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2016年7月13日 (水)

アメリカの銃規制について考える

アメリカで銃の乱射事件があったり、テロがあったりすると、そのたびに銃規制の議論が、話題になります。しかし、憲法で銃を持つ自由が保障されていたり、普通に銃を所持・携行しているというアメリカの実態がテレビや新聞で報道されます。それに対して、厳しい武器の所持に対する規制があって、面倒な手続きをへて、資格をもった一部の人しか持てない現代の日本の状況と比べて、違和感を露わにしています。みんなが銃を持っているのは異常と言わんばかりです。たしかに、日本人の感覚として、私も隣人がショットガンを持っているかもしれないとか、スーパーで後ろに並んでいる人がライフルを担いでいるなどということは、想像をこえています。物騒とか以上のものでしょう。でも、みんなが武器を持って、自分で自分を守るのが当然という社会で、その自衛手段を規制するとすれば、そのかわりに国が自分で守る必要のないくらいに強力に治安を維持し、規制の違反者を取り締まることが出来なければならないでしょう。それをアメリカの警察にできるのか。
 
ふりかえって、日本のことを考えてみれば、過去に、自分で自分を守らなければならない時代もありました。例えば戦国時代です。戦乱の中で、農民と武士の区分は曖昧で、大名同士の戦争から身を守り、野盗からも身を守るなど、みんなで武器をもっていた時代です。それが、天下統一があって、全国的な秩序を立て直し、軍隊の強制力を背景にして豊臣秀吉が刀狩を、ようやく実施することができわけです。しかも、それは徳川幕府になってからも何度も繰り返して行われたというわけです。それ以降、幕府による治安が保たれ、武器の管理を厳重にすることで、ようやく、今のような日本の体制ができている。海外からみれば、例外的な状態ではないかと思います。だから、我々だって、かつてそうだったのですから、アメリカのことを、あれこれ言えるのでしょうか。
 それよりも、そういう例外的な状況にいるということに無頓着で、それを当然と見ているような意識は、防衛論議の平和の考え方にも通底しているようにも思えて、それが現実味を欠いた感情的な議論に留まっていることの、ひとつの理由にも見えてきます。

 

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