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2015年9月 1日 (火)

鴨居玲展─踊り候え─(2)~Ⅰ.初期~安井賞受賞まで

画家としての本格的なデビューは遅かったということで、41歳で安井賞というのを受賞して、そこで認められて、画風も一応確立した、それまでの展示ということです。それまでの試行錯誤ということで、その後の傾向が定まった作品に比べると、様々なタイプの作品が展示されているようです。でも、私のような下世話な人間からみると、その賞を受賞するまでの間に結婚もしたということで、どうやって生活していたのかの方に興味が行ってしまいます。第二次世界大戦の敗戦後間もなく油絵を習っていたと伝記的な説明がありましたから、いいとこのボンボンだったかなあとか、誰かに食わせてもらっていたんだろうな、と変なことを考えていました。というのも、鴨居の作品は比較的絵の具を多量に使うようなのです。

Kamoiwinter最初に展示されていたのは、19歳の学生時代の作品である『夜(自画像)という作品でした。学生の習作ですから稚拙であることはさて措いて、絵の具をたくさん使って、量としても、色の種類(多種類の絵の具)としても、キャンバスに上に盛り上がるように、そして、その盛り上がるように絵の具を点描のようになって、盛られた絵の具が、それとして画面上に存在感が出ている。薄塗りとは正反対の画面つくりです。これは、画風は全く異なりますが、後期印象派のファン=ゴッホが絵の具を分厚く塗ってのその凸凹の存在感が画面上にうねりのようなダイナミックな陰影の効果を与え、何かいわくいいたげな強烈な印象を残しているのに、よく似ているように思えます。別に処女作に作家の要素がすべて胚胎しているなどと述べるつもりありませんが、ファン=ゴッホの作品が、作品そのもの純粋に観るということ以上に、そのいわくありげという雰囲気とゴッホという画家の浩瀚な伝記的なエピソードが相俟って、作品にものがたりを感じるような点が、日本で人気ある作品となっているのを、この自画像は、無意識のうちにか、意識してか、追いかけているように見えます。これが、鴨居と画家が生来持っていた資質なのか、誰かの影響なのは分かりませんが、彼のなんとかという賞を受賞するまでの試行錯誤の作品は、共通して多量の絵の具を画面に置いていく点では共通していますし、その後の画風を確立した作品では、そのような絵の具の使い方は、手法が洗練していくようですが、基本的な使い方は変わっていないと、私には思えます。一面的な見方かもしれませんが、鴨居という画家の画業というのは、このような絵の具の使い方が一本の幹としてあって、それに適した題材とか、画面構成とか、作風とかを当てはめていくように追求されて、それが洗練されていった、というように私には見えてくるのです。このような絵の具の使い方から画面に現われてくる効果というのは、ファン=ゴッホの例でも実証されているような、画家の表現者としての源初的な表現意欲のモヤモヤしたようなものが画面にストレートにぶつけられているような印象を見る者に与えるとか、画面に描かれていること以上のことを“ものがたり”として見る者が勝手に想像してくれるようにことを掻き立てるとか、全体として何かいいたげな強い印象を与えるというところがあります。そして、鴨居という画家自身が、その効果に囚われてしまって、次第に絵の具の効果のなかでものを視るという、一種の堂々巡りのような縮小再生産の袋小路にはまっていった、というのが全体として作品を通して感じられるような気がします。その点で、この自画像は、いくらでも“ものがたり”を附加して膨らませることができるような作品になっていると思います。例えば、絵の具の色を重ねていくうちに全体の色調が鈍く、重いものになってきますが、一様の色ではなくて、そこに様々な色があるので、重いのが重層的な重さに見えてきます。そこに若い画家が外界を見たり、自身の内面を凝視した様々な悩みとか思いなどを想像するのは、たやすいことです。いわば、そうこうことを誘発するような効果を与えていると思います。私が、最初に、この展覧会の全体の印象として、「主催者のあいさつの中で“生の儚さと向き合いながら人間の生きる苦しさ、弱さ、醜さといった部分を包み隠さず描ききり、生きた痕跡を遺した”と書かれているのは、作品を見る人に、いかにもそのような印象を残すようなパターンというか雰囲気が、鴨居の作品に共通して濃厚に現われていたということです。」と述べたのは、概ね、このようなことです。そして、このことに鴨居自身は自覚的でなかったように、私には思えます。

