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2016年4月24日 (日)

音楽を聴くことと鳥が祖空を飛ぶこと

私が音楽を聴く際のことを考えてみたいと思います。例えば、『翼をください』の

この青空に翼をひろげ
 飛んでゆきたいよ

という部分について取り出してみましょう。まず、「こ」の一音を認識し、次に少し高音に移る「の」を聴く、次に「あ」の音、その後順次「お」「ぞ」「ら」「に」と聴いて、ここでワンフレーズとして区切って「に」を認識した時点で前の「こ」「の」「あ」「お」「ぞ」「ら」の音を思い出して、「この青空に」というフレーズ=メロディをひとつのまとまりとして認識する。これは、少し前に認識した音を想起し、聴いている私がその想起した記憶を組み立ててひとつのメロディをつくり、メロディとして認識する。これらは一瞬のうちに為されることで、「こ」「の」「あ」「お」「ぞ」「ら」「に」というひとつひとつの音は「この青空に」というフレーズ=メロディというひとまとまりとして、私は聴いています。そこで、私は「こ」「の」「あ」「お」「ぞ」「ら」「に」というそれぞれの一音を聴いたとは認識しているわけではありません。また、この場合、私が認識するのは「この青空に」というフレーズであって、「このあおぞ」でもなく「この青空につ」でもない。「こ」は「この青空に」のうちの「こ」ということです。
 このようなまとまりをゲシュタルトと言って、音楽だけでなく、言葉、さらには空間の認識にも、このようなパターンで為されると考える人もいます。
 この音楽を聴くということは、聴く私が、音楽をつくる=認識する、ということをしているとも言えると思います。そのつくられ=認識される音楽のまとまりは、ある意味では関係ということができ、別のものさしでみればプロセスと言うこともできます。
 これは、認識とか行為ということの、ひとつの例ですが、音楽を聴くということに特徴的なのは、認識の対象である音楽というのが実体として存在しているものではないということです。私が音楽を聴くということがないと、私の前に音楽は存在していない。あるいは、そこに私が音楽ではなく、ノイズを聞いたとして、それに意味がなく、邪魔であれば、認識の対象から排除され、存在しえないわけです。
 と、諄々と書き連ねてきたが、ここに至って、音楽を聴くということを語ってきたといって、その実、私ということについて、語ってきたとも言える。関係をダイナミックにあるとして考えようとして、こんな風になってしまいました。回りくどい議論で、分かりにくくて、すいません。

 

他方で、音楽を聴くということについて、違った方向から、何を聞くのかとか、なぜ聞くのかというアプローチもありえます。このようなアプローチでは、同じように、私が在るということに対して、なぜ?という問いかけをすることにもなると思います。
 試しに、音楽を演奏してノッている人に、このような問いかけをしても答えられないだろうし、むしろ、なぜそんなことを尋ねるのかと怪訝な目で見られてしまうのがおちだ。私が音楽を聴いているとき、ときにその音楽に没入するように聴くことになってしまっているとき、そのような問いは、無意味に思えるし、邪魔にされてしまうでしょう。そもそも、音楽を聴くことに何かしらの理由があって、それゆえに音楽を聴くということであるならば、その理由の何がしかが主で、音楽を聴くというというのは、その従たるものということになってしまうわけです。音楽を聴くとは、果たしてその程度のことなのでしょうか。具体的な例をあげてみれば、感動するために音楽を聴くということがあるとすると、音楽を聴くというのは感動するための手段のひとつということになってしまいます。
 さて、話は変わって、鳥が空を飛ぶということを、青空という無限の広がりを自由に舞う、ということと重力とか気流とか様々な制約が縦横に張り巡らされた中で微妙な綱渡りをするということと、というように捉えようとすることは、いずれにしても上記の問いかけをしているのと変わらないことになると思うのです。飛んでいるとき、鳥は、そのようなことで飛んでいるのでしょうか。鳥に意識があるかどうかは分かりませんが、少なくとも、鳥の注意は目前の気流を掴まえるとか障害物を避けるとかなどに注がれているのではないか。
 鳥に限らず、自分自身でもいい。飛んでいるというそそのこと自体。私が、今、ここで、音楽を聴いているというそのことを、意味づけとか思い入れとか、そのようなものをまじえずに素直に捉えようとすることがあってもよいのではないか。と、当たり前のことを、くどくどと話してみました。

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