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2016年4月14日 (木)

リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(6)~Ⅱ.古代世界を描いた画家たち(2)

River_prerarei1 次に、フレデリック・レイトンの作品を見ていきましょう。「エレジー」という作品から。一見すると、これまでの色々なものが画面で描かれて、うるさいような作品とは、異質なさっぱりとした作品です。背景は省略されて女性だけが暗い画面の中から浮かび上がってくるようです。“レイトンは、服のひだや肌や髪のテクスチャーなど、透き通るような表面を描くのが得意で、くっきり見える部分と徐々にとけ込んで行くように見える部分を絶妙に配合し、漂うような空虚感を作り出している。これは艶出しのメディウムとともに絵の具を薄めることでできる方法で、彼はこの方法によって、はかなく、この世のものでないような中世的な女性を表現できるようになった。”と説明されていました。たしかに巧い。これならば、女性のみを描いても画面はつくれる。そう思います。ラファエル前派のロセッティやソロモン、ヒューズなどと言った画家たちは、ややもすると想いとか想像とか構想が先に立って、描くことの技量が追いついていない傾向が見て取れなくもありません。また、初期のミレイやハントのような描くことが独り歩きして、暴走してしまって、作品が結果として出来上がってしまったというものもあります。それに比べて、このコーナーで展示されている画家たちはソツがないというのか、総じて、要領よく作品としてまとまっています。破綻がありません。これは、作品が販売すべき商品であるということを考えると、品質を保って、効率がいいということです。いわゆるブランド品のような商品では絶対に必要なことです。解説のレイトンの手法の説明を引用しましたが、作品はそのとおりです。レイトンも含めて、このコーナーで展示されている作品に総じて言えることですが、徹底して表層的であるという特徴が見られるということです。画面に描かれている、その表面がすべてということです。そこの背後とか、底流に何らかのもの、いわく言いたげなものが一切ないということです。この「エレジー」という作品ではタイトルもそうですし、悲しみの表情が描かれているということですが、ここで私が見るのは、そのような女性の人間的なものというより、悲しみの表情をしたポーズとか、かたちとか、そこで生まれる陰影を愛でるということです。何を悲しんでいるか分からないということからではなく、描かれている女性の悲しんでいるように見える顔の形、全体としてのポーズなのです。このような顔の造作で、髪の毛で、スタイルの女性であれば、このように悲しんでいるような表情とポーズが映えるというのでしょうか。だから、この「エレジー」の女性に同情するとか共感するということはないのです。私見では、それが唯美主義ということなのです。
River_preraandromeda_2  レイトンの作品をもうひとつ見てみましょう「アンドロメダ」という大作です。海獣の生贄にされたアンドロメダを救うためペルセウスが魔女メデューサを倒し、その首をもって向かうというギリシャ神話のエピソードで、この作品はアンドロメダが海獣に襲われる場面です。前のコーナーで見たミレイの作品などに比べると、一見して何が描かれているということが分かるという、とても分かり易く構成されています。それは、まるで盛期ルネサンスやバロックの作品を現代風にかみくだいて見易くしたというようです。レイトンの練達の滑らかな女性の柔肌の触覚的な描き方と、海獣のゴツゴツした感触の対照。女性が見に纏っている(ほとんどはだけてしまっていますが)白い衣装の布地の襞と、その白が透けて肌が映るような描き方。これらと対照させることによって、ほとんど裸体に近い女性の柔らかさが映えます。海獣に襲われて腰をくねらせるポーズで女性の曲線を強調し、さらに被虐的な味わいを附加するという、ギリシャ神話を隠れ蓑にして直接的なエロチックな表現をしていると思います。この作品でのアンドロメダは王女として国を救うために悲壮な決意で生贄となり、海獣に恐れおののく姿としては描かれていません。女性の裸体のポーズのパターンの背景の舞台設定としてあるわけです。この作品もそうですが、もうひとつの「エレジー」にしても、特徴を言葉にすると感触とか肌触りといった触覚に関する言葉を多用しています。触覚とは物体の表面をなぞることによって知覚するもので、視角のように得た情報を整理して構築するといった展開はなくて、あくまで、直接的な表層の情報をダイレクトに得るだけです。レイトンの作品は、そういった表層の効果に特化していると、私には見えます。とくに、この「アンドロメダ」では、画面全体の基調や構成も、女性の裸体の触感のために構成されていると言ってもいいのではないでしょうか。海獣が恐ろしくないし、アンドロメダを襲うようには見えません。また、神話が本来的にもっている教訓とか説話という要素がこのレイトンの作品からは感じられません。
River_prerarei2  このコーナーの記述の最初のところであるように、ヴィクトリア朝時代に人々をとりまく既成概念や価値観の転換が起こったときに、それに戸惑い、何かにすがろうとか寄りかかろうとする人々にとって、わかり易く、それほど難解でもないものは、とりあえず、当面のものとして機能を果たすことができるのではないでしょうか。そのようなニーズに応えるものとして、レイトンとかタデマといった画家たちの表層的で、わかり易く、美という価値観を容易に呈示してくれるものだったのではないか、と思います。そして、経済の発展で大衆社会と大量消費社会が生まれてくるという状況において、消費するという新たな絵画作品の使い方に、画家たちは適応していった結果として、このような作風となっていったのではないかと、私には思えます。私には、その一線が初期のラファエル前派と彼らの唯美主義を画すものであるように思えるのです。ラファエル前派は伝統的なエリートの芸術観にいたため、アカデミズムに反抗しましたが、唯美主義の画家たちは違う物差しに移ってしまったため、アカデミズムを自身のブランド価値の箔付けとして利用する程度にしか見なかった、というわけです。

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