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2015年6月18日 (木)

コーポレートガバナンスそもそも(5)

これは、想像というか妄想の部類。中世から近世の西欧で、国家レベルつまり行政がタッチして経済や金融、流通のインフラが整備されていないで、人びとが地域なり血縁なり職業なりの紐帯で集団を形成(社会)し、そこで代替的な限定されたインフラを運営させていった。そういうことであれば、運営の維持のために自主的なガバナンス、とくにギルドなんかは国王から特権を受けていたのであるので、なおさら、例えば、メンバーの掟破りを防止したり、メンバー以外のフリーライダー(ヤミ業者)の排除などを自分達でしなければならなかった。いってみればガバナンスというのではなかったか。最初は規模が小さかった経済事業の市場は、農業技術の進展で余剰生産が生じるにつれて、徐々に拡大ということになれば、新規参入が出てくる。そういう新興業者に対して、フロンティアーだったギルドは特権を維持することで、競争の優位性を保とうとする、そのためには結束を固めることが必要で、ガバナンスは彼らが生き残るための手段のひとつだったのではないか。

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