どうしようもなく、たいへん「かなしい」ことだ、というのである。そのことを、あらためて「世の中は、何ごともみな神のしわざに候。これ第一の安心に候」という考え方にもどすと、そのどうにもならなさを「かなしむ」ことにおいてこそ、われわれは神々の働きに従っているということになるといった理解が引き出されてくる。「悲しむべき事を悲しいと受け止めること、喜ぶべきことをうれしいとうけとめること」というのは、「物のあはれ」論でもある。そう感ずべきをそう感じるということが「神への随順」であり、また「安心」ということなのである。われわれは、生き死にをふくめて、基本的に、そうした働きに司られているのであって、その全体は、われわれには最終的にはわからない、しかし、わからないままに「妙」なる働きとして働いているというのである。しかし、宣長のこうした考え方は、さきの親鸞と同じように、「みずから」は、ただ手をこまねいたまま、そうした「おのずから」の働きに従え、というのではない。宣長は「安心なき安心」論では、われわれの「あるべく限りのわざをして」従え、と言っていた。「かなしみ」をまっとうに「かなしむ」ということは、はっきりと「みずから」の有限性・無力性を受け止めることである。「せむすべもない」という自覚である。そうした自覚において、はじめてそこに、「みずから」を超えた超越的な働きとしての神、「おのずから」の働きをかんじることができるということである。

2015年5月21日 (木)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(5)

第4章 他者に向かう「かなしみ」

きに概観した「かなしみ」の問題点とは、われわれは、なぜ本来否定的な感情である「かなしみ」に親和し、それを感受し表現することにおいて、そこにむしろ、ある種の安定なり救いなりを見出しえていたか、ということである。まずは、となりの他者への倫理感情として発動する「かなしみ」を考えてみよう。独歩の言い方でいえば、「同情の哀感」という「かなしみ」のあり方である。

たえがたい「かなしみ」にあるとき、人はただぶつぶつとつぶやくだけではなくして、思わず知らず、声を上げて「ああ、かなしい、かなしい」と言うものなのだ。それはとどめようと思ってもとどめがたく溢れ出てきてしまうものであり、そのほころび出た言葉は、自然と長く延びていき、あるかたち(あや)をそなえたものになっていく、それが、つまりは歌だと、宣長は言う。それは、とどめようとしてもとどめられない、という意味で、「おのずから」「自然に」そうなるものだと説明されている。そうすることによって「かなしさ」を晴らすことができるのだし、あるいはこのうえなく慰められるものなのだというのである。

柳田國男は、物語を語れ、一人の物語を創れ、というとを提唱している。とりわけ死という事態を前にした時、それまでの人生でバラバラであった出来事を一つのストーリーにまとめて物語にし、「ああ、自分の人生ってこういう人生だった」と思いえたときに、人は、みずからの死を受け容れやすくなるのだというのである。歌にしても物語にしても、ある思いを表わすということである。そうした表出において人は、思いを何らかのかたちにまとめあげることができ、そのことによって、心を慰めること、「かなしみ」を晴らすことができるということでもある。

宣長はさらに、このように表出しても心が晴れない場合があると、続けて言う。たえがたい思いは、ただ独り言で言い続けても、なかなか心の晴れないことがある。そのとき、その思いを人に語って聞かせれば、心の晴れることがある。さらにその人が「ほんとうにおつらいでしょうね」などと共感してくれるならば、いよいよこちらの心は晴れるものなのだというのである。それは、すでに一種の救いでもある、と。国木田独歩は「同情の哀感」について、「痛み」それ自体というよりも、「痛みなでさする」他者がいることによって、人は泣く。泣き、「かなしみ」を訴えることによってこそ、それに耐えうるというのである。それは、「人情の自然」であって、人と人との「同情」が「相発露、融化感応する」ことなのである。「共-苦」あるいは「共-悲」としての「かなしみ」ということができるだろう。

 

しかし、「同じように感じる」「共に感じる」とは、その感じるもの同士の感情が、まったく「同じ」ということではない。「同じように感じる」と「同じに感じる」では微妙に違うし、「共に感じる」ことには、その感情がまったく「同じ」であることがかならずしも前提ではない。同一音でなければ共鳴しないわけではない。そもそも、まったく「同じ」であるならば、「自分のことのように親身になって」とか、「思いやる」という想像力も必要ないことになる。「同じように」の「ように」、「共に」には、そうした微妙なニュアンスを読み込んでおかなければならない。これに関しては、日本人の「思いやる」倫理を代表する「やさしい」という感情に触れる必要がある。

「やさし」とは、もともと「痩せる」の「やせ」と同じところから出てきた言葉であり、「見もやせ細る思いがする意」がもともとの意味である。「やさし」には、そうした弱さ・傷つきやすさ・恥ずかしさといったものが、その原点にある。そして、それが転じて「遠慮がちに、つつましく気をつかう意。また、そうした細やかな気づかいをするさまを、繊細だ、優美だ、殊勝だと感じて評価する意」へと変わってきて、さらにその延長に、今われわれが使う「親切だ」「情け深い」というような意味合いが中世の終わりから登場してきたという歴史を持っている。

ところで、そうした歴史をになってきた「やさし」や、類語の「情け」には、ある種の作為性・演技性が含まれている。その点は「思いやる」ということにおいて大事なポイントになっていると思う。まずは、「情け」の方から見ておくと、「情け」という言葉は、「為す+け」ということで、「け(げ)」とは、見た目・様子の意の接尾語である。さびしげ、楽しげの「げ」と同じで、そう見えるということである。つまり、「情け」とは、為すように見えるということであり、「他人に見えるように心づかいするかたち」の意味で、したがって「表面的で嘘を含む場合も」あるとされていることばである。しかし、だからといって、それは偽善だと否定されてきたわけではない。むしろ古来、「情け」は、日本人の理想的人間像の要件の一つであった。

その「情け」は、かならずしも「まことの情」とか「真情」などといわれるものではなく、その場、その時においての「他人への心づかい」である。あるいは、いってしまえば嘘であるようなことも、そこには当然ふくまれている。場をふまえ相手をおもんぱかって、そうしたことを「よく言ひつづけ」うることが、光源氏のような人々にとっての「情け」であり、それはそれとして大事な「倫理」であり「文化」でもあったということである。それを、嘘だから嘘だと批判することは無論できるし、またそうすべき場合もあるだろうが、そうでない場合もあるということである。「誠」や「正直」だけが、倫理なのではない。このような「情け」のあり方は、そのまま「やさし」のものでもある。「やさし」といわれるものの中にも、そのように多少とも無理してやってやること、演じるということが含まれている。また、それそうしたことがそれ自体大切な人間関係をつくり保つということである。以上のような「やさし」「情け」の倫理にふくまれている、いわば距離感は、さきに述べた「同じように感じる」「共に感じる」というときの大事な距離感の問題にかかわっている。人は、簡単に「同じ」ではありえないのであって、そこを安易に「同じ」としてしまうとき、偽善や押しつけがましさといったことが起こってくる。「同情するな」「情けはいらない」「あわれむな」といった拒否反応は、それを感じとったところに生じるのである。

 

「同情」についての「同」「共」については、以上の点を確認したうえで、宣長の「物のあはれ」論や独歩の「同情の哀感」の「かなしみ」論にもどりたい。その「かなしみ」には、他者への表現ということを通して、他者に聞かれ、受けとめられることにおいて、そこにある呼応が生まれるという経緯があった。ある倫理性の成立であるが、九鬼周蔵は、そのことを次のように説明している。

この世のあらゆるものは有限であり、かぎりある自己とかぎりある他者とから成っている。「もののあはれ」とは、そのかぎりあるということから、おのずから湧いてくる哀調、「かなしみ」の調子のことである、と。自分一個の「哀れ(かなしみ)」が、他者への「憐れみ」へと互いに連動・制約し合いながら成り立ってくるゆえんがそこにあるというのである。つまり、かぎりある自己の有限性と、かぎりある他者の有限性とが、「ああ」と呼びかけ、「はれ」と呼びかけられる、そうした感情の展開として「あはれ」と「あはれみ」はつながっているということである。九鬼は、そうした有限性のあり方を、とくに偶然性というあり方の中に見出す。われわれは、確固とした意味や必然性をもって生まれてきたのではない。人との出会いも、今こうして共に生きていることにも、他のいろいろにありうる可能性のほんのひとつの現実としてそうであるにすぎないのだ、と。そうした偶然性というものをぬきに、人と人との倫理性を考えることはできない。それぞれが偶然的な出来事としての自他の存在や、出会いというものをそれとして受け入れ、それを大切に生き抜くことによって、そこに人と人とのかかわりというものをあらためて根源的に考え直してみようとしたのである。

自分一個の「あはれ(かなしみ)」が、他者の「あわれみ」へとつながる経緯は、「いたむ」という言葉が、「いたましい(いたわしい)」へ、そして「いたわる」という言葉へとつながっていく経緯と対応している。「いたましい(いたわしい)」という言葉は、「いたむ(痛む)」の形容詞化したもので、「本来、自分自身の肉体や精神の苦痛について言」っていたのが、やがてその「対象を、自己以外の相手や第三者に広げて、そういう人たちのふりかたを見て、自分が精神的苦痛を覚えたり、心を労したりすることを言うのにも、用いられた」とされるものである。現在では「いたわしい」は、後者の意味でのみ使われている。さらには、そうした「いたわしく感じる行動・動作をいうのが「いたはる」という動詞である」。つまり、「いたましい(いたわしい)」という思い、「いたわる」という営みは、その根底に、自己自身の「いたみ」があるのであり、その「いたみ」が相手の「いたみ」と呼応するということである。

「いたむ」という言葉自体に、「いたましさ(いたわしさ)」や「いたわり」の意味がふくまれていたように、じつは「かなし」という言葉自体にも、すでに、他者の「かなしみ」へのまなざしがふくまれている。つまり、「かわいそうだ」「哀れだ」の意味で使われているということである。

2015年5月20日 (水)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(4)

第3章 「かなし」という言葉の歴史

日本語の「かなし」の語源、つまり、「かなしみ」の「カナ」とは、「…しかねる」の「カネ」と同じところから出たものであり、何ごとかをなそうとしてなしえない張りつめた切なさ、自分の力の限界、無力性を感じとりながら、何もできないでいる状態を表わす言葉だということである。現在では失われた「愛し」という用法でも、基本は「どうしようもないほど、いとしい、かわいがる」で、ここでもやはり、「…しかね」ているのである。つまり、何をしても足りないほどかわいがっている、あるいは、どんなにかわいがっても足りないという及ばなさ・切なさが「愛し」なのである。この「愛し」以外でも、現代では使われていない用法が、「かなし」には多くある。

一方、漢字の「かなしみ」についても見ておこう。もっとも一般的な「悲」と「哀」の成り立ちは次のようである。

 非は、羽が左右に反対に開いたさま。両方に割れる意を含む。悲は「心+非」で、心が調和統一を失って裂けること。胸が裂けるようなせつない感じのこと。

 衣は、かぶせて隠す意を含む。哀は「口+衣」で、思いを胸中におさえ、口を隠してむせぶこと。

このように「悲」と「哀」とでは、多少ニュアンスが違うが、しかし基本的に、一般的なSORROWGRIEFの意味で使われている。が、もう一点、大事な意義がそこにはある。それは、いずれも「あわれみ」の意味があるということである。

 

以上のように見てくると、やまと言葉の「かなし」には、今のわれわれには失われたさまざまな使い方があったことに驚かされる。今われわれは、かつてはかように幅広かった、また奥行きの深かった言葉の、ほんの一部の意味だけしか使っていないということである。こうした経緯をふまえて、柳田國男が批判をしている。

柳田は、「カナシ」、あるいは「カナシム」というのは、もともと感動がもっとも切実な場合、あるいは、見にしみ通るような「強い感覚」を表わす言葉であったのが、徐々にその意味内容が限定されてきて、今われわれかぜ標準語として、ふつうに使っている「かなしい」という用法だけになってしまったのだ、と言っている。柳田は、さらに「泣くことをことごとく人間の不幸の表示として、忌み嫌いまたは聴くまいとしたこと」への批判をしている。「今日の有識人に省みられておらぬ事実はいろいろある中に、特に大切だと思われる一つは、泣くということが一種の表現手段であったのを、忘れかかっているということである。言葉を使うよりももっと簡明かつ適切に、自己を表示する方法として、これが用いられていたのだということは、学者がかえって気付かずにいるのではないかと思われる」さらには、「いろいろの激情の、はっきりと名を付け言葉を設けることのできぬもののためにも、人間は泣いている。むしろ適当な言語表現がまだ間に合わぬがゆえに、この特殊な泣くという表現法を用意していたので、それで相手に気持ちが通ずるならば、実は調法と言ってもよかったのである」。

