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2015年5月16日 (土)

竹内整一「『かなしみ』の哲学」(3)

第2章 「かなしみ」の力

国木田独歩の思想的営みのもともともの基本は「驚き」ということにあった。しかし、ついぞ彼は「驚き」えていない。そして、「驚き」に代わって「人間悲哀の源を究める」ことが、その思想・文学の中心の座に据え置かれることになる。「哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」という西田の主張は、独歩の思想・文学において実証されている。

独歩の活躍した明治二十年代から三十年代にかけては、思想・文学の世界では、「煩悶状態」と名付けられた、ある種の精神の危機状態があった。「煩悶」とは、答えのない問いを問う精神の病であり、こうした中で、それをみずからの精神状況としてまっこうから立ち向かった一人が国木田独歩である。独歩は、人生の「不思議」「不可解」についてくりかえし言及している。それは、無窮なる宇宙・自然と、そのうちにありながら「浮沈生滅」する有限存在の「吾」との関係の「不思議」ということである。つまり、両者の「相関するの深意」を求めての「不思議」である。そしてその、いわば縦の「不思議」は、横の「不思議」を生む。つまり、もしわれわれ一人一人が、この無窮なる宇宙・自然との「相関するの深意」をきちんと見出せずに、幻のごとく死んで消えていってしまうだけのものであるならば、「人が人に対する関係」というのも、ついにその意味の分からない、つながりが見えないものになってしまうのではないか、そうした意味の「不思議」である。宇宙・自然との関係がまず基本であり、人間相互の関係は、その関係をふまえて考えるべきだという考え方である。

そのような「不思議」を科学的に分析したり哲学的に解明するということではない。すべては、この「不思議」を「極意」することに始まるというのである。つまりそれは、「不思議」なものを「不思議」だと、強く感ずること、すなわち「驚く」ことである。今やわれわれは、あまりに世間的な習慣や制度といった厚い「膜」の中に埋没して、そうした「不思議」を感受しえなくなっている、だから、そうした「膜」を打ち破って、直接、宇宙そのものの中に自己というものを感じとることがまず第一だと、驚きたい、目を覚ましたい、と言い続けるのである。しかし、独歩のこういう「驚きたい」という願いは対に達成されていない。

 

独歩に『忘れえぬ人々』という作品がある。この主人公は、「独立独歩」の主体的自己たろうとする意欲がくじけてしまっている。その意味で挫折しており、その挫折において、「耐え難いほどの哀情」におそわれているのである。しかし、そうでありながら、その時ほど心の平穏を感じることはない、自由を感じとることはないというのである。問題は、なぜ、本来、否定的な感情である「かなしみ」において、そうした平穏なり自由なりの、安定的・肯定的なあり方が可能になっているのか、ということである。

ここで独歩は、そのことを意識的にふたつの哀感の可能性として分けて書いている。『欺かざるの記』という、独歩の思想日記の方で使っている言葉でいえば、「天地悠々の哀感」と「同情の哀感」というあり方である。まず、「天地悠々の哀感」であるが、われわれの生というのは、こり大いなる天地のほんの一角にポツッと生まれて、そしてそこで生き、また死んで帰っていくという、そうした小さい存在ではないか、という感じ方である。そうしたあり方を『忘れえぬ人々』のあり方において見出したということである。例えば、瀬戸内海の小さな島で貝を拾っていた老人のあり方である。独歩は、このような人々に「人間は小なる者かな」の思いをなぞって「小民」と名付けているが、そうしたあり方において、人間存在の、いやおうない「小」という側面を感得していたのである。独歩のもともとの思想課題は、「独立独歩」の主体的な自己を形成することであった。「小民」とは、むしろそれては対極の人間像である。「小」なる挫折を感じせしめるものであり、その意味で「かなしみ」のうちにある人間把握ではある。が、むしろ、そうした「かなしみ」を感じとることにおいて、それを通して、逆にそこに、そういう人間をおさめとっている天地の悠々たる大きさを感じとることが可能なあり方でもあった。いかに小さな存在であれ、というより、われわれはみな、そうした多いなるものの中に生まれて、そしてまた、その中に消えていく存在なのだ、それでいいではないかと思えたときに、そこにある種の平穏・安定が感じられてくるという感じ方である。

