無料ブログはココログ

« 転勤?から話がひろがって | トップページ | マグリット展(2)~第1章 初期作品(1920~1926) »

2015年7月21日 (火)

マグリット展(1)

2015年4月 国立新美術館

Mag2015pos国立新美術館は平日の開館時間が午後6時までなので、都心に出て仕事が終わってから行っても間に合うことができる。勤め人にとってはありがたい。今回も、予定より少し早く終わったので、多少無理があったが、とにかく見ることはできた。残念なことに広い会場で130点も展示があったので、1時間では見切れなくなって、後半の著名な作品は駆け足で通り過ぎるようなことになってしまった。それは、今回は却って良かったかもしれない、これは後で述べていきますが、初期作品を見直すことができたということが、私にとっては大きな収穫だったからです。

地下鉄千代田線の乃木坂駅の専用出口には、未だ春休みのせいか母子づれの姿が多く見られて、混雑が予想された。同じ会場でルーブル美術館展も開催されているので、そっちかもしれないと思いつつ、美術館に向かおうとしていると、特設の入場券売り場を見逃してしまうところだった。以前に、別の展覧会で、気がつかず通り過ぎて、入り口から引き返したことがある。これは、勝手の分からない人には不親切だし、何か雰囲気を壊されるような感じがして好きではない。国立新美術館そのものが、私には、建物といい、ロビーや展示室の雰囲気といい、不便で、落ち着きのないのが、どうしても好きになれない。会場は、心配したほどの混雑はなかったけれど、会期のはじめで閉館時間近くということもあるだろうか、若い人や女性の姿が結構多かった。マグリットは、そういう人々にも結構知名度のある画家なのだろうか。おしゃれ、という形容もあながち的外れでもないかもしれない。

例によって主催者のあいさつを部分的に引用します。“ルネ・マグリット(1898~1967年)は、ベルギーの国民的画家であり、20世紀美術を代表する芸術家として知られています。言葉やイメージ、時間や重力といった、私たちの思考や行動を規定する「枠」を飛び越えてみせる独特の芸術世界は、後の芸術やデザインにも大きな影響を与え、現代においてもなお、世界中の多くの人々を惹きつけています。─中略─ありふれた日常に潜む謎と神秘を描き続けたマグリットの魅力を堪能いただける、またとない機会になることと確信しております。”例によって隔靴掻痒というのでしょうか、揚げ足をとられないように、主張するリスクから逃げている文章で借り物の感を拭えないものなのですが、一般的に抱かれているマグリットのイメージは、こんなもんでしょうが…。ちょっと突っつくと、このあいさつでマグリットについてあげているのはイメージで作品そのものではないことと、触れているイメージというのは “思考を越えた”という言い方で必ずしも絵画的なイメージを指しているのではないということです。このことを、何も主張していないような挨拶に比べて、踏み込んでいるカタログの序文を長くなりますが引用します。

“ルネ・マグリットの作品や文章、インタヴュー、写真、書簡を通して、マグリットと親しく付き合うと、相反する像が浮かび上がってくる。現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考えを持つ知的な芸術家は、一見ごく普通の外見をし、非常に穏健で教養高く、強いワロン訛りを持ち、想像力の障害と称した妻を常に傍らに置いていた男と対立しあっているのだった。つまり、マグリットは仮面の奥でその破壊的な作品を作っていたのである。彼の作品は、無意識の側面を純化したものであり、無意識下では典型的なブルジョワとしての外見を持つ男というものが意識をなさなくなる。それはまた、言語の権威を掘り崩し、伝達というものが幻想に過ぎないことを示し、そこで新しい詩的な意味が組み立て直される徹底的な隔絶を称賛していた。

作家と作品の間の、エピソードの乏しい伝記とラディカルな思考との間の隔たりが、これほどまでに大きいことは稀である。マグリットは、常に自らの軌跡を覆い隠してきた。そうすることによって、自らの絵画に、人を驚かし、明白さを神秘へと変容させる力をもたらし、そしてあらゆるイリュージョンをなくした意識というものには不可能な運命しか残されていないことをはっきりと示そうとしたのである。モダニズムの迷妄に始まるこの道を、完全なるシュルレアリストとしてのマグリットはさっさと放棄してしまっていた。マグリットの絵画が持つ効果は、それが見せているものを要約すると一層明らかになる。例えば、真昼の中にある夜の時間、記憶とともに血を流す石膏の頭部、蝋燭のほの暗い光によって照らされた座る人物といったように。しかし、これらの効果の背後には、言語の核心まで掘り下げ迫りたいという深遠な欲望が横たわっているのだ。アンドレ・ブルトンとは異なり、マグリットは原初的な性質の心情や、原初状態における欲望の本能的な表現を受け入れることはなかった。マラルメの熱心な読者であったマグリットは、あらゆる潜在的な現実という物が無化され、同時に表現性から伝達の野望がそぎ落とされ、それゆえその唯一の真実である「主題」へと回帰する、無というものにより関心を抱いていたのだ。

