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2015年6月17日 (水)

コーポレートガバナンスコードそもそも(4)

昨日のネタは、トクヴィル「アメリカのデモクラシー」やウェーバー「プロテスタンティズムの教派と近代資本主義の精神」。アメリカからの視点で見えてくる。ヨーロッパでは、見知らぬ人同士でも同じフリーメイソンであれば、信用できる。そこに、取引の信用のインフラやリスク回避のシステムが、社会でつくられていた。会社もその一翼を担うものであったといえる。一方、新大陸のアメリカでは、ヨーロッパのような伝統的な社会的な紐帯がなく、個人が孤立した裸の状態で、いわばバラバラに投げ出されたようなもの。だからこそ、人との関係を強く求める傾向が自然と生まれた。その結果、次々と集団を作っていった。考えてみれば、このように次々と集団組織を作った伝統は、現代のヴェンチャーを次々と立ち上げる精神的傾向に通じているのではないかと思う。そして、アメリカ経済の自由市場は、そういう裸で孤独な個人が孤立しているのがルーツと考えてもいいのではないか。そのようなアメリカで会社というのを考えると、ヨーロッパのとは出自が異質なのが容易に想像できる。

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