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2015年9月20日 (日)

坂井豊貴「多数決を疑う─社会的選択理論とは何か」(4)

第2章 代替案を絞り込む

ボルダ、コンドルセの集約ルールをみると、どのルールを採るかで違った結果が出てくるのが明らかになってきた。そこで著者は、こうも言う。「民意」という言葉はよく使われるが、そんなものが本当にあるのか疑わしく思えてくる。結局のところ存在するのは民意というより集約ルールが与えた結果に他ならない。選挙で勝った政治家の中には、自分を「民意」の反映と位置づけ自分の政策がすべて信任されたように振舞う者もいる。だが選挙結果はあくまで選挙結果であり、必ずしも民意と呼ぶに相応しい何かであるというわけではない。そして選挙結果はどの集約ルールを使うかで大きく変りうる。言ってしまえば、私たちにできるのは民意を明らかにすることではなく、適切な集約ルールを選んで使うことだけなのだ。ではその適切さはどう測るか。具体的には説得性の高い規準を設けて、それを満たす・満たさないで集約ルールをテストするということになる。むろんどの規準を優先するかで人々に意見の食い違いは起こりうる。だが集約ルールの表面を眺めて印象を語るより、集約ルールが満たす規準について考察するほうが論点ははるかに明確になるし、恣意的な判断を避けやすくなる。家屋を建てるときにいくつかの工法があるとして、工法の印象ではなくて、どの工法なら何ができて何ができないか規準を設けて判断したほうがよい、というのと同じだ。

選択肢が三つ以上あるときは、票の割れは常に懸念すべき事柄である。2000年のアメリカ大統領選挙のように、きわめて有力な二人の候補がいるときにでも、「第三の選択肢」の出現は票の割れを引き起こし、結果をがらりと変えうる。多数決が多数意見を反映しなくなるわけだ。

 

著者は、多数決の方法について過去に考えられた集約ルールを幾つか紹介します。そこでは、どのルールを採るかによって結果が違ってくることになります。(それが集約ルールの違いなのでしょう)同じように投票が行なわれても、集約ルールによって最終結果が異なってくるのです。そうであるならば、我々は投票するのはもちろん、集約ルールについても、結果に関係するのですから、どのルールに従うべきなのかを選択するという議論も出てくることになります。では、もし、集約ルールの選択もするとしたら、どの集約ルールが適切なのか、どうやって判断すればよいのでしょうか。

それよりも、そんな方法によって結果がコロコロと変わってしまう投票というやり方しか、我々にはないのでしょうか。そもそも、多数決という決め方によって導かれる結果の正当性というのは、どこにあるのか。なおさらあやふやになってきた印象です。そこで、著者はその議論に分け入っていくことになります。

 

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