泣かなくなった代わりに、それを表現する言葉なり文化なりがあればいいが、まだそうしたものは確としてあるわけではないのだから、そうした点についても歴史をふまえてきちんと反省しておかなくてはならないと警告しているのである。

 

柳田と、ほぼ似たようなことを本居宣長が指摘している。宣長の指摘は、直接「かなし」に関してではないが、「あはれ」という類語についてのものである。

たとえば、みごとに咲いている花、あるいは、清らかな月を見たときに、「ああ、きれいだなあ」「みごとだなあ」と思う、そのような心が動くこと、それが「あはれ」ということだ、と。「あはれ」という言葉は、「ああ、はれ」であり、「ああ」も「はれ」も、ともに間投詞・感動詞である。ものごとにふれて「ああ」と感ずること、「はれ」と思うこと、それらは、すべて「あはれ」ということなのである。つまり、うれしいことでもおかしいことでも楽しいことでも、ああ、うれしいなあ、楽しいなあ、と感ずれば、それは「あはれ」である。時に、きれいなもの・立派なことに対して「あっぱれ」と賞することかあるが、この「あっぱれ」も「あはれ」と同じ言葉である。そして、そのように、当面する事柄のおもむきや風情をよく知って理解し、うれしいことはうれしい、かなしいときはかなしいというように、それぞれの場面ごとにしかるべく心動かすことができるのが「物のあはれを知る」ということなのである。もともと「あはれ」というのは、このような広がりを持つ言葉として使われていたと、宣長は指摘する。しかし、その「あはれ」が、「あはれをさそう」とか「あはれな行く末」といった、ある限定された意味の言葉としてのみ使われるようになってきていたという経緯がある。

こうしたい、こうなりたいという、そうしたプラスの思いにそったかたちでの情動、それはたとえば、うれしかったり、おかしかったり、楽しかったりする情動であるが、そこでの感動の深さは、あまり深くはないのだ。それに対して、「かなしき事、こひしき事」など、こうしたい、ああなりたいと思うのに、そうできない、かなわないという、願いに逆らうときの方が、心を動かされることはずっと深いのだ。そこでとくに、その深く感じる「かなしい」情動の方を、とりわけて「あはれ」というようになったのだ、という解釈である。

 

2015年5月16日 (土)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(3)

第2章 「かなしみ」の力

国木田独歩の思想的営みのもともともの基本は「驚き」ということにあった。しかし、ついぞ彼は「驚き」えていない。そして、「驚き」に代わって「人間悲哀の源を究める」ことが、その思想・文学の中心の座に据え置かれることになる。「哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」という西田の主張は、独歩の思想・文学において実証されている。

独歩の活躍した明治二十年代から三十年代にかけては、思想・文学の世界では、「煩悶状態」と名付けられた、ある種の精神の危機状態があった。「煩悶」とは、答えのない問いを問う精神の病であり、こうした中で、それをみずからの精神状況としてまっこうから立ち向かった一人が国木田独歩である。独歩は、人生の「不思議」「不可解」についてくりかえし言及している。それは、無窮なる宇宙・自然と、そのうちにありながら「浮沈生滅」する有限存在の「吾」との関係の「不思議」ということである。つまり、両者の「相関するの深意」を求めての「不思議」である。そしてその、いわば縦の「不思議」は、横の「不思議」を生む。つまり、もしわれわれ一人一人が、この無窮なる宇宙・自然との「相関するの深意」をきちんと見出せずに、幻のごとく死んで消えていってしまうだけのものであるならば、「人が人に対する関係」というのも、ついにその意味の分からない、つながりが見えないものになってしまうのではないか、そうした意味の「不思議」である。宇宙・自然との関係がまず基本であり、人間相互の関係は、その関係をふまえて考えるべきだという考え方である。

そのような「不思議」を科学的に分析したり哲学的に解明するということではない。すべては、この「不思議」を「極意」することに始まるというのである。つまりそれは、「不思議」なものを「不思議」だと、強く感ずること、すなわち「驚く」ことである。今やわれわれは、あまりに世間的な習慣や制度といった厚い「膜」の中に埋没して、そうした「不思議」を感受しえなくなっている、だから、そうした「膜」を打ち破って、直接、宇宙そのものの中に自己というものを感じとることがまず第一だと、驚きたい、目を覚ましたい、と言い続けるのである。しかし、独歩のこういう「驚きたい」という願いは対に達成されていない。

 

独歩に『忘れえぬ人々』という作品がある。この主人公は、「独立独歩」の主体的自己たろうとする意欲がくじけてしまっている。その意味で挫折しており、その挫折において、「耐え難いほどの哀情」におそわれているのである。しかし、そうでありながら、その時ほど心の平穏を感じることはない、自由を感じとることはないというのである。問題は、なぜ、本来、否定的な感情である「かなしみ」において、そうした平穏なり自由なりの、安定的・肯定的なあり方が可能になっているのか、ということである。

ここで独歩は、そのことを意識的にふたつの哀感の可能性として分けて書いている。『欺かざるの記』という、独歩の思想日記の方で使っている言葉でいえば、「天地悠々の哀感」と「同情の哀感」というあり方である。まず、「天地悠々の哀感」であるが、われわれの生というのは、こり大いなる天地のほんの一角にポツッと生まれて、そしてそこで生き、また死んで帰っていくという、そうした小さい存在ではないか、という感じ方である。そうしたあり方を『忘れえぬ人々』のあり方において見出したということである。例えば、瀬戸内海の小さな島で貝を拾っていた老人のあり方である。独歩は、このような人々に「人間は小なる者かな」の思いをなぞって「小民」と名付けているが、そうしたあり方において、人間存在の、いやおうない「小」という側面を感得していたのである。独歩のもともとの思想課題は、「独立独歩」の主体的な自己を形成することであった。「小民」とは、むしろそれては対極の人間像である。「小」なる挫折を感じせしめるものであり、その意味で「かなしみ」のうちにある人間把握ではある。が、むしろ、そうした「かなしみ」を感じとることにおいて、それを通して、逆にそこに、そういう人間をおさめとっている天地の悠々たる大きさを感じとることが可能なあり方でもあった。いかに小さな存在であれ、というより、われわれはみな、そうした多いなるものの中に生まれて、そしてまた、その中に消えていく存在なのだ、それでいいではないかと思えたときに、そこにある種の平穏・安定が感じられてくるという感じ方である。

もうひとつは「同情の哀感」であるが、これは「独立独歩」の主体的な自己などということを云々しているこの自分と、あの「小民」との間に何の違いがあるか、「皆なこれこの生を天の一方地の一角に享けて…相携えて無窮の天に帰る者ではないか」─、そう思いえたとき、じつに「我もなければ他もない」「ただ誰も彼も懐かしくって、忍ばれてくる」という、「懐かしさ」をともなった「かなしみ」として感じられてくるというのである。「同情」とは、文字通りの同-情、同じ情況を担っているという認識において現れてくるものであり、その同情を分かち持つこと、共に「かなしみ」、共に「くるしむ」こと(共悲、共苦)によって、そこでの痛みなり「かなしみ」なりが乗りこえられるということである。天地・宇宙を驚き受けとめ、「独立独歩」の確固たる自己形成をなしえた人たちのことを考えると、崇敬・荘厳・偉大の念に満たされるし、彼らと肩を並べることができなければ、同じ人間として痛恨するが、しかしもし自分が、必ずや朽ちて死んでいく存在だと思えば、むしろ通俗同胞である「小民」とともに死んでいきたい、と。「同情の哀感」とは、そうした「小民」とともに、生きて死んでいこうとする共悲・共苦のことであった。

 

しかし独歩は、その安定も長く続けることはできなかった。結局は、根底にずっとあった「独立独歩」の自己形成への願いが、みずから「小民」たることを阻害したからである。つまり、文学者であろうとすること自体もそうであるが、さらに彼は政治志向や実業志向もあって、根深いところで「独立独歩」へのもがきから自由になれなかったということである。事業の失敗にくわえて、やがては結核を発病し、失意・挫折のうちに明治41年に死んでいくのであるが、この、うまく行かなかった最中に、なおつぎのようなことを言っている。自分の生きていることについての「不思議」「不可解」に惑っている。自分の人生が泡沫のようなものであり、さらには人類の運命すらも「はかない」ものと感じ「消魂」しているのであるが、しかし、それでもなお、わずかに耐えしのびえたのは、泣けたからなのだ、哀感があったからなのだ、と言っているのである。泣けるというのは、あるいは「かなしい」と思えるのは、どこかに「人情と自然との幽かなれど、絶えざる約束」といったようなものを感ずるからなのだという思いなしである。つまり、「かなしい」と思えるかぎり、その「かなしさ」を通して、「人情と自然」との、たとえかすかではあっても、その「絶えざる約束」のようなものを確かめられたということである。それを可能にするのか「哀感の力」なのである。

独歩の同時代人の綱島梁川は、より明確に、悲哀はそれ自体が既に救いであると言っている。もし神や仏というものが存在するならば、それは、まず悲哀の姿をしてわれわれに来るものなのだ、と。それゆえ、悲哀があるということは、それ自体がすでに神と人間とのあるやりとりの現れなのであり、悲哀というものを持つこと、それがすでになかば「救い」なのだというのである。「かなしみ」があるというのは、「人情と自然」との何らかの「約束」をどこかで感じているからだ、という独歩の言い方をさらに積極的に推し進めた考え方ということができるだろう。

神というものは、われわれの主観が「造り出すもの」であるが、その「造るという意義が、一時偶然のすさび心にて造るの義にあらずして、人の本性の必至より来る創造の義」だとういのである。「人の本性の必至より来る」とは、自己の内に発しながら自己にも「不可抗なる至心至切の要求」、あるいは「自分で自分の自由にならぬ主観以上、空想以上の一種不壊の要求」といった、自己の至深にあって自己を自己たらしめている何ものかからの、抗いがたい要求の顕現を意味するものであり、その意味では、神の創造とは、同時に神の発見でもある。梁川において悲哀とは、そうした「至心至切」「必至」の感情のことである。われわれが「かなしい」と思うのは、「さあ、かなしかろう」といって「かなしく」なっていく、自分でやめようと思ってもやめられない、その意味で自分を超えて起きてくる感情だというのである。悲哀は、神から来るものであると同時に、神へといたる媒介の感情である。もともと、みずからの有限性・無力性を感じとる「かなしみ」が、その「深い」感受を通して超越的なものにつながるという論理がそこにある。

2015年5月15日 (金)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(2)

第1章 「かなしみ」という問いの原点

現代社会をおおっている、はてしなく続くとも思える争いも、一神教的な宗教同士の対立の、一つの神様(考え方)が正しければ、他の神様(考え方)が正しくないと考える、そうした一神教的発想が構造的にはらんでいる問題である。「絶対」というのは対(相手)を絶することであるから、両方が正しいということはできない。争いの感情は、怒りである。そしてまた、それが溜まって、憎しみ・恨みになっていく。紛争地域の人々の表情には、怒りが渦巻き、憎しみ・恨みが滞積している。怒りというのは、正義という問題もふくめて、人が誇りあるあり方を求めるにおいてはきわめて大切な感情であり、それゆえまた、大きなエネルギーを生む感情でもある。しかし同時に、怒りは人間の大きな罪でもある、諸宗教は教えている。怒りという感情は、何かが起きたときに、その対象を特定し、それが悪いせいだと、もっぱらそちらへとだけ突き進んで行かせることのできる「魔術」なのである。とすれば、怒りだけではなく、そこにさらに何が必要か。むろん、より高い知性なり思想なりが求められているのであるが、それがややもすれば、ふたたび─自分の考えが正しければ、相手の考え方は正しくない、という─悪循環をもたらしてしまう。

9.11当時多発テロをふまえて、吉本隆明が、「存在倫理」という新しい考え方を提出している。要するに、イスラム原理主義が主張していることも迷妄であるし、またアメリカが振り回す自由と民主主義ももうひとつの迷妄だ、と。そうした迷妄同士の突き合せでは、相手を殲滅するまで闘う以外になくなってしまう。もしそれを超えることができるとすれば、そこには、「人間が存在する自体が倫理を喚起するもの」としての「存在倫理」といったようなものが考えられるべきだと、こう言っている。

