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2015年7月 9日 (木)

ボッティチェリとルネサンス─フィレンツェの富と美(3)~第2章 旅と交易 拡大する世界

Bottimonatoこのタイトルについても、海外交易によってフィレンツェ商人の商売が拡大していったことは説明されています。それで、フィレンツェが豊かになったのは分かりますが、そこで展示されている作品との関連性が分かりませんでした。企画の方向性としては興味を持たせるのでしょうけれど、掘り下げがなくて、この章のタイトルにしても、説明にしても、絵画作品以外の展示にしても、刺身のつまほどの意味もないもので、単なるスペースの余白埋め、そんなものなら、最初から展示しないで、余白をゆったりしてくれた方がありがたいし、その余計な展示の費用がなければ、もっと入場料を下げられたのに、と恨めしく思うものでした。

Bottikelとにかく、私はボッティチェリの作品をフィレンツェの同時代の画家たちと並べて見ることのほうが、ここでは実質的な興味を持てると思います。ゴシック建築のマエストロというのは通称で、名前不詳の画家の作品ということでしょう『港の聖母子と洗礼者聖ヨハネ』という作品です。制作された年代は、前回に見たボッティチェリの『ケルビムを伴う聖母子』とほぼ同じ頃で、同じテンペラということもあって、作者はボッティチェリに近いところにいたのか、キリストの顔はよく似ています。横顔で俯きがちに視線を落とすマリアの顔は、この後で見るボッティチェリの描くものによく似ています。マリアの被っている薄いヴェールも、よく見れば、『ケルビムを伴う聖母子』でマリアが被っているに似ています。敢えて、違いを探すとすれば、マリアやキリストの肌の瑞々しさとか柔らかさの色合いの違いです。このように似た作品と比べると、ボッティチェリの個性が見つけられます。そして、今まで、ボッティチェリの際立った特徴と思っていた、中世の名残のような人形のような人の身体の描き方とか、リアルな人体だったら絶対にとれないような無理なポーズとか、敢えて人体バランスを崩すような画面に無理に合わせた形態とかいったことは、実は、同時代の画家には、それほど特異なことではなかったことが分かります。フィレンツェ・ルネサンスという、ダ=ヴィンチとかフラ=アンジェリコといった画家たちが美術の教科書や案内書に出てきますが、そういった人たちと比べるとボッティチェリの作品というのは、さきにあげたような不自然さが目だって、私の場合には、彼らに比べて古臭いへたくそに見えていました。今でも、その認識は変わっているわけではありませんが、この『港の聖母子と洗礼者聖ヨハネ』を見ていると、ボッティチェリの不自然な画風というのはボッティチェリの特異さが突出したものではなくて、同時代の或る傾向の作品が描かれるなかで、ボッティチェリが代表としてでてきて、後世は彼の周辺の凡庸な画家たちが歴史の陰に消えていったのに対して、ボッティチェリだけが残ったので、ボッティチェリだけが突出しているように後世には映ってしまったということになったのが分かりました。そう考えれば、むしろ、ダ=ヴィンチとかフラ=アンジェリコといった人々の方が、当時としては突出していたのではないかと思えるようになりました。