Kamoibird『鳥』という画家が30歳代前半の作品を見てみましょう。分厚く多量に塗られた青い色が印象的な作品です。シュルレアリスムというのでしょうか、幻想的というのでしょうか。画面中央左に鳥のようなものが描かれていますが、そのすぐ隣、中央に青い絵の具を積み重ねて平面彫刻のようにして同じような形の鳥の姿が浮き上がるように作られています。そして、その二羽(?)の鳥の周囲には青い絵の具の積み重ねによって幾重もの波の広がっていくような浮き上がりが見えてきます。そのような青い絵の具のダイナミックな青い世界の下の方に、白い丸型、おそらく月でしょうか、それがダイナミックな青と対照的に静謐さをかもし出しています。この作品を見ていると、この鳥は何かを表わしているのではないか、とか、この画面上の青い絵の具で浮かび上がってくる、鳥や波は何かの象徴とか、画面に何かプラスアルファの想像を加えようとする欲望を禁じえません。この作品などは、鴨居がシュルレアリスムとか幻想絵画とかの方法論とか理念とか、絵画をこのように描こうというような方法論から捉えてはいなくて、単に手法やスタイルとしてシュルレアリスムとか幻想絵画を捉えていたということが分かるようです。そして、上の自画像では自分を題材として描いたのが、結果として厚塗りの絵の具の効果で何か言いたげになったのは、画家が意図していたのかどうかは分かりませんが、結果としてそのような作品になっていました。これに対して、この『鳥』では、自画像での効果に画家が自覚的で、そのような効果を意図していた、むしろ、目的とするように画家の姿勢が変わってきていることに、あるいは自画像の時には潜在的だったのが顕在化してきたのが分かります。その際に、このようなスタイルが適しているかどうか試行していたと言えるではないしょうか。

Kamoired『赤い老人』という作品です。『鳥』が青だったのが、こちらは赤い絵の具が鮮烈な作品で、両作品の間には約5年の制作の隔たりがあります。この『赤い老人』と並んで同じように赤い絵の具が鮮烈な作品が展示されていましたが、それらは抽象画のような具体的な題材が具体化されていない作品でした。おそらく、何か言いたげというのを徹底的に突き詰めようとしたのかもしれません。この『赤い老人』では、かろうじて、コートを着た人影をうかがうことができます。このことから、『鳥』の場合には、何かいわく言いたげなことを意図的にしようとしていたのが、この作品では明確に目指すものとして前面に出てきたように考えられます。『鳥』のところでシュルレアリスムとか幻想絵画というような理念は、鴨居にとっては手法とかスタイルにしか捉えられなかったのではないかと述べましたが、もともと、そういう理念で絵画を描くという人ではないように思えます。それが、何か言いたげな画面を追求していくプロセスのなかで、描こうとするものという理念のようなものが後付で画家の中に芽生えて、それが独り歩きし始めたのが、このころの作品のように思えます。そのことに派生して、描こうとするものと、描かれたものが、このころから分離し始め、それを追いかけていくことが始まったのではないかと思います。それは、このころの作品では描く具体的な題材が、作品によっては消失し、抽象画のように描こうとするものが理念のように画家の前に立ちはだかっているような状態になっていたことが想像できます。そのとき、私には、これらの作品を見ていて、ふと考えるのです。この何か言いたげの、その“何か”とは何だったのか、と。むしろ、その“何か”というのがあったのどうか、ということをです。先ほども述べましたように、もともと理念とかで作品を作る人ではないようですし、何らかのメッセージを持っている人でもなさそうです。だから、この何か言いたげの何かというのは空っぽで、その何か言いたげという、見る人が何か言いたそうという一種のポーズが、鴨居の作品にプラスアルファの効果を附加していたのではないかと私には、思えます。それを画家がどこかで勘違いしてしまってしまったのではないか、と私には思えます。これは、育ちのよさが現われていると言えるかもしれませんが、画家のナイーブさ、とそれ以上に、それを周囲が温かく見守っていたからこそ、このように作品が残り、画家はこの後も画家を続けることができた。そういういうことをすべて含めて、鴨居の作品を観ると言うのは、そういうことなのではないでしょうか。だから、鴨居の作品を見ると言うことには、受動的に眺める以上のコミットメントを求められ、それが鴨居の作品に対する好悪の分岐点になるのではないかと思います。そして、おそらく、ファン=ゴッホの作品を好むような人は、そういう接し方はむしろ好ましいものに映るのではないでしょうか。他方では、甘えに映って嫌悪する人も出てくるのではないかと思います。私は、どちらかというと後者に近い方です。