きわめて当たり前な、しかしそれこそが難しいといえばむずかしい根本的な問題が提出されているように思う。「人間が存在すること自体が喚起する」倫理性、相手が「いる」ことそれ自体から引き出されてくる倫理のあり方の問題である。「かなしみ」という感情は、吉本がここで提出している「存在倫理」の、ひとつの可能性を問うものとして考えることができないか─。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』において、ジョバンニは「たったひとりのほんとうの神さま」を信じて、女の子のいう神さまに、「そんな神さまうその神さまだい」というが、「あなたの神さまってどんな神さまですか」と問われて、ジョバンニは、「ぼくほんとうはよく知りません」と答える。どこまでも「たったひとりのほんとうの神さま」というものを求め続けながら、しかもそれ自体が迷妄といわれないように、ある攻撃的な固さに入り込まないとすれば、どうありうるかという、そうしたためらいの問いを問い続けているようにも見える。そうした姿勢は例えば、こうした言い方にも素朴に出てくる。「みんながめいめいにじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう。けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとん議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。」その勝負のつかなさを耐えつつ、しかしなお「ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれる」ことを受け止めていこうとするところに、宮沢賢治の、ある独自の場所、また可能性があるように思う。それは、かなりはげしい「法華経」信者として、銀河世界に働く、大いなる「まことの力」の絶対性といったものを信じつつ、なおそれを受けとめきれていない自己の「修羅」性を見つめ揺れ動いていくところの問題でもある。賢治の「修羅」意識は、「はぎしり燃えてゆききする」といった、どうしようもない「怒り」でもあるが、同時にまた、どうしようもない「かなしみ」でもある。

 

西田幾多郎の思想の根底にあって、それを推し進めさせたのが、人生の悲哀、人の生きることがいやおうなく持っている「かなしみ」という問題であった。アリストテレスにさかのぼるまでもなく、哲学のもっとも基本的な動機・理由は「驚き」が一般的であった。が、西田は、そこに「驚き」ではなく「悲哀」を置いているのである。西田において「悲哀」とは、いってみれば、死なざるをえないものとして生きる(いつまでも生きたいがけっして生き続けられない)人間の自己矛盾した存在のあり方に必然的にともなうものとして考えられている。

西田は生娘を失った友人について、かわいい娘が亡くなって白骨になってしまった。しかし西田は、けっして人生とはこれまでのものだとはやり過ごさない。その「かなしみ」というものを見つめていくことの中に、そこにあらねばならない「深き意味」を考えようとしたのである。われわれの生というものを死を介して見つめなおすことであった。注目すべきことは、その凝視が、積極的・肯定的な事態を可能にするものとして受けとめられ、語られているということである。「かなしみ」とは、まさに「…しかねる」という有限性として、「運命」「諦め」「不可思議の力」「己の無力」を知らしめるものである。が、そうした有限性の認識を介してこそ、「人心を転じて」、「無限の新生命」に接することができるようになってくるという論理がそこにはある。西田哲学は、有限性を深く感受する「かなしみ」においてこそ、ゆたかな無限性がひらかれてくる、という、「かなしみ」の思想展開として、構想されていくのである。

2015年5月14日 (木)

たまたまの妄言

晩年のトルストイの短編などを読むと教父時代の原始キリスト教のような禁欲的な、「貧しきものは幸いなり」を実践するような内容に驚く。そんな考え方になったが故に、自らの地主の身分から逃げだして、放浪のような生活をおくり、行き倒れた、という伝記的事実が納得できる。

残すために仕方なく行うもので、快感を得ることは変態的な倒錯にほかならず、姦淫の大罪にあたるという。同じように、食事は生命を維持することが本質的な目的であり、それ以外のもの、例えば美味しさを感じるというのは、本来の目的から外れたものということになる。

敢えて、敷衍すれば、後年マルクスが生活の手段として仕方なく労働という手段を選んだはずだったのに、いつのまにか、労働に生活を支配されてしまうことになるという「疎外」という概念に通じるものだろうか。

禁欲的すぎて、窮屈すぎるとは思うけれど、謹厳居士というわけでもないけれど、趣味とか快楽とかいうことには、生存ということから乖離していくものということは、頭の片隅に残ってはいる。

たまの妄言

少数意見だろうけれど、私は基本的に人前で食べるというのは、恥ずかしいことであると思っている。だからこそ、共に食事をするというのは恥を共有できる、心を許した親しい人なのだ。例えば、家族とか。それは、野生動物をみれば、食事をしている時が一番無防備で、危険な時であることからも分かる。だいたい、文明化し、社会生活を営む人間にとって、生存行為がむき出しになるのは、食べる時、寝る時、セックスをするとき、排泄をするとき、と列記していけば、食べること以外は、他人の前で見られることは恥ずかしいし、見せることは反道徳的ですらある。とくに、食べることの結果は排泄することで、入口と出口の関係であって、基本的には同質の行為であるはずで、排泄を他人に見られようとは思わないのであれば、食べることも他人に見せると思うだろうか。だから、会食とかパーティーとか、外食もそうだが、見知らぬ他人の前で口をパックリ開けて食うということは、本質的に恥ずかしいことと思う。もしかしたら、年をとった人々が、黙々と手早くすましてしまうのは、その意味での羞恥心の故だったのではないかと、このごろ思う。会話をしながらゆっくり食事をするなどというのは、行儀が悪い。だから、マナーなどというのは欺瞞だと思っている。とはいえ、社会通念に逆らえない

2015年5月13日 (水)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(1)

人間を「かなしい」存在としてとらえるには、日本人の人間存在の受けとめ方として、ごく一般的なものである。文学のみならず、たとえば西田幾多郎は、「哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」と言い切っている。また、「宗教の問題」も「人生の悲哀という事実」を深くみつめるところから起こっているのだ、とも。我が国の歌や物語や種々の芸能の主題として、どれだけ多くの涙や「かなしみ」がとりあげられてきたか。

以上のことを確認したところで、大事な問いが問われてくる。つまり、それらの哀感、「かなしみ」は、かならずしも厭うべきもの・触れたくないものとしてのみ描かれてきたのではないということ、むしろ、ある意味で日本人は、この感情を積極的に享受し表現してきた、ということへのあらためての問いである。「わび」や「さび」、また「やさし」とか「幽玄」といった日本人の美意識の成立にしても、こうした「かなしみ」という感情のあり方をぬきにして考えることはできない。本来、否定的な感情であるはずの「かなしみ」に深く親和してきた日本人の心のあり方は、どのような他者や世界の受けとめ方に基づいているのか、それは、主として何に向けられ、それにどう対応する姿勢を示すものなのか─。こうした問いが主題的に問われてくるということである。

本書のテーマはこのような問いを考えるところにあるが、あらかじめの大きな見通しを述べておけば、日本人の精神史においては、こうした「かなしみ」を感受し表現することを通してこそ、生きる基本のところで切に求められる、他者への倫理や、世界の美しさ、さらには、神や仏といった超越的な存在へとつながることができると考えられていたのではないか。つまり、「かなしみ」とは、生きていること(死ぬこと)の深くゆたかな奥行きをそれとして感じさせる感情なのではないか─。

「かなしみ」とは、まずは、「みずから」の有限さ・無力さを深く感じとる否定的・消極的な感情であるが、しかし、そうしたことを感じとり、それをそれとして「肯う」ことにおいてこそ、そこに「ひかり」(倫理、美、神・仏)が立ち現れてくるという、肯定への可能性をもった感情としてあるということである。

2015年5月12日 (火)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(23)

「感情」と訳されるpassioが同時に「受動」を意味することからも分かるように、感情を抱くことは、自分の思い通りにはならないような仕方で他のものから心を動かされることを意味する。そうした意味で、完全な存在である全能の神には受動的な感情は存在しないとトマスは述べている。感情を抱くことは、外界の影響に無防備にさらされてしまう傷つきやすさを含意しているからだ。外界の出来事によって心を受動的に動かされてしまうことは、徹頭徹尾能動的な「父なる神」には存在しない「弱さ」であり、その意味で、「欠陥」と言われうる。それは、キリストが「真なる人間」であるかぎりで、すなわち我々普通の人間と同じ人間本性を共有するかぎりにおいて、それなしでは存在し得ないような「欠陥」なのだ。キリストにおいて、理性的存在である人間の存在の目的を適切に実現することを妨げる負の可能性が食い止められるような仕方で感情の運動が存在していたことによってこそ、「感情」の存在意義、感覚的世界との豊かな出会いを実現するという意義が、十全に実現されていた、とトマスは理解している。

「私の意志ではなく、あなたの意志を」というゲッセマネの祈りに関して、我々は「キリストの魂」という私秘的な場所での諸能力間の葛藤が秘かに行われていた、と解釈しがちだ。そうした見方では見えてこない次元が、スコラ的な霊魂論には存在している。「本性としての意志」と「理性としての意志」という霊魂の理性的部分のうちにおける「理性の意志」の二つの分節化は、単なる「内面的な」心理学的概念として捉えると、不毛な概念的区別としか思えないであろう。だがそれは、ゲッセマネのキリストにとって、この世界全体が、そして、差し迫った自らの受難という出来事が、どのように現象していたかを語り出すための区別なのだ。

否定的な仕方で自らに現象してくる事態を、人間は、感覚的欲求に現象してくるのとは別の仕方で、また、自然的欲求に現象してくる在り方を超えて、受け取りなおせる。否定的に現象してくる事態に正面から直面することによって、その否定性が、単なる否定性としてではなく、何らかのより肯定的な事態を実現するための不可欠な契機として現象しなおしてくるように、事態を受けとめなおせる。そのとき、その不可欠な契機は、単なる否定的契機ではなく、同時に、目的の善さが、その否定的契機自体のなかに分け持たれていることが見てとられるようになる。苦難を単に甘受するのではなく、苦難を含んだ出来事の全体を新たな欲求対象にしていくことができる。諸動物には存在するとは考えにくい、人間固有のこうした柔軟な状況対応力こそ、「理性としての意志」という概念で語られている内実なのだ。人間は、理性的な分節化の能力を有していることによって、この世界のなかに新たな欲求可能性を読み込む力を持ちえている。「本性としての意志」によっては欲求対象となりえないことが、「理性としての意志」によっては、欲求対象に含まれうる。「理性としての意志」にとってのふさわしい在り方は、「幸福」を必然的に目指す「本性としての意志」の直接性を超えて、より分節された目的手段連関のなかで事態を捉えなおすことによって、より具体的かつ重層的な仕方で状況を把握しつつ、善を達成していくことなのだ。それ自体としては欲求されるはずのない苦い物質が、健康になるになるためという目的手段連関のなかに置きなおされることによって、欲求されるものとして、新たな仕方で分節化されて立ち現れてくる。そのとき、その薬は、健康という目的を達成するための必要悪というよりは、むしろ、健康という善を達成するためのかけがえのない手段として、目的の善さを反映させながら、それ自体、善きものとして現象してくる。長らく薬の開発を待ちわびていた難病患者に対して薬がどのように現れるかを考えてみれば、そのことは明白であろう。そして、そうした新たな立ち現れは、人間の側の主体的な目的手段連関の構築に基づいたものでありつつも、だからといって恣意的なものではない。主体的な目的手段連関の構築によってこそ、この世界自体がもともと有していた豊かな欲求可能性が、欲求者の在り方に応じて新たな仕方で分節されてくる構造になっている。こうした意味で、理性は、単に感覚的欲求をコントロールする力でもなければ、普遍的・抽象的な概念を認識する力でもなく、この世界の欲求可能性が新たな仕方で分節的に立ち現れることを可能にさせる能力だと言えよう。達成されるべき善が状況に応じて自在に分節化されて現れることを可能にさせている「理性的な意志」の柔軟な状況対応能力こそが、理性的存在である人間の有している真の卓越性なのであり、キリストはそうした卓越性を最高度に実現させていた、とトマスは捉えている。

ゲッセマネにおけるキリストの複合的な意志の運動を、神に従おうとする善い意志と困難から逃避しようとする悪しき意志との葛藤として捉えるのではなく、様々な意志のそれぞれが、それぞれの領分を守りながら、各々にふさわしい仕方で善を欲求していたとの極めて特徴的な解釈を下すことによって、トマスは、心身複合体である人間存在の全体を肯定的受けとめなおすことのできる視座を切り拓いている。これにより、「単なる人間」である我々にとっては、受動的な感情を通じたこの世界との関わりは、「無感情性=不受動性」という在り方では得ることのできない豊かな在り方を実現させる契機となる。さらに、キリストにおいては、不受動的な様態で受動すること、すなわち、「理性」が感情によって支配されることがない仕方で感情の運動を通じた感覚的世界との出会いを経験することが可能になっていた。そして、それは「単なる人間」である我々とは全く無縁な在り方なのではない。感覚的欲求や「本性としての意志」の固有で積極的な役割を認めつつ、その負の可能性が食い止められるような在り方が、我々の模範ともなる仕方で提示されている。「本性としての意志」においては、人間は、単純に魅力的なものに引き寄せられ、好ましからざるものから遠ざかる。状況の関数として自ずと動いてしまう。それに対して、「理性としての意志」においては、人間は、自ら能動的に状況を分節化する。自分の周囲の状況を単に反応するだけではなく、何かを通じて他の何かを達成するという意味での理性的な対応を為すことができるとの自覚が生まれてくる。そして、そうした能動的な分節化の果てに開示されてくるのが「受難」という受動の極みの選択肢だという点に、キリストにおける「理性としての意志」の特徴がある。「感覚的欲求の意志」や「本性としての意志」にとっては不本意な事態に直面しても、その否定的な事態に完全に巻き込まれたり圧倒され尽くしてしまうことなく、それをも包み込むような仕方でより大きな善へと向かいうる状況打開力─「理性としての意志」に基づいた柔軟な反発力─が人間には元来備わっている事実を、ゲッセマネにおけるキリストの意志の在り方は指し示している。それは、「単なる人間」である我々にとっても無縁な在り方ではない。ちょっとした不調和、感覚的欲求の微細なぶれが、蟻の一穴のように、人生という構築物全体を台無しにする可能性がある。逆に、否定的な事態に直面しても、それを自己肯定感の全体へと波及させないような柔軟な反発力が、元来備わっている。我々のなかに埋もれているそうした力を顕在化させていくことが求められており、またそれが可能であることを、ゲッセマネにおけるキリストの姿は、我々に指し示している。

