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2016年6月

2016年6月30日 (木)

選挙雑感

選挙の報道とか各政党の宣伝とかを見たり聞いたりしていると、消費税とか改憲とか個々の争点のことばかり話れている。けれど、もっと知りたい、そういう複数の争点なんかが存在していて、それらのプライオリティはどっちなのか、といったことは、ほとんど俎上に上ってこない。もし仮に、選挙とは別に憲法改正の是非だけで国民投票をすれば、圧倒的に反対多数で否決されるだろうと思う。アンケートの結果と、ほぼ同じとなるだろうと思う。しかし、同じ改憲反対の人でも、景気が持ち直して、最近低迷している受注が増えるのならば、すぐ戦争を始めるわけでもないし、今回はこっちというように投票行動をするのではないかと思う。そうであれば、改憲という争点について各党が主張していることだけでは、判断材料にならない。投票のときに複数の要素を複合的に秤にかけているのが普通ではないか。その時の比重の割合こそが、むしろ実質的な投票の行方を左右させるのではないか。

さらにいえば、とくに地方の投票では、あの先生に投票していれば、また来年の入札のときに役所の責任者を紹介してくれるから、といったことは残っているはずで、それと改憲との関係で、どっちが投票を左右させるかが、実際の選挙の勝ち負けの反映するところもあるだろう。そのような事情を各政党、とくに野党の選挙戦略が、その壁を打ち破るに足る議論とか、あるいは、それらを報道する側はそういう実態と乖離した世論調査のアンケート程度しかやらず、踏み込んだ分析をしようともしない。実は、主張する側も本気で言っていないし、報道する側も知りたいと本気で望んでいないのではないか。そういう私も、他人事のように語っているけれど。

2016年6月29日 (水)

勤め先の株主総会

勤め先の定時株主総会。いろいろなことが重なり多難な総会だったけれど、無事終わった。1年前に社長とCFOが新しい人になって、今回が初めての株主総会。経営の中枢でもある議長と担当役員の両方が初体験。会社法改正で新設された監査等委員会設置会社という形態に経営体制を大きく作り直し、それに伴い取締役の員数を削減しスリム化(業務執行取締役は3名で、監査等委員と同数で、しかも全体の3分の1を社外取締役)し、定額の役員報酬を4割カットし、代わりに業績連動報酬の導入を一気に実行する。かなり大胆な改革といっていいと思う。そのため、株主総会の議題が8件という通常の総会の3~4倍の数。しかも、総会の会場についても、昨年まではホテルのホールを借りて、運営を手慣れたホテルのスタッフに援けてもらっていたのを、今年から本社の会議室に場所を替えて100%自前の運営にした。新経営陣の強い意気込みが現われたものと思える。
 ちょっと残念なのは、折角交通不便な本社に来てくれた個人株主が途中で退場してしまったこと。経営陣のそのような強い意志とやり遂げてしまった実行力が株主や従業員に十分に伝わっていないこと。とにかく、不慣れな中で無事に総会を終わらせることを最優先せざるを得なかったので、仕方ないが・・・、
 IRやコーポレート・ガバナンスの視点から株主総会とその実務について、まとまって考えたいと思っている。多少体系化を試みながら、断続的に連続して投稿ということになると思う。かなりの量になると思う。

2016年6月27日 (月)

ジャズを聴く(36)~ティナ・ブルックス「トゥルー・ブルー」

Jazbrooks 録音期間があまり長くなく、リーダー作が少ないということもあり、“幻”という形容が長らくされてきたプレイヤー。ということは、早熟の天才とか偉大なとかいうビック・アーチストというタイプにはなれない、どちらかというと地味な存在だったといえる。彼を紹介するような文章を見ると、“聴き手を瞠目させる派手なテクニックもなければ、ロリンズやコルトレーンのような強烈なパーソナリティもない”といった否定から入るケースが多い。そしてB級とか二流といった形容をするケースも、ただし決して悪い意味ではなく、親しみ易いとか、渋いとか、実はこういう人がジャズのコアな部分を体現しているといったニュアンスを含んで紹介される。日本で言えば、ヒット曲には恵まれないが、地方公演ではそこそこの集客能力がある実力派の演歌歌手、ファンに言わせれば安易に時流に乗ることなく日本のこころを歌い続けている、というような存在と言ったらよいだろうか。そういうプレイヤーに限って特徴を言葉にすることが難しいのである。事実、ブルックスの録音を聴いて出てくる感想は、「うう、最高!」で終わってしまうのだ。しかし、何が「最高」なのかは、ジャズを聴いたことのない人には何のことやらさっぱりわからない、といった具合だ。つまり、ジャズを聴かない人には聴かれない、また、このようなプレイヤーを好きな人は、たいていの場合、あまり公言せず、そっとしまっておくという扱いをすることが多い。従って、あまり話題になる事もなく、地味な存在であり続ける。
 というわけで、肝心なブルックスの音楽について、あえて私なりに述べてみる。特徴と言えるほど突出しているとは必ずしもいえないが、音色の点で、ややかすれ気味で、派手にブローするようなことはなく、くすんだ感じという、どちらかというと、こうでもないああでもないという否定の方向で語られるタイプの音。しかし、長年ジャズを聴き込んだ年季の入ったファンであれば、これぞハード・バップとでも言いたくなる音色なのだ。そういう音で、ブルックスは“泣きのフレーズ”とでも形容されるブルージーなフレーズを適度に散りばめながら、ただし、同じようなフレーズを発展させていくのではなく、数小節単位で全く違う音列を持ったフレーズを次から次へと重ねていく。それを自然にギャップを感じさせず流麗に聴こえる。そのため“泣き”がくどくなっておセンチに堕すことなく、ときに平凡なメロディでも次のフレーズとの関係が加わり独特の味わいが生まれてくる。誤解を恐れずに言えば、マクリーンとモブレーの間とでもいったらよいだろうか。一発の必殺フレーズで聴き手をノック・アウトするのではなくて、小さなパンチを繰り出し、それがボディー・ブローのように、その瞬間は気がつかないのだけれど、後になって徐々に効いてくる。そういうタイプのプレイをしている。
 だから、ブルックスはファンの好き嫌いが分かれるというタイプではなく、知る人ぞ知るとなってしまうのは、このようなプレイ・スタイルにも大きな要因があると思う。

 

True Blue

Jazbrooks_blue  Good Old Soul
 Up Tight's Creek
 Theme For Doris
 My Melancholy Baby
 True Blue
 Miss Hazel
 Nothing Ever Change My Love For You 

  Tina Brooks (ts)
  Sam Jones (b)
  Art Taylor(ds)
  Duke Jordan(p)
  Freddie Hubbard(tp)  

 1960年6月25日録音
 一曲目の「Good Old Soul」からこの手のタイプが好きな人ならスッと入り込んでくる佳曲。ブルックスのテナーとフレディ・ハバードのトランペットのユニゾンのテーマで始まる。突っかかるような2つの音の音型につづき後ろ髪引かれるようなマイナー調のフレーズが続く。そのイメージはアーシーとかブルージーとか言われるのだろう。そこには、どこかくたびれたような哀感が漂っているように受け取られるメロディになっている。それについて行くように、ピアノ、ドラム、ベースの溜めのきいたミディアムテンポのリズムがつく。その後にティナのサックスのソロが始まるが、声高にブローしたり派手なフレーズに飛躍することなく、マイナーの哀感を保ちつつ中低音の響きを基本として重心の低い調子でアドリブを展開する。そこには緊張感あふれるスリルはないものの、安定してリラックスしてアドリブに身を任せる心地よさがある。そのような安定感とマイナーな雰囲気を壊さない気配りは、テナーのかすれ気味で地味な音色や適度に力の抜けた音の質も効果をあげている。逆にアドリブ・フレーズが安定しているからこそ、音色や語り口を味わうということが出来る。その具合が絶妙なのだ。続く、フレディのトランペットのソロは、ティナに引きずられるように、トランペットのテナーに比べて幾分か力は入っているものの輝かしい高音は控えられて、中音域を中心に展開され、短くピアノに引き継がれる。誰もが雰囲気を保ちつつ、かといって情緒に溺れることなく最後に盛り上がり気味にユニゾンでのテーマに戻るというお決まりのパターンだが、そこに斬新さとかそうものはないが、それだけにこれぞジャズというような心意気が漲って感じられる。この最初のナンバーがこのアルバムでは一番の聴き所と言っても過言ではない。次の「Up Tight's Creek」では一転して、テンポは上がり、リズムはラテン風に軽快にのって、フレディのトランペットが全体を引っ張るようにノリノリで始まると、ティナのテナーが軽快に続く。そして、レコードのA面最後の「Theme For Doris」は短い曲ながら、ピアノのリズミックなフレーズからティナのサックスのしぼり出すような音色とテーマからラテン系のリズムに乗って、ここではティナひとりがソロを展開させる。ここでのソロを聴いていると、ティナという人は音色と語り口で聴かせるであることがよく分かる。
 レコードで言えば裏面に変わると雰囲気は変わってアーシーとかブルージーな味わいから、アグレッシブな演奏になる。アルバムのタイトル曲「True Blue」は短いフレーズを細かく繰り返すハード・バップの展開で、ここではティナのソロは様々な細かいフレーズを次々にもってきてつないでいく特徴的なアドリブを聴かせる。そのフレーズに意外性があって、フレーズのつなぎ方の流麗さによって目ただなくなっているが、このアルバムの中ではもっともスリリングなソロになっている。続く、フレディのトランペットは短い時間ながら、まさにここだけ飛翔している。次の「Miss Hazel」もアップテンポのアグレッシブな演奏。ここでのティナのソロの流れるような滑らかなフレーズはこのアルバム中でも際立っていて、違った様々なフレーズを持ち込みながら一つのメロディのように聴かせている。この歌心ある展開は、ハンク・モブレーを彷彿とさせ、しばらく聴いていたい欲求に駆られる。そして、そのようなティナのプレイに沿うように、トランペットやピアノの雰囲気をつなぐようにプレイしていて、演奏全体を統一感あるものにしている。それがアルバム全体を通して、一つのトーンを形づくっているところに、このアルバムの大きな特徴がある。ティナはもちろん、他のメンバーがこのトーンを大切にして演奏をつくっているという作品。

2016年6月26日 (日)

カラヴァッジョ展(8)~Ⅶ.聖母と聖人のための新たな図像

Caravaggiomaria 今回のカラヴァッジョ展で大きな話題となっている「法悦のマクダラのマリア」です。この作品は、以前に庭園美術館のカラヴァッジョ展においてもカラヴァッジョに帰属として展示されていたと覚えています。その時の感想はこちらに残しています。これから述べていくことは、そこで書かれていることと重複する内容となるかもしれませんが、同じ人が、同じ作品に対して、根本的な趣向性の転換でもない限り、違った印象を抱くことはないと思いますので、ある程度はお許しいただきたいと思います。ただし、全く同じであれば、ここで書く必要もないと思いますので、多少の変化はあると思います。
 今回は、同じ題材を他の画家が手がけた作品が並んで展示されていたのと、比べて見たことにより、カラヴァッジョの作品の特徴が改めて見えてきましたので、その点を中心に述べていきたいと思います。ジョヴァンニ・フランチェスコ・グエリエーリの「悔悛のマグダラのマリア」と見比べてみましょう。カラヴァッジョの特徴として光と影のドラマということを散々述べてきましたが、光と影の対比が映えているという点で見れば、カラヴァッジョの「法悦のマクダラのマリア」よりも、むしろこちらのグエリエーリの「悔悛のマグダラのマリア」の方が目立ちます。画面左下から、つまり、俯くマグダラのマリアに向けて正面から光が当てられ、暗闇の中で、マリアの顔を中心とした正面が光り輝く、と描かれています。神々しさでは、カラヴァッジョの作品より、こちらの作品の方が印象が強いと思います。マリアの描き方についても、艶やか肌に豊かな金髪が流れるようで、そこに光が当たり光っています。顔の彫りは深く、ギリシャ彫刻の女神像のようです。そして、腕を交差して祈るように俯いているさまは、天使か聖人といった輝かさがあります。作者のグエリエーリはカラヴァッジョの手法を活用して輝かしい効果を生んでいると言えると思います。
 Caravaggio2016maria これに比べてカラヴァッジョの「法悦のマクダラのマリア」はどうでしょうか。グエリエーリと同じように光と影の効果が使われていて、暗闇の中でマリアの姿が浮かび上がっています。しかし、グエリエーリの作品にあるような輝かしさは、ここにありません。マリアの姿は闇の中から浮かび上がる程度で、光り輝いてはいません。いやむしろ、髪の毛などは闇にとけ込んで見えなくなってしまっているかのようです。それは、闇にとり込まれてしまいそうな雰囲気すら漂っています。それはまた、マリアの顔に精気が見えず、顔から首そして胸元まで露出している肌が土気色で、死体と区別できません。顔を見れば白目を剥いて、口は半開きになって締りがありません。そのマリアに対して、下の顎の方から見上げるように光が当てられ、下顎などの顔の下半分ははっきり見えますが、表情のポイントとなる目やその周辺がある上半分は影になって(暗闇に紛れて)しまっています。それだけに、明確に表情が読み取れず、しかも、半開きの口が目立ち、呆けているのか、意識がないのか、という感じがします。この画面にいる女性は、聖人には見えません。少なくとも、グエリエーリの作品を見れば、とくに説明されるまでもなく、マグダラのマリアとは気がつかなくても、聖なる人であることは、すぐに分かります。これに対して、カラヴァッジョの作品では、黙って見せられれば、到底、宗教画には見えません。このように、私が書き進めているのを読まれている方は、カラヴァッジョとグエリエーリを比べて、カラヴァッジョよりは、グエリエーリを称揚しているように思われるでしょう。
Caravaggio2016maria2  それについては、カラヴァッジョは、敢えてマグダラのマリアを、このように描いたはずで、グエリエーリのように描くこともできたのに、意識的にそうはせず、この作品を描いたのでしょう。そのことを考えてみたいと思います。その理由のひとつは、マグダラのマリアがもともと娼婦であったということから、リアルな描き方を追求しているカラヴァッジョとしては、リアルな娼婦を描く必要があったという考え方です。しかし、それはマリアの服装とか装身具とか小道具で表現することが可能です。顔色に精気がないのはリアルな娼婦を描くこととは一致しません。同時に展示されていた、アルミテジア・ジェンティレスキの「悔悛のマクダラのマリア」は、意識をなくしているように横たわった姿で描かれていますが、こちらは官能的であるほど艶々した肌で描かれています。しかし、カラヴァッジョはそうしません。むしろ、マグダラのマリアを題材とした作品が他にも多く描かれている中で、カラヴァッジョの描く作品は異彩を放っていると言えると思います。それは、どうしてなのか。私、個人の偏見による見解ですが、そもそもマグダラのマリアという題材は、イエスの死と復活を見届ける証人であったとともに、ローマ・カトリック教会では「悔悛した罪の女」として位置付けられたものです。福音書の記述では、七つの悪霊をイエスに追い出していただき、磔にされたイエスを遠くから見守り、その埋葬を見届けたこと、復活したイエスに最初に立ち会い、復活の訪れを使徒たちに告げ知らされるために遣わされた。そのため、イエスの受難や復活を扱った絵画ではイエスのもとに描かれます。そしてまた、ローマ・カトリック教会では、彼女は金持ちの出身で、その美貌と富ゆえに快楽に溺れ、後にイエスに会い、悔悛したという。「悔悛した罪の女」ということから娼婦であったと解釈されているケースもあるといいます。カラヴァッジョは、その娼婦が悔悛したという点に注目して、これを突き詰めたのではないでしょうか。つまり、この作品の中にいるのは娼婦という罪深い人間です。いくら悔悛したと言っても、外見が変わってしまうわけではありません。マグダラのマリアが悔悛したのは、本人の問題で、それを傍から見ても、本人ではないので、娼婦以外の何ものでもありません。それをまず、キッチリ描いた。しかし、娼婦でずっといたのを、簡単に悔悛できるものではないでしょう。それは、今までの自分の行き方を否定することでもあるはずです。普通に過ごしていれば、そのようなことは考えもしないし、やらない。だから尋常ではないのです。それこそ、生まれ変わるようなことではないかと思います。悔悛などと言葉にするのは簡単ですが、これまでの自分を否定するということは、以前の自分を殺してしまうことと同じで、これまでの自分の死とそこから生まれ変わる、つまり再生ということ。これは、イエスがいちど、磔になって死んだあと、復活することとパラレルと見ることもできるのではないか。カラヴァッジョはピエタの画面を視野に入れながら、マグダラのマリアの画面を考えたのではないかと思うのです。そして、マリアの呆けたような顔の表情を法悦として、ここに生死の境目にいる脱自的な状態、ある意味では仮死状態のようなものです、で描いている。つまり、悔悛し、まさにマグダラのマリアが法悦状態にあって、今までの自分が死んで、新たに再生しようしている瞬間を、一人の娼婦の現実の姿として描いたのではないか、と思うのです。それは、作品を見る人にとっては、現実のこととして迫ってこられることになります。敏感な人であれば、のうのうと作品を眺めている自身に対して、マグダラのマリアですら、このようなのだから、「オマエの信仰はどうなのだ」と真摯な問いを突きつけられる、そのような衝撃を秘めた作品になっているのではないでしょうか。そこに、輝かしさといったものは必要ないと思います。むしろ邪魔になるのではないかと思います。
 これは、私の独断と偏見による見方なので、そのように受け取っていただきたいと思います。この展覧会では、私にとっては核心部は、この前の段階で、「果物籠を持つ少年」と「エマオの晩餐」が白眉で、これらを見ただけで満足でした。後の作品は、「法悦のマグダラのマリア」も含めてオマケというほど、私にとって格差は明白で圧倒的でした。

