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2015年11月

2015年11月28日 (土)

宝くじという破滅願望

これもひとつの視点として、年末の大型宝くじ発売のニュースに、宝くじに夢を託すというコメントが加えられているのを聞いた。あんまりクサい道徳のタテマエをのたまうつもりはないけれど、おおやけにしても、でも、これは賭博であることに間違いはない。

もし仮に万が一、これはあぶく銭で、意志の弱い人であれば苦労してつらい仕事をする気持ちが萎えてしまうのではないだろうか。結果、安定した収入の道を絶たれることになるかもしれない。しかるに、一時の多額の現金を手にして、浪費壁が身に着いてしまい、手にした賞金はあっと言う間に使い果たしてしまう。そういうことを考えると、宝くじのどこに夢があるのか、もしあるとすれば、悪夢ではないのか。

そんな悪夢のために、宝くじを買うのだろうか。しかも、PTA的には悪いことを。私には破滅願望であるとしか考えられない。

サッカーの試合ってどうして、みんな反則するのだろう?

サッカーのゲームを見ていて思うことがある。ワールドカップでもヨーロッパのプロのトップクラブのゲームでも、そうなのだけれど、そこでプレーしているのは世界中のサッカープレイヤーの中でも最高のトップの人たちで、サッカーをする人々の憧れの的で範となるプレイヤーたちだ。その範となるプレイヤーによるゲームで、イエローカードが飛び交い、ファウルつまり反則が多数犯される。反則のペナルティで課されるフリーキックは相手にとっては得点チャンスで、そのための作戦を作っていたりする。ということは、反則をするということを前提としているということだ。反則とは、ルールに違反することだ。これを世界の中で模範となる人々が、みんなの見ている前で、公然とルールを破るのだ。普通に考えて、おかしいのではないか、と思う。ルールは守るべきもの、というのが常識ではないか。赤信号では止まるし、お店に並んだものはお金を払わずに黙って持って行ったりしない。それがルールだからだ。同じように、後ろからタックルをしてはいけないというのがルールであるなら、やってはいけないのだ。もし、後ろからタックルをしなければ点をとられてしまうのであっても、それはしょうがないのが正しいのではないのかと思う。それで失点を未然に防いでも、そのタックルをした人は非難されるべきで、当人はタックルをしたことを恥ずべきではないか。サッカーのゲームでは、そういう私の常識は、非常識となっているようだ。フィールドでプレーしている人々を見ていると、分かっていて、そういう反則をしているので、刑法でいえば確信犯ということで、そうであれば、故意犯ということになる。そうであれば、最初からルールは無いものと同じではないか、と思える。これは、サッカーというのが、それだけ特別な世界ということなのだろうか。タテマエの正論をほざくのは好きではないけれど、それにしても、ルールを守るという点でみると、特殊な世界であることは確かなのではないか。だから、サッカーが嫌いというのではないけれど・・・

2015年11月24日 (火)

視覚オンチの妄言

19世紀から20世紀の初頭にかけて、芸術において音楽が憧れだったことがあった。例えば、象徴主義の詩人たちは、言葉はイメージを明確化しすぎてしまうことに限界を感じてしまった。言葉によってイメージに枠がはめられてしまい、そこから踏み出すことができなくなってしまう。言葉にならないイメージというけれど、それは「言葉にならない」という言葉によって枠づけられてしまう。それを超えようとして、マラルメの「骰子の一擲」のような意味を為さない字の連なりのような試みが為されたりした。一方、絵画では見たままの写実から離れ、ついには具体的なものを写すことを放棄した抽象という、本来なら視覚の本質的な要素である形を放棄する試みに至る。それらは、音楽という本質的に抽象的で、具体的な形とか実態を持たない、不定形なままであることへの憧れからだった(ここでの音楽は具体性を伴う歌詞を持った歌を除外する)と考える人も多い。

それは、今までにない全く新たなことを始めようとした際に、絵画であれば、その本質である形に縛られると従来の形を踏襲してしまうことが避けられない。また、文学では同じように言葉に縛られてしまう。その本質を、一度否定してみないと、新しいことが始められない、という切羽詰まった理由だったのではないか、と思う。

だから、というわけではないけれど、また、アナクロと言われるかもしれないが、今、どこもかしこも、スマホやデジカメで画像を記録している人々を見ていると、縛られることを好んでいるように見えることがある。とはいっても、私は視覚的想像力に欠けるから、僻んでいると言われても反論できないけれど。一度、そういうのないところで、白紙にしても、いいんじゃないの・・・とか。