キリストの精神がそうした回復力・逆境対応力を安定的・持続的に保ちえたのは、「単なる人間」ではなく、同時に神であり、キリストのうちなる「人間本性」が、その「神的本性」と常に不即不離の仕方ではたらいていたからであった。キリストの「人間本性」は、「神的本性」と融合も分離もせずに一致し、「神的本性」の真の姿が罪による妨げなしに輝き出ることが可能になっていた。否定的な感情の動きによって理性が圧倒されてしまう負の可能性から守られていることによって、キリストの「人間本性」は、「人間本性」が有する肯定的な可能性を十全に発露させることができていた。キリストの受肉と受難は、単なる「神秘的」な出来事に過ぎないのではない。神の受肉であるキリストは、人間にとってどのような在り方が可能なのかを「単なる人間」である我々に伝達する、すなわち、人間本性の真の姿を明示する存在だ。そして、キリストの受難は、人間本性の根源的な善性を逆境のただなかで明示するものとして、人間に、自らの内的な善性を根源的な仕方で覚知させるものなのだ。

 

最後に結論の章になりますが、あと興味のある方は、本著作を直にあたることをおすすめします。

2015年5月11日 (月)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(22)

状況打開力を有する人間の意志の構造は、ゲッセマネにおけるキリストの意志に着目することによって、より具体的に取り出すことができる。この場面、キリストの人間的意志には、神の意志に従う善き在り方をしている「理性の意志」以外に、神の意志に従おうとしない悪しき在り方をしている「感覚的欲求の意志」や「本性としての意志」があり、この意志の葛藤がしばらく続き、キリストはこれを克服して、自らの思いではなく、神の意志の実現へと心を固めていく過程としてゲッセマネの祈りを解釈し、その過程を、苦難に直面する人間にとっての模範と位置づける理解はゲッセマネの祈りに関する一つの典型的な理解の仕方と言える。

しかし、トマスは、キリストにおいては、克服の対象となるような意志の葛藤は存在しなかったと解する。そもそも、あらゆる欲求や意志は「善」に向かう、より厳密に言えば「善と把捉されるもの」すなわち当の欲求や意志に対して善いものとして現れているものに向かうというのがトマスの根本的な洞察だ。一見「悪」が欲求されているように見えても、そのような「悪」は善の観点のもとに欲求されているとトマスは捉えている。そうである以上、「感覚的欲求の意志」と「本性としての意志」と「理性しての意志」のはたらきの齟齬は、「善」へと向かうか「悪」へと向かうかに関する齟齬ではありえず、むしろ、それぞれの意思に対して何が「善」として現象しているかの区別だと考えざるを得ない。

最も「神の意志」に反する在り方をしているように思える「感覚的欲求の意志」に関して言うと、トマスの述べていることは次のように解釈できる。すなわち、「感覚的欲求の意志」にとってのふさわしい在り方は、感覚的欲求を充足する対象を求め、感覚的欲求の充足を阻害する対象を避けることである。たとえば、食欲を満たす栄養分豊かな食べ物を欲求することは、「感覚的欲求の意志」にとってふさわしい在り方であって、他方、自己保存を長期的に傷つけてしまう麻薬を求めることは、「感覚的欲求の意志」にとってふさわしい在り方ではない。そうすると、「感覚的苦痛を避ける」在り方をしていたキリストの「感覚的欲求の意志」は、自己の保存を感覚的に毀損する悪を避けるとの意味で正常に機能していた、すなわち、ふさわしく善い在り方をしていたと言える。「感覚的苦痛を避ける」という「感覚的欲求の意志」の在り方は、葛藤を経て克服されたのではなく、十字架に至るまで、キリストのうちに持続し続けていた。しかも、望ましくない在り方が部分的に残存していたのではなく、感覚的存在である人間としての健全で望ましい在り方として持続し続けていたのだ。

 

「本性としての意志」と「理性としての意志」との対比は、「動物的な意志」と「人間的な意志」との対比でもなければ、「無自覚的な意志」と「自覚的な意志」との対比でもない。なぜなら、キリストが、動物的・無自覚的な意志によって人類の救いを意志していたと解するのは、非常に奇妙なことだと言わざるを得ないからだ。理性的・自覚的な意志であってはじめて、「人類の救いを意志する」ことは可能となるはずである。それでは、同じく霊魂の理性的部分のなかにある「本性としての意志」と「理性としての意志」は、どのように区別されるのだろうか。

「理性としての意志」に特徴的なのは、事態を目的手段連関のなかで捉えなおし、実現しようとすることだ。そして、なぜそうした目的手段連関の構築が要請されるかと言えば、それは、単に意志するだけでは実現されない多くのことが、この世界には存在しているからである。何らかの困難への直面が、「理性としての意志」という仕方での意志のはたらきを呼び起こしてくるのだ。

そもそも、欲求や意志は、常に現実的な仕方で働いているのではない。トマスの見解をより分かりやすくするために、身近な例を挙げてみよう。たとえば、或る人が、恋人に会いに行くために、神田神保町を歩いているとしよう。その人の欲求は、ひたすら恋人へと向けられている。そのとき、ふと、古書店の軒先に、以前から探していたトマス研究書がその人の目に飛び込んでくる。そうすると、「その本を買いたい」という欲求がその人のうちに湧き上がってくる。そのような欲求、その人がもともと有していたものではあるが、その時点までは現実化していなかった、習慣的な仕方で保有されていた欲求だといえよう。その際、「その本を買いたい」というその人の欲求は、単なる感覚的欲求ではなく、理性的な欲求ではあるが、特別な目的手段連関を構築しなければ達成できないような大げさな欲求ではない。その人は、その本を手に入れることを、単純に意志する。その古書との出会いによって活性化されたその人の欲求は、トマスの言葉を使えば、「本性としての意志」なのである。だが、その人がその本を手に取り、それが予想以上に高額で、手持ちの金銭では購入できないことに気付く。そうした困難に直面すると、その人は、その本を手に入れるために、何らかの目的手段連関を構築せざるをえなくなる。たとえば、「恋人から金銭を借りることによって本を買う」といったように。こうした仕方で分節的に媒介された欲求が、「理性としての意志」なのだ。

そして、久しぶりに会った恋人に対して、いきなり「本を買うためにお金を貸してくれ」と言い出すその人に対して、恋人は、「この人は私より本の方に関心があるのか」と思い、不快感を抱くかもしれない。或る状況に直面して、どのような欲求が活性化されてくるのかは、単に偶然的なのではなく、その欲求が活性化された当人の人柄を反映したものであることが、この例から読み取れるだろう。また、我々は、一度には一つの欲求しか抱いていないわけではなく、状況に応じて現実化されてくる多様な欲求を習慣的な仕方で同時に所有しているという事実も、この例から読み取るべきもう一つの重要な点だ。つまり、「本性としての意志」と「理性しての意志」といった多様性があるのではなく、「本性としての意志」自体が、そして、「理性としての意志」自体が、多様なのである。

キリストにおいては、「感覚的欲求の意志」と「本性としての意志」と「理性としての意志」が、それぞれにふさわしい在り方をし、かつ、それぞれが互いの領分を侵さずに共存していた、とトマスは捉えているのだ。ゲッセマネにおける祈りの積み重ねの中で葛藤が次第に克服されていくといった時間的経過を強調した解釈をトマスは下していない。そうではなく、感覚的欲求が自然な運動を行ないながらもそれが理性のたがを外れない在り方をキリストは終始一貫して持続させていたのだとの解釈を下している。そうすることによってトマスは、ゲッセマネの物語をキリストの魂の究極的な調和の表現として読み直している。それは単調でのっぺらぼうな調和ではなく、多様な意志がそれぞれに豊かな動きを示す動的な調和なのである。

2015年5月10日 (日)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(21)

第6章 キリストの受難─肯定の哲学の原点─

神の受苦可能性・不可能性の問題は、多面的な広がりを有している。その全貌を明らかにするためには、神の受動性・受動不可能性の問題を背景に置きながら、キリストの「受動=感情(passio)」について考察していく必要がある。キリスト教の正統教義において、キリストは、「人間」であるとともに「神」である。つまり「人間本性=人性」と「神的本性=神性」の双方を有するとされてきた。神と人間の接点であるキリストの感情についての考察は、人間の感情について新たな角度から考察する手がかりを与えてくれる。トマスにおいてはpassioという語が、「受動」という意味と「感情」という意味が区別されつつも密接に絡まり合った仕方で用いられていることは既に繰り返して述べた。実はそれだけではなく、もう一つ「受難=苦難」という意味でこの語は用いられている。とりわけキリスト論のなかでは、この三つ目の「受難」の意味が軸となって、受動的感情のテーマがそこに組み入れられている。トマスは、多層的な意味を持つpassioというラテン語の意味の焦点について、受動的に生じてくる感情は、思い通りにはならない出来事、すなわち悲しみや怖れを伴う受難=苦難においてこそ、その鮮烈な力をありありと発揮してくる、と指摘している。だが、そうした破壊的・否定的な感情が発現せざるを得ない場面でこそ、人間の感情の、そして人間の本性自体の、決定的な善性と肯定的性格が浮き彫りになる、とトマスは捉えている。

 

トマスのキリスト論は、スコラ的方法に固有のさまざまな「区別」の積み重ねによって構成されている。その中でも最も基本的な区別の一つは、「単なる人間」と「真なる人間」との区別である。キリストは「真なる人間」であったが、「単なる人間」ではなかった、との捉え方がトマスのキリスト論の基本的な枠組みを成している。ここで注意しなければならないのは、「真なる人間」とは、「キリストこそ本当に人間らしい人間であった」とでもいうような価値的な概念ではない点だ。理想的な人間という意味ではない。キリストが、あたかも人間のような姿形をしていたが、本当は人間ではなかった、すなわち「にせものの人間」または「見かけ上の人間」にすぎなかったとの異端的な見解を否定して、「キリストが人間である」という命題の真実性を十全に認める際に使用されるのが「真なる人間」という用語である。他方、「単なる人間」とは、人間である以外の何ものでもない人間、すなわち、普通の人間のことだ。キリストは、たしかに、「見せかけの人間」ではなく、「新なる人間」であった。だが、だからといって、「単なる人間」であったわけではなく、それ以上の存在であった。キリストは、「新なる人間」であったとともに、「真なる神」でもあった。人間本性と神的本性の双方を有する存在だったのだ。「真なる人間」と「単なる人間」との区別は、トマスのキリスト論の全体に一貫した大きな枠組みを提供している。トマスによると、キリストは、神的本性を有することによって、普通の人間とかけ離れた超人間的存在になってしまったのではない。むしろ、人間本性の輝きが、罪や悪に妨げられずに、最も純粋に露になったのがキリストの生涯だとトマスは捉えている。そして、キリストの人間本性の輝きが最も顕著にあらわれた局面が、受難に直面して彼が抱いた「悲しみ」や「怖れ」といった感情の動きなのだ。

 

「私の願いどおりではなく、御心のままに」というキリストのゲッセマネの祈りの言葉は、直訳では「私が意志するようにではなく、あなたが意志するように」となる。ここに表われているのは、キリストの意志と父なる神の意志との葛藤だ。ところが、トマスは、キリストには真の葛藤や意志の対立は存在しなかったとの特徴的な解釈を下している。トマスは、苦しみや悲しみを抱えながらもそのような感情に打ち負かされずに否定的な状況に立ち向かっていく人間の状況打開力を表現したものとして、この祈りの言葉を解釈している。

