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2015年9月30日 (水)

ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし(4)~3.肖像画と自画像

Schjerfbeckselfシャルフベックは生涯で40点ほどの自画像を描いたということで、自画像が好きな画家だったようです。しかし、これまで見てきたシャルフベックの印象から、この画家の自画像というのは、他の画家の場合と意味合いが異なってくるのではないか、と私には思えます。つまり、シャルフベックの人物画は特定の人物を取り出して個人を写すというのではなくて、一般性を持たせる画像にしていく、例えば、誰々という老婆ではなくて、おばあちゃんの姿として一般化を進める。そうすれば、作品を見る人は、描かれている人物を自分のおばあちゃんに重ねて見て行くことができる。そうなると、即品に描かれた人物に感情移入が可能となって、親しみや、その人物に“ものがたり”を紡ぐこができるわけです。シャルフベックの自画像も、私はそのような文脈で見ていくことができると思います。他の画家であれば、自画像を描くことによって、自己を認識していく、心理学で言う鏡像効果のような役割を果たすものであったり、ある時点での自己の姿をとどめておく記録の役割を果たしていたりといったものとして、作品自体が鑑賞の対象であるのと同時に資料的な価値のあるものになっていると思います。しかし、シャルフベックの場合には、たしかに写真に残されている姿とよく似ているようですが、主眼は、画家の年代の女性の姿を一般化して画面に定着させているように見えます。そして、シャルフベックの作品のスタイルというのは、その時々の流行を巧みに取り入れ、ヨーロッパ周縁の後進地域であるフィSchjerfbeckmaneンランドの人々、とくに芸術の消費階級であるブルジョワの人々に受け入れられるようにアレンジしたものであったと思います。現在で言えば、ファッションの消費者が“オシャレ”と言えるセンスがいいという範囲です。そのためには、最新の手法を試しながら、フィンランドの人々に違和感を抱かさせることなく、“オシャレ”と感じさせるようにアレンジしていななければなりません。そのためには、何度も描きなおしたりして、画面に一度表わしてみて、反応をリサーチしながら微調整を繰り返す必要があります。そういう作品の制作をしようとした場合に、モデルを頼めば、何度も描き直したり、時間もかかることになります。それならば、自分がモデルになれば、気がついたときに描き直しや調整が容易にできます、そういう物理的な都合によさが原因としてあったのではないかと思います。(私は、実際にシャルフベックが自画像を描いたかを知らないので、これはシャルフベック作品を見た印象から、私が妄想したことにすぎないことを、念のためにお断りしておきます。)

Schjerfbeckself11884~85年に制作された『自画像』を見ましょう。真正面に顔を向けて、こちらを正視する女性は、その印象派風の粗いタッチは、マネの『フォリー=ベルジュール劇場のバー』の正面に立つ女性を想わせます。しかし、背景処理において、シャルフベックはマネのようなバーの賑やかで猥雑な雰囲気を取り去って、静かで落ち着いたものにしました。着ている衣装も、シャルフベック場合はアトリエの作業着でしょうか、地味な服に変わっています。マネの作品に比べて落ち着きと自信に満ちた表情が感じられますが、若い女性がこちらを真っ直ぐに見つめる、ある種の若い力強さのようなものが共通して感じられのではないでしょうか。

1895年制作の『自画像』はどうでしょうか。10年後の姿は背中をこちらに向けて振り返る画面は、10年前の『自画像』に比べて粗さは後退し、落ち着いた印象を受けます。例えば、女性の頬の微妙な描き方は、画家の技法の変化が表われています。この作品は、イタリア・ネルサンス初期の画家フィリッポ・リッピの『聖母戴冠』からの影響を指摘する学者もいるそうです。たしかに戴冠の台の下の手前の向かって右端で、座ってこちらを見ている女性の顔は、この『自画像』と似ているようにも見えます。また、この『自画像』と同じ頃に描かれた肖像画というか人物画を見ていると、この『自画像』で試された描き方を応用して描いているのではないかと思われる作品を見ることができます。『ソンヤ・クレボウ』という作品がそうです。

Schjerfbeckself2_2『黒い背景の自画像』という作品です。制作は1915年で、上の作品から20年後の作品で、シャルフベックの作品の中でも有名なものらしく、展覧会チラシにも使われていました。上の作品が若者から成熟した大人への過渡期と言えるならば、この作品は、その成熟期の盛りを過ぎて老境に向かおうとしているところという時期だと言えるでしょう。展覧会場では、この三つの自画像が並べて展示してあって、変遷が見て取れるようになっていました。これらを並べて分かるのは、シャルフベックの描き方が単純化の方向に進んでいったということと、それゆえでしょうか、描きこむ部分とそうでない部分とのメリハリが大きくなっていったということで、画面全体の単純化と反比例するように、顔の描き方が細かくなっていった。例えば、頬の描き方は、1885年の『自画像』は粗く絵の具が置かれていますが、若々しい肌のつややかさと若者らしい覇気とか生命感の溢れるさまが躍動的に表われているように見えます。10年後の1985年の自画像では、ルネサンス絵画のスフマートというほどではないでしょうが肌の繊細な移ろいを微妙な筆致で表わしているように見えます。それが、若者のつやつやした肌の輝きが失われてきたのに代わって、陰影が加わって、その翳りが大人の成熟を表わしているように見えてきます。これに対して、この『黒い背景の自画像』では、一見のっぺりと頬紅のような紅がベタッと塗られているだけです。でも、顔の表面をよく見てみると、上の二つの自画像にあったような頬のふくらみは、この作品ではもはやみられず、むしろ頬の上部の眼の周りの薄い紫色で塗られた影が眼の周囲の肉の落ち込みが肉が削げて老い暗示するのにつながっているようにして見ると、頬の紅いところが若い頃のホッペタのふくらみが、むしろ肉の落ちた陰、あるいは痣のように感じられないでしょうか。そして、紅で塗られた部分の形が微妙で、それが見る人によっては人生の苦労を想像させるのではないでしょうか。そのような想像力を掻き立て、煽るような微妙な計算が働いて、意識的に単純化させて見る者の想像力を働かせ易いように余白を作っている。まるで、日本画のようです。もし、シャルフベックの方向性のユニークさを挙げるとすれば、このような見る者の想像を決して邪魔するような主張を作品の表面に出すことはしないで、表現衝動を抑制して、あとは見る者に譲るという姿勢ではないかと思います。当時のヨーロッパの他の画家たちが、作品の中から余計な要素を削り取って、純粋化していったのは、自らの核心となる要素を剥き出しにして明確にするためと言えるところがあると思います。それは言ってみれば、0への回帰のようなものだと思います。これに対して、シャルフベックは、あえて0を踏み越えて、マイナスに足を踏み入れていったのではないか、というわけです。また、この『黒い背景の自画像』と制作年代が近い『木こり』という少年をモデルにして描いた作品と比べてみると、同じように省略した顔の描き方でも、こちらは少年の若々しい顔の張りが想像できるのです。それほど、個々の顔のパーツの描き方が違っているわけではないと思われますが、シャルフベックは微妙な差異で、見る者の想像の方向が変わってくるように描いているということなのではないかと思います。