2015年11月21日 (土)

『日本映画について私が学んだ二、三の事柄─映画的な、あまりに映画的な』山田宏一著

コンサートの後で感想を語り合う際に、映画ファンの会話を羨ましく思うことがある。この著作にも、そういう会話が至るところに散りばめられている。例えば、黒沢明の有名な「羅生門」。ヴェネチア映画祭で金賞をとり、アカデミー外国映画賞に輝いた、日本映画を世界に知らしめた作品だが、三船敏郎、森雅之、京マチ子の三者がそれぞれの視点で、ひとつの事件を三様の全く異なるものとして表わす。それが、平安京の時代風景の中で幻想的に語られる。それを、著者は陽射しの映画だという。そう、たしかにそうなのだ。事の発端は、真夏の昼下がり、大木の木陰で暑を避けてうたた寝している盗賊(三船)の前を身分のある男女(森と京)が通りかかる。この時大木の梢を鳴らして涼しい風が吹きわたり、寝そべっている盗賊の顔に映る枝や葉の影が揺らぎ、木漏れ陽が射す。男は薄目を開けると、馬に乗った女の足が目に入り、市女笠のヴェールが風にひるがえる一瞬、美しい女の横顔がアップで画面をよぎる。しかも、見上げる男の視線の先には太陽が照り、女の顔は逆光に映える。男は目を瞠り、思わず刀の紐をつかみ、刀を引き寄せる。このとき、無意識のうちに連れの男を殺し、女を奪うことを決心していて、「あの風さえ吹かなければ…」という独白とともに、盗賊の回想の中に描かれる出会い。

そこでは、カメラは逆光を多用させられる。真夏の熱い陽を表わさなければならない。盗賊の顔に映る木漏れ陽を映さなければならない(これを映画史に残る木漏れ陽と称する映画ファンを何人も知っている)、また女の印象的な横顔を逆光に映えるように撮らなくてはならない。だから、この作品の本当の主役は太陽なのであって、フィルムというは光が当たった物体を映すものであるにもかかわらず、その光を発するものを撮ろうとしたという革命的な作品なのだ、という。

映画を語ることのすごさは、それが単に言説として独り歩きしてしまうのではなく、実際に、こういう場面で、このようになっていると、言っていることを、ちゃんと実証できることだ。それは、音楽を語るときに、この作品は宗教的だと評しても、どこがどのようにと具体的に語ることができないのとは対照的なのだ。

しかし、映画のこのような言説は、多分、日本では淀川長治という映画を具体的に語る天才がいたことに、大きく負っていると思う。彼は、徹頭徹尾作品を語りながら、結果として豊かな映画論になっていたという素晴らしい手本を示したからだ。

惜しむらくは、1950年代の人たち、森一生や三隅研二、中川信夫らについて触れられていなかったのが残念。

 

ちなみに、黒沢明の映画のエッセンスをまとめたこの動画を見るといい。「羅生門」「7人の侍」「生きる」「用心棒」「野良犬」といった黒沢明の映画を未だ見たことのない人でも、その特徴的な魅力をたった8分ちょっとで分かりやすく分析してみせた動画。その大きな特徴は、“動き” にあるとし、人物のアクションはもちろん、それを生かすためのカメラワークや編集の流れ、背景まで、あらゆる動きに意味があることをズバリと指摘する。「7人の侍」のあるシーンを、ハリウッドのヒット作「アベンジャーズ」を引き合いに出し、バッサリ切りながら説明する。カメラの動きだけでストーリーになっている黒澤映画の凄さが浮き彫りとなるという説明には、思わず納得してしまう。一部のシーンだけでは物足りなくなり、作品を見たいという欲望を抑えきれなくなってしまう。

2015年11月15日 (日)

『ロマネスク美術革命』金沢百枝 著

ロマネスク美術というのが認識され、評価されたのは、ごく最近で、一般化したのは第二次世界大戦後のことだという。1960年生まれの私としては、その後の既に一般化したあとの人間ということもあって、ロマネスク→ゴシックという中世の流れに、ルネサンスという革命的な転換が起こって近代に続くということが、ごく当たり前、ずっとまえからそうだった、と思っていた。歴史の事実は厳然と在るとしても、歴史認識というのは、ある意味では“ものがたり”、一昔前の言葉でいえばイデオロギーということになるのだろう。