2016年6月25日 (土)

カラヴァッジョ展(7)~Ⅵ.斬首

Caravaggio2016medusa カラヴァッジョの「メデューサ」が展示されています。他に、カラヴァッジョニスタの画家たちが旧約聖書の物語のゴリアテの首をもったダビデの姿を描いた作品が展示されていました。美術史なんかでは意味があるのでしょうが、私としては、あまり作品として面白くありませんでした。カラヴァッジョの「メデューサ」でも眺めて、さっと通り過ぎました。

2016年6月23日 (木)

カラヴァッジョ展(6)~Ⅴ.光

Caravaggioemao 今回のカラヴァッジョ展は、「マクダラのマリア」などが話題となっていたようですが、私には、このコーナーで展示されていた「エマオの晩餐」が、一番印象に残りました。ルカ伝のなかで、復活したイエスが、エルサレム近郊のエマオという町に向かう二人の弟子の前に現れたものの、二人の弟子は師の復活に気づかなかった。そこで、イエスはエマオに泊まり一緒に食事の席に着いて、パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて渡すと、二人は気づいた。しかし、その時にはイエスの姿は見えなくなっていた。というエピソードの、まさにその食事の席を描いた作品です。
 キリストは、今、パンを祝福し終え、二人の使途に手渡したところで、パンはテーブルに置かれています。福音書によれは、二人の使徒は、まさにこの時はじめて、この男がキリストであったこと、キリストが復活したことを知った。まさに、その瞬間です。手前、テーブルの両側にいる二人の使徒は、キリストに視線を向けてフリーズしてしまっているかのようです。福音書の中でもクライマックスの瞬間ではないでしょうか。というのも、この瞬間、同時に二人の使徒の前からキリストの姿は消えてしまうわけですから。それまで、とくに意識もしていなかった(視野に入ってこなかった)男が、キリストであると分かって視野に入ってきた。つまり、見えてなかったキリストが、ある瞬間に突然見えた(二人の使途にとっては出現したというに等しいでしょう)。それも束の間、見えたと思った途端に、キリストの姿は消えてしまった。そういう瞬間です。
 これは、絵を見ている観者の立場では、このように冷静に述べることができますが、もし、この絵の中の人物、例えば、キリストを見た使徒の立場であったら、どうでしょうか。とても冷静ではいられないと思います。それまでの現実の男が師であるキリストだったと分かった、としても、それまで見慣れたキリストが分からなかった(死んだと思っていた)。どうして気づかなかったのか、気づかなかった現実の生活に対する疑いが生まれ。そう思った途端に、キリストの姿は消えてしまったわけですから、現実なのか、そうでないのか、ということにならないでしょうか。
 Moreausalome 例えば、全然、方向性は異なりますが、突然、目前に思いもよらぬものが出現した瞬間を描いた作品として、そのものズバリの題名の「出現」という近代フランス象徴主義のギュスターブ・モローの作品があります。幻想絵画に分類されるのでしょうが、サロメの前にヨハネの首が出現した瞬間を捉えたということです。この作品では、空中に出現したヨハネの首が光り輝いて神秘さと不気味さを際立たせています。そこで超常的な世界を作り出しているわけです。ここでは、出現した首自体が光り輝いています。舞台は古代世界ということもあって、現実のリアルさというより、全体として幻想的な世界になっている。そこで、絵を見る人は、現実ではない、幻想の世界として見ることになります。
 近代の象徴主義者モローは、出現を神秘的瞬間として幻想空間で、いわば絵空事として具現化しました。しかし、カラヴァッジョは17世紀の未だ世俗化が進んでいない宗教が日常に確固として存在していた時代の人です。言ってみれば出現を絵空事ではなく、現実のものとして受け取ることができた。そうしなければならなかった、それが当然であったという時代で、そういうものとして具現化することをカラヴァッジョは目指した、それ以外になかったと言うべきかもしれません。そこで、カラヴァッジョの採ったいき方はモローのような絵空事の画面を精緻に作り上げることではなくて、現実的な画面の中に、非現実が紛れ込んでしまったかのような、現実にあるものが一瞬にして非現実に転じてしまうような画面であったと思います。それは小道具、例えば真ん中手前の宿屋のテーブルや卓上の食器やパンは写実的に描かれて、目の前に実在しているかのように迫真のリアルさで描かれています。しかし、背景は暗闇になっていて、本来であれば宿屋の壁や家具が描写されるべきところは闇に紛れるように省略されてしまっています。例えばルネサンスの古典的な作品であれば、宿屋という空間や小道具がすべて明確に描かれていたでしょう。少なくとも暗闇に紛れてしまうことなく、あくまでも明澄で確固とした形態が描写され、現実の明確さが観る者に確信されるものであったと思います。このようにすべてが明確にみえてくるということは、すべてに遍く光が当てられ、すべてを見渡すことができるようになっているわけです。しかし、この作品では、背景が暗闇に紛れてしまい、どのような空間であるかが、まず分からなくなっています。つまり、宿屋ではあると思いますが、そのことは画面を見る限りでは保証されていません。暗闇があるということは、遍く光が当てられているわけではなく、光は偏在しているのです。画面左上から光が差し込んできていますが、この差し込む光によって、背後の闇から、人物や宿屋の小道具であるテーブルや食器、パンなどが照らし出されている、と言うわけです。ということは、もともと闇であったところに光が差すことによって、人物や小道具の存在が、浮かび上がってきたわけです。ここでは、しかも、はじめてキリストの存在が二人の使途に認識されたわけで、差し込む光に浮かび上がるキリストの姿は、闇に照らし出されて初めて存在が表れるというドラマでもあるわけです。ここで、写実的に描かれて小道具類と非現実のような闇との間に境界はありません。むしろ、闇の中から小道具が浮かび上がってくるように、現実の中に非現実が侵入している、あるいはその逆が画面の中でできているというわけです。だから、作品を観る者が、自分の日常に変わらないような、日常生活と連続しているようなところと、奇蹟が起こるような日現実が境目なく、画面にあるのです。
 そこで、作品を観る者は、自分の活きている世界と連続しているようなところで、画面にコミットしていながら、キリストの出現のような奇蹟に迫真をもって接することが可能になるわけです。それを可能にしているは、暗闇が画面を支配しているのと、そこに光がさして、存在が表われてくる、というこの作品の画面のつくりによるものであると思います。
 カラヴァッジョの特徴として、例えば、次のような評があるのは、具体的には、今言ったように現われているのではないかと思います。“カラヴァッジョの作品が我々に与える衝撃の一つ、それは何よりも、光と闇の強烈なまでの対照に違いない。スポットライトの光が交錯する劇場の舞台さながら、カラヴァッジョが描く場面は、闇を貫く強烈な光によって、我々の前に開示される。光は、すべてをくまなく照らし出すのではなく、むしろ対象をはじめて存在させるべく、闇の深淵から呼び起こす。光の強烈さゆえに、対象は、輪郭は明確に浮彫にするというよりは、むしろその皮膚、その表面を、剥き出しに露呈して我々に迫ってくる。”
 Caravaggio2016emao_2 実は、この「エマオの晩餐」という作品。カラヴァッジョはこの作品の5年前に同じタイトルで描いています。現在は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーにあるそうですが、そっちの方が有名らしいです。上で説明した光と影のドラマチックな対比は、このロンドン版の方が特徴的なので、むしろ展示されている作品よりも、ロンドン版の方が有名らしいです。同じタイトルの二つの作品を比べてみると、展示作品の特徴が、よりはっきりすると思います。例えば、ロンドン版に比べて人物たちはもはや画面を突き破るばかりの動きを抑え、というよりも、ロンドン版は演劇的と言えるほど、多少わざとらしく見えるほどオーバーなポーズをとっています。これに対して、展示されているものでは、人物のポーズは自然で、動きが少なく、内向的に見えます。ロンドン版ではキリスト出現に驚くというのであったのに対して、展示作品では人物たちは静かにキリストの声に耳を傾けているようにも見えます。だからこそ、内向的というのか、単に出現に驚くというのではなく、宗教的な奇蹟にあうという神秘性がある雰囲気を醸し出していると言えます。それ以外で大きな相違点は、ロンドン版と同じモデルが歳をとったような宿の主人の位置がキリストの左に移ったことと、ロンドン版にはいなかった老婆がその傍らに登場したことです。この老婆は、身振りが少なくなったため、空間に占める人物の比重が小さくなり、その結果、画面に空白が生じて挿入された考えることもできます。というより、キリストを覗き込み、じっと耳を傾ける給仕の男女は、キリストのヴィジョンを見ているのではないかと思われます。彼らはうらびれた食堂の主人とその母であり、質素な食事を運んだ時に、突如キリストと使徒たちが彼らの前に顕現した。ロンドンの作品では、キリスト以外の人物や事物が強い現実味を帯び、観る者のいる空間と時間を共有していて、つまり現実とヴィジョンとが混淆していたのに対し、ここでは給仕の二人のみが作品を観る者と同じ現在におり、彼らとともに観者はキリストと使徒の晩餐のヴィジョンを見ることになります。つまり、キリストの出現を二人の使途が見ています。これを宿屋の二人の男女がその模様を見ている、ただし、宿屋の二人もキリストが見えていたとすれば、使途と同じ対置にも立っています。そして、この画面を作品として鑑賞者が見ている、ただし、宿屋の二人とも同じ位置にも立っているというわけです。つまり、空間のヴィジョンの次元が重層的に重なって画面にあって、それぞれの次元で、二重の位置関係でヴィジョンを見ている者が、それぞれの次元で順繰りにいるわけです。それらの次元の越境がひいては、観る者の画面へのコミットを画面事態が促しているともいえます。また、二人の使途がキリストを見る、見えなくなるという二重性を脇で見ている宿屋の人物を配することで、客観性がでたと思います。それが次元の越境が順繰りに起こることで、見える-見えないがダイナミックに重層化することになりました。それが、この場面の一発の衝撃は弱めているものの、何度も同じ場面を見ても、刺激が減退しないで維持できている理由であると思います。
Caravaggio2016catch  このようなカラヴァッジョの劇的な光と影の扱いという特長について、“世界を覆う暗闇は絵画の世界における行為、仕草、精神状態、表情を増幅し、その結果として描かれた場面に活力を与え、物語における「時と場所」を確固としたものにする。カラヴァッジョの光は、現代の写真技術において「斜光」や「サイド光」と呼ばれる照明方法に対応する。順光と逆光の中間、撮影方向に対して0度から90度の間の角度に光源を設定する方法である。この照明方法は効果的に陰影を作り出し、彫刻のような造形的な明確さで対象を表現することが可能になる。写真という平面上に立体感を表現するのに効果的な光の扱いである。画布もまた平面であり、その平面上に三次元的存在感を生み出すカラヴァッジョの絵画は、幾世紀も後になって開発される写真技術を先取りしていると言える。”と説明されています。この画家を再発見したロンギは、これを特定の角度と効果をもった「個別的な光」を創出した、といいます。これは、画家の出身地であるロンバルディア地方の当時の絵画の傾向から、次のように説明しています。“遍在する光のもと、対象を輪郭線素描において限界づけ、捉え、その形を確定するトスカーナ芸術。それに対してヴェネツィア芸術は、色面の並置として対象を捉え、輪郭線よりも彩色の統一を重視し、半音階的に濃淡をつけてぼかしながら対象の質を模倣する。これらルネサンス以来の主要な芸術的潮流に対して、ロンバルディア美術は別の道へと向かった。そこでは光はもはや遍在することはない。むしろ、闇を照らす光の一瞬の通過によってはじめて物の存在は浮かび上がると同時に、表面をかすめ遮る影の投射によって、劇的な存在感が対象に醸し出される。光の充満する面は、存在の表層、皮膚を、生々しいまでに露呈し、色彩さえも、対象に含まれる光の量や価値に依存する。ロンギのいう「ルミニスム」の芸術である。場面がたとえ遠近法的に構築されていようとも、この光と闇の弁証法にかかるや、鑑賞者と絵画の距離は消失し、絵画内世界は直接的に我々の眼前に開示される。ルネサンス的遠近法が前提とする視覚の円錐形の「断面」、開かれた「窓」、あるいは「鏡」としての絵画、そうした境界面は稀薄となり、観賞者と絵画空間との敷居はいわば解消へと向かう。一つの定点に固定された観賞者の「眼」と絵画面との距離はもはや数学的に確定されず、むしろ光と闇の戯れのなか、観賞者は画中空間へと埋没する。虚構と現実を無媒介的つなぐこうした手法こそは、カラヴァッジョの強烈な光と闇が照らし出す場面へと結実するものである。”たしかに美術史としてはそうなのでしょうが、わたし的には、少しくどくなるかもしれませんが、画面に空間としての統一した連続性がない、空間を設定していない画面で人や物を描いていて、もともと二次元の平面である画面で、奥行きのある空間が想像できるように描かれていないとすると、画面が平面的になってしまうことになります。そのようなところで、画面に描かれている人物や物体を平面にしないで立体に見せるためにはどうすればいいのか。これに対して、人物そのものが自立した立体であることをまず描いている。同じように個々の物体が立体であるように、それぞれ描くということをしています。つまり、画面全体を統一した秩序ある空間として、いわば画面に客観的に世界を構築するのではなくて、個々の人物や物がそれぞれに立体として存在しているという全体に対して個物を優先させるということです。その人物や物を立体的にするためにカラヴァッジョは彩色を活用します。色によって人物や物の立体性を表わさなければならないとすると、影をつけていくことによって、つまり陰影によって立体性を表わすことになります。立体に光を当てれば、光が当たるところと当たらないところが生じ、それによって陰影がうまれます。立体であるからこそ陰影が生まれる。これを逆に遡れば、陰影が生じるから立体であるということになるわけです。この場合、さらに、陰影が効果的に活用されるためには影を基調とすれば、光が当たったところが映える、つまり、際立つことになります。これによって、陰影が深くなり、人物の物の立体感や奥行きが強調されることになるわけです。これが、カラヴァッジョの作品の光と影を対比について、私の読みのストーリーです。しかし、これだけならカラヴァッジョニスタたちも同じです。
Caravaggio2016spnet  カラヴァッジョとカラヴァッジョニスタたちの光と影の違いは何か。カラヴァッジョニスタたちの作品、例えば、バルトロメオ・マンフレーディの「キリストの捕縛」という作品を試しに見てみましょう。夜の暗い空間で限られた光の中で、人物たちが見えています。夜の闇から光があたって人々が浮かび上がっているという図です。この場合の光で特定されているというよりは、光が弱くて届かない、昼の陽光と違ってすべてに行き渡っていない状態です。ロンギの言う「個別的な光」ではないのです。意図的に暗闇が作られているわけではなく、そこに特に意味があるわけではありません。これと比べて、カラヴァッジョの「エマオの晩餐」に戻ると、暗闇に理由はないのです。だから、画家がわざと暗くしていると思えます。ではカラヴァッジョはなぜ敢えて暗闇をつくったかというと、その暗闇が観る者の想像力を喚起する効果を生んでいると言えます。マンフレーディの方は、夜の闇という当たり前なので、とくに想像力を掻き立てるものとなってはいません。これは、オラツィオ・ジェンティレスキの「スピネットを弾く聖サエキリア」でも、ラトゥールの「煙草を吸う男」なども優れた作品ではあるのですが、暗闇に、それなりの理由があって、敢えて暗闇にして、観る者の想像力を喚起するものではないのです。その想像力の差が作品の画面の深さを感じさせるものとなっているのではないかと思うのです。

2016年6月22日 (水)