この主題というものは、描かれた絵画というものが様々なアプローチに基づいた発展のひとつであるという、マグリットの中で次第にかたちづくられていったイメージの詩学の概念を実証するものであった。初期において、ジョルジョ・デ・キリコの謎めいた作品から影響を受けたマグリットのイメージは、精神の深淵に根を持っており、それを啓示するようなオブジェを体系的に探求していた。次第に、マグリットはこれらのオブジェをその表現的な次元から救い出すようになった。彼は、オブジェを一見して反駁することのできない所与のものとして示すために、オブジェから暗い側面を剥ぎ取った。マグリットは近代芸術の発展の先駆けである。というのも、彼がオブジェに割り当てた役割は、その明白性へと回収しえないものであった。1920年代後半までにマグリットは、ポストモダンの哲学の転換に半世紀も先立って、脱構築の手法を開始していた。すなわち、文学絵画によって、マグリットは「名付ける」という最も全体主義的な力を感じさせる恣意的な言語学的現象としてのオブジェの新しい地位を強調したのである。

マグリットの文字絵画の芸術的重要性は、シュルレアリスムというよりダダに近い、アナーキーに欲求に分かち難く結び付いている。マグリットは、匿名のブルジョワ紳士としての役割に退くことによって常にあいまいさを保持しながら、そのような欲求を抱いていた。マグリットはマルセル・デュシャンがやったように既存の秩序を転覆させようとしたが、彼は自らの作品を単なるひとつの態度へと貶めるような自己中心性の危険に屈しないよう、一見するとサボタージュの作品を作っているかのような振りをしていたのだ。彼は平凡さを武器へと変えた。後にポップ・アートは、その可能性を活用しようとするのだが、その時でさえ、マグリットの傍らでは、認められたいという渇望のために怪しげに見えてくるほどであった。シュルレアリスムの絶頂期において破壊的で詩的な芸術家であったマグリットは、おそらく現在においてこれまでよりも一層重要性を持っている。彼が抱いた、モダニズムのユートピアへの慎重さや、言語の限界についての明晰な理解、また哲学や精神分析、社会学といった理論的な原則としてではなく、むしろ存在によってのみ定義づけられる一種のリアリティとしての個人についての確信、これらのことには、ここ20年ほど人類に付きまとっている絶対的相対主義ともいうべき問題の核心があるように思われるのだ。唯一、詩的な芸術の追求のみがそこから脱する道を提示できる。それは、意識が究極的な不確かさという形をとって組み立て直されるような、不規則、不一致、そして断絶を会しての道なのだ。”