もうひとつは「同情の哀感」であるが、これは「独立独歩」の主体的な自己などということを云々しているこの自分と、あの「小民」との間に何の違いがあるか、「皆なこれこの生を天の一方地の一角に享けて…相携えて無窮の天に帰る者ではないか」─、そう思いえたとき、じつに「我もなければ他もない」「ただ誰も彼も懐かしくって、忍ばれてくる」という、「懐かしさ」をともなった「かなしみ」として感じられてくるというのである。「同情」とは、文字通りの同-情、同じ情況を担っているという認識において現れてくるものであり、その同情を分かち持つこと、共に「かなしみ」、共に「くるしむ」こと(共悲、共苦)によって、そこでの痛みなり「かなしみ」なりが乗りこえられるということである。天地・宇宙を驚き受けとめ、「独立独歩」の確固たる自己形成をなしえた人たちのことを考えると、崇敬・荘厳・偉大の念に満たされるし、彼らと肩を並べることができなければ、同じ人間として痛恨するが、しかしもし自分が、必ずや朽ちて死んでいく存在だと思えば、むしろ通俗同胞である「小民」とともに死んでいきたい、と。「同情の哀感」とは、そうした「小民」とともに、生きて死んでいこうとする共悲・共苦のことであった。

 

しかし独歩は、その安定も長く続けることはできなかった。結局は、根底にずっとあった「独立独歩」の自己形成への願いが、みずから「小民」たることを阻害したからである。つまり、文学者であろうとすること自体もそうであるが、さらに彼は政治志向や実業志向もあって、根深いところで「独立独歩」へのもがきから自由になれなかったということである。事業の失敗にくわえて、やがては結核を発病し、失意・挫折のうちに明治41年に死んでいくのであるが、この、うまく行かなかった最中に、なおつぎのようなことを言っている。自分の生きていることについての「不思議」「不可解」に惑っている。自分の人生が泡沫のようなものであり、さらには人類の運命すらも「はかない」ものと感じ「消魂」しているのであるが、しかし、それでもなお、わずかに耐えしのびえたのは、泣けたからなのだ、哀感があったからなのだ、と言っているのである。泣けるというのは、あるいは「かなしい」と思えるのは、どこかに「人情と自然との幽かなれど、絶えざる約束」といったようなものを感ずるからなのだという思いなしである。つまり、「かなしい」と思えるかぎり、その「かなしさ」を通して、「人情と自然」との、たとえかすかではあっても、その「絶えざる約束」のようなものを確かめられたということである。それを可能にするのか「哀感の力」なのである。

独歩の同時代人の綱島梁川は、より明確に、悲哀はそれ自体が既に救いであると言っている。もし神や仏というものが存在するならば、それは、まず悲哀の姿をしてわれわれに来るものなのだ、と。それゆえ、悲哀があるということは、それ自体がすでに神と人間とのあるやりとりの現れなのであり、悲哀というものを持つこと、それがすでになかば「救い」なのだというのである。「かなしみ」があるというのは、「人情と自然」との何らかの「約束」をどこかで感じているからだ、という独歩の言い方をさらに積極的に推し進めた考え方ということができるだろう。

神というものは、われわれの主観が「造り出すもの」であるが、その「造るという意義が、一時偶然のすさび心にて造るの義にあらずして、人の本性の必至より来る創造の義」だとういのである。「人の本性の必至より来る」とは、自己の内に発しながら自己にも「不可抗なる至心至切の要求」、あるいは「自分で自分の自由にならぬ主観以上、空想以上の一種不壊の要求」といった、自己の至深にあって自己を自己たらしめている何ものかからの、抗いがたい要求の顕現を意味するものであり、その意味では、神の創造とは、同時に神の発見でもある。梁川において悲哀とは、そうした「至心至切」「必至」の感情のことである。われわれが「かなしい」と思うのは、「さあ、かなしかろう」といって「かなしく」なっていく、自分でやめようと思ってもやめられない、その意味で自分を超えて起きてくる感情だというのである。悲哀は、神から来るものであると同時に、神へといたる媒介の感情である。もともと、みずからの有限性・無力性を感じとる「かなしみ」が、その「深い」感受を通して超越的なものにつながるという論理がそこにある。

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