Kamoistopこのコーナーの締めくくりは安井賞というのを受賞したという『静止した刻』という作品です。結局、色々なことをやってみた末に、具象に戻ってきたということでしょうか。たしかに、何か言いたげというには、イメージを限定してあげた方が、観る側にとっても、そこから想像をスタートさせ易いし、具象であればそれ自体に無理に想像力を働かせる必要はありません。それはまた、何よりも制作する鴨居の側でも、限定した素材があったほうがやり易いのではないでしょうか。それは、何か言いたげの“何か”を確固として持っていないのであれば、何かしらの具象的な題材を前提に、その組み合わせなどから、そういう効果のある画面を見つけ出していくという作業を具体的にできるということです。私には、おそらく、鴨居は、たまたま、偶然、このようなスタイルに出会ったのではないか。というのも、後の鴨居の作品を見ればわかるのですが、この作品を描いた後、この手法が展開したり、発展することはないのです。そして、よくよく見ると、最初に見た自画像と、この作品は描き方がよく似ているのです。『静止した刻』の方は人物が4人になって、テーブルやさいころがあって、何かの行為をしていて、それらしい構成がされているということです。ただし、私には、それ自体に意味があるようには見えず、“何か言いたげ”な雰囲気を盛り上げている手段として、自画像に比べて、その手段が分厚くなっているという印象です。あえて言えば、『静止した刻』は色彩の使い方がぐっと成熟し、テーブル上の丸い盆のグリーンに視線を引き寄せられるように周到に描かれています。それが画面にメリハリをつけて、そのために自画像のような平板さ、とりとめのなさを感じることはありません。さらに、さきほど鴨居の作品には、何か言いたげな雰囲気はあっても、当の言いたい“何か”がないということを述べましたが、それは決して鴨居を非難していることではなくて、それであるからこそ、この作品を観るものはイメージを変に規制されることなく、自由に想像を膨らませることができるようになっていると思います。そのことによって、この作品が一見、暗い重苦しい色調でありながら、開かれた作品として普遍性をもって、観る人に受け容れ易くなっていると思います。その場合、むしろ、この作品の色調は、観る人にとっては、観ている自分が深刻で真面目であるといった優越感を抱かせるような、言ってみれば見る者の自負心を巧みにくすぐる、ちょっとした媚のようなスパイスになっている。鴨居は、このような傾向の戯画化した人物の作品を数点制作し(『蛾と老人』)、ここでも展示されていましたが、同じような効果をもたらすもので、誤解を恐れずに言えば、高級感ある挿絵、あるいはストーリーのない絵本とでも言えるのではないかと思います。鴨居は、そういうものでは満足できなかったのでしょうか。

Kamoigaこの後、鴨居はスペインに渡り、違ったテイストの方向で画風を成熟させていくことなると言います。

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