無料ブログはココログ

« 佐藤直樹「犯罪の世間学─なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか」 | トップページ | リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(2)~Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち(1) »

2016年4月 9日 (土)

リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(1)

2016年3月BUNKAMURAザミュージアム
 River_prerapos1 いつもは、仕事で都心に出たついでに、時間の合間にちょっと近くの美術館に寄るというパターンだったので、休日に美術館に出かけるということは、珍しい。しかも、苦手な渋谷の繁華街を通り抜けなければならない。午前とはいえ、休日の雑踏にはうんざりさせられるだろう。とはいっても、美術館は主目的でなく、午後から学校の同窓会の打合せの予定があって、そのついでに、少しはやめに家を出て、時間をつくって美術館まで足を伸ばしたというのが、本当のところ。ちょうど、ラファエル前派展をやっていたのが、終わりそうだったので、という事情。休日でも、午前中だから、それほど混み合うこともなくゆったりと作品を見ることができるだろうと思っていたら、展覧会の最終前日ということで、人の流れは途切れることがなかった。
 この展覧会のメインタイトルは「ラファエル前派」ということになっていますが、実際の展示を見ると、少しズレを感じました。その印象を含めて、まずは、主催者のあいさつを引用します。
 “リバプール国立美術館は、英国・リバプール市内及び近郊の美術館・博物館7館の総称で、特にウォーカー・アート・ギャラリーとレディ・リーヴァー・アート・ギャラリーは19世紀のラファエル前派とその周辺作家の作品を豊富に所蔵する美術館として世界的に知られています。この度、その代表的な作品をわが国で初めて紹介する貴重な機会をえることができました。この時代のリバプールは造船業や工業製品の輸出で大変栄え、英国の産業革命を担う随一の港町でした。リバプールの企業家は、ラファエル前派を始めとした新興画家の作品を購入します。リバプール国立美術館のコレクションの充実ぶりは、当時の企業家の経済力に多くを負っています。19世紀後半の歴史は、1848年、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハントによるラファエル前派の結成から始まります。彼らはルネサンスの巨匠ラファエロ以前の芸術精神の立ち帰ることを理想とし、「自然に忠実に」という標語の下に、反産業主義的、復古主義的な創作活動を指向します。中世の伝説や聖書、神話を画題に取り上げ、自然の細部を忠実に描写しました。そして、それまで英国画壇を支配してきたアカデミックな絵画とは全く異なる新しい絵画世界を誕生させました。彼らのグループとしての活動は数年の短い期間でしたが、その精神は多くの追随者たちに引き継がれ、やがて一大芸術運動であった象徴主義の潮流を形成します。エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス、ジョージ・フレデリック・ワッツらは、ラファエル前派の影響を受け、英国美術を発展させていきました。本展では、リバプール国立美術館のうち、ウォーカー・アート・ギャラリー、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー、サドリー・ハウスの3施設が収蔵する作品で構成し、ラファエル前派に始まる英国美術の流れを紹介します。”
 River_prerapos2 このあいさつを読む限りでは、ラファエル前派の作品を展示しようというのではなくて、リバプール国立美術館の所蔵する作品を展示し、その中にラファエル前派の作家と、その周辺の人々が多かったということではないかと思います。それは、19世紀の産業革命で勃興した企業家が、この作家たちの作品を気に入って購入した結果ということだったと思います。この時代背景について、つぎのように解説されていました。“この時代の大英帝国の美術で広く見られた特徴は、新興する中産階級の文化的な期待や先入観に画家たちが応えていくという形で決定づけられた。このような人々は、大きくて、また多くの場合新築された家に住む傾向があり、そうした快適な邸宅は同時代の画家の作品を飾るための場所を持っていた。美術商たちの世界は、何世代にも渡って受け継がれてきた絵画や美術のコレクションを相続することのない人々の必要を満たそうとしたのであり、パトロンとその家族からなるこの新世代の多くが以前には考えられなかった水準の繁栄を享受していたのだが、彼らの願望を確実にその家々の装飾様式に反映させるということによって発展したのである。それゆえに、19世紀中頃の商工業に携わる中産階級の隆盛と、あらゆる種類の美術作品を手に入れたいという彼らの願望は、多くの芸術家が職業的に自立することを可能にした。”
