株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(18)~2の1 狭義の招集通知(6)
⑨報告事項
ⅰ)すべての株式会社に共通する報告事項:事業報告(会社法438条3項)
ⅱ)会計監査人設置会社の報告事項
取締役会の承認を受けた計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表)が会社の財産及び損益の状況を正しく表示しているものとして、次のような法務省令の要件(計算書類規則135条)を満たす場合は、決議事項でなく、報告事項となります(会社法439条)。
・会計監査人による監査報告の内容が無限適正意見であること。
・監査役、監査役会あるいは監査委員会の監査報告で、このような意見となった会計監査人の監査の方法や結果を相当でないとしていないこと。
・取締役会設置会社であること
また、連結計算書類(連結貸借対照表、連結損益計算書、連結株主資本等変動計算書、連結注記表)を作成する会社で、事業年度末に大会社であって、有価証券報告書提出会社については、監査手続き、取締役会の承認を経た上で定時株主総会に提出し、その内容及び監査の結果を報告しなければなりません(会社法444条)。
そして、事例は少ないかもしれませんが、監査役、監査役会あるいは監査委員会の決議で会計監査人を解任した場合には、その報告を定時株主総会で報告することになっています(会社法340条)。
サンプルとして表示している招集通知を見てもらうと⑨の赤い番号がつけられた報告事項が1.と2.に分けられて記載されています。これは上の説明の会計監査人設置会社の場合の一つ目の計算書類と二つ目の連結計算書類に関する報告事項ということになります。
ここまでは、一般的な教科書の説明です。ここからは、もう少し突っ込みます。どうして、二つの場合に分けなければならないのでしょうか。全部ひっくるめて一発で報告したほうが面倒でなくていいでしょう。実際の株主総会の報告では、いちいち分けて説明すると重複部分が多くて聞く方も混乱してしまうので、一本にまとめて報告しているケースがほとんどだと思います。それなのになぜ二本立てになっている(会社法で規定されている)のでしょうか。
それは、そもそも報告事項になった経緯、出自が全く異なるために、意味づけが違って一緒にできないからなのです。
まず、計算書類の報告─招集通知のサンプルで報告事項「2.第88期計算書類の内容」の方ですね─についてです。これは上記の説明をよく読んでもらうと分かるのですが、会計監査人設置会社で一定の要件を充たしている限りで報告事項なのです。そうでないならば、ということは原則としては、決議事項なのです。会計監査人設置会社でない場合、たとえ会計監査人設置会社であっても会計監査人と会社の意見が衝突した場合や監査が受けられなかった場合などは、報告事項とすることが出来ないので、決議事項として計算書類について決算承認を決議しなければならないのです。
決算というのは1年間の企業の成績表のようなものです。そして、これを評価するには企業の所有者である株主です。これは、総会という会議では常識的なことではないでしょうか。規模の大きなところでは国会には通常国会と臨時国会がありますが定例会的な性格の通常国会で最も重要な議題は予算と決算の承認です。小さく身近なところでは、地域の町内会やPTAあるいはサークルの年次総会の主な議題は予算と決算の承認です。この1年間の活動を総括して、これからのことを決めていくという、一番基本的なことです。しかし、企業の所有者である株主が集まる株主総会では、普通は一番基本的なことである決算や予算が議論されたり、決議されたりしません。これは、一般的な総会という会議形態の常識では考えられないことです。企業の所有者なのだから、その企業がどのような方向で行くのかは自分で決めたいだろうし、そうすべきというのが一般的な常識です。それが株主総会では常識外れのことをしている。それはどうしてなのか。
一つは理論面で、企業の経営は専門性が高いので、経営に関することは専門家である経営者による取締役会に委ねるという議論です。慥かに、企業の決算や予算は専門性を要求されます。しかし、それは細かな事象や個々の具体的判断であって、全体としての方向性とか年間の結果について、株主全体で議論して承認することを否定できるほどのことでしょうか。とくに、コーポレートガバナンスの議論もそうですが、企業の事業や成長力を判断して投資した株主が、企業の経営の方向性や1年間の業績に関して議論するということは、むしろ、エンゲージメントの場として生かすべきではないかと考えてもいいわけです。(⇒IR総会の提言で詳説)
