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2015年8月30日 (日)

説得、分かってもらう・・

私もそうだけれど、目の前の見るべきものを見ないで、ないものを見ようとするところがある。例えば、映画なんかがそうで、そういうことに警鐘を鳴らすように、見る者を絶えず混乱させるような画面を制作しつづけた映画作家に小津安二郎という人がいるのだけれど。例えば、映画の画面上では恋人同士は絶対に向き合わないのに、映画館で見る者は向かい合う二人見てしまう。だから、小津の恋人や夫婦は必ず、向き合うことなく、同じ方向を向いて横に並ぶ、まるで同志のように。

そのときに、説得ということを考えてみる。辞書の意味では、相手にこちらの主張を伝え、理解し、納得させるということになろう。しかし、上記のように人というのは、あるものを見ないで、ないものを見てしまうものだとすると、こちらの主張を正しく伝わるということは、期待できない。通訳不可能性というのはクワインの主張だけれど、一つの思考実験として、全く異なる言語の二人が並んで座っている前に突然、一匹の動物が現われた。一人は「うさぎ」と叫び、もう一人は「gavagai」と叫んだ。このとき、二人のそれぞれのことばで「うさぎ」と「gavagai」は同じ意味になるだろうと想像する。それが異言語理解→翻訳のはじまりというわけ。しかし、そうは単純にいくのか。そのときの二人の言葉が動物の種を指すかどうかわからない。もし、片方が狩猟民族だったら「gavagai」は獲物という意味内容かもしれない。あるいは、神話的な不吉な動物で忌の意味だったかもしれない。だから、そのときの異言語理解→翻訳は誤解でないことを保障するものは何もない。クワインは、その時に異言語でコミュニケーションするのは、互いにその意志があること、互いを信じようとすることが一番重要だという。

そうであれば、説得というのは、正しい情報を伝え、理解してもらう以前に、納得しても気分になってもらう、相手と信じ合う関係になることの方が重要な要素ということになる。そんなこと、いちいち説明されなければ、分からないのか、とバカにされそうな気もするが。

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