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2015年11月15日 (日)

『ロマネスク美術革命』金沢百枝 著

ロマネスク美術というのが認識され、評価されたのは、ごく最近で、一般化したのは第二次世界大戦後のことだという。1960年生まれの私としては、その後の既に一般化したあとの人間ということもあって、ロマネスク→ゴシックという中世の流れに、ルネサンスという革命的な転換が起こって近代に続くということが、ごく当たり前、ずっとまえからそうだった、と思っていた。歴史の事実は厳然と在るとしても、歴史認識というのは、ある意味では“ものがたり”、一昔前の言葉でいえばイデオロギーということになるのだろう。

認識された順番から言えば、ルネサンスがイタリアの片田舎のトスカーナ地方のいくつかの都市で起こったローカルな流行が、あたかも世界の文化の大転換のように歴史で語られたのはブルクハルトなどの文学的な歴史書などがベースとなって、アンシャン・レジームの絶対王政が王権神授説でアイデンテファイしていたのに替わって、市民社会が自己を正統化するために、古代のギリシャ・ローマをルーツとして、その伝統を受け継ぐというのに暗黒の中世から自覚した市民の自由都市によって古代の伝統を奪還したという“ものがたり”は都合の良いものだったといえる。これに対して、ヨーロッパで普遍性を有したギリシャ・ローマの伝統というのに対して、国としての統一が遅れたドイツなんかでは、政治的統合ができない代わりに、精神とか感情などで統合の機運を高めようと、ナショナリズムの動きを高めたいこともあったのかもしれないが、普遍の伝統を継承した古典主義に対抗して、自分たちのローカルを強調するロマン主義が、そのルーツとしてゴシックに光を当てるといったことが起こる。例えば、ケルンの大聖堂はゴシック建築の様式だけれど、完成したのは19世紀の市民社会の時だった。

ロマネスクが発見されるのはそのあと、モダニズムの動きとシンクロしたということなのだろうか。

それは、神とか教会から日常生活までつよい制約をうけたガンジガラメの時代というイメージとは正反対に、解放のはずのルネサンス以来の古典主義が型にはまって、見た目のリアルに縛られるのに対して、自由な造形と素朴な伸びやかさに満ちた、オープンな芸術だという。その魅力を語る語り口は、共感を誘うものだが、別の“ものがたり”をつくるものでもある、という臭いがするのも確か。

アリストテレスはポエティカだったと思うが、ミメーシス(芸術)が芸術の様式であると言った。それがルネサンスで古代ギリシャに還れとの掛け声のもとに目指したといえる。具体的には、幾何学的遠近法を用いた奥行きのある空間表現と、解剖学的に正しく調和のとれた人体表現のふたつを駆使して現実世界を再現し、完璧で理想的な形体を続々と生み出した。絵画は世界を見通す鏡となっていった。これが19世紀の近代の画家たちまで美的模範として君臨し続けたと言える。

この場合に、ルネサンスが意図的に否定した中世は暗黒であるという“ものがたり”のもとに捉えられ続けた。例えば、ロマネスクは現実世界の再現に頓着しない。むしろ、キリストの威厳、マリアの愛あるいは地獄の苦しみなどといった、是非とも伝えたい主題や感情を簡潔かつ的確に表わすことを優先させた。だから、遠近法など気にせずに構図を決め、人体のプロポーションを自在に変えることができた。

このようなロマネスクの写実的でない空間表現の衝撃と魅力は20世紀のモダン・アートを経験した現代は、まして、マンガのデフォルメの表現に近しい日本の感性には、伸びやかで自由闊達な美として迫ってくる。

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