無料ブログはココログ

« ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(4)~第3章 富めるフィレンツェ | トップページ | ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(6)~第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容 »

2015年7月12日 (日)

ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(5)~第5章 銀行家と芸術家

Bottifio2この前の第4章のフィレンツェにおける愛と結婚は、とくに見る価値もない骨董のようなものが場所埋めのように並べてあったとして思えないので、割愛します。展示に付されていた説明を読んでも、展示の意図も説明の内容も要領を得ないもので、要するに、“分かっていない”ということがよく分かったというものでした。そして、この章の銀行家と芸術家というタイトルは、要は注文主がメディチ家等で、彼らが銀行業で儲けていたということで、その注文と銀行業の関係とか、例えば、フィレンツェ以外の都市では銀行業以外のパトロンが多いてところと傾向の違いがどうだとか、ないと分からないと思いますが、そういうことは一切触れられていませんでした。

Bottifioで、今回の展覧会のメインの部分の展示を見ていきたいと思います。聖母子を題材とした作品のオンパレードです。それらの作品をメインであるボッティチェリと比較しながら見ていくというのが、この展覧会の最大の醍醐味だったのではないかと思います。

偽ピエル・フランチェスコ・フィエレンティーノと、名前の前に偽という字が追加された可哀想な画家の『聖母子と洗礼者聖ヨハネ』という作品です。同じ画家の同名の縦長の衝立のような作品が同時に展示されていますが、まるで、コピーのようにそっくりです。説明によれば、フッリッポ・リッピの作品をお手本にして、銀行家とか飛ぶ鳥を落とすような勢いで勃興してきた人々のために量産した作品の一つであると考えられます。そのせいと考えるのは、こじつけでしょうか。輪郭線をはっきりと引いて、人物のポーズはパターン化が進んでいるように見えます。この画家の名前に偽の文字がついているのは本名が知られていない無名の、どちらかという工房の職人に近い人だったようです。多分、注文というのも、フィリッポ・リッピの作品が有名なので、“ああいうのを頼む”とか“あれがいい”とかいうもので、それだけでなくても、聖母子像の注文に対しても、有名な作品に倣ったものであれば顧客はたいがい満足してくれたのではないかと思います。ただし、製品の品質にはうるさかったでしょうから、絵画の素人でも品質が高いということが一目で分かるような細かな装飾を精緻に描き込んで、鮮やかな色を丁寧に塗って、金色でピカピカに光るような装飾を細かく入れていった。そのような描き方で、量産していくためには、デザインなどにこだわっていると効率が悪いので、ひたすら描画作業に集中できるようにパターン化され、描画を効率よくするために、輪郭線ははっきりさせる。そうしていくうちに、顔の造作なども固いくらいにくっきりとした輪郭がつくられていったのではないかと思います。というのも、この作品の聖母の顔を見ていると、とくに直線的な鼻筋とか眉毛の線をみていると仏像の顔に似ていると思えてくるのです。中世のイコンの影響も残っているのかもしれませんが、聖母の顔は、人間らしい柔らかな顔というよりは、ふくよかではありますが、仏像の超越的な固めの顔に似ている。その固さがあるがゆえに、金ぴかの装飾が描き足されていますが、全体として禁欲的な、祈りの対象となる凛々しさは感じられるようになっていると思います。そのいみでも、銀行家の室内に飾られ、装飾でもあるのでしょうか、祈りの対象としての機能も果たすことのできるものとなっていたのではないかと思います。そのためにも聖母をはじめキリストもヨハネもリアルな人間というよりは、パターン化されることにより、個別の誰と特定できない人一般の抽象されたものとして、理想化されたような結果となり、そこに見る人は神々しさを見ることができたと思います。

