ガバナンスのプラットフォーム?
紙に字を書く、それを読むときの辞書は、コンピュータとそのネットとなったときに、出版社が辞書のアプリケーションやコンテンツを製作したが、それよりも一般化したのはデータの集積ではなくデータを人々から集め、閲覧・検索するプラットフォームというウィキペディアだったのではないか。多分、フェイスブックが、他のSNSに比べて突出したのは、コミュニケーションの場というコンテンツとしてのみならず、そこから様々なことができるプラットフォームとしてという特異性の故という意見もあるという。このようなプラットフォームという切り口は事業の戦略だけでなく、例えば、企業の経営とかマネジメントの切り口として考えられないか、とちょっと思ったりしていた。いわゆる経営理論とか経営戦略論とかこ、の例で言えばコンテンツといえる。そういうのを当てはめていくためのものというべきもの。例えば、経営でイノベーションをコンテンツの刷新と考えれば、それの方法というのか切り口としてプラットフォームというのをひとつ考えられてもいい。つまり、イノベーションを発想するというだけでなく、それを吸い上げたり、評価したり、実行したり、リスクヘッジしたり、検証したりなどということ。経営は経営者が判断し、意思決定し、執行することで、それは経営者が自身の責任にもとに自由にすることだろうけれど、さきのイノベーションのプロセスのことのようなことに当てはまるのをプラットフォームとして考えることはできないか。そんなことをグダグダ考えていた時に、コーポレートガバナンス・コードは最初視野に入ってこなかったのだけれど、いじりようによっては、案外使えるのかもしれないのでは、と考えたりしている。
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