カラヴァッジョ展(5)~Ⅳ.肖像

Caravaggio2016port カラヴァッジョの「マッフェオ・バルベリーニの肖像」です。モデルの身体的特徴を理想化したり美化したりせず、ありのままの姿で描き出し、その真の姿と一致させるように描いたことで、肖像画におおきな変革をもたらしたと解説されていましたが、この作品を見る限り、例えば左右の目がアンバランスだったりと、下手な画家に見えてきます。同時に展示されていた他の画家たちの肖像画の方が、カラヴァッジョの作品より立派に、上手に見えました。
 その理由として言えることは、肖像画の人物には動きがない、感情的な表情がない、画面に動きを入れることがひとつの特徴であるカラヴァッジョにとっては、自分の有利さを生かすことのできない分野だったように思えます。したがって、ここは、さっと通り過ぎました。

2016年6月21日 (火)

カラヴァッジョ展(4)~Ⅲ.静物

このコーナーは静物ということになっていますが、カラヴァッジョがいわゆる静物画を描いたということないらしく、彼の作品のなかで、静物が人物などと同じように丁寧に描かれているということから、このように独立したコーナーが設定されたようです。最初、静物というコーナーがあるので、スペインのバロックのボデコンのような特徴的な静物画が描かれたのでは、と期待したのでしたが、それはなくちょっと落胆しました。
Caravaggiosyounen2  「果物籠を持つ少年」という作品です。この作品も、以前の庭園美術館でのカラヴァッジョ展で観た作品です。以前の庭園美術館のカラヴァッジョ展のときには、入り口を入ってすぐ正面に展示されていたので、何年経っても強い印象が残っています。いわば、私にとってのファースト・インパクトの作品です。その最初の時に感じて、以後、カラヴァッジョの作品をみるにつけても拭うことができなかった、あるズレの感覚は、ここで、改めて感じました。それは、多分の私のカラヴァッジョの作品への個人的な感じ方なのでしょうが、それは、カラヴァッジョの作品が、キマッていないというか、収まるところにピタッと収まっていないという感じです。では、どのようなところがそうなのかと言えば、何か、この作品のあら捜しのようなことになりそうなのですが、反面では、そこにカラヴァッジョの特徴が表われて来ると思うので、述べていくことにします。その主要な点は、果物籠に盛られた果物と、それを持っている少年のバランスが不釣合いであるということです。
Caravaggio2016fruts  明らかに果物を描いているのと少年を描いている筆致が違うのです。この作品の主役は間違いなく果物籠で、果物の描き方は精緻といっていいほど丁寧で写実的です(以前に紹介したカラヴァッジョの同時代人の証言によれば、このように静物を人間と同等、またはそれ以上に重視して描くというとは、当時の絵画の世界では革命的だったことになるそうです)。これは、カラヴァッジョスキの作品として同時に展示されている、パンフィロ・ヌヴォローネの「果物籠」にも共通していると思いますが、対象である果物籠をすぐ近くから写真で言えば接写するように間近に迫って、果皮の絶妙な頃亜や質感の表現にかなり気を遣って描いています。それは、ネルサンスの画家たちが聖母を描く時の聖母の柔らかな皮膚を着衣の布地の質感や肌触りと対照させて描いたのと同じような注意ではないかと思えるほどです。カラヴァッジョは作品の中で果物籠に光を当てて映え、果物の鮮やかな色彩を「彩色」により際立たせています。そして、ルネサンスの画家たちが布地の質感やきらびやかな色合いを彩色によって表現したのに対して、カラヴァッジョは果物の果皮の質感だけでなく、物体としての立体性を陰影を「彩色」し、そして実在感を汚れなどを「彩色」することで表わしているように見えます。そこで、カラヴァッジョは鈍い色、鮮やかでない汚い色を効果的に遣っています。これが、私には、ルネサンスには見られなかった、カラヴァッジョの、あるいはバロック絵画の特徴であるように見えます。おっと、ここでは、「果物籠を持つ少年」の釣り合いの悪さを述べていたのでした。このことは、後で触れます。このような果物籠に対して、少年の描かれ方は影が薄いのです。少年そのものが歪んでいるように見えます。首が太すぎるように見えますし、首の傾げ方は不自然なほどで、頭と胴体が別物のようです。顔の筆遣いが雑で、筆の跡が粗く残って、まるで皺のように見えて見苦しくなっています。顔についても左右の目のバランスもとれていない気もします。しかも、少年は全体として、果物に比べて鈍い色で目立たないように描かれているように見えます。
 これをどう見るか。ちょっと、この展覧会のはじめのところに戻って考えみたいと思います。「女占い師」を見たときに、この「果物籠を持つ少年」と同じように背景が描かれていなくて、作品の画面に人物の居る空間が設定されていないことに思い至りました。そこには、神のように客観的に空間を構築するということから、個人が主観によって対象を限られたところで見るという、言ってみれば世界観の転換の萌芽があったのではなかったのでしょうか。その中で、ではそのような主観的な視点でつくられた画面の世界で、例えば人物などの個々の構成物はどのように描かれるのでしょうか。そのひとつとして、「トカゲに噛まれる少年」において、人が人を人格ある者としてみる場合、人間を間近にクローズアップさせてみて、そこに表情をみているということから、人の表情に重大な注意を払って、強調して描いているのを見ました。また、その表情をリアルにするために人間は静止しているのではなく動くもので、そのダイナミックさを描くために、敢えて形態を歪ませて描いてみせているのを指摘しました。
 これについて、関連がないような突飛なことを持ち出すように見えるかもしれませんが、私には、このようなカラヴァッジョの画面のつくりが、現代のアニメーションに似ているところがあると思うのです。どのようなところが似ているのか、ということについて簡単に述べてみましょう。アニメーションの空間とは、背景と、その手前で動くキャラクターが別々に描かれています。アニメーションのつくり方をみれば背景とキャラクターを別々のセルに描き、それらを重ね合わせて、背景のセル画はそのままにキャラクターのセル画を動かして全体としては背景の前でキャラクターが動いているような画面を作っています。このように、アニメーションのでは背景とキャラクターは最終的には同じ画面に収められることになるので、一見すると同じ空間のよう見えることはありますが、もともと違う目的で、別の人が別々に作成したものなのです。ですから、背景とキャラクターのセル画がルネサンス絵画に見られるように正確な一点透視図法によって統一的に作成されるということはありえないのです。したがって、同じ画面にある背景とキャラクターの間に統一した連続性は存在していないのです。これが何を意味するかというと、アニメーションの画面というのは、それ自体で完結した空間を形作っていないということなのです。だから、アニメーションを見ている私たちは、客観的に完結した空間として、その画面を見ているわけではないのです。この場合、実は、背景とキャラクターの二枚重ねの二重構造を私たちが見ているということは、背景とキャラクターに連続性がないということで、画面を見ている私たちとの距離の置き方が背景とキャラクターとに対するものが異なってくることになります。その結果、キャラクターは見ている私たちと背景の間の中間的な位置になるということなのです。それは、背景とキャラクターとの間に連続性がないというのは、画面を見ている私たちとキャラクターとの間に連続性がないという点で同じなのです。あとに残るのは、単なる程度の違いで、私たちと背景のどっちがキャラクターに近いかという距離の差と言うことになります。それが見るものにとって、どのようなことになるのかというとキャラクターは画面と見ている私たちの境界にいるということになります。そこに、キャラクターが橋渡しとなって、画面にコミットするかのような見方をすることができる。つまりは、画面を通じての共感とか感情移入を促す効果が生まれるといっていいでしょう。
 このようなことが、カラヴァッジョの「果物籠を持つ少年」においては、少年と果物籠の描かれ方の違いにも当てはまるのではないでしょうか。しかも、少年の描かれ方は、ちょうどアニメーションのキャラクターほどではないのですが動きがあるかのように、少なくとも見る者がそのように感じられるように描かれています。これと同じことは、「トカゲに噛まれる少年」で少年と右下の花瓶に差したバラの描き方が異なっていることにも当てはまると思います。
Caravaggio2016bacco  このことは、同じ会場に展示されていました「バッカス」にも言えると思います。続けて考えて行きましょう。このように画面に空間としての統一した連続性がない、空間を設定していない画面で人や物を描いていて、もともと二次元の平面である画面で、奥行きのある空間が想像できるように描かれていないとすると、画面が平面的になってしまうことになります。そのようなところで、画面に描かれている人物や物体を平面にしないで立体に見せるためにはどうすればいいのか。そのことを考えた時に、「果物籠を持つ少年」を見ると、少年や果物の彩色によって、立体性を持たせていることが分かります。つまり、奥行きのある空間に配置して、その立体の中にいるということで、奥行きのある立体であると示すやり方、これが遠近法によるものです。ただし、ここでは人物や物体そのものにも影をつけたりして立体であるように描かれてもいますが。これに対して、カラヴァッジョの作品では、人物そのものが自立した立体であることをまず描いている。同じように個々の物体が立体であるように、それぞれ描いているというわけです。つまり、画面全体を統一した秩序ある空間として、いわば画面に客観的に世界を構築するのではなくて、個々の人物や物がそれぞれに立体として存在しているという全体に対して個物を優先させるということです。それは、ある意味では客観である世界、つまりあるべき世界、ではなくて、個別の人、つまり個人が在る、つまりあるべきに対してあるということを描こうとしている、と言えるのではないでしょうか。バリオーネがカラヴァッジョに対して素描という形態を構築することを重視していないと批判しましたが、それは、アリストテレスが存在の本質を形相を一義として見ている伝統から素描という形態を描くことを重視していたことになるわけで、カラヴァッジョの描き方は、そういうアリストテレス以来の形相を本質としたあり方に対するアンチテーゼと言うこともできるかもしれません。その具体的なものが彩色という描き方です。
 実際に、色によって人物や物の立体性を表わさなければならないとすると、影をつけていくことによって、つまり陰影によって立体性を表わすことになります。立体に光を当てれば、光が当たるところと当たらないところが生じ、それによって陰影がうまれます。立体であるからこそ陰影が生まれる。これを逆に遡れば、陰影が生じるから立体であるということになるわけです。したがって、影をつけるということが重大な意味を持ってくることになります。この影というのは光が当たらないところですから暗くなります。そこで主に遣われる色は、灰色や黒といった暗く、鈍い色です。だから、私には、カラヴァッジョの色遣いは、暗く鈍い色を中心に考えられていたのではないかと思えるのです。そこで考えられるのは、カラヴァッジョの出てきたローマで活躍した偉大な先人です。
Caravaggio2016final  何か、思わせぶりな言い方をしましたが、その先人とはミケランジェロではないかと思うのです。ミケランジェロとは、カラヴァッジョにもミケランジェロという名がつけられていますが、なにか関係があるのでしょうか、ルネサンスの彫刻家であり画家でもあった、あのミケランジェロです。ミケランジェロはローマのサン=ピエトロ聖堂に「最後の審判」という大きな壁画を残しています。著名な作品なので、ご存知の方は多いと思いますが、裸の筋肉隆々の人々が画面に溢れんばかりの群像画の様相の作品です。この壁画は、実は、全体としてはノッペリして平面的な構成になっているのです。しかし、中央のキリストをはじめとして、その画面にいる人々の姿は、それぞれに存在感があって、それこそ画面から溢れんばかりです。その個々の人々は裸体で、みな筋肉隆々で強烈な存在感を放っています。その個々の人々の描き方を見ると、ミケランジェロは豊かな陰影を施しているのが分かります。その陰影を生み出すために、ミケランジェロは最初に黒色を彩色したと言います。つまり影から描いたらしいのです。その黒いところに光の当たる明るい色を重ねて塗っていくと、明るい色が際立つように目立って浮き上がるように見えます。それによって、立体性を強調したといいます。カラヴァッジョは、このことを知っていたのかどうかは分かりませんが、この先例に倣うようにして、描いたのではないか。だから、暗い色や鈍い色が、必要不可欠で、重要だったのではないかと思えるのです。
 17世紀のジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリの『芸術家列伝』の中で、このようなカラヴァッジョの様式の変化を初めて指摘したということらしいのですが、その中で次のように述べられています。“肉体に立体感を与えるために黒を多用し、強烈な暗色に支配されている。そして、このような制作方法に深く没頭したため、彼はいかなる人物像も、太陽の照る戸外にはけっして出さなかった。そして逆に、閉め切った室内の暗闇の中で人物像を描くための手法を見つけ出した。つまり、照明を高い位置にとって、光が肉体の主要な部分に垂直に下りてくるようにするとともに、残りの部分は陰影の中に残すことで、激しい明暗によって絵に力強さを与えるという手法である。” ここで見ている「果物籠を持つ少年」も「バッカス」も黒っぽい暗い背景をバックに少年の白い肌が浮き上がるような色彩構成になっています。まさに、ここで説明されている通りとは言えないでしょうか。
 そして、さらに考えていくと、カラヴァッジョの大きな特徴と言われている、光と影の強烈な対比的扱いによって生まれるドラマということも、このような暗い色調による影をベースに光の当たったところを際立たせるという色の遣い方から生まれたと言えるのではないでしょうか。また、ここでも先を急ぎすぎたようです。
 ここで、少し脱線して道草をしようと思います。この暗い色調について、ルネサンスの画家たちが明るく、透明な色遣いをしていたという印象が強かったのに対して、バロックの画家たちは、一転して暗い色や鈍い色、汚い色を多用しだしたように、私には見えます。ルネサンスからバロックの転換は、ひとつには色遣いの大きな転換があったと、私には感じられました。バロックに当てはまるかは微妙ですがエル・グレコの聖母を描いた作品などは背景は真っ暗ですし、ムリーリョは汚れた乞食の少年を写実的に描いたり、ベラスケスは真っ黒な衣装を着ていますし、レンブラントは夜を描いた作品が有名です。ここには、空間構成を崩しても、個人を独立したものとして描いていくという転換があったことにより、個人を立体的に空間から独立して存在するものとして描くという課題に、それぞれの画家たちが出した答えが、このようなことだったのではないか。そして、カラヴァッジョも、そのような画家たちの一人であったと、私には思えるのです。

2016年6月20日 (月)