Bottibot次のフランチェスコ・ボッティチーニの『幼子イエスを礼拝する聖母』を見てみましょう。上の作品とシチュエーションはほとんど同じで、聖母の着ている衣装も、ほとんど同じです。しかし、印象は全く異なります。例えば、聖母の顔が、上の作品と違って丸みを帯びた柔らかな線になっています。彼女の顔に仏像の貌を想わせる風情はありません。彼女の身体についてもかすかな胸のふくらみも感じさせ、人間の女性の身体として描かれていることがわかります。そして、彼女の顔にもどると、そこにはパターン化された顔ではなく、明らかに人の個性が描き込まれ、生身の女性であることが想像できるようになっています。しかし、幼子キリストの描き方は、両者をくらべても大きな違いは見られません。それゆえ、この作品では聖母の描き方には人間的な存在感が表われてるものの、作品全体としては貫徹されてはいません。その、聖母の印象だけで、作品全体の印象は大きく変わってしまいましたが。その大きな違いは、聖母が超越的な祈る対象としてのものから、生身の人間でもあると見えることで、親しみを持つことができることです。このことにより、彼女に見る者は感情移入することが可能となります。超越的な神には、人は畏れ、敬いますが、共感することはありません。上の作品の聖母は、まさにそのようなものではないでしょうか。しかし、こちらのマリアは聖母であると同時に、一人の母親と見えます。彼女の口元には、表情が、微笑んでいるように見えるのは、まさに子を慈しむ母親の表情を想像できるのです。このようなマリア像が、ダ=ヴィンチやラファエロたちのような画家によって人間的なものとして描かれていく、その流れの初めの位置に、この作品があるのではないかと、私にはみえます。それは、単に聖母像というだけでなく、近代的なリアルな人物画としてでも、このマリアを見ることができると思います。そう見ると、たいへん美しい女性像です。気品ある、穏やかな女性の姿は、ダ=ヴィンチの『モナ=リザ』にも連なっていくものではないかとも思えてくるのです。

Bottitwo_2両作品は、だいたい同じ年代に描かれたもので、同時代にまったく異なる方向性の作品が描かれていたことになるわけです。そして、この展覧会のメインである、ボッティチェリも同時代に活動し、同じ年代に彼が描いた聖母子像が、ここで展示されています。それを見て行きましょう。『聖母子と二人の天使』という作品です。この作品は、上の二作品と同じように人気画家の著名な作品を手本にして描かれたものです。上の二作品と比べて、特段の違いが見られるでしょうか。片やルネサンスの代表的画家として美術史を飾るビックネームであるのに対して、もう一方は無名に近い職人のような人たちです。この『聖母子と二人の天使』がボッティチェリの作品の中でも凡作ということなら、それでもいいのですが、この美術展で展示されているボッティチェリの作品と比べてみても、それほど劣った作品にも見えない。ということは、私の目が節穴なのだということなのでしょうけれど、ボッティチェリという画家の何が突出しているのか、同時代の画家たちと比べてもはっきりしません。むしろ、同時代の画家のグループの中に埋もれてしまう同質性の高いということ方が、よく分かります。今回の展覧会の収穫は、実は、ボッティチェリの同時代の画家の作品たちと比べてみて、彼の作品が突出して下手でないということが分かったことなのです。

Bottivenusちょっと脱線しますが、この展覧会で展示されていた『ヴィーナス』を見てみましょう。ボッティチェリの最も有名な作品『ヴィーナスの誕生』の中から愛の女神ヴィーナスの姿のみを取り出したものということです。このように背景も何もないところで、人体表現としてだけで描かれたヴィーナスの姿を見ると、ヘンなところを目のあたりにすることができます。“ポーズこそ「恥じらいのヴィーナス」と呼ばれる古代美術の定型に基づいているものの、解剖学的に厳密な身体表現を損なってまで優先させた輪郭線の美しさが黒い背地のおかげで際立つことになり、古代美術をよすがとするポーズは「恥じらい」という本来の意味を示すのではなく、女神の理想的な姿形を強調するものに変容している。”という説明は苦しい弁解に聞こえてしまいます。例えば顔と身体の取って繋げたようなちぐはぐさは、かつてフォトショップを使うことではやったアイドルの顔写真をヌード写真につなげるアイコラと呼ばれる細工を想わせます。顔の大きさは身体に比べて異常なほど小さいし、傾いた角度は、ありえないほど不自然です。私には、こんな角度に顔がかしげていると女神ではなく、ゾンビに見えてしまいます。また、足首に目を向ければ、あらぬ方向にひん曲がり、捻っているように見えます。これもゾンビです。こんなことをして、はたして優美に見えるのでしょうか。私には、このような不自然に身体の描き方は、意図的というよりは、ボッティチェリという人は基本的なデッサン力に欠陥があるためではないか、としか思えません。だから、このヴィーナスを見ていても、理想の女神の姿などというものは微塵も感じられず、失笑を禁じえないのです。