もう一つは、総会実務面、これは企業サイドが株主総会の運営をする際に生じてきた要請です。国会中継の予算委員会や決算委員会のテレビ中継を見てもらうと分かるのですが、このような審議はもめるのです。他の委員会に比べて紛糾することが多いのです。それは、重要度の高い委員会であるため各政党がエース級の論客を投入するので、議論が自然と白熱することもあります。しかし、それ以上に予算とか決算というのは政府のやっていること全般が対象になり、しかもお金の使い方に関する議論ですから、話のネタはどこからでも持ってこられる。しかもお金に関することなのでキレイごとだけを言っているわけにはいかない。そうであれば、追及する方はやりやすいわけです。つまり、議論をまとめるのが大変なのです。しかも、一時期総会屋と言う人々が企業の株主総会の場で跳梁跋扈していました。このような人々にとって、総会が収拾つかないような場になることは商売上好ましいわけです。そこで、企業としては総会を紛糾させる危険のあることは、できる限り避けたいということで、経済界が盛んに運動したとしても不思議はないでしょう。また、政府でも総会屋対策として、動いた。それが、もともと株主総会で決算承認議案を提起していたのを、一定の条件及び手続きを踏むことによって、報告事項として認められることになったわけです。報告事項であれば、承認決議は必要ありません。質疑応答で質問には答えなければなりませんが、答えればいいのです。株主の過半数の賛成を得る必要はないわけです。
さて、話を戻しましょう。報告事項には二種類あるという説明のもう一つのほうは、連結計算書類─招集通知のサンプルで報告事項「1.第88期事業報告の内容、連結計算書類の内容並びに会計監査人及び監査役会の連結計算書類監査結果報告」の方ですね─についてです。この報告事項のタイトルだけでも、前に説明した計算書類の場合との違いに気付いたと思います。それは、こちらの連結計算書類の報告については会計監査人と監査役会の監査結果の報告も一緒にあるということです。これに対して、計算書類の報告の時は監査結果報告はタイトルには入っていません。これはどうしてかというと、もともと連結決算の結果について、企業の株主は、その企業に投資していて、その企業の株主ではありますが、企業集団に投資しているわけではないので、企業集団全体に対する決定権限を持っているわけではないのです。つまり、計算書類の場合は、もともと決議事項だった事項が一定の要件を満たしているので報告事項になっているのに対して、連結計算書類に関しては、決議事項にはなり得ない事項なのです。ではなぜ、報告事項になっているかと言うと、もともと、株主総会では決算承認という決議事項があったのが、種々の事情で決議事項ではなくなった、というのは説明しました。しかし、決議事項ではなくなったとは言っても重要事項です。だから報告しなければならないとして、新たに報告事項ということになった。そこで株主総会の招集通知に報告事項というものが新たに記載されるようになった。それが、後に報告事項が既成事実のようなものになった。企業が多角化したり海外進出したりして子会社をたくさん設立してグループ(企業集団)経営をするようになってくると、企業を単独だけでは経営の実態が見え難くなってきた。そこで、すでにあった計算書類の報告事項に追加して、連結計算書類に関しても報告するようにしようと追加されたので、報告事項になったという経緯のものなのです。だから、報告が正確であることを明らかにするために監査を受けたということを併せて報告者である企業の代表取締役が株主総会の場で報告するということなのです。この連結計算書類の報告事項が追加された当時は、計算書類の参考程度だったのですが、時代が進むにつれて連結決算の方が企業の実態を表わすものだとして、主役のような立場になってしまった。例えば、上場企業は株主総会の前に決算短信を証券取引所やマスコミに公表しますが、連結決算が主で、企業単体は参考程度が、公表しないケースも出てきています。株主総会の場で、実際に議長が説明するのは、ほとんどの場合連結決算についてで、企業単体の計算書類については補足的に触れられる程度か、あるいは招集通知に記載してあるとおりですと言う程度になってしまっています。
しかし、株式会社の株主総会のもともとの成り立ちから考えると、計算書類の方が主要なものなのです。それが、二種類の報告事項の違いです。
そして、報告事項の具体的な中身については、その内容が記載されているのは、計算書類と事業報告という書類になりますので、そちらで説明していきたいと思います。
⑩決議事項
決議事項で審議される議案には様々なものがありますが、これらについては参考書類のところで説明していきたいと思います。
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