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2015年6月20日 (土)

山内史朗「天使の記号学」(12)

第3章 聖霊とコミュニカビリティ

1.コミュニケーションの多層性

メタ・コミュニケーションは、コミュニケーションに関するコミュニケーションのことである。メタ・コミュニケーションは言葉で表現されるわけではない。声の音調や話し方などによって、言葉に付随するシグナルで表現される場合もあるが、多くの場合は非言語的に、つまり表情や身振りによって表現される。ところが、表現行為に二つのレベルがあり、両者が対立している場合、もつれを引き起こす。言葉では「食べていいわよ」と言いながら、眼が怒っている時、メタ・コミュニケーションはコミュニケーションの内容を否定し、「食べてはいけない」と述べているのだ。

レベルの違いによって、異なる内容が伝えられることは、何ら悪いことではない。むしろそのことによって、様々な事柄が同じ言葉によって伝えられるし、言葉は微妙なニュアンスと様々な効果を持つようになる。コミュニケーションとメタ・コミュニケーションは、ふだん、きわめて頻繁に行き来し、そこに笑いや冗談が生まれる背景をなしているのだが、そういった複数の層を推移するためのメカニズムがあるとすれば、そこはコミュニケーションとメタ・コミュニケーションに分かれる以前の、別の事件を想定できるかもしれない。

何かの用件を伝える場合、コミュニケーションの内容(メッセージ)が一番大事にされる。ところが、メッセージが強調される場合がある。宴会や葬式の場であれば、伝えられるべきメッセージは最初から分かっているから、メッセージよりも、言葉を交わすという事実の方が重要となる。また、初めて出会った人におずおずと話しかける場合、そこで何を伝えられているのか。このようなところで目指されているのは、コミュニケーションの結果として伝わるメッセージでも、コミュニケーションの成立によって示される共同体性でもない。そこにあるのは、たぶん、コミュニケーションを求めるコミュニケーションだ。その場合、言葉の後にあるのでも、言葉の中にあるのでもなく、むしろ、コミュニケーションの成立する可能性の条件が、コミュニカビリティということだ。もし、コミュニカビリティの層を認めてよいとすれば、人間の行なうコミュニケーションの多くは、案外コミュニカビリティを伝えるためになされている、と私には思われる。

コミュニカビリティの層があるということは、伝達能力の不完全性によるのではなく、伝達に備わる必然的条件なのだ。天使主義は、このコミュニカビリティの層を人間に課せられた不完全性のしるしとして取り除こうとする。コミュニカビリティとは、伝達の能力といったものではない。可能性の条件としてあり、伝達に先だって成立していなければならないが、実は、初めから与えられているとは限らないものなのだ。或る出来事の成立の条件が出来事の後に、遅れてくるしかないものだ。だからこそ、人間は未来に対して背を向け、過去を見つめつつ、後ずさりしながら、未来に進んでいくしかないだろう。コミュニケーションもまた、メッセージを伝えるために、前向きに進む行為なのではなく、後ずさりしていく行為なのかもしれない。

言葉を学ぶということを考えてみよう。単に言葉をオウム返しに模倣するだけでは、言葉を学ぶことはできない。「チョーダイと言ってごらん」と言われて、オウム返しに「チョーダイと言ってごらん」と答えるようでは言葉の使い方を学んでいない。学ぶことができるためには、「あげる」と言われて「ください」といえるように、視点の交換可能性がなければならない。これを可逆性・反転可能性といってもよいだろう。「チョーダイと言ってごらん」と言われて、「チョーダイ」と言えるためには、言葉の中に、言葉自身の指示と言葉以外のものの指示という、最低限二つのレベルがあることを予め知っている必要がある。言葉を学ぶとは、言葉の使用規則を学び、その規則に従うことではなく、その規則を適用することだ。模倣によって、規則を学ぶことはできるが、それだけで言葉を使用することができるようにならないのは、規則とは、常に適用可能性の領野を伴っており、規則の選択・排除・除外・適用ができるようになっていなければならないからだ。

ここにあるのは、欲望の基本的文法との符合である。欲望の場合と類比的に、メッセージを伝えることは、コミュニケーションの堕落に他ならないと考える立場もあるほどだ。メッセージを伝えることが、言葉の本来の機能であり、メッセージ以外のものは付随的なものに過ぎないと言う考えは、まさに天使主義的言語論だ。

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