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2015年10月27日 (火)

明治維新て変?

明治維新は世界史の中で見ると、極めて特異な政変だという。それは、政変によって政権を奪取した人々が自己否定するかのような施策を行っていることだ。ヨーロッパ近代の革命、例えばフランス革命でも、合衆国の独立戦争でも、ロシア革命でさえ、市民革命といわれるように革命の主体となった市民が政権の主体となって、市民による政体を作った。これに対して、明治維新では、旧政権である幕府を倒した薩長といった藩が新政府の主体とならず、むしろ廃藩置県で廃止してしまった。さらに、志士たちをも、その出身階級である武士(下級武士)の特権性も四民平等で廃止し、生活の基盤すら秩禄処分で奪ってしまう。政変後の新政権の権力基盤を自ら進んで崩壊させてしまったということになる。だから、市民革命の場合の反革命のような抵抗運動は旧秩序の人々であったのに対して、明治維新の場合は、その革命を担った新秩序の側の人々であったという特異ですらある。

その原因として考えられるのは、明治維新を主導した人々は、最初から具体的な新体制のビジョンを持っていたのではなく、その時々の目前の課題を解決する最善の施策を採っていたことの積み重ねた結果として、最終的に行き着いたのではないか、という。

つまり、最初から廃藩置県、四民平等、秩禄処分といった自分たちの基盤を否定してしまうようなビジョンを持っていて、そんなことに自分たちの生命を賭していくようなことは、それも、一部のエリートだけでなく、多くの人々を巻き込んだムーブメントにはなり得なかったと考えられるからだ。

そういう視点で見ていくと、明治維新を担ったリーダーたちの一貫性のなさは、軽薄ともいえるもので、およそポリシーというものを持ち得ず、ひたすら現実的で、その場しのぎに終始した結果そうなった。

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