認識された順番から言えば、ルネサンスがイタリアの片田舎のトスカーナ地方のいくつかの都市で起こったローカルな流行が、あたかも世界の文化の大転換のように歴史で語られたのはブルクハルトなどの文学的な歴史書などがベースとなって、アンシャン・レジームの絶対王政が王権神授説でアイデンテファイしていたのに替わって、市民社会が自己を正統化するために、古代のギリシャ・ローマをルーツとして、その伝統を受け継ぐというのに暗黒の中世から自覚した市民の自由都市によって古代の伝統を奪還したという“ものがたり”は都合の良いものだったといえる。これに対して、ヨーロッパで普遍性を有したギリシャ・ローマの伝統というのに対して、国としての統一が遅れたドイツなんかでは、政治的統合ができない代わりに、精神とか感情などで統合の機運を高めようと、ナショナリズムの動きを高めたいこともあったのかもしれないが、普遍の伝統を継承した古典主義に対抗して、自分たちのローカルを強調するロマン主義が、そのルーツとしてゴシックに光を当てるといったことが起こる。例えば、ケルンの大聖堂はゴシック建築の様式だけれど、完成したのは19世紀の市民社会の時だった。

ロマネスクが発見されるのはそのあと、モダニズムの動きとシンクロしたということなのだろうか。

それは、神とか教会から日常生活までつよい制約をうけたガンジガラメの時代というイメージとは正反対に、解放のはずのルネサンス以来の古典主義が型にはまって、見た目のリアルに縛られるのに対して、自由な造形と素朴な伸びやかさに満ちた、オープンな芸術だという。その魅力を語る語り口は、共感を誘うものだが、別の“ものがたり”をつくるものでもある、という臭いがするのも確か。

アリストテレスはポエティカだったと思うが、ミメーシス(芸術)が芸術の様式であると言った。それがルネサンスで古代ギリシャに還れとの掛け声のもとに目指したといえる。具体的には、幾何学的遠近法を用いた奥行きのある空間表現と、解剖学的に正しく調和のとれた人体表現のふたつを駆使して現実世界を再現し、完璧で理想的な形体を続々と生み出した。絵画は世界を見通す鏡となっていった。これが19世紀の近代の画家たちまで美的模範として君臨し続けたと言える。

この場合に、ルネサンスが意図的に否定した中世は暗黒であるという“ものがたり”のもとに捉えられ続けた。例えば、ロマネスクは現実世界の再現に頓着しない。むしろ、キリストの威厳、マリアの愛あるいは地獄の苦しみなどといった、是非とも伝えたい主題や感情を簡潔かつ的確に表わすことを優先させた。だから、遠近法など気にせずに構図を決め、人体のプロポーションを自在に変えることができた。

このようなロマネスクの写実的でない空間表現の衝撃と魅力は20世紀のモダン・アートを経験した現代は、まして、マンガのデフォルメの表現に近しい日本の感性には、伸びやかで自由闊達な美として迫ってくる。

2015年11月14日 (土)

フェアプレイの精神?

量販店やコンビニ、様々なところでポイントカードがあるけれど、ポイントを貯めて何かと引き換えか商品割引といった特典があるのは、経理上は値引きになる。その値引きされた分は、実は販売価格に上乗せされている。つまりは、その値引きを見込んで販売価格にあらかじめ含ませている。それは、相手との駆け引きで最初は高く吹っかけるようなもの。だから、ポイントカードを持たない、一見の客に、そのしわよせが来ることになる。だれもが承知していることなのだろうけれど、何か釈然としない、フェアでないと思ってしまう。それなら、そんなまどろっこしいような値引きで吊るのではなく、正味の価格で勝負しないのか、と思う。

2015年11月12日 (木)

とりとめなく~「在る」を創り上げる

CREATE創るというのは、天地創造もそうなのかもしれないが、何もないところから創り出すということなのか。このような言語では、無という空虚から何ものかを在らしめる。アクションというのは、突き詰めればそこに行き着くと考えられないか。だからこと、「在る」ということが奇蹟として驚きをもって語られることになる。それを裏返して考えれば、在るという行為をしていなければ、そもそもの何もないという虚無に戻ってしまうことにならないか。そう考えると、在るということは、在るというアクションを怠ったら虚無に陥ってしまうことになる。そういう状態を想像してみると、恐怖という感情が湧き起こる。つまりは、虚無に陥らないために蟻地獄で無限にもがいているように思われる。かつて、カミュがシーシュポスの神話に擬えたが、まさにそういうものとして考えられる。