カラヴァッジョ展(3)~Ⅱ.風俗画:五感

この展示コーナーについて、その意図を解説の説明から引用してみましょう。“対象に近づき自然主義的に描く、劇的なほどに感覚に訴える見せ方によって、カラヴァッジョの絵画は同時代人の視覚に極めて強い刺激を与えた。この若き画家は類稀な観察眼と、劇的な光のもとに置かれた対象を写実的に描く抜きん出た能力を持ち、絵画史に革新をもたらしたばかりでなく、様々な作品において五感の象徴性とつよく結びついたテーマを描いて、注文者を驚かせた。古典的な五感の図像そのものを表わす主題を用いることはなかったとはいえ、カラヴァッジョが知覚というテーマに関して非常に敏感であったことは明らかであり、そして認識論的な観点よりも感覚的な観点においてそうだった。一方、概してイタリア絵画では、五感のような寓意的含意を内包する絵画的主題をとりわけ好んでは扱ってこなかったことは、述べておく必要がある。”ということで、ここでは五感の隠喩があるとみなされる作品が列挙されているということです。ただし、ここで、それがカラヴァッジョの絵画において、どのような意味があるのか、価値をもたらしているのか、とか、どうしてカラヴァッジョはこのようなことをしたのか、は分かりません。
Caravaggio2016tokage  カラヴァッジョの「トカゲに噛まれる少年」という作品です。作品解説の説明では、“「トカゲに噛まれる少年」は触覚を示唆すると考えられ、(中略)、トカゲに噛みつかれたことによる身体的な痛みの表現は、各別にドラマティックである。美しい顔はゆがめられ苦々しい表象となり、かみつかれた指先からもつれた髪の毛まで、画面全体が少年を狼狽させる激しい衝撃を伝える。劇的な光の使い方によって一瞬の動きが強調され、花瓶の中で光を反射させる水面ですら、この衝撃に巻き込まれている。その一方、乱れたシャツや耳の後ろの花は、おそらくエロティックな逢瀬が予定されていることを暗示し、淡い官能に浸った瞬間を台無しにする。予期せぬ出来事という着想をほのめかしている。これはほとんど「愛のドラマの暗喩」なのである。”ということです。一般的には、そういうことなのでしょう。ただ、私が、ここで、いつも展覧会や作品の感想を述べているのに際しては、私がそれらを見た際の、自分のストーリーを捏造して綴っているので、そのストーリーには、上記の説明はそぐわないので、勝手に独断と偏見のストーリーを綴ります。これは、史実とか解釈とかいったものとは別物なので、これを読んでいただいて方は、そのようなものとして繭に唾をつけつつ読んでいただければ幸いです。
 前のコーナーのところで「女占い師」という作品について、この作品には背景が描かれていなくて、客観的に空間とか場面を構築するというよりは、二人の人物に焦点をあてて主観的にコミットするような画面になっていると述べました。そして、主観的に人物に焦点を当てるということは、映画のクローズアップのように人物に視点を寄せていくことになる、それによって、人物の表情が大きな役割を果たすことになります。「女占い師」では、その女占い師のあざといとも言える表情は、それ以前のルネサンスの画家の描いた作品の人物のような静謐で穏やかな表情とは全く異なるものとなっていた、ということです。そのような見方で、この「トカゲに噛まれる少年」を見てみると、トカゲに噛まれて痛さに顔を歪めるとか、驚くといった表情は、それ以前では絵画の様式として画面の中心で描かれるようなことはなかったと思います。カラヴァッジョはそこで、新たな表情に挑戦する必要があった。それは、主観的に観る者にコミットしてもらうような画面をつくるためには、喜怒哀楽のリアルさを観る者に感じさせ、感情移入させることが必要だからです。人間というものは、表情をコミュニケーションに活用しています。痛いときにそのような表情をすれば、他人は痛がっていることを理解してくれます。さらにいえば、痛そうな表情をしてさえいれば、たとえその原因であるはずの苦痛がなくても、他人は痛がっていると誤解してくれます。嘘をつくとは、そのようなことでしょう。カラヴァッジョの絵画では、そのような効果を観る者に生じさせることで、共感を喚起させるという性格があると思います。そのために、観る者を騙すことができる画面を作る必要があるというわけです。この「トカゲに噛まれる少年」という作品は、そのような位置づけで、カラヴァッジョが苦痛を観る者に想い起こさせる表情の表現をつくり上げていこうとした作品と、見ることもできるのではないか、むしろ、私は、そのように見ました。
Caravaggio2016tokage2_2  この「トカゲに噛まれる少年」という作品は、キマっていないというのが率直な第一印象なのです。並べて展示されていた、カラヴァッジョスキの一人の「カニに指を挟まれる少年」がカラヴァッジョに比べて下手なのですが、それなりに安定した印象を受けるのに、なぜと思うのです。それは、ひとつには痛そうな表情を描くというパターンをカラヴァッジョが試行錯誤しているさまが見て取れるということがあると思います。それと、もう一点、「カニに指を挟まれる少年」が安定している印象と述べましたが、それは、それほど心動かされる、つまり衝撃を受けることなく、作品を見ていることができるということでもあります。つまり、カニに挟まれて痛そうと感情移入させられることなく、その場面をニヤニヤしながら、突き放して見ていることができるのです。しかし、それでは観る者が感情移入していないわけです。そこにとどまっていれば、カラヴァッジョの作品にあるような観る者を引きずり込み共感させてしまうことにはなりません。そのためには、単に痛そうな表情を上手に写したというだけでは不十分なのです。カラヴァッジョの「トカゲに噛まれる少年」は、そのための試みをしているため、画面がチグハグなものになっていると思うのです。例えば、画面右手前のガラスの花瓶と、それにさしたバラの花は精緻にはっきりと描かれているのに対して、少年の描き方は大雑把で、描きこみ方が違います。そして、少年のポーズは大袈裟すぎるところがあり、顔と身体の位置とかねじり方が不自然な感じで、バランスが悪い印象です。例えば、手前の肩が張り出して顔を隠すようにしている首のねじり方などは、現実にはありえないのではないかというほど極端です。顔の描き方にしても、左右のバランスが取れていないで、この角度であれば右側はもっと小さくなるのではないかと思います。それは、カラヴァッジョという画家のデッサン力という技量が原因しているのかも知れませんが、それだけではなくて、敢えて意図的に描いているのではないかと思います。それは、造形的には歪んでいるのかもしれませんが、そのように描くことによって動きを生み出そうとしているのではないか、と思うからです。そういう形態をわざと歪ませて、描かれたものにダイナミックな動きを与えることについては、日本のマンガによく見られるデフォルメ手法です。参考に、大友克洋の「アキラ」の一場面をみていただくと、ここでのバイクの前輪と後輪の関係が歪んでいるようですが、このことが却って、急発進で運転者にG(重圧)がかかってくることかせリアルに伝わってくるのです。同じように、表情というのは、実際には一瞬たりとも静止しているのではなく、絶えず動きます。だから、その一瞬を静止させ精緻に描いても、そこに迫真的なリアルを感じさせることは難しいのではないかと思います。それよりも、動いていることを観る者に想像させるようにする、そのためにカラヴァッジョは敢えて人物を歪んで描いているのではないかと思うのです。そしてさらに、左手前の花瓶とバラの花を静止したものとして精緻にはっきりと描くことで、静止した静物と動く人物の表情を対照的に描いているように思うのです。そのことで、人物の動いている感じが強調されて見えてくることになるわけです。
Caravaggio2016ohtomo  「トカゲに噛まれる少年」についての記述が長くなってしまいました。ここでは、これ以上展開しませんが、表情とは日本人の感覚にすれば陰影に繋がります。陰影、つまり光と影です。カラヴァッジョの大きな特徴とされている光と影の表現は、このようなことから出てきたのではないか。ひとつの試論です。おっと、結論を急ぎすぎました。このことについては、後で、別の、もっと光と影のドラマが感動的な作品についてのところで述べていきたいと思います。
 カラヴァッジョの次の作品「ナルキッソス」を見ていきましょう。この作品は以前に庭園美術館でのカラヴァッジョ展でも見ましたし、その感想を別のところで書きました。今回は、展示の中での作品の位置づけが異なるようなので、その用に見ていくと、印象が異なってくるかもしれません。
Caravaggionarciso  ギリシャ神話のなかのナルキッソスのエピソードは、オウィディウスの『変身物語』で詩的な表現を与えられ、ナルキッソスを題材として取り上げた画家たちは、『変身物語』の記述に基づいて描いています。カラヴァッジョも例外ではありません。ここで描かれている場面について、解説では次のような解釈が説明されています。“画家が主題に選んだのはこの物語で最もドラマチックな場面、すなわち、若い狩人が水面にうつった自分の姿に抗しがたいほど魅せられ、口づけと抱擁を交わすために水面に体を近づける場面ではないだろろうか。細心の注意を払って描かれた青年の唇は、一見して明らかなように虚像に口づけするため半開きのままわずかに前に突き出している。また左手が水に触れているのは、彼が虚像を抱き寄せようとしているからにほかならない。本作は長きにわたって、のどの渇きを癒すために身をかがめたナルキッソスが自分の虚像を見つけて恋に落ちた場面を表わしているとされてきたが、実際は水面に近づき虚像に口づけと抱擁を交わそうとする、よりいっそう込み入った場面で表わされているのである。カラヴァッジョはここでナルキッソスの物語をたんに「語る」のではなく、最も情熱的かつ官能的な瞬間、すなわち自分の虚像を我が物にしたいという欲望が絶頂に達した瞬間─これはまた絵画として表現するのが最も難しい瞬間でもある─を描くことで鑑賞者の感情に強く訴えようとしている。”こうなると、神話の牧歌的な挿話におさまりきらない、狂おしいほどのドラマがそこにあるということでしょうか。
 私自身も、たしかに、以前の庭園美術館でのカラヴァッジョ展で「ナルキッソス」を見たときに、内面のドラマを感じて、そのことを感想として綴っていました。とは言っても、引用した説明は過剰ではないかと思います。以前の感想にも書きましたが、心理学などでつかうナルシシズムとか、鏡像段階による自己認識の概念を援用できるだのといったことを試みたくなるような画面が構成されていることはたしかではあると思います。他の多くの画家たちのような物語内容を暗示するモチーフ、例えば森の情景とか、ナルキッソスに恋焦がれるニンフのエコーや、猟師であるナルキッソスを象徴するような弓矢や猟犬、を描き入れることなく、泉に向かってかがんでいる青年の姿だけを捉え、その実像の姿と泉の水面に移った虚像を水面を境界として上下対称に、まるでトランプの絵札の図柄のように図案化させ、しかも、上下の像で着ている服についてはポジとネガのように光と影を逆にした色の使い方をして、実と虚の対称を明確に出したりと奇抜な構図で描かれているところはあります。それで、あれこれと尾鰭をつけて、語りたくなってしまうのでしょう。
 前置きが長くなってしまいました。私としては、この「ナルキッソス」がそのような解釈が加わってくるということは、この作品自体に、解釈の余地を生じさせる一種の弱さがある証拠ではないかと思っています。とどのつまりは、作品自体としては、その評判に比肩するほどのものではないのではないか、と思います。カラヴァッジョの作品として見ると中途半端なのです。たしかに、構図は奇抜で、カラヴァッジョの作品の中でも、図案のような構図の作品は他になく異彩を放っていますが、それは、いつものパターンの構図で描くことができなかったからと考えることもできるのではないでしょうか。つまり、このような抽象的、ということは客観的に構図ではなくて、観る者をコミットさせて、しまいには共感とか感情移入させてしまうことが、この題材では構想できなかったのではないか。かといって、客観的な他人事のような作品にはしたくない、それでやむなく奇抜な構図をとることになったという具合です。
 それは、構図だけでなくナルキッソスの表情が描ききれていないように見える点にもあります。いままで見てきた作品では表情が観る者を画面に引き込む重要な魅力のひとつでしたが、その表情が、この作品では、はっきりしません。また、画面の中のナルキッソスの姿勢は、かなり無理をしている姿勢ですが、その姿勢に動きが感じ取れないで、ポーズをとっているように見えてしまっています。だから、わたしには、この「ナルキッソス」は最初に見た風俗画などの人物を近い距離感で描くという画面から、後の宗教画などのような画面に見る人を引き込むような主観的な視線の構図への過渡期を示す作品なのではないか、思えるのです。
Caravaggio2016hokusai  水面に映る虚像と実像の対照を図式的に扱い、虚と実を巧みに扱った作品であれば、葛飾北斎の富嶽三十六景から「甲州三坂水面」という作品があります。河口湖に映る富士が水面を境界に線対称ではなく点対称の姿で、しかも実景は夏富士で、水面には冠雪した冬の姿が映っています。これは空間だけでなく、時間軸においても季節を対称させているという、対称をいくつも重ねた機知を働かせた構図を愉しむことができます。こうなってしまうと、実像と虚像の境目はどうでもよくなり、実像と虚像とが対称して、互いに関係しあうことによって相対的に存在しているかのように見えてきます。夢うつつなどといいますが、それぞれが独立しているとか、現実があって、夢がそこにぶら下がって存在しているなどというのではなく、それぞれがもたれあうように、しかも、両者の境界も曖昧で、というような深読みの解釈も現代では可能と言えます。この作品の場合、視点は客観的な体裁をとっていて、画者が描かれている世界に属していないから、このように突き放して世界を相対的に見ることが可能となるわけです。ここには、描く対象を突き放した距離感があります。
Caravaggioparu  これに対して、カラヴァッジョの「ナルキッソス」は北斎の遠景を突き放して描いたのとは対照的に、ナルキッソスに視点を近接させて、つまり距離をおくことをしないで描いています。このため北斎のように構図の効果を最大限に活用して画面にユニークな世界を展開させることにはなっていません。つまり、せっかくの奇抜な構図を活かしきれていないと思います。むしろ、「ナルキッソス」の場合は、北斎のように遊戯的に構図を扱う意図はもっておらず、画面いっぱいに彼の姿を描いていることで、水面に映る姿を見入るナルキッソスに寄っていきたかったのではないかと、私は思います。そうであれば、水面に映る姿を実像と同じように描く必要が、どこにあったのかという疑問が残ります。私には、ナルキッソスが水面という鏡を通して自分の姿を見ている姿を描いているようにみえます。それは画家が自画像を描くことのシンボライズのようにも見えます。もし、この作品を90度回転させてみたら、水面を見る姿から立てたキャンバスに向かう姿のように見えてこないでしょうか。カラヴァッジョは作品の存在をしていたか分かりませんが、パルミジャニーノの「凸面鏡の自画像」というマニエリスム絵画の作品があります。これは画家が鏡に映っている自分を描いているという自画像ですが、いかにもマニエリスムらしい凝った趣向ですが、それを一般の人が見ても共感を呼ぶということにはならないでしょう。カラヴァッジョは北斎のような距離を置くことによる構図の遊びでもなく、パルミジャニーノの鏡面を主観的に見るという趣向の遊びでもなく、この両者の間で、観る者がコミットメントできるような描き方を探して試行錯誤して、この作品のような中途半端なものとなったのではないかと思います。カラヴァッジョの、この作品は水面を鏡に見立て、人か自分の姿を見る、自己認識するというプロセスに、作品を観る人々を巻き込もうとした作品、しかし、十分に目的を達成するに至らなかった作品として見ることができるのではないかと思います。

 

2016年6月19日 (日)