トマスがキリストの意志について詳細に論じているのは、『神学大全』のなかでも「意志に関するキリストの一性について」においてである。「意志に関するキリストの一性について」という問題設定の中で解決すべき課題となっているのは、キリストのうちに複数の意志の存在を区別しつつ、同時に、それらの複数の意志が絶妙に統合されていた事実を示すことだ。まずこの問題の第一項では、「真の神」であり「真の人間」でもあるキリストには「神的な意志」と「人間的な意志」の二つが存在することが肯定される。それを踏まえた上で、第二項では第一項で肯定されたキリストの「人間的な意志」を理性の意志と感覚的欲求の意志の二つへの分節が肯定されている。さらに第三項では第二項で取り出された「理性の意志」が「本性としての意志」に区分されている。それでは、「本性としての意志」と「理性としての意志」との区別は、どのように理解すればよいのであろうか。この両者の区別は、キリストにおいてのみ成立していたのではなく、人間一般についてあてはまる話だとトマスは捉えている。

たとえば、幼児が注射をされるとき、その注射の目的や必要性を理解できない幼児にとって、痛みを与える悪として現れていると言わざるを得ないだろう。だが、注射の意義と目的を理解できる大人は、針を刺されることを、「健康のための注射」というより大きな目的手段連関のなかに明示的に位置づけなおすことによって全体的に善い出来事と受け止め直せる。これが「理性としての意志」のはたらきだ。人間にとって、自分の欲求や望みを直接無媒介的な仕方で実現で来る場面は、必ずしも多くはない。「水を飲む」のように欲求を持つこととその実現のあいだにほとんど距離がないような意志だけではなく、間接的媒介的な仕方で時間をかけてのみ実現できるような多くの意志を人間は持っている。「注射を受けて健康になる」といった意志の在り方だ。こうした意味で、トマスは、意志を抱くことがそのままその実現に直結するような意志の在り方を「本性としての意志」と呼び、それに対して、間接的媒介的な仕方で分節的に実現される意志の在り方を「理性としての意志」と呼んでいるのだ。そして、トマスは、「本性としての意志」と「理性としての意志」は別々の能力であるのではなく、同じ能力のはたらき方の違いだと繰り返し述べている。

人間が理性的存在者であることは、分節化された欲求構造を有しうることを意味している。何らかの困難に対する直面が、理性的に分節化された欲求構造の構築へと人間を促す。困難によって触発された「理性しての意志」の発動が、否定的な事態をもより大きなパースペクティブのなかで肯定的に包みこむような仕方で、人間を、状況全体の柔軟な打開へと導いていく。本書においては、トマスの哲学を「肯定の哲学」として捉えてきたが、それは単なる現状肯定の哲学ではない。自己を脅かすような否定的な性格を往々にして顕在化させている一つ一つの状況が潜在させている積極的な可能性を肯定することによって、現状の前向きな打開を可能にさせる哲学なのだ。それは単なる理想論ではない。既に顕在化しているもののみが現実なのではなく、実現しうる可能性をも捉えてはじめて現実の全体を捉えたと言いうる。状況を「完結した現実」と捉えるのではなく、将来の積極的な展開可能性をも含めてより根源的な仕方で捉えなおし、そのような認識を状況打開力へとつなげていくトマスの発想は、より深い意味で現実的な肯定の哲学といえる。

2015年5月 9日 (土)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(20)

トマスによると、受動的に発生する「感情」もまた一つの「行為=活動」である。様々なものからのはたらきかけを「受動」し、感情を抱くことによって、我々の心は、内発的な運動のみによっては得られないような仕方で、多様な外界の事物・人や出来事によって豊かに触発され、活力を与えられていくことができる。人間の心は、受動的感情における他者や他の諸事物との出会いによって活性化される。我々の生をその深淵において不安定化させる感情が、まさにそれゆえに我々の生に豊饒な可能性を与えていくというダイナミズムがある。トマスによると、存在者は、「善さ」や「完全性」を欠いている程度に応じて、自らの存在の保持と発展のために種々の関係性を取り結ぶ必要があり、また、「善さ」や「完全性」を有している程度に応じて、自在に豊かな関係性を取り結ぶことができる。前者を「欠如に基づいた活動」、後者を「充実に基づいた活動」と名付けることができよう。神に当てはまるのは「充実に基づいた活動」のみである。他方、人間には「欠如に基づいた活動」しか存在しないわけではない。「欠如に基づいた活動」と「充実に基づいた活動」の両者が絶妙に結び付いて存在しているところに、人間存在の特徴が見出される。感情論の文脈に応用すると、人間が「受動的感情」を抱くことは、「欠如に基づいた活動」に他ならない。人間は、外界との関係─他者や他の諸事物との関係─から切り離されて、自己自身のみで自足することができない。他者や他の諸事物との関係によって満たされなければならない欠如を原理的に有している。他者や他の事物との関係を必要とする弱さを、自らの存在そのもののうちに抱え込んでいる。そして、他者や他の事物からの働きかけを被ることによって、様々な「受動的感情」は「欠如に基づいた活動」なのだが、だからといって「受動的感情」を抱くこと自体が好ましからぬことなのではない。人間は、「受動的感情」のなかで構築される外界との豊かな関係構築を通して形成される自己の活力の高まりに基づいて、今度は、自ら能動的に他者や他の事物との関係構築に進んで行き、「意志の単純な運動」としての「愛」を抱けるようになる。とはいえ、このような能動的な「意志の単純な運動」としての「愛」に関しても、自らの意志とは無関係に存在している諸対象の魅力から触発を受ける受動的な要素は人間の場合には完全に抜きにはできない。「受動的感情」と能動的な「意志の単純な運動」が切り離しがたく存在しているのが、感覚的世界に存立せしめられている人間の本質的な在り方なのである。

 

このような人間における情念の重層的構造─受動的な「感情」と能動的な「意志の単純な運動」との絡まり合い─と対比させるならば、神における「受動的感情」の欠如─神の「不受動性=無感情性」─という伝統的教説は、この世界の苦しみや不完全性に無関心で超然とした神の在り方を意味しているのではないことをトマスのテクストは浮き彫りにしている。

「自存する存在そのもの」である神は、「純粋現実態」であり、常に既に十全な仕方で活動しているから、受動的に変化させられることによって、更に現実的・活動的になることはありえないし、またその必要もない。神は、あまりにも活動的、あまりにも能動的なので、どのような変化も、神をより能動的・活動的にさせることはできないのだ。神とは異なり、「受動性」と「能動性」、そして「可能性」と「現実性」の複合体である人間は、或る時には活動的になり、別の時には非活動的になる。また、或る時に受動を通じて不安定になったり、善からぬ方向へと動かされたりするが、他の時には受動を通じてこそ達成されるより完全な在り方に基づいて、他者への充実した愛を能動的に発動させたりもする。だが、神は、常に変わらぬ在り方で、純粋な現実態そのものとして、世界の諸事物との関係性を積極的に取り結ぶことができる。神の「不受動性=無感情性」「不変性」という属性は、一見、否定的な属性であるようにも見受けられるが、実際には、神が「純粋現実態」であり「自存する存在そのもの」であるという究極的に積極的な事態によって基礎付けられた肯定的な属性なのだ。こうして、神の不受動性・不変性と神の愛や関係形成能力には対立があるどころか、むしろ、神は、不変な仕方で不受動的=無感情的であることによってこそ、自らの豊かさに基づいて、安定的・持続的に他者や他の事物に能動的に関与することが可能になっている。神は、欠如のない徹底的な自足的存在であることによってこそ、徹底的に関係的な存在たりえているのだ。「自存する存在そのもの」や「純粋現実態」や「不受動性」「不変性」といった、一見自己完結的・静的な属性であるかのようにも見える伝統的な神の諸属性は、神を静的で非活動的なものとして表現するどころか、徹頭徹尾動的に世界と関与する神の在り方を人間的言語に可能なかぎりで鮮やかに表現している。

このように、我々は、不受動的=無感情的な神の在り方について語ることを通じて、それと照らし合わせながら、自らの受動的=感情的な在り方を、より広い視野のなかで位置づけなおすことができる。本質的に不完全で受動的で弱い存在である人間は、弱さ、受動性、不完全性を無理に否定するのではなく、容認し、受け容れることによってこそ、より完全で能動的で強固な在り方へと自らを柔軟に高めていくこともできるようになるのだ。

2015年5月 8日 (金)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(19)

情念に関わる言葉が、「意志の単純な運動」として神に使用されうるさいには、「愛」や「喜び」といった肯定的な情念の場合と、「悲しみ」や「怒り」のような否定的な情念の場合とでは、大きな違いがある。そのことを、トマスは、我々にとってより身近な「受動的感情」の構造と対比させながら説明している。

感覚的欲求の感情においては、質料的要素と形相的要素を区別できる。質料的要素とは身体的変化のことであり、形相的要素とは「欲求」のことである。例えば、「怒り」の場合には、素材としての質料的・身体的は「心臓周辺の血液の沸騰」である。他方、「怒り」を「怒り」たらしめ、「怒り」という現象の説明原理を規定する形相的要素は「復讐の要求」である。しかるに、形相的要素のうちには、「不完全性」を含意するものとしないものがある。不完全性を含意するのは、欲望や悲しみにおける形相的要素であり、不完全性を含意しないのは、愛や喜びにおける形相的要素だ。「欲望」は、「所有されていない善」に関わっている。欲望は、未だ実現していないからこそ欲望なのであり、その意味で、未達成・非所有という否定性・不完全性を含意している。それに対して、「善が気に入ること」と定義される愛の場合には。何の欠如性・否定性・不完全性も含意されていない。ところが、形相的側面において不完全性を含意しない愛や喜びという情念であってさえ、その質料的側面においては神にはあてはまらない。ましてや、形相的側面において不完全性を含意する「欲望」や「悲しみ」や「怒り」といった情念を本来的な意味で帰属させることはできない。これらの不完全性を含意する情念が神について語られるのは、「結果の類似」ゆえの「比喩的な仕方において」でしかない。

トマスによると、「我々の知性は、被造物からから神を認識するのだから、被造物が神を表現しているかぎりにおいて神を認識する」。そして、我々は、そうした認識に基づいても被造物に対して使用する表現を、その創造者である神についても適用する。その際、被造物の何らかの完全性を含意する表現は、その完全性の程度を最大化する仕方で神について使用できる。たとえば、「在るもの」「善きもの」「生けるもの」といった名称である。これらは、「固有な仕方において」神について語られる。神は「最大限に在るもの」「最大限に善きもの」「最大限に生けるもの」なのだ。情念に関わる言葉に関して言えば、「愛」や「喜び」といった完全性を含意する情念は、その完全性の程度を最大化する仕方で、固有な意味において神について使用できる。神のうちには、最も大きな愛や最も大きな喜びという肯定的な感情が存在しているのだ。これに対して、「神は獅子である」といったような、物体的に存在するものに基づいた表現は、「神は最大限に獅子である」といった意味では解されえない。物質的なものは、大きさに関しても持続性に関しても限界があり、その意味で不完全性を含意している。そして、不完全性を含意しているかぎり、「完全性」をその本質とする神に固有な仕方においてあてはめることはできず、「比喩的な仕方において」神の力強さや堅固さを意味していると解されなければならないからだ。感情に関わる表現に関して言えば、「欲望」や「悲しさ」や「怒り」といった不完全性を含意する情念は、「結果の類似」ゆえに神について使用されているものと解されなければならない。

聖書の中では、たしかに、「神の怒り」という表現が使用されている。だが、トマスによると、そうした表現が存在する。だが、トマスによると、そうした表現が存在するからといって、実際に神のうちに「怒り」という情念が存在するわけではない。「受動的感情」としての「怒り」が存在しないのはもちろんのこと、「意志の単純な運動」としての能動的・自発的な「怒り」も存在しない。なぜならば、神のうちに「怒り」が存在すると認めると、神のうちに不完全性が存在すると認めることになってしまうからだ。それでは、「怒り」を神に述語づけている聖書の言葉はどのように解釈できるのだろうか。人間は、「怒り」を抱くと、そのきっかけとなった相手に対して「報復」である「罰」を与えようとする。「怒り」が「原因」となって、「罰」という「結果」が生じてくる。「罰」は「怒り」の「徴」なのだ。こうして、「怒り」と「罰」という二つの概念は人間の場合に非常に密接に結び付いているので、人間の言葉によって不完全ながらも神について語ろうとするときに、「怒り」という分かりやすい表現を使うことによって、実際には、それと密接に結び付いた「罰」そのものが意味されているのだ、とトマスは述べている。これが「結果の類似」に基づいた比喩的な表現の成立根拠だ。神が悪人に「罰を意志する」際に起こっているのは、悪人のふるまいによって心を揺り動かされてどうしようもなく「怒り」が煮えたぎるといった事態ではない。そうではなく、罰の実施が正義の秩序の維持のために必要だとの観点から、正義の維持のための手段である罰の実施を正義の秩序への愛に基づいて意志する神の在り方が、比喩的な仕方において神の怒りと呼ばれている。それは我々の認識によってより身近な対象であり、感情に関わる我々の言葉がそこに由来する人間の場合に、罰が怒りの徴となっているからだ。

