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2015年9月29日 (火)

ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(3)~2.フランス美術の影響と消化

Schjerfbeckholまず、最初にシャルフベックがパリからフィンランドに帰朝し、本場帰りという箔をいっぱいつけてアカデミーの教師となって教鞭を執る際に、古典を模写したものです。ホルバインの模写だそうです。これを見ると、一応、それらしくまとめられていますが、ホルバインの精緻さにはほど遠く、質感とか存在感とかが描き分けられていないことが分かります。それと、全体のプロポーションが均衡したハマッた感じがしません。だからといって、シャルフベックを中傷するつもりはありません。彼女は自身の限界をよく分かっていて、古典的なキチッとした描き方は自分に向いていないことは自覚していたのではないでしょうか。つまり、シャルフベックの画風は、自身の技量をよく考えた上で選択されたものであったのではないか、と私には考えられます。そうなると、この展覧会で説明されているような、求道的な画家のイメージとはちょっと違ったイメージが私の前に現れてきます。それは、自身の技量や消費者が作品をどのように受け取るかを冷静に判断し、その中で最適の効果をあげるような、例えば、いわゆる画家の個性などというものについても、消費者が作品を購入するときに他の画家の作品と区別し評価を分けるための差異のようなものです。それを計算した上で、シャルフベックというブランドを意識して作り上げた、というイメージです。

Schjerfbeckchurch『教会へ行く人々』という作品です。ホルバインの模写に比べて、画面全てをキッチリ描き込まれていません。背景は省略されていますし、教会へ行こうとする4人の人物の描写も細部は大雑把です。パリでシャルフベックが接した印象派などの大雑把な描き方を、自身の技量や描き方にとって適合的であったのでしょう、それを消化して、流行の最先端であるかのように当時のフィンランドの人々に見せることができたのではないかと思います。そしてまた、背景を描きこまず、家並みの影を一部だけ途中まで描いて大胆に省略して、余白のようにしてしまっています。これは、日本画の余白を生かして画面に余韻を与える効果を取り入れた、と直接的ではないでしょうが、考えられるのではないでしょうか。当時のパリで印象派をはじめとしてジャポニスムの影響があったのを間接的にシャルフベックが取り入れたとしても不思議ではありません。この後、シャルフベックの作品では、大胆な省略によって画面に余白をつくり、それによって見る者に余白を想像力で補う作業を行なわせる。これをさらに推し進めて、余白だから見る者が自由に想像できる、という方向に推し進めて、作品をただ受け入れるように受け身で見るというだけでなく、想像することで積極的に参加する方向を持たせ、作品画面の表面に描かれているものだけでなく、それ以上のものを見る者それぞれが想像力を働かさせることで作品画面に付加価値をつけていくようになっていきます。この作品では、教会に向かう人々の横顔に焦点をあてるようにして、それ以外の背景を省略することによって、単に教会に通う人々の風景という以上に、それぞれ世代の異なる4人の人物の横顔を並べることが、4つの世代の象徴とか、人生の歩みの各世代の横顔を映しているかのように見る者に想像させます。そうであれば、これは教会への道に象徴された人生のあり方を見ることもできるといえます。しかも、教会に通う4人の穏やかな淡々とした表情が、かえって、例えば、老婆の顔に刻まれた皺にはそれまでに人生の苦労やその末の諦念に近い穏やかさや子供の顔には未だ苦労を知らない無垢さが、想像できて来るように見えます。このような想像の含みを持った作品は、当時のフィンランドの人々の目には、どのように映ったのでしょうか。少なくとも、伝統的な作品とは違ったものと映ったはずです。かといって、受け容れ難いような突飛なものとはならなかったのではないか。つまり、シャルフベックは人々が受け容れられるギリギリのところでパリの最先端の芸術をフィンランドに持ってきたと言えるのではないでしょうか。