と、かなり長い引用になってしまいました。長いだけでなく翻訳調、論文調というのでしょうか、何か自慢しているような、難しげに装っているような、ちょっと読みにくい文章です。それで、私見を交えながら批判的に、この主な内容を説明していきましょう。ただし、これからの説明は恣意的で、隠れた意図(隠れていないですか)は、この引用をダシにして私見を開陳することにあるということを念頭において欲しいと思います。まず、ここではマグリットという画家を“現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考えを持つ知的な芸術家”と定義しています。ここでの“現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考え”というのは、“言語の権威を掘り崩し、伝達というものが幻想に過ぎないことを示し、そこで新しい詩的な意味が組み立て直される徹底的な隔絶を称賛していた”ということでしょう。何か難しげに聞こえてきますが、私なりに言い換えれば、私たちは日常生活で何気なく言葉を使っていますが、この言葉というのは一種の記号で、例えば「青い空」と言ったときには、その言葉を言ったり聞いたりしている人の目の前には現実に青い空がひろがっており、それを指して、そのことを写すように伝えているのが言葉ということで、私たちはそれに疑いを抱くこともありません。もし、それを疑ってしまったら、私たちは言葉による円滑なコミュニケーションができなくなります。それに対して、否定することはできないにしても、そういう現実と言葉の間をズラそうとしたのがシュルレアリスムという芸術運動ということができます。例えば、言葉の組み合わせを現実ではありえないパターンにしてみて、そこに今までになかったイメージを生み出そうとしたのです。その先駆となったのが象徴主義といわれる詩人たちで、言葉は現実を写すものから、言葉だけでイメージを作り出すことを指向していたといえます。彼らが理想したのは音楽です。音楽は楽器という特殊な音というツールで作品をつくりますが、現実の何ものかを直接写すことはできないかわりに、音の連なりでメロディとかリズムという響きだけで作品となってしまいます。その音楽の音というツールを詩人たちは言葉に置き換えて音楽と同じように作品を作ろうとしました。シュルレアリスムは、それをもっと進めようとしました。彼らは、象徴主義の詩人たちのように作品という閉じた世界だけにとどまらず、現実にもフィードバックできないかと考えたのです。現実の世界を作り変えることはできませんが、現実の見方を変えることはできなくもありません。そして、それゆえに象徴主義は詩人たちの間での運動だったのに対して、シュルレアリスムは言葉の世界である詩だけに留まらない志向にありました。マグリットは、そのシュルレアリスムの運動に参加していた人でした。しかし、今まで説明してきたのは言葉の世界です。絵画は言葉ではなくて視覚的イメージの世界です。さきほど述べたように、言葉で現実の見方を作ってしまおうというシュルレアリスムの志向があって、いってみればマグリットはその志向に乗ったと言えるわけです。その際に、今まで同じ見方ではなく、言葉によって今までとは違うイメージで現実を見るというのを絵画でやろうとした、ということです。そのこと自体は、従来のイメージに対しては破壊的になるでしょうし、知的な方法で、ということになるでしょう。その結果、マグリットは描くことで、“人を驚かし、明白さを神秘へと変容させる力をもたらし、そしてあらゆるイリュージョンをなくした意識というものには不可能な運命しか残されていないことをはっきりと示そうとしたのである”というわけです。それは現実にはありえないようなイメージを描いた、“例えば、真昼の中にある夜の時間、記憶とともに血を流す石膏の頭部、蝋燭のほの暗い光によって照らされた座る人物といったように”。これは、端的に言えば言葉でつくられた衝撃を絵画に置き換え、絵画で衝撃を作り出すということです。この言葉を絵画に置き換えるといっても一様ではありません。例えばサルバトール・ダリとマグリットはシュルレアリスムの画家として同じグルーピングされますが、見た目の作風は大きく違います。二人の作品を見比べると、マグリットは画面の中で描かれている個々のもの、パーツはそれぞれ現実のリアルな外観をそのまま忠実に描写されていて、作品を見る人はそれが何であるのかすぐに分かるようになっていて、それらの組み合わせが現実とはズレているというものになっています。これに対して、ダリの作品では、例えば時計が半分融けて外形が崩れてしまっていたり、現実にはありえないサイズに描かれていたりともの、パーツそのものが改変させられてしまっているのです。この両者の違いのひとつに言葉というものに対するイメージの持ち方の違いがあると思います。これは、シュルレアリスムの運動をリードしたアンドレ・ブルトンという詩人であり思想家である人物の影響をダリは強く受けたことにあります。シュルレアリスムは、前にも述べましたように言葉で現実を再構築してしまおうという考え方です。その言葉というものは、完成されたものがすでにあって、それに人が従うとか、それを使うという、いわば道具のようなものではなくて人の感情とか衝動とか無意識なものが表面に現れてくるときに言葉と一緒に形作られるような捉え方をしているのです。だから、ダリの描くものは不定形な外形をしていることが多いのです。しかし、マグリットはそうではありません。もっと、ブルトンやダリが人の無意識の衝動に踏み込もうとしたのに対して、意識をもっていて論理的なほうに傾いていたと言えます。もしも、例えば衝動ともにあらわれる雄叫びのような意味をなさないものを言葉といっていいのかどうか、もしそれを言葉としてしまったら、言葉の論理で現実を再構築するとしても、堅固なものにはならず構築作業の途中で崩壊してしまうことになってしまうでしょう。“アンドレ・ブルトンとは異なり、マグリットは原初的な性質の心情や、原初状態における欲望の本能的な表現を受け入れることはなかった。”という説明文章は、このようなことを指しています。“マラルメの熱心な読者であったマグリットは、あらゆる潜在的な現実という物が無化され、同時に表現性から伝達の野望がそぎ落とされ、それゆえその唯一の真実である「主題」へと回帰する、無というものにより関心を抱いていたのだ。”と言って、マグリットがステファヌ・マラルメの詩を好んだと言われるのは、マラルメの詩が難解だといわれながらも、そういう堅固な論理的構成を持っていたからです。マラルメの詩というのは言葉という完成されたものが在ると言う以外の余計な要素を削り取って純粋にしていった結果で、純粋詩などともいわれ、ブルトンにはあった感情とか衝動などというものもできるかぎり捨て去られてしまいました。マグリットはマラルメの言葉の明晰で論理的なところに通じるところがあったのでしょう。彼の作品の中で、個々のもの、パーツの描かれる明晰性が追求されていったと言えます。それは見るものにとっては一目でそれと分かる分かりやすいものになって行きました。そのために個々のものの個別の個性は余計なものとして削られていくことになります。例えば、この岩の他にはない、これだけのものとか、現実にここに在るような生々しさは描かれなくなり、岩と分かるように一般的な岩らしいものが描かれるようになっていきました。この岩という個性がなくなり、見る者が誰でも分かる普遍的、まあ、平凡なものとなっていったわけです。それは、ある意味で、これが、いま、ここに、在らねばならない、などという必然性が画面から失われることにもなります。画面のここに描かれるもの、そうでなくてはならない理由はないわけです。そこには他でもないこの岩ではなくて、他でもいい平凡な岩があるだけですら。それはこうであらねばならない理由とか根拠に対して、実はそんな根拠はあるのかという脱構築という哲学的な問いかけとそっくりだという人も現れたのでした。“彼がオブジェに割り当てた役割は、その明白性へと回収しえないものであった。1920年代後半までにマグリットは、ポストモダンの哲学の転換に半世紀も先立って、脱構築の手法を開始していた。”という説明は、このことです。それは、大衆社会の大量生産、大量消費の時代でものの個性が失われ、存在のリアルな生々しさが感じられなくなった時代を先取りするものであったのではないか。