このように、情念のうちには、「受動的感情」と「意志の単純な運動」の両方が存在するが、神のうちには「受動的感情」は存在せず、「意志の単純な運動」のみが存在する。だが、人間の感情と神の情念の相違はそれだけではない。人間において「受動的感情」として存在する諸情念のすべてが、一対一で対応するような仕方で、神のうちにおいて「意志の単純な運動」として存在するのではない。神に本来的な意味で存在するのは、愛や喜びといった不完全性を含意しない情念のみであって、欲望や怒りのような不完全性を含意する情念は、比喩的な仕方において語ることができるのみなのだ。

トマスのこの論述で注目に値するのは、「欲望」が不完全性を含意する情念に分類されている点だ。「欲望」は「善」との関係から「愛」「喜び」と並んで「肯定的な情念」として分類されていた。つまり、ここで「肯定的か否定的か」という分類と、「不完全性を含意するかしないか」という分類は、区別しうる。つまり、「欲望」は「不完全性を含意する肯定的な情念」なのである。人間が欲望を抱くのは、欠如を抱えているからだ。人間が自己充足的な存在ではありえず、自らの外にある「善」との関係性を構築していく必要があるからこそ、人間は欲望を抱く。それに対して、自己充足的な存在である神は、自らの外にある「善」との関係性を構築していく必要性に促されて行為するのではなく、純粋に内発的で自発的な愛に基づいて被造物との関係構築を実現している。もしも、人間が、神のように完全な存在になろうとして、不完全性を含意する情念である欲望をできるかぎり抱かないように努力するならば、その人は、より完全なるどころか、より不完全な存在になってしまうであろう。自らの欠如を補ってくれる他者との関係構築に関する欲望を失ってしまえば、その人の人間関係は徐々に貧困化してしまうであろう。また、食欲や金銭欲のような基本的な欲望を抱かないようになってしまうならば、その人はより完全な存在になるどころか、基本的な生存すら危ぶまれるほどに不完全な存在に成り下がってしまうであろう。人間は、自らが自己充足できない存在だと認め、健全な欲望を抱き、欠如を充たしていくことによって、はじめて、充実した生を送り続けていくことができる。不完全性を含意する欲望は、克服の対象となるどころか、大切に育んでいくことができる。不完全性を含意する欲望は、克服の対象となるどころか、大切に育んでいくべき心の動きの一つなのであり、「善」との関係構築を可能にさせる肯定的な情念だと言える。人間は、自らの不完全性を否認することによってではなく、それを受け容れることによってこそ、より完全な存在になっていくこともできるのだ。

2015年5月 7日 (木)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(18)

第5章 神に感情は存在するか

トマスのテクストには、あらゆるものを認識して言語によって語りつくそうとする方向性と、この世界の全体は認識されず言語によって語りつくせないことを徹底的に強調していく方向性との両義的な緊張関係が見出される。人間の認識能力と言語表現能力に対する徹底的な信頼と、それを超えた実在の豊かさに対する畏敬の念が、緊張関係を絶妙に保ちつつ統合されている。

同時に、トマスのうちには「神」の言表不可能性や把握不可能性という立場を相対化しようとするはっきりとした態度が見受けられる。「神」が人間の言語では「語りえぬもの」であること、言表不可能な超越性を有すること、トマスは、このような事実を認めることにやぶさかではない。実際、トマスのテクストは、そうした言明によって充ち満ちていると言える。しかし、「神」の「超越性」や「言表不可能性」をあまりに強調することは、かえって「神」の卓越性を制約してしまう─「神」の「超越性」や「言表不可能性」をむしろ弱めてしまう─とトマスは考える。というのも、神の「内存在」や「言表不可能性」を捨象して「超越性」のみを強調することは、一見、神を人間による理解の、そして人間の言語の制約から解放するように見えて、実のところは、人間によって理解されたかぎりでの「超越性」という思いこみのなかに「神」を限定してしまうことになるからだ。逆に、人間は、把握し尽くせぬ神について、身近な感覚的世界に由来する様々な概念装置を組み合わせながら可能な限り語る努力を積み重ねて行くことによって、この世界自体の構造についてより深く認識するためのもう一つの光源を獲得し、新たな角度から認識を深めていける。神は「語りえぬもの」と最初から決め付けてしまうことによっては得ることができない豊かな洞察が、「語り尽くせぬもの」である神について、可能なかぎり人間的言語を積み重ねながら語る試みによって、獲得できる。そして、この神の言表可能性と言表不可能性との絶妙な緊張関係が最も尖鋭化した仕方で表現されている問題の一つが、神の「感情」をどのように語ることができるのか、またはできないのか、という難題だ。

 

キリスト教神学では、基本的な教えが確立された教父時代以来、伝統的に、神は「不受動的」な存在として語られてきた。「神」という言葉で名指されてきた何ものかが実在するのであれば、それは「全知」「全能」であるはずであって、人間のように、外界から、意に反して思いがけず他のものの影響を「被る」とか「受動する」事はないとされてきた。神に「受動」が欠落しているということは、神に「感情」が欠落しているということにほかならない。

だが、20世紀以降、こうした神の「不受動性」という教説に疑問を抱く多数の神学者や宗教学者が、神の「受動可能性=受苦可能性」を認めるべきだという考えを打ち出している。そして、「受動可能論者」と、伝統的な「神の不受動性」の教説を維持する「受動可能性=受苦可能性」という考え方が打ち出されるようになってきた背景には、二度にわたる世界大戦や、アウシュヴィッツに象徴される全体主義体制によってもたらされた凄惨な歴史的現実を前にして、「全知全能の善き神による世界全体の摂理」という伝統的な有神論的言説の妥当性が疑われるようになってきた事実がある。類似した観点から、神の「受動可能性」という表現以外にも、神の「弱さ」といった言い方がされることもある。

 

トマスは、『神学大全』のなかで、「神において愛が存在するか」という問いを立てている。トマスは、「神は存在するか」というような類の問題も立てているので、実際に神の存在や神における愛の存在を疑問視しているのではなく、より深い議論を進めていくための出発点として、まずは基本的な点の確認から話を始めていると解することもできよう。そして、実際、最終的には、それぞれの箇所で、神の存在や神における愛の存在は肯定される流れとなっている。

この問いに対して、トマスは受動的な感情とは異なる在り方で神における愛は存在しているという帰結を導き出している。その議論でトマスが紹介する異論で重要なものは、次のものだ。

神において愛は存在しないと思われる。というのも、神においては、いかなる受動=感情も存在しない。愛は受動=感情である。それゆえ、神において愛は存在しない。

Passioというラテン語は、「受動」「感情」「受難」「苦しみ」といった意味の広がりを有している。「受動」と「感情」という日本語だけで考えると大きく異なっている二つの概念が、一つの言葉で捉えられている。それは「感情」は心の中から自発的に生まれてくるというより。外界からの影響を受動的に被ることによって生まれてくるという事実に基づいている。ところが。全能の神は、徹頭徹尾能動的な存在であり、また、非身体的・非物体的な存在だから、外部からの影響を受動的に被って変化させられることはない。全能の神には、対象からの影響を否応なしに被ってしまうという意味での不完全性を意味する「受動的な能力」は存在せず、「能動的行為の原理」である「能動的な能力」のみが存在する。トマスは『能力論』の中で、神は能動的な力を有しているというよりは、むしろ、本質的に、能動的な力そのものだという。それゆえ、受動性の影すらない徹底的に能動的な存在である神には、受動的な感情は存在せず、Passioの一種である「愛」もまた存在しないことが帰結する。

これに対してトマスの与える解決は、「感覚的欲求の活動」としての「受動的感情」と「知性的欲求」すなわち「意志」の活動とを区別することである。この後者の活動を、トマスはしばしば、「意志の単純な運動」ないし「意志の単純な活動」と呼んでいる。それは、「受動的感情」とは異なり、純粋に内発的で能動的な心の動きだ。そして、神のうちには、「受動的感情」としての愛は存在しないが、「意志の単純な運動」としての能動的な愛は存在する。「神は、一にして単純で常に同一の仕方に留まる意志の単純な活動によって、万物を愛する」

トマスによると、「受動的感情」と「意志の単純な運動」との区別は、「愛」のみではなく、他の諸々の情念についてもあてはまる。トマスによると、非身体的な純粋知性的存在である神や天使において存在する「情念」は、「意志の単純な運動」のみであり、非知性的存在である諸動物において存在する「情念」は、「受動的感情」のみだ。それに対して心身複合体である人間の場合には、「受動的感情」と「意志の単純な運動」の両方がある。

2015年5月 6日 (水)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(17)

第2部 神学という光源

人間の哲学的探求は、個人の心という孤独な空間のなかにおいて徒手空拳で行なわれるものではなく、他者の言葉に触れることによって賦活される。トマスにおいて、そのような他者の言葉は、アリストテレスやアウグスティヌスと言った哲学者の言葉であるのみではなく、何よりも、聖書の言葉であった。

キリスト教神学の中では、伝統的に、聖書の言葉は「神の言葉」として受け止められてきた。ここで気をつけなければならないのは、神の言葉、人間が既に抱いていね既存の問題に対して安直な解答を提供するものとして機能するのではなく、人間に対して新たな問いを突きつけてくるものと受けとめられていた点だ。

神の言葉は、その言葉と出会う人間に対して、心の安定や知的な満足の拠点として安住しうる固定的な何かを与えるのではない。それどころか、人間は、既存のものの見方を揺り動かされるような衝撃を与えられる。人間の側の思いや把握を超えて働きかけてくる「神」と呼ばれる他者の語りかけに直面して、人間は、「答え」を与えられるどころか、新たな「問い」を与えられる。自らに語りかけてくる何者かをとりあえず「神」と呼ぶことにしても、その「神」がどのような存在であるのかは、いっこうに明らかでない。「答えとしての神」ではなく、「他者としての神」「問題としての神」が、聖書に表現された神の基本的な在り方なのだ。そして、人間は、「神の言葉」との格闘のなかで、既存の世界理解や自己理解を相対化する知的探求へと促されていく。

トマスにおいて「信仰」とは、「希望」「愛」と並ぶ「対神徳」─人間を神との関係において完成させる徳─の一つである「徳」とは、人間の「能力」を完成させるものであり、それぞれの徳は、どのような能力を完成させるのかという観点から、人間論の中に位置づけられている。その際、「意志」を完成させる徳である希望や愛と異なり、信仰は「知性」を完成させるものとされている。信仰は、知性と異質なものであるどころか、知性を完成させる徳として、最初から知性とのつながりにおいて把捉されている。「信仰の理解」というスコラ学の標語は、あたかも、非理性的・非論理的な信仰に対して、外から理性的な概念装置を適用することによって、或る程度、信仰を合理的・論理的な理解へともたらそうとしている、という印象を与えがちだ。だが、トマスの場合、信仰は非合理的なものと捉えられていない。「知」と区別され対比される「信仰」自体が、知的性格を有するものとして語られている。

現代では、「信仰」は非理性的・反理性的なものと捉えられることが多いが、トマスのテクストには、そういった考え方とはきわめて異なった信仰理解が現れている。「神」という他者の言葉は、理性と反するどころか、理性的な哲学のいとなみに新たな探究の領野を開示する契機として機能しうる。それは、理性の徹底的ないとなみが、理性のいとなみであるままに、理性を超えたものへと開かれていくという自己超越的な在り方を可能にするものなのだ。啓示の言葉をも探究の視野ののなかに収めることによって、知的探究は、非理性的で硬直化したものになってしまうどころか、新たな刺激と探求材料を与えられて豊かになる。トマスにおいては、この世界を超えた神について知ることは、我々の眼前にあるこの感覚的世界を知ることとかけ離れた作業なのではない。感覚的世界に関する豊かな認識を得ることが、神についての知へとつながり、翻って、神学的な洞察という光のもとで、この感覚的世界の構造が、新たな観点から浮かび上がってくるという生産的な循環構造が成立している。

トマスは、理性や感覚に基づいた万人に通用しうる仕方で人間本性に対する肯定的な態度を根拠付けることによって、宗教的・超越的次元の事柄をも肯定的に位置づけなおすような視座を開くことに成功している。また、超越的次元の事柄をも肯定的に捉えることによって、逆に、感覚的世界に生きる人間をより一層肯定的に捉える光をも獲得している。神学という学問は、狭い意味での信仰者のみにとってしか意味を有さないのではなく、人間に関する普遍的な洞察を与えてくれるもう一つの「光源」ともなりうるのだ。

