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2016年5月19日 (木)

安田靫彦展(5)~第4章「品位は芸術の生命である」

第二次世界大戦で日本が敗戦した、いわゆる戦後の社会的な価値観の転換が起こり、伝統的な芸術の価値の見直しやら、画家に対しては戦争画などの戦争への協力の告発など、日本画で、とくに歴史画を描き続けることが難しくなった時期を越えた、晩年の作品です。厳しい状況でも動じることなく安田は歴史画を描き続けたということで、そのぶれない一貫した姿勢と説明されていますが、そういう面では鈍感だったと思えなくもないので、そのことについては、作品を見る限り何ともいえないと思います。安田の代表作とされる作品が、この時期に多いということですが、気の抜けたような作品も増えたようにも感じました。これは、展示作品を見た限りではあるのですが。
Yasudanukada  「飛鳥の春の額田王」という作品で、安田の代表作だそうで、郵便切手にも使われたということなので、見た人も多いそうです。飛鳥時代の女流歌人で、万葉集のなかでも、あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る という情熱的な和歌(天智天皇の後宮にいながら大海人皇子に送ったと言われる)が有名な人です。彼女の背後には、当時の都である奈良の風景が広がっています。左下に花咲く梅が描かれているので春の風景です。「あをによし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今盛りなり」と歌われた季節です。背後に畝傍、香具、耳成というお椀型の大和三山が遠望され、その麓には、飛鳥川を挟んで左手前から川原寺、本薬師寺、藤原宮、右には板葺宮、飛鳥寺、山田寺が描かれていますが実際の地理上の位置関係とは違うそうです。中心の額田王の衣服の赤と肩掛け緑青との鮮やかな対比が、この背景の建物の柱と屋根に反復され、画面に統一感をもたらしている。歴史画といっても、典拠のある出来事を題材にしたのではなく、「夢殿」のように人物を配して、後は観者に想像させるという傾向の作品に入ると思います。文化が花開いた飛鳥を春の光景と額田王とで象徴させたというものらしいです。この時代は、古代でもあり文献や史料が乏しいので、周辺の情報から画家がイマジネーションを働かせて描いたという、画家の構想力を問われる作品ということになります。解説されていたスタンダードな説明は、そんなところでしょうか。
 今まで、展示されていた作品を見ている限りでは、安田は描く題材によって描き方を変えているように見えます。それはどういうことかというと、聖徳太子や源頼朝、豊臣秀吉といった人々の間に人気があって参考する著名な画像があってステレオタイプの画像イメージがある場合には、そのイメージに倣ってパロディっぽいキャラで描いて、観者が作品に入り易くしています。これに対して物部守屋とか良寛とか現代の人物のように作品による画像イメージがない場合には、比較的写実的な描き方をして、年齢や性別、体型や衣装から外形イメージを画家がつくっていくことをしています。ただし、これらの中間にはいくつもの段階があるようで、中国の題材では類型的な人形のような描き方もしているので、一様とはいえませんが、両極端の間で描き方を使い分けているといえます。そこで、この額田王ですが、画像イメージは皆無に近いもので、歌人であったので和歌が残されていることから、その奔放で情熱的な性格は比較的知られていて、性格を想像する材料はそこそこあるということなので、以前の「守屋大連」のような写実的な描き方をすることも出来たはずですが、そうはしないで図案のような人格とか人間性の垣間見えない、まるでステレオタイプのキャラを最初から狙ったような描き方をしています。だから、全体として巧い模様のようなものとなっています。
Yasudaoh  私のこの展覧会で見出した安田の特徴というのは、絵画(芸術というと口幅ったいので、西洋画のような絵画というように受け取ってもらっていいと思います)と骨董とか工芸というような商品(イラストとかマンガに近いものといっていいと思います)の境界にあって、どっちにも足を踏み入れながら、どちらにも全面的に属さない危うい均衡のもとにあるような危なっかしいスタンスによって、時折、著名画家の名に似つかわしくないようなヘンテコな作品を堂々と提出してしまうところです。今回の展示で、「守屋大連」「風神雷神図」「花づと」「梅花定窯瓶」といった作品は、時には笑いを抑えきれないほどヘンテコで、それゆえに絵画とは何かという根源的な問いかけを厳しく突きつけてくるようなところがあるのです。それは、日本画の大家などという安定した枠に収まらない、ともしれば日本画を否定してしまいかねない革命的な面を底に秘めた作品であると思います。
 残念なことに「飛鳥の春の額田王」は、安田の作品を見回していると、そのように描くことが可能な題材と思えるのに、誰でもが安心してみることのできるステレオタイプの作品に収まってしまっているということです。老年に至り、気力が減退してとは思いたくはありませんが。
 「王昭君」という作品で、これも安田の代表作のひとつのようで、展覧会カタログの表紙には、この作品が使われていました。安田という画家は巧い人のようで、その巧さで描いた、小手先などと評すると、私の無知と無恥を公開しているようです。ここで描かれているのは、王昭君というのは、漢の王室が北の脅威である匈奴を手なずけるため後宮から女性を差し出すこととなった際に、肖像画を描かせて醜い者を選ぶはずが、画工に賄賂を贈らなかったために一番の美女である王昭君が選ばれてしまうことになり、潔く異国に旅立ったというエピソードです。しかし、残念ながら、ここで描かれている女性は、美女に見えません。美女かどうかは観る人の価値観によるので、客観的にどうとかは言えませんが、少なくともここでは観る者にそのことを納得させることは必要でしょう。そこを、敢えて行なっていないところに、安田のヘンテコさがあるという解釈は可能ではありますが、安田のヘンテコさというのは、この場合であれば、王昭君を美女に描こうとしてヘンテコになってしまったというところに、かれのヘンテコさがあるように、私には思えます。詭弁かもしれませんが。背景の敷物の赤とか衣装の黒とか、その配色や描く技法などは凝っているのでしょうが、それが凝っているというところで終わってしまって画面全体としての印象に還元されていないというのでしょうか、工芸品の模様のデザインのように見えるのです。
Yasudaumebin  「梅花定窯瓶」という作品です。ここまでくると、写実という要素はなくなって、抽象画とはいえませんが、実際に梅の花を見て描いたとはいえない。幼児のおえかきのようなものを技巧があるがゆえに図案のようになってしまった、と見える作品です。いってみれば無様としか言えない無惨なものです。老境に至った画家が、いままでの約束事を超越した自由な境地で、融通無碍に描いたなどと解説されてしまいそうですが、仮に、この作品を安田の作品としてでなく、無名の学生の作品として提出された場合に評価を受けるだろうか、とおもえるものです。私、個人に見る目がないかもしれませんが、そういう作品に見えます。しかし、それゆえにこそ、こんな代物を臆面もなく提示してしまうところに、安田という人のヘンテコさがあるかもしれないと思いました。穿った見方で、偏見に捻じ曲がっているかもしれませんが、そうであれば、発表された1963年の日本画の状況に対する批判ということになるわけです。
 まあ、そうでもないと、この最後のコーナーに展示されている作品は、代表作とみなされた有名な作品もおおいらしいのですが、私には気の抜けた、作品にすらなっていない、たんに紙に絵の具を塗っただけとしか思えないものばかりに思えたからです。

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