カラヴァッジョ展(2)~Ⅰ.風俗画:占い、酒場、音楽

Caravaggio2016uranai1 カラヴァッジョの作品で最初にお目にかかるのは「女占い師(ジプシー女)」という作品です。主催者のあいさつに説明されているようなカラヴァッジョの特徴は、それほど明確に表われているとは見えません。光と影の巨匠にしては、それほど画面が暗くない印象です。後年の教会の壁面を飾るような宗教画ではなく、いわゆる世俗画ということになるでしょう。とはいっても、宗教的な教訓が含まれているようなのですが、それは他の人のブログや記事で書かれているでしょうから、そちらをご覧ください。
 実際の作品を観ていくと、奇妙な(特徴的な)ところに気づきます。その第一は、色が鈍く、あたかも汚れてしまっているようにみえることがあるという点です。これは、私の錯覚かもしれず、また、独りよがりかもしれません。先回りするようですが、ここで展示されているカラヴァッジョの作品を通してみると、カラヴァッジョの作品は、前面真っ黒で一部分に穴のような空白があって、そこに光が当たっているように見えるとか、全体に汚れてくすんだ画面になっているとか、この作品の色彩がもっとも鮮やかな部類に入ると思われるほどです。実際に、少し前のルネサンスの画家たちの明朗で、透明感のある色彩と比べると、鈍重でうす汚れた印象を受けます。これには、何かわけがあるのでしょうが、私には見当がつきません。この点については、別のところでお話したいと思います。
 そして、第二の奇妙な(特徴的な)ところは、背景がないということです。この作品では、二人の人物の背後は土壁のようになっていると見えなくもありませんが、確かなところは分かりません。つまり、この作品では2人の人物だけが登場し、その二人の動きと表情が前面に、あるいは全面に見えているといえます。そこで、言えることは、この作品において二人の人物しか描かれていないということです。なんか、同じようなことを繰り返して喋っているようですが。二人の人物が、どこにいるのかという空間が描かれていないということです。少しくどい言い方になりますが、この作品に画面には、ある空間、つまり場面があって、そこに(その空間に)二人の人物がいて、その二人の人物が何かしているといように描かれているのではなくて、ダイレクトに二人の人物だけが描かれているということです。二人の人物が、このような空間にいるという場面の客観的な面が省略されているということです。どういうことかというと、場面を描くということは、二人の人物のいる周囲をふくめて広く見ないといけない。そのためには、視点を二人から少し引いて遠目に見なければならないことになります。映画でいえばロングショットです。つまり遠景です。遠目に引いて見ることを突き詰めていけば鳥瞰的になり、最終的には神さまの視点に近づいていくことになるでしょう。そのような視点で背景が入った空間をきちんと描くことを試みたのが遠近法であり、その遠近法を駆使し洗練させていったルネサンスの画家だったといえると思います。しかし、この作品では、その空間を描くことを省略してしまっているように見えます。従って、私には、この作品はネルサンスの画家たちが追求していた客観的な視点に立っていないように見えるのです。では、この作品が客観的な視点に立っていないとすれば・・・、そうです、全面的には言い切れないでしょうが、主観的な視点に立とうとしていると、わたしには思えます。背景を省略しているということは、映画でいえばクローズアップです。人がものを見るとき、特に何かに注目する時、そのものに集中して、余計な情報を切り捨ててしまいます。そこでは、見ているようで見ていない。この作品では、背景を画家は見ているかもしれないが、目に入っていないのです。映画のクローズアップでは、背景とか空間は見えなくしてしまいますが、クローズアップした人物の表情はよく分かります。これに対して、ロングショットでは人物の表情までは細かく分かりません。その代わりに、画面全体の構成とか人物の配置とか、人物がどのようなポーズをとっているか、人物以外にどのようなものを画面に入れるかといった全体の設計で、表わすということになると思います。だから、スケッチを何枚も描いて、下絵の段階で画面がキッチリとキマるように作ることになるわけで、そのためには精確なデッサンが必要不可欠になるということでしょうか。例えば、映画ではロングショットの場面を中心とした作品では、人物の表情は見えてこないため、人のアクションとか、大きな動きが中心となって進みます。これに対して、テレビのドラマでは、映画のような大画面ができないため、小さい画面の限られた情報量でドラマを進めるためには、小さな枠にちょうど入るような人の顔や上半身が中心で進むため、顔の表情を映すことが多くなって、人の動きよりも表情の移り変わりを主に映し出すようになります。その場合、映画とテレビの違いということがよく言われますが、映画の場合は作品の完成度ということがいわれるのに対して、テレビの場合には見る人がコミットする共感といったことが言われる傾向にあります。それは、映し出される画面がクローズアップ中心で、見たいところに焦点を合わせて、それ以外のところは省略することになる主観的に近い画面になっているのが、ひとつの原因と考えられるからです。
 それと同じことが、この作品にも言えるのではないでしょうか。そして、この作品で描かれている二人の人物、とくに左側の女占い師のちょっとあざとく見えてしまうほど、わざとらしく描かれている表情は、ルネサンスの画家は、これほどまでには極端に表情を描かなかったのに対して、敢えて描き込んでいると言えるのではないでしょうか。カラヴァッジョのこの作品では、そうすることで、表情が画面にドラマを作り出しているように見えます。
 この理由を少し考えてみましょう。それには、この作品が制作された1600年ごろの時代を考える必要があります。ひとつの契機として考えられるのは16世紀はじめにルターによって端緒が開かれた宗教改革の影響です。ルターによって始まり、各指導者によって様々な宗派が生まれましたがプロテスタントと一括された新しい主張する人々は、「神は人間一人一人と契約するのであって個人が直接接触する事が出来る。」という聖書の言葉に基づき、個人個人が直接神に向き合って信仰することを求めました。これは、カトリックの教会によって遣わされた神父を通じて神にという、神⇒神父⇒集団(一般大衆)という、集団ありきの組織的な信仰の筋道を批判したといえます。カトリックの、このような組織的なものでは、個人の内面より、集団の中での個人ということで進行は外形的なものに、例えば儀式への参加とか勤行とか外面的な行為に偏ることになります。これを批判したプロテスタントは集団ではなく、あくまでも個人を立脚点とした組織統合を目指し、これを根拠に個人個人の優劣も肯定しました。その結果、聖書中心主義や内面的な信仰という主張が自ら神と自己の内的な関係を結ぶという点を強調し、主体的な人間という西欧の個人主義の基礎を作り上げていくことになったのではないかと言えるわけです。この影響は、プロテスタントのみに留まらず、カトリックの側にも、似たような動きが生まれます。それが極端に進むと異端として断罪されてしまう人々も現われたというわけです。
 Caravaggio2016uranai2 歴史的には、カラヴァッジョが生まれたロンバルディア地方では、当時「新しい敬虔」という動きがあったそうです。それは、当時の聖職者たちの堕落を悲観し、過度ないしは頽廃に陥った知性重視の思弁主義的神秘思想、エリート向けの宗教に直面して無気力状態に陥っていた状況を批判し、反思弁的で反修道会的な反動を掲げた宗教運動と言われています。その運動が打ち出したのが、主観的で情緒的な瞑想の実践、「心の祈禱」という教会の典礼という儀式に頼るのではなく、自宅や志を同じくする同志との共同生活で体系化された瞑想や祈りを行なうほうが、神との神秘的合一に到達できるという主張です。これでは、プロテスタントの姿勢とどこが違うのかと言いたくなります。少なくとも、カラヴァッジョの耳にも、このような主張は聞こえていただろうし、周囲には、そのような空気が漂っていたことは否定できないと思います。
 そのときに、この作品に限るわけではありませんが、作品の視点として客観的なものから、主観的なものの萌芽があったのではないかと思われるのです。この「女占い師」という作品にも、それが現われていると思います。それが、カラヴァッジョの作品の特徴を生み出す要因の一つになっているのではないか、と私には思えます。
Vallootnpoker2  この展覧会では、カラヴァッジョニスタというカラヴァッジョのフォロワーたちの作品も並べて展示されていました。シモン・ヴーエの「女占い師」という作品です。カラヴァッジョと同じ主題で、似たような画面になっていますが、この作品は、それほどでもありませんが、カラヴァッジョとカラヴァッジョニスタとを画するのは、ひとつには技量の差であることが分かります。カラヴァッジョのレベルで見ると、カラヴァッジョニスタの作品は描けていないのです。この作品では、二人の女性が男性のカモを騙そうとしていますが、表情がカラヴァッジョに比べると描けていません。表情が語りかけてこないのです。そのため、背景を省略して、人物に視線を集めても、その人物が観る者を引き付けてくれないのです。だから、作品を観る者は、画面にコミットできないので、共感といったような感情的な反応に至らないのです。似たような作品であれば、むしろラ=トゥールの「いかさま師」(展示作品ではありません)の方が、デフォルメがきついのでカラヴァッジョの画風とは言えないでしょうか、その表情のあざとさは雄弁で、カラヴァッジョの「女占い師」に近い印象を持つことができるのではないかと思います。
 カラヴァッジョと同時代の医師で、画家と面識もあったとされるマンチーニは、この作品を描いた当時のカラヴァッジョの生活や作品の意義について証言を残しているそうです。それによれば、当時のカラヴァッジョは、ローマで天涯孤独で困窮した生活をおくり、画家の工房で作品の一部の頭部や半身像などを描く賃仕事で糊口をしのいでいたそうです。このような、実際のモデルに基づいて少数の「頭部」や「半身像」をクローズアップで描くという仕事を通じて、カラヴァッジョは自身の手法としていったことが分かります、マンチーニは次のように書いています。“カラヴァッジョが単身像や頭部、そして彩色によって、偉大な成果をもたらしたということ、さらに、今世紀の職業が、彼に多くを負っていることは否定できない。”マンチーニの言う「彩色」は、当時の現実のモデルや自然の事物を再現するということのために用いられていた意味があるといいます。それは、マンチーニがカラヴァッジョの作品のなかで最も高く評価したのは、聖堂に設置された大型の歴史画ではなく、まさにこの「女占い師」だったからです。このことは、逆にカラヴァッジョを批判した保守的な画家が、この作品に対して欠点として指摘した言から知ることが出来ると思います。その典型がバリオーネという画家の次のような証言です。“彼が絵画を破壊したのだと考える者もいる。というのは、多くの若者たちがカラヴァッジョの例に倣い、実際のモデルからひとつの頭部を写生することにかまけ、素描の基本や芸術の奥義を学ぶことをせず、ただ彩色だけに満足しているからである。そのため彼らは、二つの人物像を一緒に配置することもできなければ、歴史画を組み立てることも全くできない、かくも高貴な芸術の美点を理解していないがゆえに”、つまり、事物の表層を模倣する表面的な「彩色」ばかりを追い求めていては、彩色と対をなし、それに先行すべき「素描」、つまり精神の中にイメージを形成し、それを表現するという芸術の奥義の探求が疎かになってしまう。このバリオーネの言説の後半は、いままで述べてきたことに通じると思いますが、前半の彩色に関することは、私も感じていることでもあるので、別の作品のところで私なりの位置づけと説明を試みたいと思っています。

2016年6月18日 (土)

カラヴァッジョ展(1)

Caravaggio2016poster 2016年3月の1年に1回の通院の日。昨年との経過状態の変化を監視してもらっている。大丈夫と思ってはいても、どこかで変化があったら・・・という危惧は残っていて、検査自体は簡単に終わってしまうのだけれど、万が一のために休みを1日取った。それで、蓋をあけてみたところは、異常な変化は見られず、これでしばらくは大丈夫と思うので、一区切りにしましょうとのこと、つまり、恢復しましたということ。まあよかった。
 ということで、万が一に備えていた時間が余ってしまったので、ということで何か美術展でもということで、上野に向かった。上野は桜の開花が始まろうとしていた自分で、外国人の姿がかなり目だって多いような気がした。たしか、ボッティチェリ展が終わり近いし、JR駅の公園口を降りると、西洋美術館のカラヴァッジョ展が目に入ったが、始まったばかりだし、後で見る機会もあるだろうからと、公園奥の東京都美術館に向かった。しかし、美術館に向かって歩いていくうちに、同じように歩いている人の姿が多いのに気づいた。かなり混んでいるのは、この時点で分かった。そして、美術館の玄関で入場2時間待ちとかアナウンスされているのを聞いた。お手上げだ。そんなところで絵を見るなんて真っ平だ。と、玄関で急遽、予定変更。さっき通り過ぎた西洋美術館に行くことにした。こっちも混みあうだろうけれど、始まったばかりだから、未だましではないか。その予想は当たり、決して空いているわけではなかったが、会期は始まったばかりで、比較的落ち着いて絵をみることができた。
 15年前の2011年に東京都庭園美術館のカラヴァッジョ展には行った。あの時は、ずいぶん混雑していた記憶が合った。それ以外にあまり記憶が鮮明ではない。私自身についても、美術展まわりをするようになって、はじめのころで、自分なりに絵を見るパターンができていなかった(今も大して変わらないけれど)ことでもある。今、15年経って、自分の記憶を確かめたいし、同じ画家の作品を見る時間を隔てて、その頃の自分はどうだったか、今と変わったのかを見ることもできるかもしれないとも考えていて、この美術展は見たいと思っていた。
 まずは、主催者のあいさつから行きましょう。ここに、主催者のカラヴァッジョに対する視点が表われていると思います。“ミラノの生まれたミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571~1610)は、西洋美術史における最大の変革者のひとりとして、バロック美術の創始者にも数えられる偉大な画家です。目の前のモデルを忠実に写すリアリズム、素描を行なわずカンヴァスに直接描く手法、モチーフを極限まで影に沈める劇的な明暗法(テネプリズム)、そして観る者に直接訴えかけるヴィヴィッドな主題解釈といって点において、彼の作品はルネサンス以降の様々な美術の規範を打ち破り、新時代の到来を告げました。それゆえ、彼の画法は多くの熱狂的な継承者(カラヴァッジョスキ)を生み、ルーベンスやラ・トゥール、レンブラントなどの17世紀の数多くの画家たち影響を与え、バロックという新時代の美術を開化させる原動力となったのです。本展では、11点のカラヴァッジョ作品と、彼の影響を受けた継承者たち(カラヴァッジョスキ)による作品をあわせ、計51点を展示します。これはカラヴァッジョの現存する真筆が教会の祭壇画など移動不可能な作品を含めて60点あまりと言われるなか、日本では過去最大、世界でも有数の規模となります。今回は「風俗画」、「静物」、「肖像」、「光」といった、カラヴァッジョ芸術を理解するための重要なテーマごとに章立てを構成し、彼の芸術の革新性と、継承者たちによる解釈と変容の過程を検証します。あわせて、彼の波乱万丈な生涯を記録した同時代の古文書資料を出品し、カラヴァッジョを芸術と人生の両面から掘り下げてご紹介いたします。”
 というように、カラヴァッジョを絵画史の中での変革者、バロック芸術の創始者として説明されているようです。しかし、と言って知ったかぶりをするつもりはありませんが、カラヴァッジョという画家は1920年代にイタリアの美術史家ロベルド・ロンギによって再発見されるまで、歴史に埋もれていた画家であったということです。だから、ここでカラヴァッジョを変革者としていても、再発見されるまでは、とくにカラヴァッジョによる変革ということは意識されていなくても、バロック絵画というのはあったし、美術史もちゃんと筋が通っていたということです。たしかに、カラヴァッジョスキという継承者が生まれ、後からみれば錚々たる大家にもカラヴァッジョの影響が見られるのでしょうが、それはバロック美術全体を左右させるものだったか(そうであれば歴史に埋もれるはずはなかったでしょう)、そして大家への影響は彼らの特徴の中に包摂されてしまった(カラヴァッジョの影響云々を考えなくても、各画家の特徴ということで話は済んでしまっていた)ということだったと思います。ここで、本題に入る前に少々脱線しますので、興味のない方は、読み飛ばして、次ページの具体的な展示の感想に移っていただきたいと思います。ちょっと長くなると思います。
 ロンギがカラヴァッジョを再発見し、世に紹介しようとした1910~1920年代というのは、ヨーロッパの歴史をみれば、大変動、変革の時代と言うことができます。第一次世界大戦によってヨーロッパの伝統的な秩序や文化は根底からの変化を余儀なくされます。ドイツとオーストリア、そしてロシアという帝国は消滅し、ロシア革命により社会主義体制が成立します。また資本主義経済などによって従来の社会やコミュニティが変質し、個人がバラバラになり大衆社会がうまれます。このような動きの中で芸術や文化も、大きな変化を遂げて行きます。ロンギの周辺である、当時のイタリアの芸術文化では未来主義の運動が起こり「革命」を標榜します。その中で、ロンギはカラヴァッジョの中に芸術の革命を見出し、それを自身が世に認められる野心を実現させるためにも、大きくアッピールしていったと居えると思います。では、ロンギはカラヴァッジョにどのような「革命」を見出したのでしょうか。それは、彼の言葉で言えば、ルミリズム、地上のリアリズム、完璧なリアリティにおける視角の具現化の三点です。それは、まさに主催者あいさつの中で述べられていることに他なりません。
 あいさつの説明は簡潔すぎるので、もうちょっと説明すれば、カラヴァッジョは、ルネサンス以来、画家たちが重視してきた素描に基づかず、直接、カンヴァスに向かったといいます。このため、人物の相貌や身体各部の比例関係を探求し理想化するフィレンツェのルネサンスの画家たちを中心とした古典主義美学に対して、時に無骨さ、野卑さ、醜さまでも剥き出しにした生々しいリアリズムを打ち出すことになりました。すぐれた着想によって高貴な主題を物語ることが絵画の使命であると考えるのがネルサンスの絵画の考え方ですが、そのような立場から見れば、カラヴァッジョの絵画のリアリズムは、絵画を破壊するものと見えても無理はないでしょう。また、ティツアーノらのようなヴェネツィア派のような多彩な色彩を駆使した装飾的な豪華絢爛さにも背を向けて、光と闇の強烈なコントラストの中で、民衆的ともいえる直接的で平明な語りを画面で演出して見せました。制作の手続でいえば、従来のきまりごとから逸脱する宗教画の革新、歴史画を頂点とする主題のヒエラルキーを転倒させる静物画や風俗画の積極的な再解釈、といった一連の特徴は、歴史的資料のあまり残されていないこともあって、この画家が、従来からの伝統を断ち切って、あたかも突然変異のように新たな芸術を単独で生み出し、世に衝撃を与えたというように、ロベルト・ロンギは世に強烈な印象を与えるようにカラヴァッジョを紹介し、それが、この美術展にも影響を与えているというわけです。また、さらに言えば、カラヴァッジョという人物の波乱万丈の生涯の伝記的なエピソードもそのイメージをさらに煽ることになっています。
 カラヴァッジョについて、あいさつで述べられていることを否定するつもりはありませんが、そのベースには時代によるバイアスが色濃く反映されているのは疑いようのないことで、それが学問とか、そっちの方では定説となっているかもしれませんが、それはかなり度の強い色眼鏡ではないかと思えるところもあります。だから、そこから自由になるとか、新たな視点を提案するとか、そんなつもりは全くありません。ただ、或る時期まで歴史に埋もれ、ということは殆ど無視されてきて、或るきっかけから革命児として脚光を浴びるという毀誉褒貶に巻き込まれてしまっているようで、そんなところから距離を置かせてあげてもいいのではないかと、せめて私だけでも(というのは傲慢な言い方かもしれませんが)、そういうところから離れたところで対することはできないかと思いました。それが、ちゃんとできているかは、この先の感想を読んでいただければ、一目瞭然でしょう。
 ということで、作品を、次のような展示の章立てに沿って見ていきたいと思います。

Ⅰ.風俗画:占い、酒場、音楽
 Ⅱ.風俗画:五感
 Ⅲ.静物
 Ⅳ.肖像
 Ⅴ.光
 Ⅵ.斬首
 Ⅶ.聖母と聖人のための新たな図像

2016年6月17日 (金)

侘び茶はギミック?