話しを『聖母子と二人の天使』に戻しましょう。『ヴィーナス』とは違って、手本を基にパターン化されている聖母子像であれば、ボッティチェリの造形的な欠陥を露にすることなく、他の画家と並んで遜色なく見ることのできるレベルになっていると言えるのです。私の場合は、このようなボッティチェリの作品を見て、ようやく、彼を画家として見る対象に入ってきた認識することができました。ネルサンスの大画家に対して、勝手なことを言い放題です。美術を知らない人間の主観的な戯言と思って下さい。さて、それではボッティチェリは、下手ではないにしても、無名の職人のような、いわば美術史上の凡庸な画家たちと同レベルなのかということになります。このような人たちとボッティチェリとを分かつものは何なのかということです。私としては、ボッティチェリは凡庸でもかまわないと思いますが、敢えて、上の二つの作品と違っているところを探すと、色彩の扱いではないかと思います。第1章の『ケルビムを伴う聖母子』のところでも述べたように肌色です。この作品が制作されたのは1470年ころと説明されていますから、もう500年以上前のことで、その長い間に汚れ、色褪せているはずですが、現物を見ていると、他の画家との色の違いは分かります。(ただし、画像では区別がつきません)もし、これが描かれて間もない、絵の具の鮮やかな色合いが残っているのであれば、その違いは際立っていたのではないかと思います。また、上の二つの作品がテンペラ画であるのに対して、ボッティチェリの作品は油彩の手も加えられています。ちょうどこの時期は、画家の使う絵の具についても技術革新があって、新たに油彩画という手法が台頭してきて、テンペラの鮮やかさに対して、立体的な陰影や触感のようなものを微妙なグラデーションで表現できる油絵の具が取って替わろうとする時期にあって、ボッティチェリは油絵の具の特性を生かして、人間を表現する基本色である肌色を陰影豊かに使う手法をいちはやく確立し、縦横に大胆に使っていたのではないかと思います。聖母の顔を二つの作品と比べてもらうと分かると思いますが、肌色の違いだけ出なくて、顔の凸凹に対する陰影のつけ方や、その陰影のグラデーションが明らかに違います。ボッティチェリの方が、顔の複雑な凹凸や滑らかで柔らかな筋肉による凹凸が精緻に表わされていて、顔が立体的な肉体として表われてきています。偽ピエル・フランチェスコ・フィエレンティーノの聖母は、たしかに陰影があり、立体にはなっていますが、単に立体というだけで全体に硬くて、彫像のようです。また、フランチェスコ・ボッティチーニの聖母は柔らか味はありますが、彫が浅く平面的です。ボッティチェリの場合には、画面の構成とか造形は手本をなぞっていますが、色の遣い方で立体的な肉体を表現していると言えるのです。多分、ボッティチェリの最大の魅力は、ここにあるのではないかと私は思います。そして、ボッティチェリという画家のものの見方も、造形とか形態といったものよりも、色彩そのベースとなる光の当たり方で見ていたのではないかと思われるのです。それは、遠く時代を隔てた19世紀の印象派の見方に繋がっていくように思えます。もとより、印象派は、私には鬼門というほど苦手な画家たちです。

Bottikairo『開廊の聖母』という油彩の作品を見ると、そういう色遣いと陰影をはっきり見て取ることができます。聖母の顔は、これまで見てきた聖母像と明らかに違います。陰影の精細さと、その精細さゆえのグラデーションの滑らかさは、これまで見てきた作品に比べて、ワンランクのレベルの差があるように見えます。それほど、この画面での聖母の顔は立体的で柔らかな肌の顔に見えます。この作品のマリアの顔は、展示されている作品の中でも突出しているように、私には見えます。ダ=ヴィンチやラファエロといった大家たちも、この顔に倣うところが大きかったのではないか。それほど、この顔の部分に限ってはリアルさを見る者に印象させます。しかし、ダ=ヴィンチのように顔を骨格から分析して、立体的な形態を絵画の平面に投射して、人が二つの眼球というレンズを網膜に映して立体を認識するのに倣うように、顔を描き、立体に光を当てると影が生じることを、顔の形状から計算するように、いわば、顔の形状の描写とタイアップするように陰影をつけていっていると思われる。だから、ダ=ヴィンチにより描かれた顔には、その皮膚の下に骨や筋肉が透けるようなところがあるのに対して、この作品で描かれた顔は、徹頭徹尾表面的であるように見えます。前にも書きましたように、ボッティチェリの見るのは形状より色彩ではないか、というのが私の、いわば仮説です。つまり、の作品で描かれている顔は、光と影が、目の前で映っている対比的な映像なのです。たとえ、それが顔の立体性を想わせるにしても、それは目的ではなくて、結果ということです。ボッティチェリの場合の影は、顔の立体性を間接的に表わすものというよりは、それ自体の陰影の対比とかグラデーションが描く対象になっていたと思えるのです。ボッティチェリの場合には、見えているものは立体で、実は立体の向こう側があって、それはこちらからは見えないので描くことはできない、ということはどうでもよくて、とにかく、見えているものを、しかもその表面の色彩というより色彩を映す光を写すことが見て描くということだったのではないか、と思えます。というのも、この作品で、聖母の顔だけが突出しているのです。それは、画面全体のバランスを欠くことになっています。そして、画面全体としてみれば、影の陰影は画面構成の設計には反映しておらず、画面は全体として平面的です。人物の背景では、陰影の精度は聖母に比べて、かなり大雑把です。また、聖母の描き方を見ても、顔は精緻に描かれていますが、その顔が聖母の身体全体の中で、描き方が突出してしまって浮いているようです。