とりとめなく~述語と動詞

誰かが言ったことではないし、たまたま以前にそう思っただけのことで、確かなこととは言えないことだけれど、英語は文の構成要素として主語と動詞が必須だけれど、日本語はそうでもない。これだけでは、何を言いたいのか、なのだけれど。ひとつの現れとして形容詞のあり方が違う。「私は若い」に動詞はないが、“I am youg”にはbe動詞がある。日本語では動詞も形容詞も述語という文の構成要素として一括りに同じ機能をしている。英語では形容詞は動詞の補語として修飾語のような、それ自体として自立していない。例えば「静か」という形容詞を考えてみると、その状態のベースにはアクションがあるということなのではないかと思う。つまり、静かという状態は、静かにしているという行為の結果そうなっている、ということではないか。だから静かというのはポジティブなのだ。これに対して、日本語の静かというベースには行為がないのではないか、静かという状態がデフォルトなのではないか。と、デフォルトと述べたが英語ではデフォルトで何かしらの状態があるということが前提になっていないのではないか。動詞というアクションがないと何の状態も生じていない、ある種の虚無のようなことになっているのではないか、と思う。だから、静かという状態は作り出すもので、それが文として現われるのに、動詞がなくてはならないことになっている。

それは、日本語で静かというと、英語では考えられないような雑音が入ってくる。アメリカ人が日本に尺八を習いに来たとき、京都郊外の竹藪で尺八を吹こうとして風で竹藪がざわめくのがうるさくて集中できないといったという挿話に、現われていると思う。つまり、静かという状態を作るという行為をしていれば、その行為の結果と無関係な竹藪のざわめきは雑音であり、静けさをつくりだす邪魔になる。ところが、もともと竹藪という状態がデフォルトであれば、ざわめきを静けさというデフォルトの状態を壊すものではない。英語で前提のベースとなっているような虚無が日本語にはないのではないか。

だからこそ、日本画では空白を恐れない。西洋絵画ではキャンバスは何も描かれていない空白つまり虚無だからすべて描きこまなければならない。しかし、日本画では何も描かれていない白紙でも、虚無ではなく在るということなのではないか。

とりとめがなくなった。もうちょっと発展させてまとめてみないといけない。

2015年11月 8日 (日)

生命を賭しての訴えはその内容を保証するのか つづき

個人が自己の立場を主張し、よりよいものにしていくことを大前提とするのは、個人の自立、自力救済がベースになっている。自分の身は自分で守るということが、骨身にしみついている、ということか。その帰結のひとつとして、アメリカでは自分の身を守る銃を規制できない、ということにも、なりうる。それが他方では、自らの生命をかけて何事かを訴えるということを、自殺のタブーに触れるとして否定的にみることにもなりうる。

でも、これだと強者の論理ではないか、自分の身を十分守ることのできない弱い者は、どうなるのか。日本の戦国時代は、個人が実力でのし上がる自力救済の風潮がもっとも強かったと言える。その時代、伊達氏といえば東北の有力大名で、その伊達氏によって制定された分国法「塵芥集」に、自害をした者が題目(自害の理由)を書き残したならば、その“遺言の敵”には、伊達氏が自害した当人に代わって成敗するということが書かれているという。生命の重さを云々する議論もあるだろうけれど、ここには力を持たない者が強者に対する、字の通り起死回生の手段として公権力も配慮していたということがあったらしい。それは、個人の思いを他人が共感できるという、一種の絆の強さのようなものもあったのかもしれない。また、他方では死者の持つ霊力が信じられていたこともあったと思う。そこに通しているのは、思いというのが、個人の身体を離れて強く存在しているという認識であるかもしれない。だから、強く思うことで、思いが実現するということを吹聴することが、現代の日本では見られるけれど、思っているだけではだめで、外に実現するように行動なければ思ったことにならない、というのが、ヨーロッパ近代社会の思想ということの捉え方だったりする。

昨日の続きのようになってしまうが、今でも、日本では、「死をもって潔白を訴える」とか「抗議の自殺」「憤死」といったことが価値を失っていない。それは、一面では強者の論理を押し通さないということでもあめのだけれど、反面、どこか息が詰まるような同質性の圧力も感じられる。

それは、ちょっと前に『絆』ととう言葉が流行語のようになったことがあるが、そこにある息苦しさを感じざるを得ず、それを手放しで肯定することもできない。

2015年11月 6日 (金)