2015年5月 5日 (火)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(16)

引用と区別の積み重ねによって、トマスは地味ではあるが着実に、「真理の明示」を、既存の著者たちには還元されえないような水準で展開することに成功している。トマスは、伝統に対して非常に忠実であるとともに、きわめて革新的でもあった。そして、この二つの事実は、別々のことではなく、同時に成立したものであった。そこに彼の特徴がある。それは、引用される他者のテクストとの緊張を孕んだ受容的な関係性のなかでこそ展開される自立的思考なのだ。「引用」と言う方法が自覚的に用いられている文脈においては、引用によって何らかのメッセージが伝えられるのみではなく、引用されるということ自体が、一つの積極的な出来事になる。それは、古人の言葉が、引用者であるトマスによって、自らの探究を促すような力を持つ言葉として受け止められ、読者である我々へと受け渡されるという出来事だ。先人によって語られた言葉が、トマスによって新たな文脈の中で受け止められて、読者である我々に再び提示しなおされる、という出来事だ。そこにおいては、ありのままの受容という面と新たな文脈の形成という面と、二つの緊張を孕んだ側面が統合されている。引用される権威は、トマスの思索の仲で新たな構図のなかに置きなおされることによって、新たな意味づけを与えられると同時に、外側から強引に意味づけられたのではなく、その言葉がもともと孕んでいた可能性が現実化させられたという実感を読者に与える。そのような仕方で読者である我々にトマス自身が受け継いだ魅力的な古人の言葉を引き継がせてくれている。

引用を方法論の中核とするトマスにおいて、心理を伝えるとは、「伝えられた」ことを「伝える」ことにほかならない。我々が「読む」という行為によって哲学史上の一つのテクストの内部に入り込むことは、単に一つのテクストに触れることに過ぎないのではなく、真理探究の先行者と後続者の連鎖の中へ参入することを意味している。こうした洞察を通して、我々は、心理の共同探究に携わる「テクスト共同体」─魅力的なテクストを形作られる探究者たちの共同体─へと導き入れられる。いまここでテクスト解読をしている私が、孤独な真理探究のただなかで、そうしたいとなみを可能にしている、多様な時代や文化圏を横断する「テクスト共同体」のなかに、常に既に導き入れられていた事実に気付かされる。空間的・時間的にはるかな距離を超えて成立するそうした「テクスト共同体」の交わりのなかで得た洞察を、我々は、更に、我々の同時代人たちに、そして後続する人々へと託していく。

真理を探究するとは、真理を共同的に探究することにほかならない。真理を開示するとは、先人の共同探究の成果であるテクストという贈り物に感謝しつつ、そのようなテクスト群の豊かな意味世界を解読し、得られた洞察を豊かに統合しながら、更に後続者に受け渡していく動的な伝達のいとなみに他ならない。

本章では、トマス哲学の基本的な方法論であるスコラ的方法の構造を浮き彫りにするための具体例と言う観点から、感情論を取り上げた。だが、じつは、感情論は、スコラ的方法の分析のための一例に過ぎないのではない。トマスの感情論が示唆するものと、引用という方法論が示唆するものには、或る共通点がある。それは、人間の心が、他者との出会いによって活性化され賦活される、という構造における共通性だ。感情論においては、感情の「対象」は感情の「形相」だという点が指摘され、「対象」が、感情を抱く主体と不可分の構成要素となるまでに深く結び付くことが語られていた。「対象」のはたらきかけを「受動」し、感情を抱くことによって、我々の心は、多様な外界の諸事物・諸人物や諸々の出来事によって豊かに触発され、賦活されていく。それと同じように、我々の知的探究は、他者の言葉との出会いによって賦活される。他者の真理探究活動が凝縮されている優れたテクストによって触発され、賦活されていく。そこには、自らの内発的な思索のみによっては獲得できない豊かさがある。先人たちの贈り物であるテクストの魅力を感知し、「受動」することによって、読者である我々自身の心が活性化され、そのテクストとの共同作業において新たな意味世界を開示し、後続の人々へと同じようにそれを受け渡すべく、我々は、古くかつ新たな真理探究の共同的ないとなみへと呼び出されていくのだ。

2015年5月 4日 (月)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(15)

トマスは、「学知」とは、事物の諸概念の単なる寄せ集めではなく「秩序づけられた集積」だと述べている。知的な伝統とは、過去の思想家たちの残した言葉の単なる寄せ集めではなく、「秩序づけられた集積」という多大な努力を伴う作業のなかではじめてその相貌を露わにしてくれるものなのだ。伝統的なテクストの集積を秩序立てて行なうためには、何を集積するかを決定するための基準となるような、そして集積された言葉の価値を基準となるような、何らかの観点が必要となる。トマスの人間論では、それは「善」の「悪」に対する優位、「徳」の「悪徳」に対する優位、感情論の文脈で言えば他の諸感情に対する「愛」の優位という観点であった。『神学大全』は、哲学的・神学的伝統を単に無機的に体系化した著作ではなく、独自の観点に基づいて有機的に再編成した著作だ。しかも、単に大局的に再編成したのではなく、一つ一つの問題において、一つ一つの項において、権威を引用しつつ、一歩ずつ再解釈・再編成していくいとなみであり、読者自体が、その再編成の現場に招かれていると言えよう。

読者である我々にとって、トマスのテクストを読むことは、トマスの思想を孤立させて吟味することではなく、諸々の先行者との関係におけるトマスの思想を味わい、吟味することなのだ。それは、単に、トマスの思想に対する他の哲学者や神学者の影響関係を通時的に明らかにすることではない。そうではなく、トマスのテクストのなかに、その思索の動きの不可分な構成要素として含みこまれている魅力的な引用とされに対するトマスの編集の仕方や距離のとり方の全体を読み取ることだ。それ故、トマスのテクストの独自性は、トマスが肯定的に引用している権威との共通点をあぶり出し、取り去って、権威に還元できないものとして残された「トマス固有」の断片的・部分的要素に見出されるのではない。こうした見方は、トマスのテクストを、いわば生命のない無機的構成物として取り扱う見方だと言えよう。そうではなく、我々は、有機的に構造化された一つの全体的な生命体として、引用によって織り成されたトマスのテクスト全体と対話的に関わることによって、その真価を見出せる。引用される言葉は、限界を指摘されつつも、トマスによって肯定的な仕方で受け止めなおされる。そのことによって、伝統的見解のなかに潜在しつつも明確には取り出されていなかった洞察が新たな文脈の中で肯定され活性化されてくる。また逆に、それらの言葉が『神学大全』という大建築に生命を与え、ひいては読者である我々がそこから肯定的な洞察を導出することを助けていく。

トマスは、往々にして、カトリック教会の護教的な神学者と理解されてきた。トマスがそのような仕方で理解されてきたことには、それなりの理由があった。トマスの死後、彼の思想が次第に権威を獲得していく中で、トマスのテクストを要約したり、抜粋したり、配列しなおしたりした様々な神学教科書が登場してきた。これらの教科書に共通していたのは、トマスにおいてきわめて顕著だった「引用」と「区別」に基づいた対話的な探究の方法取り去られて、トマスの結論のみを要約的に提示するという執筆形態が採用されたことであった。相対立する諸権威の見解と共存しうる地平を、区別によって打ち立てていくトマスの方法は、探究の方法であるとともに、読者の精神を広げる教育の方法ともなっている。相対立する権威の主張を絶妙な区別の発見によって調停することによって、引用される権威の意味を流動化させつつ新たな仕方で肯定的に意義付けていくトマスのテクストの力動的な性格は、その内容のみではなく、その方法自体が、読者の探究精神を活性化する教育的機能を有している。『神学大全』は、トマスが引用した著作家たちへと、そして、その著作家たち自身が探究していた真理そのものへと、読者を新たな探究の中で導き続けていくようなテクストなのだ。だが、皮肉にも、そのテクスト自体が、証明され完成された自己完結的な諸命題の固定的な貯蔵庫と見なされることによって、その最も大切な要素が失われた。トマスの権威の確率によって、トマスの精神は、制度化されるとともに、その最も重要な要素を骨抜きにされたとも言える。逆に言えば、教科書的・哲学史的な手垢のついたトマス理解を乗り越えて、トマスのテクストに肉薄していく余地が我々には与えられている。そうすることで、伝統と対話的に共鳴しつつ創造的に新たな肯定的視界を開示し続けていこうとするトマスの精神と自らとを接続させることができよう。トマスの精神と共鳴しつつ、だがそこに限局されない仕方で、現代における新たな肯定的視座を確立していくための手がかりと活力をそこから汲み取り続けているのだ。

2015年5月 3日 (日)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(14)

引用と区別とは、全く別の方法なのではなく相互に深くつながっている。権威は、それによって問題の解決が直接的に与えられるような根拠として引用されるのではない。トマスは、様々な問題について考える手がかりを得ようとする場合、まず、その問題に関して伝統的に提示されてきた見解を列挙していく。だが、単純にそこから解答を演繹的に導き出すことはしない。従来の諸見解は一枚岩ではなく、あるしゅの緊張関係のうちに現前してくるからだ。実際、しばしば、対立するはずの異論と反対異論の双方が、同等の権威を持った古典的著作からの引用に基づいている。古典的著作からの引用は、問いに対する出来合いの解答を与えられるのではなく、むしろ、問題を錯綜させ先鋭化させることによって、問題の核心を浮き彫りにし、細かく詰めた議論を可能にさせる手がかりとして機能する。トマスは、引用される先行者たちの見解に対して単純に白黒つけようとするのではなく、無念の意味の場合分けや区別を通して、一見相反する先行者たちの見解を併存させうるような新たな地平を開こうと試みている。当時の大学における「討論」のシステムに類似した議論を形式を著作形態として採用することによって、先行者の見解を土台に新しい視野を切り拓きつつ、複数の先行者の見解の見所をできるだけ肯定的に取り出し解釈しなおしながら新たな地平を切り拓くことに成功している。絶妙な区別の導入によって、引用されるそれぞれの権威にふさわしい場を与えつつ、自らの全体的な視野の中に位置づけなおしている。中世スコラ学の時代は、現代と比べて、はるかに、読むべきテクストや、引用されるべき権威が共有されている時代であった。そうした学的共同体のなかでは、典拠の引用は、権威の共有による類同性を高めるとともに、その同じ権威をどのような全体的配置のなかでいかなるニュアンスを込めて配置するかによって、それぞれの著者の独自性を、共通性を背景に浮き彫りにできた。スコラ学においては、「権威=典拠」とは、単に抽象的な意味における権威や威信を意味するだけでなく、権威あるテクストそれ自体、または、研究と模倣に値する公に認められた著作からの引用を意味している。そのような「引用」の形式の多用することによって、トマスは、伝統の肯定的かつ創造的な受容に成功している。

我々が他社の見解を紹介し、批判的に吟味するさいには、引用以外にも他者のテクストの要約的紹介という方法もある。「引用」と「要約」では、何が異なるのであろうか。一言で言うと、「要約」の場合には、要約されるテクストのニュアンスや息遣いは消去され、要約者の文体へと還元される。それに対して、「引用」の場合には、引用者の論旨や文体へと還元し尽くすことのできない残余が現存し続ける。的確な解釈とともに引用されることによって、解釈によって置き換えられえない言葉固有の魅力が響き出す。要約の場合には、要約されるテクストは著者によって限りなく完全に統御されている。それに対して引用の場合には、引用されるテクストは、引用者であると著者にとって異質な要素を孕むものとして留まり続け、常に新たな解釈を促し続け、常に新たな解釈を促し続けるような能動的な力を持って、引用する著者と、その著者による引用に触れる読者とを、触発し続ける。引用するとは、他者によって既に語られたこととして、何事かを語ることだ。だが、それは単なる反復ではない。他者による言明を、他者による言明として明示せずに、あたかも自分自身に由来する言葉であるかのようにして語るならば、それは単なる反復ではない。引用という行為においては、たとえ著者が引用された言説に最終的に同意する場合でさえ、引用された他者の言説と最終的に同一化しうるのは、そもそも、出発点において、著者が、その他者の言説と距離を取れているからこそなのだ。我々は、ここで、引用の両義性とでも言うべきものに注目する必要がある。引用される見解に対する同意がどれだけ強くても、引用という行為自体によって、引用者は、引用対象から一定の距離を設定することになる。典拠の引用と解釈によって、探究されている事柄の真相が照らし出されるのみではなく、典拠の深い意味自体が照らし出される。それとともに、同時に、あくまでそういった照らし出し方がその言葉に対する一つの解釈なすぎず、その言葉に対する一つの解釈にすぎず、その言葉はそのような解釈に還元されない更なるポテンシャルを持つということが、まさに引用という形式それ自体によって明示される。トマスは、権威とされるテクストを対話的に取り上げつつ、文脈に応じて、特定の観点に力点を置いた解釈を下していく。それは必ずしもテクストに対する傾向的な解釈を下すということではなく、むしろ、テクストの孕んでいる意味の深みが、文脈に応じて新たな相貌の基に浮かび上がってくるという出来事なのである。引用される言葉自体が、同じように引用されている他の諸権威との全体的配置のなかに置かれることによって、新たなニュアンスを獲得する。トマスは、伝統から孤立して思索しているのでも、伝統に盲従しているのでもなく、伝統の反響を響き渡らせるような仕方で思索し、伝統同士を、そして同じ伝統に掉さしながら思索している者同士を、その不共鳴をも合わせ含みながら、共鳴させている。そもそも、伝統や権威自体、はじめから確固とした形を持って客観的に存在しているのでは必ずしもなく、過去の多様な言説の集積と批判的吟味という地道な作業の中ではじめて現れ出てくる。スコラ学と時を同じくして生まれてきた大学という制度は、そのようないちなみを支える共同的な基盤として機能していた。伝統的な教説とは、単に受動的に引き継げる所与ではなく、多大な努力によって再獲得すべきものなのだ。そして、トマスが伝統を引用しつつ自らの思索の運動の中に摂取同化していくための方法が、「区別」という方法であった。