Schjerfbeckgarryシャルフベックは、この画面の省略の傾向をさらに進めていきます。その結果、老婆は誰々さんという特定のおばあさんから、より普遍性の高い老婆なるものになっていきます。しかし、省略が行き過ぎると抽象的な形態になってしまいますが、シャルフベックの作品では、そういう行き過ぎは注意深く避けられ、普遍的なおばあちゃんというのは、誰にとってもおばあちゃんという類の普遍性で、一人の人物に特定できないからこそ、自分にとってのおばあちゃんであるとして感情移入したり、想像することが出来るものとなっている、ということです。日本の唱歌に「ふるさと」という歌があります。うさぎ追いしかの山~ではじまる歌です。この歌詞には主語がありません。また、作詞した人物は文部省の官僚であったのが分かっているのですが、あえて作者不詳とされています。これは作詞者が特定されてしまうと、その人物の故郷を歌った歌として、ふるさと一般ではなくなってしまうからです。この歌が、ある時期、日本人の誰もが自分のふるさとを歌っているかのように思ったのは、そのような一般化の操作が働いていたと言われています。シャルフベックの人物の省略した描き方には、似たような操作の末の効果によるものと、私には見えます。この画家がフィンランドの国民画家と呼ばれているようなのも、そのようなところに要因があるのではないか、私には思えます。

Schjerfbeckhari『お針子』という作品です。シャルフベックの、今まで述べてきた傾向に頂点ともいえる作品で、この作品にはホイッスラーの影響が指摘されています。右隣の作品がホイッスラーの作品で、構図や黒を基調としている点などはよく似ていると思います。しかし、上に述べてきたシャルフベックの傾向に対して、ホイッスラーの作品を見ると、明瞭に描きこまれて、特定の人物の肖像であることが明らかに分かるものとなっていることや、シャルフベックの作品が見る者に想像力を働かせるような余白を作ろうとしているのに対して、ホイッスラーはむしろ余計な想像の余地を排除して、画面に描かれた美そのものを見るようにストイックな画面になっているのが大きな違いではないかと思います。つまり、シャルフベックとホイッスラーは似たような画面の作品を制作していますが、目指す方向性は正反対なのです。

また、習作時代に比べて、ここで見ている一連の作品は使われている色の数が絞られていき、黒やグレー系統の鈍い色が中心に使われていくようになっていきました。このことについては、解説の文章を以下に引用します。通常、黒、白、褐色に限定されるわずかな色数を用いること、より正確には、色彩の明暗のコントラストに集中することによって、絵画が「人生の分析、プラトン主義の鏡像と反映」の領域にまでもたらされ。暗く抑えられた色彩が、憂鬱を示唆するのは明らかだが、画家によっては、それは瞑想的な静寂や観照的な雰囲気、精神性と等しいものであった。面白いことに、こうした無彩色の色調は、抽象的かつ説明的でもあると見なされたのである。このことが示唆するのは、抑制や「非感情的」、より高い精神性、単純さ、純粋さ、飾り気のなさといったものの世紀転換期における比喩的表現であり、この時代に多くの画家が目指したあらゆる暗示的意味である。かなり回りくどい文章ですが、ここで見てきたシャルフベックの作品は、その色調が、見る者に対して瞑想的であったり、それゆえに精神性の高い雰囲気を感じさせる効果を与えているということです。それは、作品を見る者をある雰囲気に包み込み、作品に真正面から対峙するという鑑賞姿勢よりも、雰囲気に包まれ、ここちよく想像の“ものがたり”に浸るという接し方を導くものです。その意味で、シャルフベックの作品は、音楽に近い接し方を指向していると考えられなくもありません。

Schjerfbeckbefore他方、同じような描き方をしていながら色調が淡い白っぽさを基調として作品がポツポツと展示されていて、それをグルーピングすることもできると思いました。それは、黒を基調とした作品のグループと見る者の印象が異なってくるように見えます。『堅信式の前』という作品を見てみましょう。制作は1891年という、パリからフィンランドに戻ったすぐのころです。上で見た『教会へ行く人々』は1895年の制作ですから、教会を前にしての女性の姿が、こうも印象が異なるのかと驚くほどです。こちらは、いかにも印象派の影響が歴然とわかる作品で、女性の純白の衣装は、堅信式をうける汚れのない純真さに象徴なのでしょうけれど、木漏れ日が映え、陽光を受けた木々の緑が衣装の白に反映して輝くような様が活写されています。上で見た『家にて』で椅子に座り裁縫をする老婆と、人物は同じようなポーズで、単純化の傾向がすでに現れてきていると思いますが、この作品は、いかにも、パリの最先端の流行を学んできました、という感じがします。

