無料ブログはココログ

« 法の中のストーリー | トップページ | ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(2)~1.初期:ヘルシンキ─パリ »

2015年9月27日 (日)

ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(1)

2015年7月 東京藝術大学大学美術館

Schjerfbeckpos株主総会が終わって、一息つける時期、息抜きがてら何かあればと物色していたところ、会期が迫っていたこの展覧会を見つけ、寄ってみた。梅雨末期の激しい雨の隙間のような晴れ間、といっても真夏のようなカンカン照りの下、上野駅から美術館までの道のりは、けっこう堪えた。まったく名前を聞いたこともなかった画家であったにもかかわらず、新聞や雑誌で評判となっていたらしく、平日の昼間なのに、比較的鑑賞者が多く、とくに外国人(シャルフベックの同国人なのか)の姿が目立っていた。

シャルフベックという画家とその作品について、私もほとんど知識がないので、主催者のあいさつを引用します。シャルフベック(1862~1946)は3歳の時に事故にあい、左足が不自由になりました。そのために学校に通えませんでしたが、家庭教師から学ぶうちに、11歳の時に絵の才能を見いだされました。18歳で奨学金を得ると、当時、画家たちの憧れだった芸術の都パリに渡り、最先端の美術を体験します。パリではマネやセザンヌ、ホイッスラーらの強い影響を受け、フランス、ブルターニュ地方のポン=タヴェンやイギリス、コーンウォール地方のセント・アイヴスなども旅することで、彼女の芸術観し大きくひろがっていきます。フィンランドに戻ると、ヘルシンキの素描学校で教鞭を執るものの、病気がちであったため職を辞さざるを得ず、療養もかねてヒュヴィンガーという町に母親と引っ越しました。ここに15年間とどまりながら制作に集中し、パリでの体験を消化しつつ独自のスタイルを展開していきました。独立前後のフィンランドという新しい国が誕生する激動のさなかで、さまざまな人々と運命を共にしながら、対象をそして自分自身を見つめる、彼女の魂の軌跡ともいえる作品をご覧ください。

このような紹介や、この作品の多くを保養しているフィンランド国立美術館の挨拶などを読むと、この人はフィンランドの国民的な画家という印象を強く受けます。この人とほぼ同年代の作曲家にシベリウスがいますが、彼は音楽の分野で国民的な作曲家となって、7つの交響曲を生涯で作曲しましたが、その2番あたりから国内の注目を集め、後半生は国からの手厚い年金を受けていたといいます。これは、フィンランドの状況がロシア(ソ連)からの独立を果たすという民族的な意識の高まりとシンクロし、というよりもその運動の中でシンボルが求められていたのに上手くハマったということもあるのでしょう。その中で、シベリウス自身も民族的な旋律を作品の中に取り入れ、聴衆はそれが民族的な旋律を取り入れた作品がいつの間にかシベリウスの創り出す音楽は民族的なものを代表するにすり替わっていったところもあったのでしょう。晩年には、かなり抽象的で旋律性の乏しい作品を作っていますが、最後まで民族的な文脈の中で語られたというひとです。

このシャルフベックという画家とその作品に対する人々の見方や評価にも、そのようなところがあるような印象をまず感じました。ひとつひとつの作品を見ていく前に、このようなことを述べてしまうのは、先入観以外の何ものでもないことは否定できません。展示されていたシャルフベックの作品を通して見て、バラバラな印象で、底流に共通するものを見つけることはできませんでした。それだからというわけではありませんが、核心部の空虚さというのでしょうか。本人は、その都度、筆の赴くままに描いたようなのでしょうけれど、それがいわゆる近代の芸術家では考えられないほどのナイーブさというのか、ほとんど考えていない(ということはありえないでしょう)、方法論的な意識とかコンセプトというものが見えてこないのです。これをシャルフベック自身が意図的に行なったとすれば、それは凄い才能なのでしょうが、そうとは思えず、この人の背後には有能なプロデューサーがついていたのではないか、と想像します。展覧会の解説をそのままに信用すれば、フィンランドでは国民的画家として高い評価を受け、定着しているということですから、私には、この画家とその作品もさることながら、この画家の周囲のグループとしての才能であるとか、成功した戦略面とかの方が興味深く思われました。この展覧会では、そういう点には全く触れられていませんでしたが。この人の作品の話に戻りますが、核心部が空虚だという印象は、それを見る人々に受け取られる際には、戦略的に印象を操作することが可能になります。そこで画家の伝記的なエピソードに基づいたものがたりという付加価値をたっぷりつけた、ひろく受け容れ易いイメージを作り上げることは、むしろやりやすいことになるでしょう。そういう点で、画家を中心としたチームがそれぞれに巧みに機能した結果としての作品として、ここに展示されているものを、私は見ていました。

個々の作品を見ながら、具体的に述べていきたいと思います。

展示は次のような章立てでしたので、それに従いたいと思います。

1.初期:ヘルシンキ─パリ

2.フランス美術の影響と消化

3.肖像画と自画像

4.自作の再解釈とエル・グレコの発見

5.死に向かって:自画像と静物画

« 法の中のストーリー | トップページ | ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(2)~1.初期:ヘルシンキ─パリ »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/62366173

この記事へのトラックバック一覧です: ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(1):

« 法の中のストーリー | トップページ | ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(2)~1.初期:ヘルシンキ─パリ »