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2015年9月28日 (月)

ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(2)~1.初期:ヘルシンキ─パリ

シャルフベックの習作期の作品です。地元の画塾で学び始めて、認められてパリに留学して、そこで評価を得られたという時期の、画家として一本立ちするまでの時期、伝記的事実ではそういうことになると思います。

Schjerfbecksnow『雪の中の負傷兵』という作品です。18歳の時にフィンランド芸術協会の展覧会で高い評価を得て、買い上げられ奨学金を受けることなり、パリに留学することができたという作品です。1808年の第二次ロシア・スウェーデン戦争が題材ということですが、ロシアの支配下で民俗運動が高まってきていた時期で、題材としてはその空気に呼応するものであったと思います。しかし、描かれているのは戦争のドラマチックな意識を鼓舞するものではなくて、雪景色の中に負傷した兵士がひとり取り残されている情景です。それは、シャルフベック自身の境遇や心情が投影されていると解釈することも可能でしょうし、当時のフィンランドの置かれていたスウェーデンとロシアという大国にはさまれて、その支配の下で独立を果たせないでいる状況を仮託する解釈も可能でしょう。とくに、負傷兵の空ろな表情が、二大国の戦争に駆り出され、挙句に負傷させられてしまう空しさとか痛みを解釈することも可能です。それを若干18歳の少女がそつなく画面にまとめたということ。実際、構図にしろデッサンにしろ、上手に描かれていると言えるのではないでしょうか。ただ、作品として、画家の個性の萌芽が垣間見えるとか、突出したものがあるとかいうよりも、私がとくに感じたのは、シャルフベックという人の政治的なセンスというか、才能です。政治的な才能などというと、選挙に出てどうとかそんなことと誤解されるかもしれませんが、そうではなくて、社会の動きとか、人々がどのような方向にいこうとしているかを敏感に感じ取る力というのでしょうか。さらに言えば、それに対して、自分をどのような位置に置くのがよいかを判断できる力とでも言えるものです。ビジネスで言えば、必ずしも一致するとは限りませんが、マーケティング・センスのようなことです。『雪の中の負傷兵』の成功の要因はそういうところにあるような気がします。それは、そこで多分、フィンランドの画壇にシャルフベックという画家についてのイメージを残し、それが国内での後の画家の評価を導く際に、画家自身をそれをうまく利用していくであろう布石にも、結果としてなったのではないか。その意味で、シャルフベックという画家の世間的な成功のためには重要な作品であったのではないかと思います。

Schjerfbeckgirl_3『少女の頭部』という作品です。展覧会パンフレットにも使われていたので、人気のある作品なのではないかと思います。リアリズムで描いた少女という説明です。これもうがった見方をすれば、19世紀後半の西欧で資本主義経済が勃興し、消費文化がいわゆる小市民(プチブルとかビーダーマイヤーとか揶揄された)という人々を生み出し、その嗜好に応じたようなファンシー・ピクチャーが現れていたのに、うまく乗じた、ということは言えないでしょうか。しかし、それに迎合的になるところで巧みにスタンスをとって、クールベ風の荒々しいタッチで、いかにもリアリズムで描きましたという味付けがされていて、ちょっとだけ高尚ですよと思わせる。小市民階級で、背伸びしたい人々、いわゆる教養のある人々のスノッブなセンスにうまく合わせている。また、シャルフベックが女性であることも、ここではプラスに働くでしょう。開明的で、先進的なイメージが、しかし、社会通念と衝突しないよう按排されているわけです。このように、シャルフベックという画家は、私には、いかに描くかという画家ではなくて、何を描き、それを見る者のどのように提示するかという視点で注目すべき画家として、見えてきます。

『快復期』という作品です。シャルフベックの初期の代表作で、パリの万国博で銅メダルを獲得し、国際的な名声を得ることとなった作品とのことです。この作品は、背後に神話化されたような画家の物語があるとのことで、がかの精神的な自画像であるという解釈があるそうです。曰く、シャルフベックが婚約者から一通の手紙だけで婚約破棄を通告されたことと、この作品が関係する。この作品の少女は、病気から快復してベッドから抜け出し、カップに入った一本の小枝の新芽を楽しげに見つめている。その瞳は、健康な身体を取り戻した安堵感に満ち溢れているかのようだ。つまり、春の芽生えに託された子供の強い生命力に、心の痛手からようやく立ち直ってきたシャルフベック自身が重ねられている。ということだそうです。しかし、私にはそういうものがたりを知らず、神話に感情移入することもないので、先入観なく眺めた時に、この作品の少女が病気に打ち勝った強い生命力を見て取ることはできません。単に寝起きの、シーツに包まって、寝癖のついた髪で寝惚けているファンシー・ピクチャーと見てしまいます。私には、この作品の価値は、付加価値で『快復期』というタイトルをつけたということが大きいのではないかと思います。画家の神話化されたものがたりが真実であるとしても、真実かどうかは作品を見る者にはどうでもいいことで、要は、そのものがたりが作品を見る際に付加価値として有効に機能するかどうかということです。そのために『快復期』というタイトルでものがたりの神話化の布石を打ったということが、シャルフベックという画家の才能ではないでしょうか。つまり、この画家は作品を描くということに限定するのではなく、描いた作品を神話化されたものがたりという付加価値をつけてパッケージして見る者に提供するプロデューサーとしての要素も兼ね備えていた。その点に、シャルフベックという画家の現代性がある。それは、現代アートのアーティストが単に作品を制作するだけでなく、そのコンセプトを言葉で説明し人々の理解を進めようとする姿勢に通じていると考えられないでしょうか。

Schjerfbecksick_2そして、この作品はパリ万博という国際舞台で評価を受けたことも、大きな付加価値を足していくことになります。これは、近代日本の西洋絵画の画家のことを考えてみれば、似たようなことを想像できると思います。当時のフィンランドは日本ほどではないにしても、ヨーロッパでは周縁の後進地域であったはずです。そこに芸術の中心地であるパリから最先端の芸術の香りを直接持ち込んでくるというのが、それだけで権威になり得ます。この『快復期』においても、印象派の荒っぽいタッチや外光を採りいれる技法を作品の中に持ち込んで、流行の最先端をフィンランドに持ち込んで、人々を最先端に触れさせてあげたという効果をもたらすわけです。しかも、パリ万博での高い評価というお墨付きがあります。新しい流行にたいしては、評価が岐れることがおおいのですが、お墨付きがあれば、人々は安心して新しい流行を受け入れ、浸ることができることになります。いわゆる本朝帰りのオラが国の画家という、一種の権威です。『快復期』には、画家の個性のようなユニークさがほとんど見つけることができないのですが、その反面で、ファンシー・ピクチャーとしての分かりやすさ、その分かりやすさを土台にした、そのような適度の新規さ、があると思います。そのような作品自体に、さきほど述べたような付加価値をパッケージした全体として、この作品を見る、というのが、私のみたシャルフベックという画家への対し方です。

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