 実際に展示されている作品は、ラファエル前派の代表的な画家、ミレイやロセッティのものが、ありますが、そもそものラファエル前派の名前の由来となった彼らの初期のラファエル前派兄弟団のころの作品ではなく、その兄弟団の理念から離れて彼ら自身の独自の方向性に拡散していった後の作品が展示されていました。ラファエル前派をどのように捉えるかは人によって様々ですが、狭い意味で捉えている場合には、外れてしまいそうな作品が展示されていました。また、バーン=ジョーンズはラファエル前派の後期ということに入る解説されているようですが、ロセッティとの関係からであって、象徴的な作風は初期のミレイやホルマン・ハントの作風とは明らかに異質です。そして、それ以外に展示されているレイトン、ウォーターハウス、ワッツ、ポインター、ムーアといった人々は、ラファエル前派の運動に触発された画家たちで、既存のアカデミーに反抗的な姿勢を持つことができた点では共通し、実際に行き来があった人たちだそうですが、ウォルター・ペイターやスウィンバーンが提唱した唯美主義の波の中で作品を発表した人たち、と私は考えています。
 このようなことは、画家たちへのレッテル貼りで話として発展性はありません。では、実のところラファエル前派とは、どのような作品の傾向で、ここで展示されている作品は、それとどのようにズレているのかを、私の個人的な捉え方によるものですが、少しお話したいと思います。ラファエル前派、とくに初期の特徴については、別のところでまとめて説明しましたが、主な点として、伝統的な盛期ルネサンスの透視画法による立体や空間を批判して、輪郭線によって捉えられる事物の優美な形象、簡明な構造、透明な色彩という点です。そして、 “自然をあるがままに”というラスキンの理念で代弁されるような精緻な描写をつきつめていって、現実離れしてしまうほどなのでした。そこから、伝統的な絵画鑑賞とは異質な、見る者が主体的に作品に対峙する、つまり、参加するような場を作る、そこに共感とか親密さが生まれるという物だと思っています。
 これに対して、ここで展示されている作品の美というものについて解説で述べてられているのを、長くなりますが引用します。“ヴィクトリア女王の治世の中頃には、人々が芸術の目的についてどのように考えているかという点で大きな変化見られた。美学的洗練が進んだことで、画家たちがその作品において、以前は事実を記録し物語る機能としてみなされていたものを退け、その代わりに観客の想像力を引き出す傾向に向かったのである。1850年代と60年代における進歩的なイギリスの画家たちは、潜在意識の暗示もしくは連想によって鑑賞者たちを巧みに操る方法や、作品の持つ雰囲気に備わる抽象的な特性を喚起することで心理学的反応を引き起こす方法がわかるようになってきた。この時代における道徳的、精神的、また科学的不確かさから、画家たちは彼らの感情や不安に象徴的な表現を与える方法を探すことへと駆り立てられた。人間存在における根源的なもの─愛や死、そして感覚上の体験を─表面上あるいは潜在意識下で取り扱う絵画主題は、多くの優れた画家たちのなかでもレイトンやワッツ、バーン=ジョーンズ、そしてロセッティらによって着手され、やがて、多様な要素がかけ合わされて二重の意味を担うような芸術への取り組み方が生まれたが、これら進歩的な画家たちは皆この様式を奉ずることとなったのである。この画家サークルによって創案されたイメージは人の心をつかんで離さないものだったが、それは観客が単なる目撃者としてというよりむしろ、その出来事に巻き込まれたように感じ、脅威すら感じる気分になるように強いられるからであった。これらの画家たちはとりわけ美術の心理的な力を直感的に理解しており、それゆえに奇妙で暗示的、かつ象徴主義的な彼らの作品はヨーロッパ中で評判となったのである。”
 それでは、作品を展示に沿って見ていきたいと思います。展示は次のような章立てでした。
 Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
 Ⅱ.古代世界を描いた画家たち
 Ⅲ.戸外の情景
 Ⅳ.19世紀後半の象徴主義者たち

« 佐藤直樹「犯罪の世間学─なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか」 | トップページ | リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(2)~Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち(1) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/63462362

この記事へのトラックバック一覧です: リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(1):

« 佐藤直樹「犯罪の世間学─なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか」 | トップページ | リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(2)~Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち(1) »