Bottijutai1ボッティチェリの『受胎告知』という板に油彩で描かれた直径80cmの、それほど大きくない作品です。画家晩年の亡くなる5年ほど前の作品ですが、妊娠を告げる大天使ミカエルと聖母マリアのポーズはダ=ヴィンチの有名な『受胎告知』とそっくりです。背景の舞台は違いますが、それにしても二人の作品はまったく印象が異なります。『受胎告知』はダ=ヴィンチの作品の中でも、比較的演劇の舞台装置のような不自然な作為が目立つ作品ですが、ボッティチェリのほうは、それ以上に舞台の書き割りのような印象です。ボッティチェリの作品は、先ほどの説明にもあったように晩年の作品で、壮年時の装飾的な要素が取り除かれた簡素な描き方になっているので、なおさら画面のつくりがダ=ヴィンチと異なっていることが分かります。つまり、ボッティチェリの中でもダ=ヴィンチ的な作品と、ダ=ヴィンチの中でもボッティチェリ的な作品になっているのを、比べると、これだけ異なっているということなのです。両者の大きな違いは、ダ=ヴィンチが二次元の平面の画面に立体的な空間を表わそうとしている、つまり、平面的な画面という限界を意識している、つまり現状に対する懐疑があって、それを突破しようとする志向性があるのに対して、ボッティチェリは平面的な画面のなかで風景や人物を書き割りとして効率的にレイアウトすることに心を傾けている、つまり、平面的な画面を当然のこととして、それを前提にものを見たり、描くことをしようとしている。そういう点です。だから、ダ=ヴィンチの作品では、ひとつの空間があって、そこに天使と聖母がたしかに存在しているということが分かります。これに対して、ボッティチェリの作品では、背景は書き割りで、デザインのようなもので、画面に天使と聖母が単に描かれている、そういう図案があるというように見えます。それは、二Bottijutai2人の色彩というものの使い方の違いにもよく表われています。ダ=ヴィンチの場合は、空間という世界やその中に存在する事物や天使や聖母の存在を表わすためのもので、それぞれの事物の存在感を見る者に感得させる実在感、リアルさを表わすものです。これに対して、ボッティチェリの方では、悪く言えば塗り絵のような図案のような画面に明るくて鮮やかな色彩が見る者に映えるように考慮して塗られている。ダ=ヴィンチでは色彩が画面の存在感を補助する道具であるのに対して、ボッティチェリの方では色彩は主役のようにフロントにでて自由に振舞っています。多少大げさかもしれませんが、この違いには世界観の違いが現れているように思えます。物事の存在の本質をイデアという言葉で表わすギリシャ以来の伝統では、例えばプラトンがイデアを説明する時に、椅子というのは様々な椅子があるが、職人が椅子を作ろうとするときには、椅子とはこのようなものがという本質的なイメージがあって、それを時と場合に応じてアレンジして個々の椅子を作るというように説明します。つまり、椅子のイデアというのは職人の頭の中にある椅子の設計図なのです。椅子とはこのようなかたち、形態をしているというのがイデアなのです。これはプラトンのあとを継いだアリストテレスがものの本質を形相にあるといったことにも共通します。アリストテレスによれば、ものの本質は形相にあり、そりに付随するものの性質のなかに重量とか色彩が含まれています。ここでのダ=ヴィンチの作品は、そのような伝統に則って、空間のつくり(構造)の外形をとらえ、それを表わそうとしたものと言えます。天使や聖母を空間の中に配置させ、空間の中の存在という形相、形態を忠実に描こうとしているわけで、色彩はそれに付随する性質として道具のように使われています。ダ=ヴィンチは、そのような意味で形態を突き詰めていった画家ということができます。これに対して、ボッティチェリは形態が第一にはなっていなくて、色彩が前面に出てきています。つまり、形相をものの本質とみる伝統的な本質論とは異なる考えにあるということが言えると思います。だからこそ、形態にこだわって、リアルな形態に拘束されることなく、私などから見れば不自然でリアルでない人体ポーズなども平気でとることができた。これは、或る意味では、日本の浮世絵にも通じるものです。実際、形態よりも色彩を重んじるような画家は、ボッティチェリ以降には、ほとんど表われない空白ともいえる長い期間を経て、浮世絵の影響を受けて近代画家のなかに、リアルな形態にとらわれず、色彩で描く人たち、例えばフォービズムとか。ボッティチェリは、そのような傾向に長いときを隔てて繋がっていると考えられるかもしれません。ダ=ヴィンチの作品に比べれば、ボッティチェリは軽妙で明るく、鮮やかです。しかし、重量感とかリアルさに欠け、どこか深みの足りない印象を受けます。それは、私が形態を本質とみるような伝統に縛られているからかもしれません。実際に、二人の作品の聖母を見ていると同じ色合いで同じようなデザインの衣装を着ているにもかかわらず、印象は全く異なります。ボッティチェリの色彩は衣装の色という枠を超えて、明るい色の鮮やかさが目に入ります。このような目で、この後の展示を見ていくと、私にもボッティチェリの作品を見えるものとして現れてくるようになります。

Bottirafaフランチェスコ・ボッティチーニの『大天使ラファエルとトビアス』という作品です。先ほどのボッティチェリの『受胎告知』の背景の左端に二人の人物が描かれていますが、それと同じ題材です。この作品も、ボッティチェリの作品とよく似たつくりをしています。とくにこの作品を見ていて分かるのは、二人の人物の立体感を影で表わしていますが、それは、見方を変えれば、色彩の変化として表現しているようにも見えてくるということです。それは、画面全体に空間があるようには描かれていないと言うことです。それを、ダ=ヴィンチのような巨匠で出現までの過渡的なものとみるか、ダ=ヴィンチという革命家の出現によって、多くいたこのような人々が消えていったと見るかは、後世の見方によるものではないかと思います。美術史(歴史)というものは、多かれ少なかれ、そういうものが慥かにあるものです。

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