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2015年11月28日 (土)

サッカーの試合ってどうして、みんな反則するのだろう?

サッカーのゲームを見ていて思うことがある。ワールドカップでもヨーロッパのプロのトップクラブのゲームでも、そうなのだけれど、そこでプレーしているのは世界中のサッカープレイヤーの中でも最高のトップの人たちで、サッカーをする人々の憧れの的で範となるプレイヤーたちだ。その範となるプレイヤーによるゲームで、イエローカードが飛び交い、ファウルつまり反則が多数犯される。反則のペナルティで課されるフリーキックは相手にとっては得点チャンスで、そのための作戦を作っていたりする。ということは、反則をするということを前提としているということだ。反則とは、ルールに違反することだ。これを世界の中で模範となる人々が、みんなの見ている前で、公然とルールを破るのだ。普通に考えて、おかしいのではないか、と思う。ルールは守るべきもの、というのが常識ではないか。赤信号では止まるし、お店に並んだものはお金を払わずに黙って持って行ったりしない。それがルールだからだ。同じように、後ろからタックルをしてはいけないというのがルールであるなら、やってはいけないのだ。もし、後ろからタックルをしなければ点をとられてしまうのであっても、それはしょうがないのが正しいのではないのかと思う。それで失点を未然に防いでも、そのタックルをした人は非難されるべきで、当人はタックルをしたことを恥ずべきではないか。サッカーのゲームでは、そういう私の常識は、非常識となっているようだ。フィールドでプレーしている人々を見ていると、分かっていて、そういう反則をしているので、刑法でいえば確信犯ということで、そうであれば、故意犯ということになる。そうであれば、最初からルールは無いものと同じではないか、と思える。これは、サッカーというのが、それだけ特別な世界ということなのだろうか。タテマエの正論をほざくのは好きではないけれど、それにしても、ルールを守るという点でみると、特殊な世界であることは確かなのではないか。だから、サッカーが嫌いというのではないけれど・・・

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