生命を賭しての訴えはその内容を保証するのか

中国古代の楚辞を残した屈原は戦国時代の末期に楚の国が秦に滅ぼされたのに際して、その楚を詠んで身を投げた。数年前、北アフリカのチュニジアでは一人の青年が無許可の露店を開いていのを摘発されたことに抗議して焼身自殺を図った。それが、いわゆるジャスミン革命と呼ばれる民主化運動の契機となったと言われる。ここに見られるのは、激情にかられる、とでもいうのかある種の思いが肉体の生命さえも優先させている、と言うあり方ではないか。敢えて言えば、このある種の思いというのは、プライドの一種ではないかと思う。

このような行為は、キリスト教社会では自殺というタブーを犯すことになり、犯罪ということになる。そんなことをしても何の解決にもならない。上記の場合では、現実的な解決をめざして頭を絞って勝利を勝ち取る努力を怠っている、ベストを尽くしていないで、逃げ出したというように捉えるのだろうと思う。

ここには、個人の捉え方の違いが関係しているのではないか。集団が強い共通の感覚や感情でつながっている場合、個人の痛みはその集団の痛みとして共有される。そこで、ある個人が強い思いを抱いて亡くなった場合に、集団ではそれが増幅されて共有されることになる。これは感覚や感情のようなもので理屈抜きになっている。かりに、その思いが、根拠に誤りがあったり、理不尽であっても、無条件に受け入れられる。だから、たとえある人が亡くなっても、集団ではその人が生きているかのように思いが生きて、現実にコミット、いや、その人が自殺したときのその激しさをもつて増幅される。これに対して、自律した独立の個人が主体的に関係を持つということであれば、無条件に思いが共有されるというのではなく、ある人の思いに対して、別の人はその人の主体で、ある人の思いを評価した上で、正しいとかメリットということになることが多いのだろう。だから、思いはある人と不可分なので、その人が死ねば、思いも消失するということ。極論で、こんなにシロクロがつけられるものではないが、傾向としてあると思う。このどちらが正しいとかまちがいとか言いたいのではなく、それぞれに必然性があり、生き残るためにそうせざるを得なかった、ということなのだろう。

それで、最近、子供が自殺するニュースをよく耳にするのだけれど、日本には、さきほどの思いの共通化の伝統が、少し残されているという幻想があるのではないかと思う。その証拠に、自殺した子供の訴えは決して疑われることはない。生命をかけた訴えに嘘があるはずがない、ということなのだろうか、むしろ、疑いを差し挟むようであれば、不謹慎とでも言われかねない。

2015年11月 3日 (火)

今日は文化の日

今年の文化勲章の受賞者には大村、梶田の両氏がいたけれど、このお二人はノーベル賞の受賞が決まったからであるのだろうと思う。そこには、二人を尊敬して、その業績を評価したというのではなく、ノーベル賞という権威が認めたので追随したというように見える。そこに見識があるように見えるだろうか。同じようなことは、つい、この前の体操の世界選手権での優勝は、金メダルをとったことが素晴らしいのであって、その演技が素晴らしいというのではないように見える。体操というスポーツがいいのではなくて、金メダルをとれる競技として体操をみるということにみえる。仮に、今のメンバーが引退してメダルの希望が無くなれば、体操というスポーツは見向きもされなくなるのではないか。それが極端に起こっているのが女子サッカーで、ワールドカップで世界を相手に勝ち進むという結果だけを見ていて、その興奮が醒めた今、国内のリーグは盛り上がらない。

芸術の秋とか、スポーツの秋とかいうけれど、芸術そのものとかスポーツそのものを、実はみんな好きではないのかもしれない、と思った。今日は文化の日。

2015年11月 2日 (月)

見当はずれの杞憂

別に大企業擁護とか、当事者のことを考えていないとか言われそうだけれど、横浜のマンションから表面化した建設工事の杭打ちデータの流用事件。ちょうど10年前におこったマンション工事の構造計算書偽造問題を思い起こさせる。当時は偽造の構造計算書が次々と露見し、大きな問題となった。その後、安全のためと、当時の規制緩和の動きに抗するように国土交通省が、まるで省の権益を強化するかのように、建設許可を一気に締め付けて、役所の規制力は強くなった反面、建設許可が滞ったため、マンションの市場は一気に冷え込み、それだけでなく企業の設備建設もストップして、建設業界の景気は急激に落ち込んでしまったことがあった。

今、建設業界に対する人々の視線は疑いを拭えないでいるのは、しょうがないとしても、これをチャンスにとって、役所の規制が必要以上に進めてしまうのではないか、などと考えてしまう。

ちょうど10年前は、景気が持ち直したとこで、その事件も機のひとつとして、下り坂に転じていったのではなかったか。杞憂ならいいのだけれど。

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