まあ、最後はすこし奔ってしまいましたが、勝手に解釈すれば、そんなところではないでしょうか。それでは、これに対して感じた、今回の展覧会に対して抱いていた私なりの課題(というと大げさですが)を少し、お話したいと思います。このような説明には、マグリットが何を描こうとしたのか、どうして描こうとしたのかは説明されているのですが、どのように描いたのかについては、ほとんど触れられていません。以前にも、展覧会でマグリットの作品を見て、感じたことなのですが、彼の作品を前にてライブの生々しい感じがほとんどしなかったのです。作品の実物を前にしても、印刷や複製のコピーを見ているのとほとんど変わらなかったのです。ちょっと難しい言い方をすれば、ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』で言っているような芸術の現物にしかないアウロを感じられなかったのです。(私が鈍感なせいかもしれません)上述の説明でも、マグリットは何をどのような趣向で描こうとしたのかは説明されていますが、それは実際に作品を描く前のアイディアとか構想の段階のことで、極端なことを言えば、マグリットの場合には、そのアイディアとか趣向とかセンスが重要なので、実際に描いたのは二次的なことになってしまう、とでも言っているかのようなのです。そして、そういうアウロの感じられない作品を描くことを、マグリット自身は喜びを感じていたのか、疑問なのです。例えば、同じ時代に活躍したピカソやクレーなどの作品は、難しいなどとは言われますが、画家本人が描くことが好きで、描くことそのものに喜びを感じていたのは分かるのです。だから描いていくうちに、色彩が暴走してしまったりなどという微笑ましいこともあるのです。マグリットの作品にはそういう楽しさに夢中になっての破綻のようなことは、一切みられません。ピカソやクレーに比べれば禁欲的といえるほど厳格に自らを律する苦行僧のようにも見えてくるのです。

それはまた、マグリットの作品が見ることよりも言葉で話すことが優先されているように思えることも原因しています。上述の説明にしても、マグリットの作品については言葉で説明しやすい、もっというと言葉で説明できてしまうのです。それは逆に言葉では説明できないような純粋に絵画だけにしかないイメージという要素が少ないのです。(これも私の絵画的なイメージが弱いせいかもしれません)だから、もしマグリットが現代に生きていてアーティストとしての活動をしていたら、絵筆を執るようなことはせずに、画像をパソコンに取り込んで言葉のイメージをフォトショップ等のソフトを使ってコラージュを制作することに専念していたかもしれません。しかし、ピカソやクレーが絵筆をとらないとは、絶対に考えられないのとは対照的なのです。そういうことを踏まえて、マグリットの作品に生々しい楽しさとか喜びを感じることが、果たしてできるのか。それを楽しみにして、今回の展示を見に来たというわけなのです。それでは、これから個々の作品を見て行きながら、その答えを探していこうと思います。例によって以下のような展示のコースに順じて見て行くことにします。

第1章 初期作品(1920~1926) 

第2章 シュルレアリスム(1926~1930) 

第3章 最初の達成(1930~1939) 

第4章  戦時と戦後(1939~1950) 

第5章 回帰(1950~1967) 

« 転勤?から話がひろがって | トップページ | マグリット展(2)~第1章 初期作品(1920~1926) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。マグリット、楽しみです。見るものを不思議な世界へといざなってくれますね。ちょっと日常を休憩したい時に見るとちょうどいいのかもしれないですね。

poemさん、コメントありがとうございます。マグリットに対しては、今回の展覧会では、不思議な作品世界の前に、描くことの官能性のようなものを、特に初期作品で強く感じることあって、この人は画家だったという、当たり前のことを感じてきました。単純にキレイな絵を描く人だったということを

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/61931627

この記事へのトラックバック一覧です: マグリット展(1):

« 転勤?から話がひろがって | トップページ | マグリット展(2)~第1章 初期作品(1920~1926) »