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2015年7月 7日 (火)

ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(1)

2015年4月 BUNKAMURAザ・ミュージアム

Bottipos急遽、この日の夕方、都心で個人的な用事で人と会う約束となったので、午後を半休にした。約束までの時間の合い間、一番手近なところということで、思い当たったのが、渋谷BUNKAMURA、駅から美術館までの道のりは、とても美術館に行く風情はなくて、好きではないが、寄って見ることにした。上野あたりの美術館とは違って教科書の泰西名画を新聞社や放送局のタイアップで本邦お目見えなどという性格ではなく、だいたいが、おシャレでスノッブな展覧会の傾向があるようで、上野あたりとは客層が異なって、順番待ちのような込み合うことがないのが普通だった。しかし、さすがにフィレンツェ・ルネサンスの著名画家、ボッティチェリの作品が多数やってくるというであれば、いつもと違った客筋(平均年齢が上がったのではないか)で館内はいつもより人が多い。

さて、展覧会タイトルから企画展として考えられているようなので、主催者のあいさつを引用します。“15世紀、花の都フィレンツェではメディチ家をはじめ銀行家の支援を受け、芸術家が数々の傑作を生み出していきました。三泥・ボッティチェリ(1445~1510年)の美に代表されるフィレンツェのルネサンスは、フィレンツェ金融業の繁栄が生み出した文化遺産といえます。しかし15世紀末、金融業の衰退とともにメディチ家が凋落するとフィレンツェの政治は混乱し、ルネサンスの中心地はローマへ移ります。人気画家だったボッティチェリも、動乱のなかで忘れ去られました。本展では、ヨーロッパ全土の貿易とビジネスを支配しルネサンスの原動力となった金融業の繁栄と近代に通じるメセナ活動の誕生を、フィレンツェの趨勢と運命をともにしたボッティチェリ作品に加え、絵画、彫刻、工芸、資料によって浮彫りにします。”なんとも中途半端で生ぬるい内容でしょう。何を、どのように見せようとしているのか、全く書かれていないので、抽象的なお題目の範疇を一歩も出ていません。実際に展示を見た印象では、当時の金貨とか、それらしいものが陳列されていましたが、それがテーマと何の関係があるのか、お金だから経済に関係するとかいうことでしか思えませんでした。ボッティチェリで展覧会をやりたいけれど、そんなにたくさん集めることはできない、そこで空隙を埋めるためにということで考えた(でっち上げた)程度にしか思えませんでした。私の独断かもしれませんが、私は、ボッティチェリその他の絵画以外の展示は、全く惹かれるものがなく素通りでした。それなら、協賛のイタリア大使館のメッセージで“ボッティチェリの芸術家としての変遷は、金銭、権力、美、そして宗教的感情が入り乱れて変化していったその生涯を象徴するものです。”という一言のほうが、どれほど見ようという気をそそるものであることか。

ということで、15世紀フィレンツェのボッティチェリとその周辺の絵画を見てきた感想を書いていきたいと思います。とはいうものの、私にとってボッティチェリは苦手な画家です。そのことは、以前にウフィツィ美術館展のところでも書きました。そういえば、ウフィツィ美術館展もタイトルに嘘があるような、眉に唾をつけたくなるような展覧会でした。それは、ボッティチェリに独特と思える不自然にひんまがったような人体のわざとらしさなのです。リアルではないし、後世のマニエリスムのような作者の何らかの意図(無意識なものも含めて)も見えてこない、ルネサンス以前のようなパターンに縛られているわけでもない。つまり、何で、わざわざこんな風に描くのか意味がわからないのです。こんなことを言うと、芸術は分かるものではなく、虚心に感じるものだという説教が聞こえてきそうですが、感覚するということは、そこにそれが美しいとか心地よいとかがあると認識しているから感じることができるので、ボッティチェリの作品にはそれを認識することができない、もっというと観賞の対象となるような美術作品としてみることができない、ということです。

そんな私が、どうしてボッティチェリの展覧会などにわざわざ出向いたのか(ついでに寄ったのですが)、という疑問は当然上がるともいます。入場料だって無料ではないのですから。そのことは、措いておくことにしますが、今回の展示を見て、ボッティチェリ独自と私が思っていた、あの不自然さは当時の彼の周囲では、とりたてて特異なものではなくて、そうものだったということが想像できました。その中で、ボッティチェリは突き詰めて行った挙句が、あのようなものとなっていったのが、ボッティチーニとかフィレンティーノといった画家たちの作品をみていて分かりました。そしてまた、そのような画家と比べて、ボッティチェリが有無を言わせず際立っていたのが、聖母マリアや幼児のキリストの肌の色遣いでした。仮に、ボッティチェリと当時の画家たちに、同じテキストの塗り絵で競わせたら、肌色に関してはボッティチェリが突出するのではないか。そこで、私にとって、ボッティチェリの作品を感じるための足掛かりが掴めたような気がしました。とはいっても、好きな作品にはとうていなれないと思います。

展示は次のような章立てでした。

序章 富の源泉 フィオリーノ金貨

第1章 ボッティチェリの時代のフィレンツェ─繁栄する金融業と商業

第2章 旅と交易 拡大する世界

第3章 富めるフィレンツェ

第4章 フィレンツェにおける愛と結婚

第5章 銀行家と芸術家

第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容

それでは、これから上記の章立てに沿って具体的に作品を見ていきたいと思います。ただし、序章はつまらないので通過します。

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