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
 夕暮れはいづれの雲のなごりとてはなたちばなに風の吹くらむ 

藤原定家の歌には、ある種の空しさとか侘しさのようなところが感じられると思うのだけれど、技巧的とか虚構とか評されています。
 さて、あまり関連性がなく突拍子もないかもしれませんが、茶道の、いわゆる“侘び茶”は、わびさびとか禅と関連した精神性とか言われます。しかし、実際にやっていることを外形的に眺めれば、その手法は極めて技巧的で虚構を積み重ねるものです。どうして、両者の評が極端なほど異なるのだろうか、わたしには、とても不思議に思えます。例えば、わざわざ侘しい茶室という空間を手間をかけてつくるのを、わざとらしいと思いませんか。侘び茶の始祖である千利休は豊臣秀吉の黄金の茶室を嫌ったということですが、わざと簡素な茶室をつくるのと、わざとらしいという点で同類に見えます。それは見方によれば、ユイスマンスなどといった人々の19世紀ヨーロッパの象徴主義やベックフォードのゴシック主義の廃墟嗜好つまり頽廃趣味に通じるとこがあると言っても否定できないでしょうし、実用に不向きの畸形的な形態の茶碗を千利休が奇を衒うように珍重して値付けをするようなのは、20世紀にデュシャンが便器に泉というタイトルをつけて美術品として展覧会に出品して系術の価値が人工的に虚構されたものだということを暴露したのと同じことではないか、と思えるのです。つまり、虚構という、わざわざ価値の体系を人為的に作り出すという人工的な世界ということなのです。それは、千利休の一輪の朝顔の逸話つまり、“利休がその庭に咲き誇った朝顔が見事なので、秀吉を「朝顔を眺めながらの茶会」に誘い、秀吉は「利休が誘うほどだから、さぞかし見事な朝顔であろう」と期待する。しかし、秀吉が利休の屋敷を訪れると、朝顔は全てその花を切られ、一輪だけ、茶室に朝顔が飾られてい。一輪であるがゆえに、侘びの茶室を見事に飾る。” という話にもいえると思います。これは、ギミックではないでしょうか。わざとらしいとしか思えないのです。それを趣向というのでしょうか。実際に、茶会に出れば、亭主の趣向を察知し、誉めなければならない。ひねったような趣向を客は、むずかしいけど分かりましたってかなり嫌らしい、鼻につくようなスノビズムではないかと思いませんか。それが、どうして精神的とか、わびしさとか言われるのか。俗物の成金趣味、知ったかぶりとどこが違うのでしょうか。
 また、「見立て」という千利休が茶碗や茶器などの道具類にたいして、自分の感覚を基準にした新しい価値基準を強引に押しつけてしまう(中傷かもしれません)のは、欠けた茶碗を珍重するとかいった奇矯なとこは悪趣味と言えなくもないのです。それと、禅とか精神性ということが言われるのは、どういう説明されているのか。天心の「茶の本」くらいしか読んでいないので、理論的なことは不案内で、もし侘び茶に造詣が深い方がいらっしゃれば、教えていただきたいと思っています。

2016年6月16日 (木)

うまい考

供された料理に一口、口をつけて、わけしり顔に「う~ん」と頷いて「うまい!」とのたまう人を見ました。グルメリポーターといった人々が、よくそのような仕草をしているようですが、それは、一種の演技で、歌舞伎の見得のようなポーズであると思っていました。あるラーメン屋さんで、隣の席の人が、そんなポーズをしていたのですが、私の目には行儀悪く映りました。昔の躾けを受けたというわけではありまませんが、食事は食べることに専心する、ということが、基本的な姿勢と思っています。それは、食べるということは生きるために不可欠の行為であり、生物である人は食物連鎖の中にあり他の生物の生命を摂取せざるを得ない。そこに食べるということは、自分が生きるために犠牲となった生命への感謝をする。また、食事として供されるためには多くの人の手を介してのことで、その人々の苦労に感謝をする。そこで、食べる前に「いただきます」、食べた後で「ごちそうさま」と、毎回、感謝をあらたにする。だから食べ物を粗末に扱ってはならないし、出されたものは残さずに食べる。ちょっとタテマエすぎるかもしれません。そこで、単に、一口、口に入れただけで、まるで上から目線で評価するかのように、「う~ん」とか「うまい」とか批評めいたことをいうところに、感謝の心得があるようには、私には見えないのです。食事をして、「おいしい」と思うのは、自然なことで、私も、「おいしかった」と言うことは、よくあります。しかし、例えば、ラーメンであれば、最初の一口で「うまい」といっても、ラーメンを作っている人は、時間が経てば、冷めたり、麺がのびたり、というようなこともあって、そうであっても、最後までおいしく食べてもらうために様々な工夫や試行錯誤を繰り返し、そういう苦労をしているわけですから、それを汲み取って応えるというのか、食べることに専心して食べ終わったところで、そのすべてに対して感謝をこめて「おいしかった」という感想がはじめてでてくるのではないか、そこで出てくる言葉が「ごちそうさまでした」です。「ごちそうさま」の「馳走(ちそう)」とは、もともと、「走りまわる」「馬を駆って走らせる」「奔走(ほんそう)する」ことの意味です。ここから、(世話をするためにかけまわるので)世話をすること、面倒をみることといった意味が生まれ、さらに、用意するためにかけまわることから、心をこめた(食事の)もてなしや、そのためのおいしい食物といった意味が、生まれたといいます。ごちそうとは豪華な料理ではなく、もてなしのこころざしや苦労のことを指すわけです。さきに述べたラーメン屋さんでも、食べ終わって、席を立つときに、自然と「ごちそうさま」という言葉が出てきました。ちょっとキレイごとすぎるでしょうか。

2016年6月15日 (水)

質問とお願いの混同

先日、年若い営業担当者が訪ねてきて、売り込みを受けたときのことです。最初に彼は「名刺を頂戴してもよろしいですか?」ときいてきたので、「いいですよ」と答えてあげました。そして、話をきこうとしたら、彼は再び「名刺を頂戴してもよろしいですか?」ときいてきました。それでまた、同じように「いいですよ」とこたえてあげました。その後、彼は怒ったように「名刺、いただけないんですか?」と言ってきました。当初は、彼は何を言っているのか、私には分かりませんでした。多分、これを読まれている方は、何か変と思ったのではないでしょうか。「名刺を頂戴してもよろしいですか?」を何度もきいてくるとか、それを、わざわざ、こんな風にいちいち書いているのも変に思うでしょう。これを書いている私も、変だと思います。しかし、その時、彼は怒っているらしかったのです。そして、どうやら、彼は私の名刺が欲しかったらしいことが、ようやく分かりました。(私は鈍いのか。耄碌が始まっているのかもしれません)「名刺が欲しいのですか?」と私の方から彼にきくと、彼は、そうだと言いました。そこで、「名刺を下さい」と私にお願いしたか、と彼にきくと、彼は「名刺を頂戴してもよろしいですか?」と言ったじゃないですか、と詰問するように答えてくれました。それでようやく、鈍い私にも事態を理解できました。
 それで、一応の説明を、次のようにしてみました。「名刺を頂戴してもよろしいですか?」というのは、単なる質問でしかありません。私は単にその質問に回答しただけのことです。質問は名刺を渡す用意があるかどうかをきいているだけです。それを確認したうえで、名刺が欲しいのであれば、「名刺を下さい」と頭を下げて頼まなければなりません。そういう意思表示をしなければ、とくにビジネスの現場では何も動かないはずです。と。そして、そもそも、質問と頼むこととは違います。その大きな違いは責任の主体がどちらにあるかということなのです。頼むとか、お願いをするということは、自分の責任のもとに相手にお願いすることです。リスクは自分で引き受ける覚悟があるから頼むので、頼まれた方は、そのように主体的に責任をもってくれるから、頼みごとに応じるのです。これに対して、質問は、答えるかどうかは答える方の責任となる。質問する方は、質問に対してリスクを負いません。そこで、質問と頼むという両者を混ぜっ返して、本来ならば負うべき責任から逃れて、相手の責任のもとで成果物だけを得ようとすることに対して、真実、応じることができますか。まして、そのような相手を信頼することができますか。と彼に聞いてみました。結局、彼は、面倒なオッサンに遭ってしまったとでもいう顔をして、そそくさと立ち去ってしまいました。
 私は、理不尽だったのでしょうか。たしかに意地悪だったのはあります。

2016年6月14日 (火)

ボクサー、モハメド・アリの偉大さを誰も語ろうとしない?

偉大なボクサー、モハメド・アリが亡くなり、葬儀には、元大統領をはじめ沢山の人々が参列したことなど、太平洋を隔てた遠き日本でも大々的に報じられました。故人の特集番組や追悼の記事などもたくさん発表されました。そこで、主として紹介されていたのは、黒人という出自あって、人種差別や反戦の活動をしたことや、マイノリティの人々への支援を続けたこと、病気との闘いを続けたとことなどだったと思います。しかし、もともと彼はボクシングでオリンピックのメダルを獲得し、プロとなってチャンピオンとなった人です。彼の、その後の様々な活動は、その時に得た名声や金銭があったからこそと言えると思います。彼がヘビー級のボクシングを大きく変えたとも言われているということは、それらの番組や記事で触れられていましたが、具体的にどのようなことなのか、きちんと説明することは、ほとんどなされませんでした。そのためには、アリという偉大なボクサーが、どのようであったのか、つまり、彼がどのようなボクシングをして、どのように強かったのかということを、例えば、“蝶のように舞い、蜂のように刺す”と形容されるスタイルは実際に、どのようなものなのか、そのようなことが言われるほど画期的だった理由といったことを、そして、かれと対戦したジョージ・フォアマンらのボクサーたちがどれほど強かったのか、そのような人々を倒した彼のボクサーとしていかに強かったのかを見ていない人にも分かるように説明することはありませんでした。テレビのボクシングの実況中継で解説をする専門家はたくさんいるでしょうし、雑誌や新聞で記事を書くジャーナリストはたくさんいるはずなのに、偉大なチャンプであったモハメド・アリのボクシングを語る人が誰もいないのでしょうか。もしかしたら、モハメド・アリというボクサーをちゃんと評価している人は、この国には誰もいないのでしょうか。モハメド・アリというボクサーをちゃんと評価するということは、ボクシングというスポーツの本質的なものを明らかにすることでもあると思います。それをしている人がいない、できる人がいないということであれば、本当に、ボクシングというスポーツそのものを好きな人がいないのではないか、と疑いたくなってしまうと同時に、淋しい思いにとらわれています。
 私の誤解であればいいのですが…そうであってほしいと思います。

2016年6月13日 (月)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(7)~Ⅶ ペルシャの扁壺

Ⅵ 多様なハッチングのコーナーはエッチング(版画)が数点の小さなコーナーなので、すっ飛ばします。アンティークなペルシャの扁壺、つまり、方形の壺は、モランディの静物画によく登場するといいます。実物はペルシャ語の黒い銘文が書き込まれていたということですが、モランディは規則的で簡潔な四角形の幾何学的形態に単純化して描いていると説明されていました。
Morandi1941_2  1941年制作の「静物」です。その扁壺は画面前方左端の黄色く着色された下が長方形で上に首のついた壺です。ちょうど右側に並んでいる四角形の箱などと扁壺の下部の方形の部分が揃っていて、それらで矩形を構成しています。扁壺の首と隣の瓶の首の部分は、建築に喩えるとビルと、そこから屹立している煙突のようです。横に広がる矩形と縦に延びる首が水平と垂直の対照になっていて、画面構成では均衡した秩序を作り出しています。そこに、全体がくすんだ鈍い色調のなかで、扁壺の黄色がアクセントを与えています。
 1956年制作の「静物」です。こちらは、8個の物体が矩形に並べられていて、それを真正面からみて、四角形で構成されたような画面になっています。まるでデザインのようです。
 このように見てきて、私の個人的、主観的な感想として、モランディの制作する画面は一貫した方向性で、年齢を重ねるに従って、余計な要素を削ぎ落とすようにして洗練していき、その方向性を純化させていったように見えます。そして、私には、その方向性というのが、マイナスの志向があるように見えるのです。減点を重ねていって行き着いたという感じで、そこに加点の要素が見えてこないのです。この感想を述べる最初のところで、この展覧会について“それを並べられた作品を続けてみていくと、その画家のあれこれの試みを追体験していくことができるわけです。「こんなもの入れちゃうの?」とか「あっちからも見ている」とか呟いていく、今までない絵を見る遊びをすることができた”と書きましたが、モランディ本人は、それを果たして楽しんだのか、それが分からないのです。私が、ここで、展示されている作品を見ている限り、その痕跡を見つけることはできませんでした。展覧会の展示作品の鑑賞を進めていくうちに、最初はそうでもなかったのですが、だんだん進んでいくにつれて、モランディの作品の余裕のなさというのか、あそびの要素が見えないのが気になりだして、ちょっとした息が詰まるような感覚に囚われるような気がしました。逆に、そうであるからこそ、瞑想的とか哲学的とか、真面目に捉えられて、一部の芸術家とか文化人といった意識が高いと自認している人々に高い評価を受けたのではないか、と思ったりしました。モランディ本人は真面目で真摯なのでしょうけれど、そういうゲームとかあそびの要素があってもよさそうなはずなのに、そこに感じられるのは、真面目とか瞑想的とか、目で見えるもの以上のものを描いたとか、そういうことなのです。
Morandi1956  だから、というわけではないのですが、モランディが“ある”ものではなく“あるかもしれない”という可能性を描く対象としたというのについて、その理由とか目的を考えてみると、前向きに見えてこずに、むしろ、“ある”ものを描くことを放棄したがゆえに、そうでないものとして“あるかもしれない”に行き着いた、という気がしてくるのです。最初のところで、スルバランの作品と比べて、スルバランのボデコンの強さにはファナティックになってしまう危険があるが、モランディにはそれがないという印象も述べましたが、スルバランはポジティブだからこそ、暴走する危険も兼ね備えてしまっているといえるわけで、モランディには、そういうところがないのです。それが、独特の静謐さとか落ち着きの印象を見る者に与えるのでしょう。そこには、諦念のようなものがあったからこそ、なのではないか。私の主観的な思いから、あえていうと、諦念よりもっと進んで、絶望が秘められているのでないか。それが、モランディの作品全体の色調として暗いのは、底流に絶望があるのではないかと、思ったりしました。それは、彼の生きた時代とか、彼の個人の人生とか、伝記的なエピソードには興味がないので、詮索するつもりは全くなくて、そのような外的な事実が在ったとしても、なかったとしても、彼が切望していたとか、そのこと自体と何の関係もありません。それは、展示されている作品の表層から、そのようなことを私が感じたということ、それだけです。
 私にも、そういうところがあるので自戒しているのですが、モランディの作品については、作品に描かれているもの、そのものを見るということではなくて、それ以外のものを持ち込んで、画面そのものを蔑ろにしてしまうようなスノビズムにとって扱いやすいところがあるように見えます。モランディの作品に対する評価が必ずしも、それが大きいとは言えませんが、そこに見る楽しみとは違うところで持て囃されているような感じがしました。それは、絵画を見て、このように感想を綴って、その綴ったものを他人の目に触れさせている私自身にとっても、自戒を強く促される気がしました。
 このあと、風景画や花を描いた静物画の展示がありましたが、概してオマケのようなものだったので、とくに感想を述べることもないと思います。

2016年6月12日 (日)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(6)~Ⅴ 矩形の構成

Morandi1952s 4点しか作品展示のない小さなコーナーです。息抜きなのでしょうか。静物が画面中で矩形つまり長方形の枠の中に収まるように構成されて配置されているということでしょうか。それは、ここであえて特徴的にピックアップするような特徴的なことではなく、モランディの静物画に共通していることではないかと思います。
 1952年制作の「静物」では矩形の構成といいながら、テーブルに置かれた物に矩形のものはなく、円筒形の壺、長い首をもつ丸い瓶、茶碗といった丸い物ばかりです。その3つの白い丸い物体の間の空間をつないで隙間をふさぐ結び目のような役割を黄色い布が果たしているといいます。つまり、丸い3つ物体と黄色い布を一緒にすると外枠を矩形に線で描けるというわけです。
 1951年制作の「静物」では、ちょうど器や箱などの物体が大きさや高さを無理やりに揃えられて長方形を形成するように構成されているといいます。
 これらは、説明の中で“画家が下した画面構成上の決断とは、ある種の仮想の長方形の枠内に、描く対象を完全におさめるという構成を作り上げるものであった”と述べられていたので、モランディは意図的にやっていることだろうと思います。では、どのような意図を持ってやったのか。その理由や目的は何なのでしょうか。
 Morandi1951 そのことは、展覧会では何の説明もありませんでしたから、見る人が勝手に想像してくださいということなのでしょうか。まあ、ある種の秩序感のようなものが働いたのか、ということくらいでしょうか。モランディに比べると、シャルダンなどのほうが配置構成は大胆に見えると思います。もうちょっと、勝手な想像をふくらませていくと、モランディの作品は年齢を重ねていくにつれて、描かれている物体の質感とか重量感といったものの描写が減っていって、存在感が稀薄になっていきます。残るのは形態や色彩といった表面的な見た目です。つまり、描く物体の存在感がなくなっていって、そのもの外形が抽象化されて残ると、言ってみれば抽象化されて記号のようなものになって、言ってみれば抽象概念のようなものです。そうなると、机上の空論といいますか、その概念の論理がひとりあるきし始めることになります。その代表的なものが論理的整合性という一種の秩序です。そのひとつのあらわれが矩形の構成ではないか、考えることもできると思います。それは、前のところで、モランディは“在る”ものを描くのではなくて、“在るかもしれない”ものを描くようになっていったということを述べましたが、在る可能性を描くということは、現に在るという存在感はないわけです。それゆえに存在感を描くことを徐々にやめていって、その替わりに人為的な秩序が画面に入ってきたとは考えられないでしょうか。