 

2015年5月 2日 (土)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(13)

スコラ的方法の活用という観点に着目しながらトマスのテクストを読解することによって、スコラ的方法の活用が、どのような仕方で、「感情」に関するより繊細でバランスのとれた考察を可能にしているのかを明らかにしたい。

トマスは異論の提示の後、主文の中で主張している。その中で注目すべきことは、感情の対象が、感情にとって、「形相」のような位置にあるとされていることだ。感情の対象という言葉を聞くと、感情を抱く人間の心とは離れたところにある何ものかを我々はイメージしがちだが、そうではない、とトマスは述べているのだ。アリストテレスに由来する「形相」という概念は、「質料」と相関的に用いられる対概念である。世界のあらゆる現象をこのニ原理の相関関係によって説明するアリストテレスの立場は、「質料形相論」と呼ばれている。簡単に言えば、「形相」は限定する原理であり、それに対して、「質料」は限定される素材のようなものだ。そこでは、感情の対象抜きに感情はありえない。対象は感情を抱く主体から切り離されたところにあるのではなく、感情を抱く主体の、そして感情それ自体の本質的な構成要素なのだ。感情は、単なる何らかの内面的な状態にすぎないのではなく、外部の状況・もの・人─対象─との関係を、本質的な構成要素として含みこんでいる。何かの対象に感情を抱くことは、その感情の対象が、自分とは無関係な、自分から切り離された風景のようなものではなくなり、自分が誰であるかを語るためには、その対象との関係を含みこんだ形での自分の在り方を新たに記述しなおさなければならないような仕方で、その対象が自分の心の内奥に構成要素として入り込んでくることだ。「感情」を抱くことは、「受動」的な仕方で自己の境界が何らかの対象の影響によって揺るがされ、その対象が自己の構成要素にまでなるという事態なのだ。ギリシャ語やラテン語では、「感情」を意味する語と、「受動」や「受難」を意味する語は、同一の単語である。日本語だけで考えると一見無関係にも思われる「感情」と「受動」という二つの概念が同一の単語によって捉えられているという事実は、とても興味深い。「感情」と「受動」という二つの事柄の間に密接な関係があるからこそ、一つのラテン語で表現されているのだということを、我々はトマスの論述から読み取ることができる。「感情」は単に内発的に生じてくるのではなく、外界の事物や人物や出来事のはたらきかけを「受動」することによって生じてくるのだ。人間が外界から被る受動には、「身体の受動」と「魂の受動」があり、このうちの後者が「感情」と呼ばれる。

個々で注目すべきは、受動的に発生することをその基本的な特徴にしている「感情」が「行為=活動」として捉えられている事実だ。通常我々は「能動」と「受動」を対立させて捉え、更に「行為」や「活動」は「能動的」だと考えがちである。「能動的」行為や「能動的」活動と殊更に修飾せずとも、「行為」や「活動」は「受動的」なものではなく「能動的」なものだと決めてかかっている面がある。だがトマスによると「受動」的に発生する「感情」もまた一つの行為であり「活動」なのだ。

それでは、どのように意味で、感情は「行為=活動」だと言えるのであろうか。トマスにおいて、「行為=活動」とは、何らかの能力が現実化している状態を意味する。人間が感情を抱くことは、外界の何ものかのはたらきかけを受動することによって、受動する人の感覚的欲求能力が現実化へともたらされることに他ならない。感情を抱くことは、外界のものが自らの心の構成要素となるまでに深く入り込んでくることを意味するのだから、たしかに、自己の心の安定をかき乱す出来事だと言える。だが、そのような或る種の危険を孕んだ対象との受動的な出会いによってこそ、我々の心は賦活され、新たな能動的行為のための原動力も与えられていく。その意味で、「受動的」な感情それ自体が、我々の能力を現実化する一種の「行為」であり、「活動」だと言われているのだ。

感情は、人間の心の中から自発的に生まれてくるというよりは、むしろ、対象からのはたらきかけを受動することによって生まれてくる。対象というと、まず人間が何らかのものに着目して、そのものへと能動的にはたらきかけることによってそれを対象化する、といったイメージを我々は抱きがちだ。だが、それとは逆に、トマスが述べているは、対象の方が能動的にはたらきかけて我々の心を差異化し現実化させてくるという話なのだ。それゆえトマスの感情論は、対象によって差異化される私が、私の心を差異化し現実化させた対象を概念的に腑分けして区別していく、という構造になっている。

感情発生の経緯に関するこうした説明を踏まえると、対象が感情発生の原因だといえるようにも思われる。ここでトマスの「怖れの原因について」の議論を見てみよう。怖れの対象は、恐れという感情から切り離されているのではなく、むしろ恐れという感情の中核的な構成要素として、怖れの原因であるというよりは、怖れの形相なのである。では怖れの原因はどのように特定されるのであろうか。怖れの場合には、対象は、容易に抵抗できない切迫した未来の悪と評定されるものである。それゆえ、怖れの対象の原因は、作用因─怖れという感情が或る人の心の中に生まれてくるように作用しはたらきかけるものという意味での原因─の観点から言えば、こうした悪を課すことのできるものである。例えば、子供にとっては、罰を課しうる親が、作用因としての怖れの対象の原因ひいては怖れそれ自体の原因だ。それに対して、質料的態勢─怖れという感情が発生するために必要な主体側の準備状態─の観点から見れば、それによって、或る人が、或るものがその人にとって悪であるように態勢づけられるところのものが怖れの対象の原因ひいては怖れそれ自体の原因である。そしてこのような質料的態勢の観点から言うと、愛が怖れの原因である。我々は何らかの善を愛しているからこそ、その愛している生命という善を脅かしてくる未来の悪を怖れる。生命という善を愛しているという質料的態勢があってはじめて、生命を脅かしてくる作用因は怖れの原因たりうる。その意味で、愛が怖れの原因なのだ。

我々は、何かに好感を抱くから、すなわち何かを愛するからこそ、それを手に入れたいという欲望を描く。そして、愛する何かを手に入れることができれば、喜びを抱くし、手に入れられなければ悲しみを抱く。肯定的な感情であれ否定的な感情であれ、すべての感情は、愛を基盤にしてはじめて生じてくる。怖れに関しても事情は同様だ。

第一章や第二章で述べたように、諸感情の連鎖の構造は、指摘されてみると或る意味当たり前だが、トマスによる区別の明示が為されるまでは我々にとって必ずしも自明ではない、という性格を有している。そして、当たり前とも言える区別の積み重ねを通して、トマスは、けっして当たり前ではない命題を取り出してくる。それは、愛という感情が、愛以外のすべての感情の原因である、という命題だ。

2015年5月 1日 (金)

山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(12)

第4章 肯定の形式としてのスコラ的方法

『神学大全』の最小の構成単位である「項」は、全部で2629個あるが、その一つ一つの「項」のすべてが同一の形式を持っている。その形式は、中世の大学に特有の授業形式である討論を反映するものであり、タイトル、異論、反対異論、主文、異論解答という順序で展開する。項の実質的内容は、「…と思われる」という言葉で導入される異論で始まる。スコラ的なテクストの最大の特徴の一つは、権威の引用によって織り成されたテクストであることだ。スコラ学者たちは、問題を解決するためではなく、問題を提起するために、過去の哲学者や神学者のテクストから諸々の議論を収集していた。主文においてトマスは自らの解答をまとまった形で論理的に提示する。その語り口は「事柄事態が語る」と形容されるほどの明晰さに満ちた飾り気のないものである。主文における議論の展開の特徴は、問題の解決にあたって「区別」という方法が多用されていることだ。トマスは、問題に含まれているキーワードの意味内容をいくつかに分節し区別することによって、一見対立しているように思われる複数の見解が並び立ちうる新たな地平を切り拓こうと試みている。スコラ哲学において、「区別」は、大きく分けて二つの意味を有していた。第一に、この語は、大きなテクストを参照するのを容易にするために導入された方法を意味した。すなわち、一つのテクストを、意味がありかつ扱いやすいいくつかの単位へ分解すること、または、その分割の結果生まれてくるテクストの区分を意味していた。第二の意味は、一つの単語の孕み持つ異なった意味を区別することであった。大学における討論の解決は、しばしば、中心的な概念や用語の意味を区別することに基づいていた。それは『神学大全』における問題の解明の在り方にもあてはまる。トマスは、主文や異論解答において、必ずしも、最終的・決定的な固定化された解決を与えているのではない。むしろ、異論や反対異論で提示された諸見解にまとわりついていた曖昧さや不明確さを、新たな区別の導入によって克服し、探究されるべき事柄自体へとより肉薄しつつ、権威をより高次の次元で生かしなおそうと試みている。それは異なる諸見解のあいだの単なる辻褄あわせではなく、論争というプロセスを通じて、異なる多様な見解と共存しうるより豊かな地平へと自らの精神を解放する機能を有している。このように、トマスにおいて、細かい分類作業や問題の細分化や言葉の意味の区分は、自己目的的に行なわれているのではなく、区分を通した、事柄の明示的な理解の全体的・総合的な獲得が目指されていた。この意味で、区分は、定義的なものであったり、最終決定的であったりするよりは、むしろ、曖昧さや不明確さに陥りやすい問題について、読者の精神を文脈に応じて照らし出すものとして機能している。

トマスは様々な問題について考える手がかりを得ようとする場合、まず、その問題に関して伝統的に提示されてきた見解を列挙していく。だが、単純にそこから解答を演繹的に導き出すことはしない。なぜなら、従来の諸見解は一枚岩ではなく、或る種の緊張関係のうちに現前してくるからだ。実際、しばしば対立するはずの異論と反対異論の双方が、同等の権威をもった古典的著作からの引用に基づいている。同じ著者の同じ著作からの引用である場合さえある。古典的著差からの引用は、問いに対する出来合いの解答を与えるのではない。むしろ、相対立するように見える諸々の立場の緊張関係のなかで、問題を錯綜させ尖鋭化させることによって、問題の核心を浮き彫りにし、細かく詰めた議論を可能にさせるものとして機能する。このようにトマスのテクストは伝統的な権威ある言葉に充ち満ちている。だが彼は、単純に権威に訴えることによって議論を進めているのではない。そもそも、スコラ学において、「権威=典拠」とは、権威主義的な仕方で押し付けられた硬直化した解答を意味するのではなく、理性的探究に生命を与える力を持った「著者=創始者」の凝縮された言葉を意味していた。それは、人類の認識に新たな局面を切り拓いた創造的な著者たちの力に満ちた言葉なのだ。これらの言葉は、一義的に固定化して理解されうるものではなく、多様な意味をそれ自体のうちに孕んでいる。開かれた解釈の可能性を担った言葉として、議論のための立脚点を提供する力を持っている。トマスは、伝統的な「権威」を尊重し、真理探究における通時的な連続性を保持すると同時に、「権威」をめぐる多様な解釈を鋭く対立させ、より高次の立場から総合している。「項」という形式を駆使しつつ、伝統のうちに孕ませている緊張関係を緊張関係としてはっきりと提示するとともに、自立的な解釈を施すことによって、新たな合意形成の基盤を形作っている。そのような意味で、トマス哲学は、探究の方法論上も、肯定の哲学という観点から捉えうるものになっている。それは、自他の考えをありのままに認める意味での「肯定」ではなく、相異なる複数の考えのよさが生かされうるようなより高次の次元での総合を提示していくという意味での「肯定」だ。

 

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

最近聴いたCD