無料ブログはココログ

« 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(2)~第1章 安雅堂画塾─師・松本楓湖と兄弟子今村紫紅との出会い | トップページ | 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(3)~第2章 赤曜会─今村紫紅と院展目黒派 »

2015年8月21日 (金)

数字は嘘をつく?

人は1人、2人・・・、犬は1匹、2匹・・・、車は1台、2台・・・というように、日本語では数える際に、その数える対象によって数に個数をあらわすユニークな言葉がつく。これに対して、例えば英語では、人でも犬でも車でも、1、2・・・となる。数は数なのだ。些細なことかもしれないが、英語でもドイツ語でもフランス語でも、日本語以外の多くの語では数は抽象化されているといえる。これに対して、日本語の場合は人は1人であり1匹ではない。ということで抽象化されきれていない。いうならば、実体としてリアルにあると言える。これだけなら、おおきな違いは感じられないかもしれないが、抽象化されているということはリアルな人とか犬とか車と数とは本来関係ないのだ。それを結びつけているのは、恣意でしかない。これは、言葉に似ている。「いぬ」という言葉と犬とは本質的な関係がなく、たまたまそのように使用されているだけだという。ソシュールも指摘しているように、言葉の恣意性、抽象性は通貨の流通に通じる。数というのも、このような言葉と共通するということだ。とすると、言葉は嘘をつくことがあるが、数字にも、それに近いことが起こる可能性はあるということだ。しかし、数字に実体性をもたせリアルに捉える場合、嘘が入り込む余地はない。回りくどい言い方かもしれないが、数字は真実であると無条件に信じてしまう。例えば、東芝の不正会計事件について、会計の数字というのが、それこそ1+1=2というようにキッチリと決まって公式に当てはめると正しい解がでてくるのに、わざと1+1=3という正しくない解を持ってきたかのような捉えられ方をしているように見える。少なくとも、新聞やテレビの報道はそういう視点のようで、それに違和感を抱いている。その影響が、今後の企業に対する監査の面で現われてくるだろう。

« 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(2)~第1章 安雅堂画塾─師・松本楓湖と兄弟子今村紫紅との出会い | トップページ | 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(3)~第2章 赤曜会─今村紫紅と院展目黒派 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/62129422

この記事へのトラックバック一覧です: 数字は嘘をつく?:

« 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(2)~第1章 安雅堂画塾─師・松本楓湖と兄弟子今村紫紅との出会い | トップページ | 速水御舟とその周辺─大正日本画の俊英たち─(3)~第2章 赤曜会─今村紫紅と院展目黒派 »

最近聴いたCD