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2015年10月 6日 (火)

ジャズを聴く(27)~ブッカー・アーヴィン「ザ・ソング・ブック」

バイオグラフィー

ハードで情熱的なトーンと未だコードをベースとした即興に基づくエモーショナルなスタイルを持った、かなり特徴的なテナー、ブッカー・アーヴィンは真実オリジナルなプレイヤーだ。最初はトロンボーン奏者だったが、1950~53年の空軍にいた時に独学でテナーを習得した。2年間ボストンで音楽を勉強した後、1956年にアニー・フィールズ・リズム・アンド・ブルース・バンドと自身のレコードデューを果たした。1956~62年の間に空白を挟みながらもチャールス・ミンガスとプレイしている時に、移り気なベーシストやエリック・ドルフィーと出会い、名声を得た。彼はまた、60年代には、カルテットを率いて、ランディ・ウエストと何度かプレイしている。腎臓病による若すぎる死の前の1964~66年の大半をヨーロッパで過ごした。
Jazervin_songb_2
The Song Book
    1964年2月27日録音

Lamp Is Low, The

Come Sunday

All The Things You Are

Just Friends

Yesterdays

Our Love Is Here To Stay

 

Alan Dawson(ds)

Booker Ervin (ts)

Richard Davis (b)

Tommy Flanagan(p) 

 

ブッカー・アーヴィンは何枚もアルバムを録音しているが、基本的な彼のプレイは変わらず、一貫している。あえて言えば、小賢しく考えて小手先のスタイルを変えていくタイプではなく、身体に染み付いた、これ以外にないというワンパターンを執拗に繰り返すというタイプだからだ。後は、好き嫌いの世界と言うしかない。と簡単に言うけれど、これは実は大変なことなのではないか。よくロックやポップスで若いバンドが青春の発露とでもいうような瑞々しい感性の音楽性を売り物にデビューして注目を浴びたものの、その後は消えてしまうということを聞く。録音というのは恐ろしいもので、自然な魂の発露で演奏したものでも、録音したものを繰り返し聞かされているうちに、人は飽きてしまうのだ。あるいは、もっとと、さらに高い要求をする。だから、音楽家はより質の高いの演奏をするとか、音楽性を変化させていくとか、何らかの対応を迫られることになる。音楽を消費する側としては、いくら素晴らしい演奏といっても、その人の熱狂的なファンでもない限り、同じようなアルバムを2枚も3枚もお金を払って買う必要はない、というのが自然なのだ。だから、ミュージシャンが感じるプレッシャーはいかばかりになるか。ドラッグに手を出したり、1作目の後で次作を出せなくなったりといった人が出てくるのは、だから仕方がないことだ。その中で、何枚ものアルバムを一貫して(同じようで)、しかも毎回高いレベルで出していたアーヴィンという人のすごさが分かるというものだ。こんなことができるのは、全く何も考えないバカか、ブローをかますことだけのイロモノ芸人か、そうでなければ、途方もない努力でプレッシャーに打ち勝って、ベストのプレイを続けている、ということだ。途方もない努力などと書いているが、実際のアーヴィンにとっては半端ない、身を切るような戦いだったのではないか。それを聞く人は豪放磊落なブローなどと言っているところから見ると、アーヴィンはそういう努力を微塵も他人に見せていない。

そんな、アーヴィンのアルバムの中でも、タイトルに“BOOK”という語の入った数枚のアルバムはBOOKシリーズと称して彼の代表作と言われている。その中でも、この『The Song Book』はスタンダード曲を取り上げ、トミー・フラナガンの堅実なパッキングもあって親しみ易いアルバムと一般に評価されている。

1曲目の「Lamp Is Low」では、最初から走るようにサックスが飛ばしている。アドリブに入るとさらに速くなり、ブッ飛び気味、しかもずっと吹きっ放しで、よく続くと呆れるほど、しかも、同じような節を少しずつズラしながら何度も繰り返すように、くる。目まぐるしいけれど、基本的に繰り返しなので翻弄されることはなく意外とついていける。アーヴィンについて、よく言われる諄さというのは、実際に、このカッ飛ぶようなプレイでは気にならないで、むしろそのスピードではちょうどいい。テンポを合わせてソロをとっているピアノのトミー・フラナガンの方が所々で冴えをみせるので、かえってピアノの方がついていけなくなるほど。そして、アーヴィンの音色がメタリックでドライなものなので、もたれることも少ない。そう考えると、この曲に関しては結果オーライだったのかもしれないが、バランスのとれたノリノリの演奏になっている。続くバラードも、だから前の曲との対照をうまく考えてのことになっているのではないか。このアルバムの中ではスローな曲を2曲演奏しているが、2曲ともマイナーで、それ以外の曲では疾走するという、完全な二極分化。

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