2016年6月11日 (土)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(5)~Ⅳ 逆さのじょうご

Morandi1948mirano ここで展示されている作品には、“ずんぐりして頑丈そうな外見をしたやや変わった器(解説より)”が繰り返し登場します。これは、金属製の円筒の上にじょうごを逆さまにしたものを溶接して作った容器だそうです。モランディが自身で作ったらしい。他にも奇妙な形で目を引くと説明されているのが銅製のソースパンです。1948年の「静物」で、ミラノ市立美術館所蔵の作品では、逆さじょうごの背後で壁に立てかけるようにして円形のなべ底と柄が描かれているので、それと分かります。これに対して1955年制作の「静物」では、ほとんどそのソースパンの機能を隠そうとするかのように裏返しに置いて、パンの底の白い部分が“ある種の光るクレーター”のように際立たせられている、と説明されています。このように、このコーナーでは同じ素材を用いた変奏の典型例で、変化しているのは、器の配置、そこに落ちる光の質、離れたり近づいたりするそれらの距離、そしてテーブル上に器が投じる影や色彩の戯れであると解説されています。 
Morandi1955_2  とはいっても、ここまでモランディの静物画は個々の作品がひとつの独立した完結世界として鑑賞するのではなくて、この展覧会のように作品群として作品に囲まれた世界を全体として体験することに意味がある、というようなことを書いてきて、ひとつひとつの作品の差異を、展覧会での説明からの引用とはいえ、ここで述べていることに矛盾を覚える向きもあると思います。モランディの静物画は、例えば現実の物が“在る”というのを作品に表わすというものではなくて、“在るかもしれない”という現実も含めた可能性を様々に追求して、その全体を世界として作品群という形にして作り出そうとした、という私の捉え方を前回までに述べました。そうであるとすれば、“在るかもしれない”可能性は、モランディが描いたものの他にもあるはずです。つまりモランディが描いた作品の背後には、描かれていない可能性が無数にあり得るわけです。これは、モランディの作品の楽しみ方として逸脱なのかもしれませんが、彼の作品を眺めていて、様々な作品の差異と戯れているだけでなく、それを便として彼が描かなかった作品を想像してみるということもできるのではないか、ということを考えたわけです。そう考えると、実はモランディの静物画の世界というのは、そういう描かれていない、いわば闇の部分を包含した豊穣ともいえる世界もっていると言うことができるわけです。それだけでなく、このようなモランディが描かなかった可能性を想像することは、その背後にある全体としての世界そのものを見出していく、更にいえば、それをつくり上げていくことに加担していくこともできるのです。結果的に、モランディの世界は、そうであるなら、モランディ自身がすでに亡くなって、新たな作品を制作することがなくても、成長し続け、豊かになっている可能性を秘めていると考えられるのではないかと思うのです。つまり、唯一絶対の現実とか“在る”ということに疑いを抱いてしまい、信じることができなくなってしまったという背後には、神に象徴されるような絶対的なものを失ってしまったというニヒリズムがあると思います。そこで、モランディは背後の神のような絶対に目を向けることなく、目前の手に触れることのできる静物をひたすら描いた。そのような目先の静物を描いていくうちに、静物画の小さな画面は自分で創ることが出来ることに気づいていく。そこでは、自分が神になり得るわけです。次第に、画家はその行為に没頭し始めることになる。現実の世界とは違って、自分が思うようにつくり上げることができるわけです。所詮それは小さな画面という限定された範囲でのことだけれど、気がつくと、いや、本人もそんなことは考えていないかもしれません(そっちの可能性の方が大きい)そこに、未開の豊かな世界が広がっていた。そんなストーリーを、私は妄想します。しかし、そのような世界が広がっていくためには、細部が、つまりは、個々の作品が、世界を広げていくようなリアリティ(この場合現実性と言うことではありません、リアルを実感できるという程度の意味です)や可能性を持つようなものでなくてはなりません。それは、別の分野であれば、日本の芸能の世界で歌舞伎や浄瑠璃において『曾我兄弟』とか『小栗判官』などいった誰もが知っている物語を「世界」と呼んで、その「世界」の中で一つ一つ戯曲が生まれ、これを「趣向」というのですが、通常は「世界」の約束事に従って「趣向」が生み出されるのですが、時に「趣向」が暴走して「世界」の枠を飛び出してしまう、例えば、源平の合戦で平家の大将が死ななかったなどと「世界」とは逆の戯曲ができしまうと、逆に「世界」を変えてしまって、そのあとでは「世界」は平家の大将が死ななかったということになり、その枠の中で新たな「趣向」が作られていく。それが歌舞伎や浄瑠璃の豊かな広がりを作り出していったのです。
Morandi1948boro   同じように、モランディの個々の作品は作品群を作り出す可能性、つまり、作品群という世界の意味を書き換えてしまう可能性があるということになります。そういう意味で、個々の作品を見ていこうとしているわけです。
 1948年制作のボローニャのモランディ美術館所蔵の「静物」は逆さじょうご以外の物の配置が(特に画面の左半分)、前のコーナーでみた1952年の「静物」とよく似ています。しかし、こちらのように右側に逆さじょうごを置いたことによって、画面右側の余白の空間が大きくなり、風通しがよくなったような、ちょっとした解放感が生まれます。
 また、同じ物がほとんど同じように配置されている1948年制作のトリノ市立近現代美術館所蔵の「静物」を見てみましょう。左側の脚のある円筒の器と背後の赤い壺と水差しの配置がちょっと違うので、さらに風通しがよくなった印象があります。また、その三つの物の画面上の高さが揃っていないことによって、壺と水差しが、もっと奥のほうに位置しているような印象から、奥行きを感じさせます。それがまた、物相互の位置の空隙が広く取られている印象を受けます。そして、全体として近景に描かれて画面上の余白が相対的に狭くなっていることは、ボローニャ所蔵の作品が、ちょっと離れ気味で背景の物がない部分が相対的に広く取られているのが圧迫感を生んで、物が真ん中に押し詰められた印象がちょっとあります。しかし、それは、その分落ち着かなさとともに動きの感じを生んでいるともいえます。逆にトリノ所蔵の方はねスタティックで落ち着いた印象です。これは、あくまでも両者を比べて相対的に、ということで、他の作品と比べると印象は違ってくると思います。その辺りが、作品群として見るということの影響と言えます。

Morandi1948torino

2016年6月 9日 (木)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(4)~Ⅲ ひしめく器─都市のように

Morandicity モランディは様々な物体を密集させる配置を試みることが多く、隙間なく連なり光に照らされた器の集合体は、塔やドームが成す都市の姿を想起させるということです。ネットを検索していたら面白い画像があったので、ちょっとお借りしてきましたが、モランディの静物画と都市の風景を並べて比べたものです。たしかに、よく似ています。モランディは異なった大きさや形態の物体を密集させて、光と影の様々なパターンを創り出したといいます。このことによって、これらの物体が置かれている空間の奥行きや、それを照らす光をはかることができるからだそうです。同じテーブルの上の缶や瓶、水差しの配置を色々と試すことで、モランディは物体の大きさや形態だけでなく、それぞれの色彩や影の強弱、はてまたテーブルや背後の色との調和を実験するように、様々なパターンを試みています。それは、音楽家が少ない要素からでも永遠に異なる曲をつくるために音符をつかうように、モランディは、ここに展示されている作品では二つの金属製の水差しを、小さな瓶や箱と組み合わせて、音楽家の音符のように扱っている、と説明されていました。
Morandi1952  1952年制作の「静物」を見てみましょう。並べられた水差しや壺などが同じ高さに揃えられているようで、モランディの地元であるボローニャの古い町並みのようです。そこに左手前から光が当たり、影が一方向に延びています。この作品で面白いのは、真ん中奥の赤みを帯びた壺と、その右手の白い水差しです。この二つは重なっているようなのですが、赤い壺が前側にあるようなのに、その影が水差しに映っていません。また、この二つの間に空間がないように描かれていて、まるで水差しに壺が侵食しているようです。しかも、壺の下が描かれていなくて、まるで宙に浮いているように見えます。ということは、モランディは、アトリエでテーブルの上に水差しや壺や瓶を実際に置いて様々に配置を並び替えたりしても、それをそのまま写実的に描いたわけではないということではないでしょうか。そこに、ワン・クッションあるということです。また、この作品を見る限りでは、陶器や金属製の水差し、紙の箱といった物体の質感や感触の違いには、殆ど配慮がされていないように見えます。大きさや形態、光の当たり具合、色彩、互いの位置関係は描かれていますが、それ以外の要素は無視されるか、敢えて考えないということだったのか。それは、在る意味では、都市の町並みを描く時に必要不可欠な要素と言えるかもしれません。そのように見ていくと、モランディは静物画というジャンルの絵画を制作していながら、静物を描いていたのではなかったと考えることもできそうです。
Morandi1949  続いて1949年制作の「静物」を見ていきましょう。この時点では、1952年の作品に比べて、左後方の3つの物体の高さを几帳面に揃えられていません。また、描いている筆の跡が多く残っていて、たった3年の違いですが、1952年の作品がかなり洗練されていたことが分かります。その代わり、こちらには、粗さはあるものの、それぞれの物体の重量感のようなものが感じられるような気がします。つまり、モランディは洗練させることで、静物画の個々の静物の存在感を薄めていったと考えられるのではないかと思います。
 さらに遡って1940年制作の「静物」です。このように遡るにつれる粗さが目立ってくるのが分かります。モランディは技術を成熟させると共に筆触を画面からなくしていき、画家の手が入っている痕跡を消し去っていき、また、他方で静物の存在感とかリアリティを希薄化させていった、とこの3作品を見比べていて感じたことです。しかし、この作品で面白いのは、個々の物体の形態を、この作品が一番図式的に描いているように見えるということです。それは、未来派とかキュビスムの影響ではないかと思うのですが、何ものかの理念により捉えているという感じが強く、そのあとの作品からは、そのような枠が外されていったという感じがします。
 さて、この展示コーナーは、モランディの静物画の器の配置を都市の建築物が密集する様子に見立てて、比喩的に見ていこうという意図のものと思います。そこを、敢えて利用されてもらうと、モランディが器を並べて試す空間と、都市空間との大きな違いを考えてみましょう。サイズとかいうこともありますが、その在り方についてです。単純なことですが、都市の空間は、モランディのテーブルの上のように簡単に並び替えることはできないということです。都市は実際に“在る”のです。しかし、モランディがテーブルの上で物体を様々に並び替えるのは“在るかもしれない”ということになります。それは、“在る”ということは、ここにあるだけで、それが決定的で、唯一です。他にはないです。これに対して“在るかもしれない”は、実際にあってもなくてもいい、こうなるかもしれないという可能性のことです。可能性は、唯一つではなく、無限にあります。したがって、モランディが描いているのは、唯一無二の“在る”という存在物ではなくて、“在るかもしれない”という可能性ということになりそうです。そのためには、実は静物画という小さく限定された範囲は都合がいいのではないでしょうか。
Morandiboro  ちょっと脱線しますが、エドモンド・ハミルトンというアメリカのSF作家がいます。キャプテン・フューチャー・シリーズといったスター・ウォーズの元祖みたいな宇宙活劇を多数書いた小説家です。そのハミルトンの作品に「フェッセンデンの宇宙」という一風変わった作品があります。マッド・サイエンティストものの一種で、フェッセンデンという科学者は実験室内に人工の小宇宙を創造してしまうという話です。その小宇宙の中で惑星が生まれ、その惑星に生命を誕生させます。フェッセンデンはそれを実験材料とみて、天災地変を起こし、生命体の大量虐殺を繰り返します。最終的には宇宙を滅ぼしてしまう。それを何度も繰り返すのです。それは、創造主となり、創造したものを意のままにすることにも通じます。小さな実験室で、毎日のように繰り返されるのです。それを見た友人の天文学者は…というストーリーです。
 何で、このような脱線をしたのかというと、私はモランディのやっていることが、この話のマッド・サイエンティスト、フッセンデンに似ているように思えるのです。前のコーナーでモランディは作品ではなく作品群を制作したということを述べましたが、唯一無二の“在る”を作品に完結させるのではなくて、無限の“在るかもしれない”を作品としていこうとした、と言えるのではないかと思います。そこには、前回も申しましたように客観的な基準による唯一絶対の現実とか存在といったものが、もはや信じられなくなっている。そのかわりに、唯一絶対の“在る”が信じられないとすれば、その“在る”と、それ以外が同列の横並びになっている。それが“在るかもしれない”という可能性です。だからこそ、セザンヌを師と仰ぎながら、セザンヌが存在の唯一絶対性を信じることができたからこそ、存在感を画面に定着させることを追求して現代絵画への道を開いたことを、根本のところで、モランディは共感することができなかったのではないかと思うのです。その代わりに、モランディは、その可能性を様々に追求して、テーブルという小さな世界の上で水差しや瓶や物体を様々に並び替えて、“これもあり”“あれもあり”というように可能性のヴァリエーションの試みを重ねていきました。その結果が、この会場に並べられている作品群ということが言えるのではないでしょうか。
Morandi1940  それも、モランディという人は大学で版画の先生(ボローニャ美術アカデミー銅版画科教授)を務めていたそうで、絵を描きそれを売って日々の糧にするつもりは毛頭なかったそうです。だから、作品を売るために、どうこうということを考えずに、あくまでも自分の描きたいものを、描きたいように描くことが可能だった。だから、作品は売るために手放すことを、そもそも考えなかったといえるかもしれません。それは、ギュスターヴ・モローが自分の幻想的な世界を作品で実現し、自分のアトリエに飾り、他人をアトリエに容易に踏み込ませず、そのアトリエの中で制作した作品に囲まれて、その世界に沈潜したことを想わせます。モランディは、幻想の世界に浸るような人ではなかったかもしれませんが、小説のフェッセンデンが自ら創造した宇宙に病み付きになったように、モランディのアトリエは可能性を試み、それを定着させた作品群によって創られた世界となっていたのではないか思えるのです。モランディという人は旅行などの外出を好まず、アトリエに籠もるようにしていたという、傍らから見れば引き籠りのような生活をしていたのは、自らの想像した世界にいたということがいえるのではないでしょうか。