Bottijutai3_2大作『受胎告知』を見てみましょう。2.5×5.mの大壁画で、フレスコ技法で描かれているということです。こんな大きなものを、しかも壁画を、はるか日本まで運んでくるのは大変だったろうな、と変なところで感心しましたが、間違いなく、この展覧会の目玉ということになるでしょう。ただ、そういう労力を考えず、純粋に、私の目に映った作品としてみるならば、どうでしょう。大作の壁画でフレスコ技法で描かれたせいもあるのでしょうが、『開廊の聖母』の聖母の顔にあった精細さは微塵も感じられません。壁画ということで、汚れが付着したり、絵の具が色褪せたり、剥落したりしたのでしょう。きっと制作された当時は、もっと色鮮やかで、光り輝くようであったと思います。そこに、ボッティチェリの表象的な傾向が、適合していたと思います。いわば、銭湯の壁にペンキで描かれた富士山と同じようなものです。表面的で、見る者には、すぐにそれと分かる。しかも色鮮やかで、いかにも見栄えがする。たとえば、天使とマリアはアニメのキャラクターのように単純な図案化され、色の鮮やかさがひきたつように塗り絵のようにべた塗りのようになっています。例えば、同じボッティチェリの前に見た円形の小品では天使ミカエルと聖母の間で、天使は聖母を見つめるのに対して聖母は俯いて視線を受けていない、という視線のドラマがありました。しかし、この大作では、両者の視線を追うことはできず、そもそも視線が設定されていないようなかんじで、それぞれが、それぞれのポーズをカッコよくキメているようにしか見えません。壁画として、不特定多数の人たちが、眺めるというのであれば、そっち方が見やすいし、この壁画作品全体は、そのようなほうが見ていて疲れません。壁画で見る者にある程度の注意の集中を求めるのは、目的に適うものではないでしょう。

これは私の無責任な仮説、あるいは妄想です。ボッティチェリという人は、上で述べたように、表象的なものごとの捉え方をし、しかも、というか、それゆえに例えば、物体の形状を、見えない部分も含めて総合的に把握した上で描こうという画家ではなくて、眼に映っている表面の、その映している光の作用を描こうとした、それは実際には、光が眼に映る色彩の分布ということになるでしょう。だから、彼が描いた画面というのは、二次元の上に、色が塗られた部分が配置され、それを見たものが形状を結果として認識するというものだったと思います。そして、その画風でも光の移ろいや陰影を精緻に追いかけて、結果として表象を精細に再現させる方向を追求していくこともできたはずです。その部分的な達成が、『開廊の聖母』の聖母の顔です。これを極限まで突き進めれば、ダ=ヴィンチのような解剖学的な分析のような形状を極限まで追求した描写とは、別の方向の極限の表現が可能だったかもしれません。ダ=ヴィンチの描写はどちらかというと求心的な方向であったのに対して、ボッティチェリの可能性は遠心的たりえたと思うのです。しかし、ボッティチェリに対して、周囲の求めたのは、彼の表象的で、色彩の塗りに長けた特徴を、表面の広がり重視、つまりは深さを求めない、パッと見でわかりやすい、そして装飾を加えやすい、一方で、色彩に長けているのを鮮やかで見栄えのする効果を求める、そういう方向に求めたのではないか。ボッティチェリ自身も、注文があれば、そうするし、そのほうが儲かるでしょうから。さらに言えば、ボッティチェリの注文主たちも、そういう表面的な作風であったからこそ、古代ギリシャのエキゾチックな題材を、自分たちの受け入れられる尺度を計るのに都合がよかったのかもしれません。仮に、『ヴィーナスの誕生』をダ=ヴィンチやミケランジェロが描いたとしたら、もっとリアルで深刻なものになって、物議を起こす危険性は高かったかもしれません。その意味で、この大作『受胎告知』はボッティチェリの限界を予想させるものかもしれないと思います。

« ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(4)~第3章 富めるフィレンツェ | トップページ | ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(6)~第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容 »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/61879297

この記事へのトラックバック一覧です: ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(5)~第5章 銀行家と芸術家:

« ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(4)~第3章 富めるフィレンツェ | トップページ | ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(6)~第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容 »