Schjerfbeckdora_2その後、未完の自画像以外の展示はないので、人物画で見ていくしかないようなのですが、『ドーラ(ドーラ・エクストランシル)』という1922年制作の作品で、タイトルが人名なので特定の人物を描いたものなのでしょう。しかし、顔の外形の特徴を写すということは、あまり追求されていなくなっているのではないか。髪型とか、顔の形とか装身具とか、記号的に、他の人との差異を明瞭に識別するものは最低限として押さえているだけのような、まるで浮世絵の美人画のような、どれも同じ顔のような行き方に近づいているように、私には見えます。

『アイトクーネから来た少女Ⅱ』という1927年の制作の作品も、単純さという点では、『ドーラ(ドーラ・エクストランシル)』と同じようです。髪型と顔の顎のかたちが違うのと着ている服で見分けをつけているように見えます。しかし、単純化とはいっても、形状をとりだして純粋化というのとは感じが、違う気がします。浮世絵はものがたりの挿絵であったり、芝居の登場人物や当時の評判の美人を描くということで、その画面そのもののところ以外の情報を加味して、見る者の想像力で補う、というより想像力を煽ることで、付加価値を高めていったといえます。だからこそ、極端なデフォルメが可能になって、それを後の西欧の画家たちに衝撃を与えたということなのでしょう。そういう画家たちは、デフォルメされた表面的な外形だけを見ていたのかもしれません。シャルフベックは、浮世絵の表面のみならず、その由縁のところから影響を受けていたのかもしれません。それは、本人が自覚してというよりは、結果としてそうなってしまった、というのではないかと思います。というのも、シャルフベックの伝記的エピソード、例えば身体のハンディキャップがあるとか、婚約を理不尽に解消されたとかいったことが、この人の作品を見る者にとって、格好のものがたりとなって、作品の付加価値になっているということで、多分、画家の周囲の人々の作為(情報操作)に由るのではないかと思います。しかし、シャルフベック自身も意図してはいないものの、無意識のうちにか、自身のエピソードを生かすような制作や行為をしていたということも、あながち否定できないと思います。それが、この画家のシンプルな人物画のスタイルと車の両輪のように価値付けの機能を果たしていると思います。

Schjerfbeckislands『諸島から来た女性』という女性は、シンプル化させていった人物画が、まるでファッション雑誌の挿絵のような洗練されたオシャレな感じに仕上がっている作品です。シャルフベックの作品が、国民画家として幅広い支持を得たというのは、こういうオシャレな感じという要素は、ものがたりを想像させるという要素と同じくらい、大きな魅力だったと思います。

そいうふり幅のモダンでオシャレに方向に振れた作品ではないか思われるのが『教師』という1933年制作の作品です。ちょっとフェルナン・レジェのキュビスムっぽい太い輪郭の単純化された、人間を機械の造形のように描くことでスマートで洗練されたイメージを与える効果に寄っているように見える作品です。こうしてみると、シャルフベックという画家は自身の方法に関しては振り幅をもって揺れ動きながら試行錯誤を繰り返して、意識的だった人ではないかと想像できます。つまり、素材とか理念とかで描くというような、ある種の表現衝動の衝き動かされるような、典型的なのはロマン主義の天才のイメージですが、そういうのではなくて、方法を意識して計算しながら題材を選択したりして制作を続けるというタイプです。

Schjerfbecknurce『看護婦(カイヤ・ラバティネン)』という1943年制作の作品です。この作品の女性の頬の紅色と、以前の『黒い背景の自画像』の頬を比べて見てください。こちらでは、あきらかに描写という点では後退しているように見えます。つまり、ここでは『黒い背景の自画像』では必要であった要素が、ここでは削られてきています。これらについては、この後の晩年に近づいた画家の作品展示のところで、見えてくると思います。

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コメント

フィンランドいう国に最近興味があって、来年あたり行こうかと思っています。
シャルフベックという画家についてほとんど知りませんでしたので、興味深く拝見しております。

OKCHANさん、コメントありがとうございます。この画家を知りたいようであれば、ここで書いているのは偏りがありますので、他の一般的な感想を参照していただいた方がいいかもしれません。

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