2016年6月 8日 (水)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(3)~Ⅱ 溝に差す影

ここから、モランディの静物画をヴァリエーションごとに分類して展示していきます。 
Morandi1936_2  ここでは、同じ題材、表面に溝のある白い壺が繰り返し登場します。この壺の横には、様々な大きさの箱や、溝の入ったボールなどの異なる器が並べられています。モランディが表面に溝のある壺を中心モチーフとしたのかは、展示されている作品の影の向きが一定であることから、表面の溝に光と影のコントラストがあって、そのことによって具体性や実在性を与えることができる、と解説されていました。
 次の2点の画像は、1936年制作の「静物」と1946年制作の「静物」です。この2点を並べて見比べると、まるで間違い探しのクイズの答えを探すようなことをしてしまいます。白い溝のある壺をはじめとして3つ横に並んでいるのは、同じように見えますが、手前の小鉢のような小さな食器が異なっています。1936年制作の場合は、手前両脇に2個ありますが、1946年制作では手前中央の1個という点が違います。そこから、さらに違っているところが見えてくるでしょうか。2つの作品で個数や位置が違っている食器ですが、1936年制作のものは向かって手前左側の食器は黄色い蓋があって、右側は白です。しかし、この食器には溝がないため、同じ白い食器でも表面がツルツルに光っているように見えます。これに対して、1946年制作では、手前の食器は下部のボールのように丸みを帯びた器部分は白く溝がありますが、上部は帯が巻かれたようになっていて、その部分が赤く彩色されています。この少しの違いが、画面全体を見渡すと、色調、とくに全体の基調となっている白の目に映るニュアンスが違ってきます。
 Morandi1946 また、両作品の制作年の間の10年で画家のタッチの変化があったのか、技量が上達したのか、筆触が違ってきているようにも見えます。それは、画像ではなく、実際の作品にあたって見ないと分からないかもしれませんが。
 これら、まだ他にもあるでしょうが、作品を見比べることによって、違いを探してみて、その違いから、モランディが制作するたびに、何を置くか、配置をどうするかなど、あれこれ弄っていたのを想像してみるというのが、これらを見るひとつの楽しみとしていいのではないでしょうか。
 ひとつの見方として、ちょっとした差異を起こして、そこから新たなものを創りだして行く、そのプロセスを、ここでは作品を追いかけることによって、追体験することができる。そういう楽しさも慥かにあると思います。まるで、体験型のロールプレイングゲームをやっているようです。つまり、ひとつの完結した独自の作品を提示して、それを与えられたものとして鑑賞する、というのが一般的な芸術絵画の鑑賞です。しかし、この場合、ひとつの独立し完結した作品ではなく、同じ傾向のある諸作をいわば作品群として提示してきています(この展示方法がユニークなのかもしれませんが)。観る者は、その作品群の中で、様々な選択肢を与えられ(それは、各作品同士の差異として表われています)それは、まるで、ロールプレイングゲームで選択肢を提示され、そこで選択をしないと先へ進めないし、その選択によって、その後の展開が変わってくる。それと同じように、作品群にある差異の中から選択を繰り返していくうちに、作品群の中から作品を特定していく。しかも、ゲームと違うのは、ゲームは選択肢が予め決められているのに対して、展示作品では差異を自分の目で見つけ出す、したがって選択肢そのものを自分で見つけ出す(選択肢であることを決める)ということです。
 ここで、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。モランディが師と仰いで影響を受けたとされるセザンヌは、モランディと同じように(むしろモランディが倣ったのですが)テーブルの上の食器や果物の配列を変えることで多くの静物画を描きましたが、モランディのように、並べて展示して比較しようとすることはありません。セザンヌの静物画は、作品群として比較しながら差異を楽しむということは聞いたことがありません。すなわち、セザンヌの静物画は、ひとつの作品を単独で取り出して、独立し完結した作品として鑑賞するものになっていると思います。このセザンヌとモランディの違いは小さなことではありません。何か、深刻めかした議論のように述べてきていますが、これはモランディの作品を見ている私が、作品に親しむためのストーリーのようなものということを、お忘れないでいてほしいです。私なりのストーリーで缶変えたセザンヌとモランディの違いは、時代状況が違っていることが大きく要因しているという考え(仮説?)です。年齢ではモランディのひと回り下になるテオドール・アドルノは次のように書いています。“ブルジョア道徳は、持ち前の宗教的な規範が解体し、自律的な規範も形骸化したために様々の概念に収斂して今日に至っているが、その中でも「本物」という概念は上位に位している。今日では人間を内的に拘束するものは何もないかもしれない、しかし各人がどこまでも自分自身に徹するのは最大限の要求である、という風に考えられている。何ものにも惑わされぬ真理への要請と事実性の称揚ということが、啓蒙された認識から倫理の分野に転用されて各人の同一性に対する要請となった”。つまり、宗教的な尺度が崩れ、その他の基準が形式化されたところで、妥協の許されない真実や実証論的事実さえ認識の問題ではなくなり、倫理の問題となる。その倫理の根底にあるのは一人一人の人間の「本物」である、というとでしょうか。神さまのような絶対的な基準がもはやなくて、人々は、それぞれに正しい主張をしていると、そのどれかを取り上げて、それだけを正しいということはできない、ということです。
Morandi1954  これは、展覧会場に並べられたモランディの作品群にも同じようなことがいえると思います。つまり、どれも正しいのです。セザンヌはひとつの作品を仕上げるために下絵やデッサンを繰り返し、そのプロセスでモランディが複数の作品にしたことを作品の下準備としてやっていると思います。その繰り返しの結果、最適と決められた結果が作品として結実することになるわけです。そこには、ひとつの作品にまとめあける絶対的な基準が存在します。その基準こそがセザンヌの個性であり、方法論ということになります。モランディの場合は、セザンヌの場合にあるような結実した作品を頂点とするヒエラルヒーはなく、様々な試みが平等に並んだフラットな状態になっていると思うのです。だからこと、作品同士が平等であるからこそ、それらの差異を楽しむことができるのです。
 だから、モランディの作品群のゲーム感覚で差異で戯れるという楽しさの裏面には、絶対的なものが消失してしまって、あらゆるものがフラットになってしまっている不安定さがあるとは言えないでしょうか。もしかしたら、モランディの作品の色調が、殆どの場合、陽気な明るさを基調としていなくて、重苦しくはないものの暗く渋めの色遣いを基調としているのは、そのせいなのかもしれません。

2016年6月 7日 (火)

ジョルジョ・モランディ展 終わりなき変奏(2)~Ⅰ 変奏のはじまり

Morandi1919 比較的初期の作品を集めたコーナーから始まります。まず、私が不思議に思うのは、モランディという人がきわめて限られた範囲内の題材しか取り上げないとうは、最初からさうだったのか、ということです。それは、普通であれば、いろいろと興味がひろがって、いろいろと描きたくなるのではないか。もし、最初から、モランディという人の姿勢が一貫しているのであれば、相当の変人、ひきこもり、あるいは自閉症的な傾向の持ち主だったのではないかという疑問です。例えば、ここで解説されていたモランディに影響を与えた画家であるセザンヌの場合は、風景も人物も描いたうちのひとつが静物画です。モランディの場合も、最初は色々な傾向の作品を試みた結果、静物画に辿り着いたのではないのか。
 しかし、実際に展示されていた作品は静物画ばかり、上記の疑問に対する答えは棚上げされ、私にとって謎として残りました。
 1919年の「静物」という作品です。モランディの静物画は「静物」という同じタイトルの作品が多いので、制作年を入れて区別していこうと思います。この作品には、モランディが師と仰いだセザンヌの影響を見て取れると解説されていました。試しに、セザンヌの静物画をひとつ見てみましょう。どうでしょうか、モランディとセザンヌの間に影響関係が感じられるでしょうか、似たところはあるでしょうか。私には、あると言えばあるし、そうでないと言えばそうでない、結局のところ分からない、というのが正直な感想です。たしかに、元来人見知りをする性格のセザンヌは、故郷に戻ると、アトリエで、テーブルの上に果物や食器をとっかえひっかえ配置して、様々な静物画を試みるように描いたそうです。そうであれば、モランディを同じようなことをしていたわけです。その点で、モランディは影響を受けたということなのでしょうか。
Morandisezn  ここでちょっと寄り道して、セザンヌの静物画について考えてみましょう。セザンヌの静物画は、画像を見るとわかる通り、写真のように対象を性格に写したものではなくて、ひとつひとつの形が歪んで見えて、テーブルのある室内の奥行きの空間が感じられなかったり、と独特の特徴があります。それは、どうしてでしょうか。例えばセザンヌは“リンゴひとつでパリを征服する”ということを言ったとそうです。リンゴは言うまでなく、セザンヌが静物画で好んで描いた素材です。セザンヌはリンゴを描くとき、じっと見つめるのはもちろん、触れて肌触りや重みを確かめ、香りを嗅ぎ、食べて味わい、その音に耳を澄ませ……五官をフルに使ってリンゴを感じていた。その挙句に「匂いが見える」とさえ言ったそうです。リンゴは赤くて、丸くてということになるかもしれませんが、それは人が目で捉え脳で処理した情報です。たまたま、セザンヌがそう認識したもので、それを他の動物が見れば違って映るかもしれません。それは、リンゴの味や香もそうです。つまり、それは人、もっと言えばセザンヌ個人が生み出したイメージです。しかし、リンゴを表現しようとすれば、その色や形、肌触り、その他に味や香で表わすしかありません。でも、それではリンゴそのものを表現することにはならないのです。ところが、人は、セザンヌも私もリンゴの存在を知っているのです。だから、セザンヌが描いたのがリンゴと分かるのです。それを、人は当たり前のようにして生きています。くどいようですが、人が感じるリンゴとは、リンゴの色や形や肌触りや味や香のことではなく、それらの個別のどれがというのではなく、それにも一緒に渾然一体となって、人はリンゴを何となくイメージし、それとなく分かるのです。そこで、セザンヌは、言っています。“自然を円筒形、球形、円錐によって扱い、すべてを遠近法のなかに入れなさい。つまり対象や画の各側面がひとつの中心点に向かっていくようにしなさい。――地平線に平行な線は広がりを、つまり自然の一断面を与えます。あるいはお望みならば、全知全能にして永遠なる神が私たちの眼前に広げてみせる光景の一断面と言ってもかまいません”こう、して見ると、セザンヌにとってリンゴを描くというのは、本当のリンゴ、そしてそのリンゴを感じる本当の私にアクセスすることであり、それは感覚や認識では到達できない真実を直観する、さらに言えば神の領域にふれることだったと言えると思います。
 Morandi1920 だからこそ、セザンヌにとって存在を描くことは最も重大なことで、彼が抽象を描かなかったのは、具象というのは具体物を描くという背後の、ものが存在するということを描くということだったからです。それを具体的に、どのように描くかということについて、人が見えるとおりに描く、例えば遠近法とか、必要はないわけです。そこで、さっきのセザンヌ本人の言のように“自然を円筒形、球形、円錐によって扱い、すべてを遠近法のなかに入れなさい。つまり対象や画の各側面がひとつの中心点に向かっていくようにしなさい。”ということがありえます。そうやって試みたのが、ここにもある静物画でもあるわけです。
 たしかに、そのような目でみるとモランディの作品のボールの上に載せられている果物で、向かって左側の3つは影の方向が別々です。これは、3個の果物を別々の視線から見ていることであり、セザンヌが静物画でよく用いていた手法です。ひとつ考えられるのは、セザンヌが様々な試行錯誤を経て、彼自身の描くということ行為の意味に辿り着いたわけですが、モランディは、そのセザンヌを見て、そこから始めようとしたのかもしれません。セザンヌの描くに倣おうとして、その具体的な実践として、セザンヌが静物画でやっていることを追いかけようとした。これは、私が勝手に考えた妄想ストーリーですが、セザンヌの描くに倣おうとして静物画に手を染めたのがきっかけで、そこから抜けられなくなってしまった。静物画を描いているうちに、次第にセザンヌに倣うという目的から離れていって、そこにモランディ自身の描くを探す方向性を見出していったのではないか、そんなように見るのは、私の勝手な見方ですが、そうすると、私なりにモランディを見る糸口が見つかるかもしれません。
 Morandibodi 1920年制作の「静物」を見てみましょう。このようにストーリーを考えていくと、1919年のセザンヌに倣った静物画を描いたあとで、静物画に挑戦しはじめた。そのひとつの試みとして、この作品のようなこともやってみた、そんなストーリーを考えてみたくなります。暗色を背景に描かれたテーブルの上に、横一列に中央を高く、両脇を低くするという厳格な抽象性をもって並べるという構成です。スペイン・バロックの神秘的な静物画であるボデコン、スルバランの「4つの壺のあるボデコン」。静物画に本腰を入れて挑戦するとすれば、このような方向は一度はやってみようというものとみえてきます。しかし、スルバランに見られる、光と影の強烈な対照により、光が崇高なまでに輝かしく、その光が反射する壺の陶器の冷たい感触が厳しい雰囲気をつくりだしています。そこにある、宗教性につながる厳粛さ。このようなものはモランディにはありません。スルバランに比べると、どうしても微温さを感じざるを得ません。そこに、モランディの方向性、少なくとも、スルバランのような一途に髪に向かう厳しさは、別の視点からみればファナティックに陥る危険も秘めています。おそらく、モランディには、もっと多様な方向への志向があったと思います。それを二つの作品をみると違いがはっきりと現われ出てくる、そう私には見えます。
 このようなストーリーをでっち上げていくと、モランディが自閉症傾向の静物画オタクとして見なくても済みそうです。

2016年6月 6日 (月)

ジョルジョ・モランディ展~終わりなき変奏(1)

Morandipos 3月始めに、仕事の関係で上海に出張した帰りの便が中途半端な時刻に羽田に着いた。空港でちょっとひと休みという手もあったが、折角都心にいるので、ついでに手近なところとして、この展覧会の会期が終わりに近づいているのと、東京ステーションギャラリーの場所が手近であるので、無理して寄ってみることにした。しかし、展覧会をゆっくりとまわるほどの時間の余裕はなかったので、館内で立ち止まることなく、ひとわたり歩いて、そこに並べて展示されているモランディの似たような作品の流れを眺めるような見方をした。そのため、ひとつひとつの作品をじっくり鑑賞するというよりは、同じ題材を扱った類似の作品の流れを追うような見方になった。これは、却って良かったのかもしれない、と思っている。個別の印象に残る作品を見つけることはできなかったが、作品の流れから、全体像を自分なりに考えることができたと思う。同じ題材を繰り返し扱う人のようなので、作品傾向はかなり限定されているにもかかわらず、捉えどころのない人のようにも思えるので、個別の作品にこだわっていると、どのような画家なのかを捕まえられないと思う。
 まずは、私自身、モランディという画家についての何の知識も情報もなかったので、展覧会の趣旨とともに主催者のあいさつを見てみましょう。“20世紀イタリアを代表する画家ジョルジョ・モランディ(1890~1964年)。彼は、生まれ故郷のボローニャを終生離れず、74年の生涯をそこで静かに過ごしました。静物と風景という限られた主題の繰り返しの中で、色彩と形とが繊細に響き合う作品は、時が止まったかのような静寂さを感じさせ、見る人を瞑想的な世界へと誘います。本展は、モランディの静物画を中心として、彼の生涯にわたる「芸術的探求」を紹介します。卓上の瓶や容器、花瓶などを組み合わせた静物画は、モランディの代表作と言えるものです。それらは、構図における配置やバランスを試みる恰好の主題でもありました。一見、短調に見えるモランディの差品は、瓶や容器といった日常のモチーフを、在る時は一列に、ある時は一ヶ所にまとめて、配置しては置き直し、また組み換えてといった試行錯誤を経て描かれたものであり、同じ題材を扱いつつも、各々が全く別の作品として完成しています。また、モランディは、ひとつの構図を油彩、素描、版画とさまざまな技法で表現する中で、具象から抽象、またはその逆と、絶え間なく揺らぎ続けていました。このことは、静物画と風景画のあいだでも、構図を巡っても繰り返されています。本展では、モランディについて頻繁に言及されてきた「シリーズ」と「ヴァリエーション」の本質について、具体的作例で示します。”言ってみれば、地味な静物ばかり意識して描く、ストイックな画家の作品は高邁で深遠な哲学をしているかのようだ、というようなことでしょうか。変わり映えのしないワンパターンの静物画に、難しげな小理屈をつけて、もったいぶって、さも鑑賞しましたとでもいうようなスノビズムやオタク的なエリート主義のようにも受けられてしまう危険もあります。それは、慥かに、今回の展覧会に対する新聞の評なんかに、そのような傾向があり、とくに、ひとつの作品を取り出して鑑賞していると、そのようなところに陥る危険があると思います。モランディの作品には、結果として、そういうものに媚びる要素もあると思います。しかし、この展覧会全体を見渡して、ひとつひとつの作品に拘泥することなく、並べられている作品群を、何となく眺め、ある作品から別の作品へのアトランダムによそ見するように、会場を散歩するという方が楽しいのではないか、と思いました。
 例えば、並べられている作品のうち、どれでもいいですからひとつ取り出して見ると、その画面には独特の雰囲気があることに気づくと思います。それは雰囲気なので、その画面に余計なものを加えたり、逆にあるものを除いてしまったら、たちどころに壊れてしまうようなものです。それは何となく感じるもので、分析して論理的に説明できるようなものではありません。逆にじっくり鑑賞して、あれこれ分析など加えたら、余計なことを考え始めて、画面から離れていってしまう類のものです。いわば感覚の遊びに近い。そこで、モランディは同じものを同じように描いても、そういう遊びの楽しさがなくなってしまうので、雰囲気が壊れないように、その画面に、慎重にあれこれ入れたり除いたり、配置を変えてみたりしていくわけです。それを並べられた作品を続けてみていくと、その画家のあれこれの試みを追体験していくことができるわけです。「こんなもの入れちゃうの?」とか「あっちからも見ている」とか呟いていく、今までない絵を見る遊びをすることができたと思っています。
 また、このように小さな画面のなかで、静物の花瓶や果物などをとっかえひっかえ組み合わせて、画面を作っていくという作業は、神経症の治療法などで使われている箱庭療法と同じようなことをしているわけで、それを作品の画面の変化として追いかけるように見ていくことは、癒し(?)という性格もあるのかもしれません。
 それなので、いつものように作品の感想を綴っていきますが、ざっくりとしてものになると思います。で、展示の章立ては次のようでした。
 Ⅰ 変奏のはじまり
 Ⅱ 溝に差す影
 Ⅲ ひしめく器─都市のように
 Ⅳ 逆さのじょうご
 Ⅴ 矩形の構成
 Ⅵ 多様なハッチング
 Ⅶ ペルシャの扁壺
 Ⅷ 縞模様の効果
 Ⅸ 終わりなき変奏
 Ⅹ 風景の量感
 ⅩⅠ ふるえる花弁

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