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2016年4月11日 (月)

リバプール美術館蔵 英国の夢 ラファエル前派展(3)~Ⅰ.ヴィクトリア朝のロマン主義者たち(2)

River_preraapple 一方、この「春(林檎の花咲く頃)」の画面構成とか、構成は、私には、ルネサンス初期の有名なボッティチェリの「プリマヴェーラ」と似ているように見えます。タイトルも同じように春であるところにも共通性がありますし、春の花が咲き誇っている木を背景に、それを愛でるように人々の群像が横長の画面に描かれているというところです。そのせいか、「春(林檎の花咲く頃)」は、単にスナップのように家族の情景を写したという作品ではなくて、物語のひとコマでこれから物語りが展開していく予感、それ以上に何らかの象徴的なことを想像させる雰囲気が漂っているように見えます。そのひとつは画面向かって右端の仰臥している少女の上部の振りかざされている鎌の刃です。また、全体として、ミレイのラファエル前派時代以来の平面的で奥行きを描かない手法が背景を写生的に描きながら、人々が果樹園の中にいるように見えない、非現実的な雰囲気(室内で壁に果樹園風景のカラー写真を飾っているのではないかと錯覚してしまう)を醸し出していることも、象徴的な何かありげな印象を与えるのに寄与していると思います。
 Zenpaml4 ミレイの作品が続きますが、「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」という1860年の作品です。この作品はワーテルローの戦いに赴くブランズウィック騎兵隊の兵士と恋人の別れの場面を題材としたもので、歴史的、ものがたり的な題材を扱ったもので、ラファエル前派時代の物語的な絵画への回帰のようにもみえます。しかし、当時のミレイとは別人のような画家がここにいます。卓越したデッサン力による性格で巧みな描写は相変わらずで、それがラファエル前派時代と変わらぬ数少ない点でしょう。ラファエル前派時代と大きく変わった点は、鑑賞者が作品を見て想像する余地を大きく残している点です。ラファエル前派時代の作品は、「オフィーリア」が典型的ですが、作品の中に意味情報が満載されていて、観る方は沢山の情報をあてがわれて、それを理解する、あるいは解釈するという受け身の態度を取らされることになります。これに対して、「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」の場合は、提示されている情報が抑えられていて、観る人の想像で足りない情報を補う余地が生まれるように仕組まれています。そこに鑑賞者が作品を見ることによって積極的に関わることが可能になってきます。例えば、別れる女性の感情を象徴する細部は「オフィーリア」の時のように描かれていないので、観る者は彼女の身になって気持ちを想像することになります。そこに感情移入が生まれます。比喩的な説明になりますが、何かを伝えたいとき、言葉を尽くして説明するのではなく、少ない言葉でニュアンスを表わして後は相手の想像に期待するという方法があります。この方法では、余韻をつくりだす詩的な表現に通じるものと言えます。「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」では、そのた歴史の主役であるヒーローの活躍場面ではなく、平凡な人々に焦点を当て、しかもクライマックスの状況を敢えて外して、ドラマの先行きが定まらない日常的な場面とドラマの境目のようなところを描いています。それが鑑賞者にとって想像を誘うような、想像しやすい設定を巧みに行っているわけです。そして、描き方についてもラファエル前派時代の精緻さから、流麗で大胆な筆遣いにより、画面中の人物に動感を与えています。ここに、ラファエル前派時代に鑑賞者と出会い、唯美主義的な作品や出版物の挿絵などの様々な試行錯誤を繰り返しながら、鑑賞者とのコミュニケイションの形を見つけ出すことができたミレイの姿があると思います。それはまた、消費者のニーズを察知するマーケティングの成功も意味するわけで、人気作家としての地位を確固たるものにしていったのでした。
 しかしです。巧くまとまってはいて、広く受け入れられるものになっているのは確かなのでしょうけれど、私には、巧さが先に立ってしまっているように見えます。ラファエル前派時代の、過剰とも言える意味の氾濫に代表される、付け焼刃かもしれないけれど、押しつけがましいところがあるかもしれないが、理念を奉じていた迫力が失われてしまった、と私には見えます。悪く言えば、こじんまりまとまってしまっている。そのため、退屈な印象を避けられません。
River_prerabesid  ミレイの作品を続けてみてきましたが、最後に、大作ではない小品に近い「良い決心」という1877年の作品を見ていきたいと思います。このころのミレイはラファエル前派の先鋭的な画家から、多数の注文を抱える肖像画家として、かつて反抗したアカデミーの中に地位を得ていたといいます。もともと、巧い画家ではあるので、人物像の顔の造作などもキッチリ描かれていて、品質の高い肖像画で、趣味もよいし、人々がミレイに注文をしたのも頷けると思います。しかし、ラファエル前派の頃の過剰ともいえる細密な描きこみはここにはなく、その頃に比べると筆遣いは粗い(それは必ずしも悪いことではありませんが)ものとなっています。その代わりに、人物の背後から光を当てるようにして、顔の右半分は影になってしまうものの、うなじから首筋にかけての曲線と髪がほつれるところが映えて、頬のほんのりとした赤みが、この女性の肌の柔らかさを表わしているように見えます。また、彼女の着ているブラウスは粗い筆触により巧みに布のちょっとザラザラしたような質感が見て取れます。ただ、この作品は、あくまでもミレイの作品だから見ようと思う作品で、ミレイにしては・・・というような見方をどうしても、してしまいます。佳品であるとは思いますが。

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