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2016年2月13日 (土)

「グローバル経済の誕生:貿易が作り変えたこの世界」ケネス・ポメランツ他

英米の学者というのは、ヒュームとか、もっと以前のベーコンの頃からの経験主義というのか、帰納的な論証というのか、個々の具体的な事象を並列するように、並べたてて、まるで例示ばかりで、幹となる論理とか筋を探すのに苦労して、結局、何をいいたいのかと問いたくなるような、焦燥を覚えるものが少なくありません。しかし、語り口が達者な人が書くと、その個々の事象が面白くて、エピソード集を読んでいるように引き込まれることがあるのも確かです。その場合、論理とか骨格は、読む側の解釈に委ねられているように、実は、作者の掌の内で踊らされているに過ぎないのですが。この著作にも、そういう寛大さのテイストが感じられます。主に、ヨーロッパの大航海時代を経て植民地経営が始まった頃から、産業革命を経て、資本主義経済と帝国主義政策が併行して進められ、言うなれば近代資本主義が勃興を発端から成熟に至るまでを、主にアジア、アフリカ、南アメリカのエピソードを紹介し、それぞれの関連をネットワークということで関連付けるような筋立てで、あとは、読む側がイメージを膨らませなさい、というもので、知的スリルを起こさせる読み物としても興味深いと思います。

これは、私の極端な主観的な読みですが、こんな読みも可能です。近代の資本主義は、イギリスで紡績や織物の機械化による生産力の急速な成長を蒸気機関という動力が加速度をつけて、桁違いの生産が経済の底上げをしたことが大きな契機となった、と高校か中学の歴史で習ったような気がする。漠然と、そんなものだと思っています。ところで、単に生産力を増強して大量にものをつくっても、それだけで事業が急速に成長するでしょうか。最近ではシャープが液晶の生産施設に過剰な投資をした結果、経営が傾いてしまったといいます。つまり、生産力を大幅に増強したことで、衰退してしまったということになるわけです。でも、いわゆる産業革命は、革命といわれるほどの急激な経済の成長を遂げました。生産力が増強しながら、シャープのようにはならなかったのです。その違いは何だったのか。それには、産業革命が可能になるための環境が作られていたからだと考えるのが手っ取り早いでしょうか。それは、この著作では、現代で言えば、まさにグローバリゼーションと言ってもいい、抽象的な均一化の世界規模の広がりだったというのです。

その主要なものとして、この著作があげているのが、が交通や流通です。ヨーロッパ世界の東方航路の開拓や新大陸の発見により、長距離の航行が始まりました。船は一度に大量の輸送が可能です。このことによって、陸路のキャラバンとは桁違いの一気の大量の物品輸送、しかも長距離が可能となり、流通に変革が生まれたといいます。これによって、イギリスの機械化された綿工業の原料である綿花を船で大量輸送し、製品を全世界に船でまとまった量を一気に供給することが可能となった。と結果に先回りしすぎました。とは言っても、海上交易は、それ以前もあったはずです。そこで、以前の海上交易は沿岸貿易だったといいます。例えば、インド洋沿岸に多数の港町があり、その間を編み目のように船が行き交っていました。しかし、そこでの交易は小規模な個人の商人が担い、それぞれの港町で入荷した物品を近くの別の港に持って行って売りさばくという、一種のマージン商売だったそうです。港で扱われる商品は、その時その時あるものという不安定なものでした。例えば、インドのある港で、たまたま良質の綿布が作られたので、それをちょうど勝って、隣のビルマに行って収穫直後の米と交換するとか。ただし、このときの綿布も米も常に港にあるとは限りません。つまり、この場合の商人は、その時に港で調達できるものを目ざとく見つけて商売に結びつける目端の利くような人々だったのです。その小さな商売のやり取りが、例えば綿布は転売されて、中国に辿りついたり、と全体として流通が機能していたわけです。しかし、この綿布の流れをみれば、途中で何人もの商人の手を経ているわけで、そのたびにマージンが積まれるので、中国にたどり着く頃にはかなり高額になっているはずです。つまりコストがかさむのです。そひで、ヨーロッパの大型船で沿岸を経ずに直接インドから綿布を買って、ダイレクトに運べば、中間の商人のマージンがかからず、そのマージンを全部自分のものとすることが出来るわけです。しかし、そのような遠距離の公開には大型船が必要です。大型の船舶を使うと、売買する荷を確保できるか予定が立てられないのです。船がいっぱいになるまで荷を積まないと利益が出ないということなのです。遠路、インドまで行っても、綿布が十分に仕入れることができるとは限らないのです。最悪は、インドに着いて、綿布がないので、生産を待っていることに成ります。しかし、船員は確保しておかなければならないので、人件費がかさみ、結局、効率が悪いことになります。そこで、発明されたのが倉庫というわけなのです。つまり、船が来るまでに倉庫に荷を蓄え、船が入港すると倉庫に蓄えた荷を速やかに積み込む、それで船の航行の計画が立てられることになるのです。そのことによって、船大型船の輸送効率が飛躍的にアップします。そして、倉庫に荷を蓄えることがはじまると、それをあてにして、いきあたりばったりではなく、定期的に倉庫に入庫させるということがはじまります。つまり、そのために綿布の材料である綿花を集中的に生産するのです。以前は、自給自足の農業の、余剰として綿花を作っていました。農家も自分が食べることが第一だったのです。しかし、倉庫ができたことによって、自給自足から離れた単一の商品作物をつくるという発想が生まれました。しかし。アジアの農業は自給自足で成立していたため、やり手がいません。そこで、新大陸で農地を開墾して大規模な綿花とかサトウキビを専門に生産するプランテーションがはじまるのです。そのための労働力として地元の農家は使えないのでアフリカから奴隷を調達しました。それが奴隷が活発かして理由です。そして、奴隷はアフリカからアメリカに、どんどん送られます。その奴隷の調達のために、イギリスで生産した綿製品やその対価の銀が使われたのです。このような環境で、綿製品がいったん海上輸送のセンターとして、集められるイギリスで、大量に作ったとしたら、イギリスはぼろ儲けということになります。

このように見て行くと、ほかにも、通貨というものの考え方が、実は変質してきたことが分かります。まあ、ぶっちゃけた話、グローバリゼーションとか、資本主義とか、市場経済とかいいますが、市場とは、別の例で言えば、陸上競技のトラックのようなもので、走って競うということを、普通の陸上では考えられない、凸凹のない、真っ直ぐな場所を人工的につくって、そこで競わせる。そこで、そのような場所で速く走るために特化した人々で競うという陸上競技というスポーツと、市場という場で経済の競争をする公開企業とは、同じようなものです。オリンピックが、そういう特化した陸上競技のスペシャリストを各国で育成するように、各国で企業を育成し、陸上競技の覇者が世界で一番速く走る人と、誰もが思うようになる。実際、その人は、そういう凸凹のない直線を速く走るのには秀でていますが、サバンナで猛獣に追われて、原住民と共に逃げるとして、一番速く走って逃げおおせるということにはなりません。

この著作にも、資本主義の経済合理性は、違う文化環境では、人が共同体で生きていく上では不合理であって、その波に抗うことができず、破滅していく人々の記述もあります。

コインの裏表のようなもので、その両面を視野にもつことは大切なことで、そのような目配りも、少しあるということで、刺激のある著作であると思います。

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