Schjerfbeckcos『コスチューム画Ⅱ』という作品です。『家にて』の裁縫する老婆を左右に反転させたようなポーズです。1909年の制作ということですから、『家にて』の数年後ということで、ほぼ同時期といってもいいのではないでしょうか。似た構成で、両方とも色彩を限定しているにもかかわらず、しかし、印象は正反対です。『家にて』のような上で見た黒を基調とした作品にホイッスラーの影響が現われているとすれば、こちらの白を基調とした作品には、パリの印象派やセザンヌ、あるいはローランサンといった人々の影響が垣間見えてくると説明されています。実際、シャルフベックは単純化への指向はありましたが、それを分析的に推し進めるとか、単純化を究極まで追求して抽象に向かうということはありませんでしたが、そういう方向に進む傾向はありました。それが、この白を基調にしたグループの作品を見ると分かります。他方で、黒を基調とした作品を見ると、シャルフベックがあくまで具象に残ったという傾向がよく現れています。展覧会の説明にはありませんでしたが、これらを見ていると、シャルフベックが二つの方向性を持っていて、そのなかで揺れ動きながら、全体としての方向性はその中で自身のバランスをとっていたことが分かります。後世から見れば折衷的と批判で、きるかもしれませんが、周縁地域であり芸術の後進地であるフィンランドにいることを考えれば、仕方のないことなのか、というよりは、シャルフベックはそういう地域性とそこでの自身での位置取りを積極的に利用しようとしたのではないか。おそらく、シャルフベック自身は、流行の最先端の革新的なものを生み出すような才能ではないことを自覚していたのではないかと思われるからです。この画家は、終生、自身のオリジナリティーというよりも、お手本となる画家が傍らにあって、そのお手本をならいさらいながらという批評的な姿勢で、自身の作品を生み出していったと言えるからです。例えば、この時期のシャルフベックの作品を見ていても、ネタ本のような類似した他の画家のオリジナルな作品を探し出すことは可能でしょう。しかし、だからとって、それがシャルフベックの作品を人真似と断じるわけでもなく、そこにシャルフベックの個性を見出すことは可能です。むしろ、そういう作品の作り方に当時のシャルフベックのユニークさがあると言えるのではないでしょうか。そういう意味では、現代のコピーとオリジナリティの問題を先取りしていた画家と言える側面を持った人と言えないでしょうか。

Schjerfbeckschool_3『コスチューム画Ⅱ』という作品に戻りますが、この作品の単純化された顔をみていると、キュビスムの雰囲気を見て取ることが出来ると思います。しかし、先ほども述べましたように、シャルフベックは顔という形態を取り出し足りはしませんでした。それが、この画家のある意味限界であり、むしろ、個性ということになるのでしょう。

『モダン・スクールガール』という作品です。1928年の制作です。『堅信式の前』も『コスチューム画Ⅱ』も人物のとっているポーズはよく似ているので、描き方の変遷を比較し易いと思います。ここでは、単純化はさらに進んでいます。顔は、形態を写すというよりは、筆先で一気に引いたような、日本画の記号化された顔に近い描き方になっています。マンガに通じるところあるかもしれません。殴り書きのような乱暴さともとれるところもありますが、筆の勢いが、顔に表情を感じさせるものとするような効果を与えています。実際、作品を見る側としては、キュビスムで描かれた、例えばピカソの描く人物画に感情移入することは難しいと思いますが、この作品は単純化されてたものですが、なんとなく表情を想像し、場合によっては感情移入もできるものになっていると思います。おそらく、そのような想像をすることができるということが、シャルフベックの作品の魅力になっていると思います。

Schjerfbeckcir『サーカスの少女』という作品も『モダン・スクールガール』と同じ傾向です。しかし、この作品では、唇の赤をことさらに強調しています。これらのグループの作品は、見る者にモダン、つまり、最先端に近い流行に触れている錯覚を与え(現代でも、“オシャレ”とかいって喜ぶ最先端のセンスを気取るスノッブは多いと思います)、芸術のパトロンを気取る人々の優越感を巧みにくすぐる効果もあったと思います。日本の明治期の洋画家がパリに留学して、当時のパリの流行を持ち込み、画家本人の実力とは別に、それを持ち込んだことによって画壇の権威として地歩を固めた人々は少なからずいたと思います。今の日本美術史に残っている画家が何人かが該当すると思いますが、フィンランドでも、そんな日本ほどではないとしても、似たような状況ではなかったのかと思います。その中で、シャルフベックはそういう状況を巧みに利用しながら、その状況を自身を生かしていくプロセスのなかで、画家としての自身の個性を作り上げたといえないでしょうか。それは、パリに居てはできないことで、また、パリの画家たちにもできない、唯一無二の個性と言えるものだったと思います。

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