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2016年4月27日 (水)

絵を分からないと言うこと

時折、美術館に行って、感想をまとめたりしていますが、絵画を見るに際して評論家の先生や手引書などでは、”あまり考えすぎずに、無心に感じてみましょう”というようなご託宣が為されることが多い。これはズルいと思う。
 芸術は分かったとか分らないとか、理屈で理解するのではなくて、無心に接してみて、良いか悪いか感じればいい、というようなことを言うわけです。小林秀夫とか吉田秀和とか著名な評論家の先生は、往々にしてそういうことを言っています。そういうのは、自分が分っているから言えるのであって、それを分らない人に、分っていたうえでやっていることを強いるのは、傲慢でしかありません。むしろ、「オレは分っているからいいんだ。オメエらは分かんねえだろう」という自慢の心の声が聞こえてきるようで、そういう評論家に限って、無心(と自分で思って)に作品に触れるときの、自分の感性の構造をみずから検証しないでいて、じぶんと違った感性の存在が分からず、感性の違う人に対して、どのような説明が理解してもらえるかという視点が全くないため、フォロワーしか彼の評論を理解できないということが往々にしてあります。例えば、吉田秀和が時折漏らす本音。「それが分からない人は、最初から(クラシック)音楽など聴かない方がいい」。それを誤解して、難しくて高尚だとかいって高い評価を受けている評論家の先生が沢山います。絵画に対しても、そういう権威ある先生がいると思います。
 この場合、そもそも考えてみれば、日本の美術鑑賞というのは明治維新以来、西洋に追いつけ追い越せで西洋文化を積極的に輸入した中のひとつだと思います。当時の日本人は先進地域の西洋文化として西洋美術を勉強しました。それが後世にまで後をひいて、日本人は美術作品を勉強しようとする傾向にあります。そうではなくて、美は勉強するものではなく感じるものだ。だから、美術作品に対しては単に観て美しさを感じればいい偉い方は宣う。勉強しようとか、理屈で理解するのではなくて感性で美を感じなさいと言います。しかし、ここにはそう言っている人の優越感が見え隠れしています。つまり、こういうことを言っている自分は、西洋美術を理解してるので、もはや勉強する必要がない、西洋人と同じように美術に対する感性がある、ということを暗に自慢しているというわけです。そして、一般の人には、エリートである自分のように感性で美術に接することができるように真似しなさい、と言っているように聞こえます。これは、私の僻み根性のゆえかもしれませんが。
 絵が「分らない」というのは、偉い先生方が言うような「美術を頭で理解しようとする」というようなことではなくて、(それが全然ないとは、必ずしも言えませんが)、極端なことをいえば「こんなの絵ではない」という否定の意味もあるように思えます。だから、さきの言説に対して言えば、もともと感性で接する「美術」であると確信できないものに対して、このような言説は「美術」に対して感性で接しなさいと言っているわけで、ピント外れも甚だしいというわけです。そこで、「分らない」だが、かりに美術の先進国である西洋で抽象画がはじめて出て来たときのことを想像してみるといいでしょう。「こんなの美術じゃない」という否定の声が多かったはずなのです。西洋人は断定的ない言い方をしますが、私たち日本人はこの場合は、そういう時に決めつけることを避けて、謙遜した言い方で逃げることが多いのです。そういう時に「私には分らない」という言い方はとても便利です。そういう意味で「分からない」には婉曲な否定が入っていると思います。
 だから、「分らない」という人には、別に無理して絵を見なくてもいいと思います。もともと、絵を見るというのは好き好きの世界でしょうから、好きになれない人に無理強いして、変な理屈をつける(感じればいいとか)ことは無用と思います。
 ただし、一言付け加えさせてもらうと、例えば、今、友人として行き来している人がいる場合、最初に出会ったときは「見知らぬ」人つまりは、「分らない」人であったはずで、おそらく、人は、その「分らない」という壁を突破して、その「分らない」人と「分り」合い、その結果友人となったと思います。だから、「分らない」というのは出会いの始まりなのです。その点で、未知の美術に出会った時に、「こんなの絵じゃない」といって断定的に否定するのではなくて、「分らない」と言ったのは、もしかしたら「分る」ためのスタートラインに立った宣言という意味合いもあるのではないかと思います。そういう意味で、「分からない」という態度を否定的にいうことには、私は与しませんし、「分かる」というのはおかしい「感じる」べき、というのにも与しません。

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