無料ブログはココログ

« 選挙雑感 | トップページ | 株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(2)~序の序 株式会社はどこから生まれてきたのか(2) »

2016年7月 1日 (金)

株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(1)~序の序 株式会社はどこから生まれてきたのか(1)

何年か前に従事していた仕事のことを考えていたことから、IRのことをあれこれ投稿していました。そこでひとつやり残したことがあって、ずっと気にかかっていました。それが、実務を担当していた株主総会について、考えていたことや自分なりに実務のことを位置付けたりしたことを、コツコツ覚書みたいにまとめていました。それを、これから発散してすっきりしたいと思います。かなり量が多くなっているので、長くなりますが、断続的に連載みたいなかたちで投稿していきたいと思います。
 まずは、序説として株主総会とはどのようなものかという総論の概説から始めていきます。最初の数回は、そのまた序論で、株主総会をする株式会社とはどんなものかを、まずは経緯から考えて行きたいと思います。 

企業の目的は、端的に儲けることです。そこで、どれだけ儲かっているのかが分かっていないと、経営者は会社がうまく行っているか正確に掴めず、ちゃんとした経営ができません。しかも、株式会社は所有と経営が分離され、株主は資金を企業に投資して経営者に委託するわけですから、その経営がどうなっているかは、儲かっているかを知ることによって分かる、ということになります。
 しかし、その儲けはどうやって計算するか、普通の会社はずっと企業活動を続けているわけです。そこで企業の経営活動を便宜的に一定時間で区切ることになるわけです。それが事業年度ということになるわけです。実は、このような事業年度により期間を区切って儲けを計算する決算を行わざるを得ないような企業形態、それを継続企業といいますが、それが近代的な企業経営の要だったのです。その理解のためにも、少し歴史の話に脱線したいと思います。これについては、あとで参考文献に挙げますが、友岡賛という人の著作での分析にしたがって説明していきたいと思います。

①ヴェネツィア型企業形態
 継続企業という呼び名の企業形態は、当座企業という形態と対照して持ち出されることがあります。この当座企業の当座とは“その場限り”という意味で、当座企業とは、そのような一時的なその場限りの事業のことです。その典型的なものが中世から近代初期に活躍したイタリア商人による地中海貿易です。
 中世のヴェネツィアは地中海貿易の中心地で、商人たちはエジプト、トルコ、シリア等の東方地域に織物やガラス器などのヨーロッパ手工業製品を輸出し、胡椒をはじめとする各種の香辛料などの東方の物産を輸入していました。この貿易路である当時の地中海は、海賊が跳梁跋扈していたり、自然災害もあって、かなり大きなリスクを伴うものでありました。しかし、反面で大きなリスクは大きなもうけを意味するものでもあるわけで、言わば一攫千金の冒険的な(ヴェンチャー)事業とも呼ばれていたそうです。こうした冒険的な事業の企ては、そのひとつひとつの航海が単独で独立したプロジェクトとして、言い換えれば、その場限りのものとして行なわれていました。現代の日本であれば継続した事業をしている海運会社に船を手配して商社が契約を取り仕切るということになります。これに対して、当時は、一航海イコール一企業ともいうべきもので、それが当座企業というものでした。商人たちは航海のたびに任意にパートナーとなって、出資、経営を行いリスクを分担し、もうけを分配していたというわけです。つまり、商人たちは仲間となって元手になる資金を出し合い、船を購入し、乗組員を雇い、輸出品を仕入れ、そして出帆。船は東方地域で取引をして輸入品を持ち帰る。この場合のもうけの計算は、航海ごとに清算されるという形をとる。清算とは、船が帰国して、輸入品を販売し、その船を売り払い、他方で乗組員に賃金を払い、当初出資した元手を出資者に返すと、その差し引き残りが、もうけ、というわけです。この場合のもうけは、企業の全生涯にわたる成果だったと言えます。そして、最後に行なわれるのが、このもうけの分配というわけです。
 これは、継続的に企業活動をする場合でも、口別でもうけを計算する方法にもあてはまることになります。口別とは、企業の中のプロジェクトを独立したものとしてもうけを計算するという方法です。例えば、ある製品を予定量の生産及び販売をして、その生産が終わり売りつくした時点で上記の例と同じように清算するというわけです。この場合、当然期間を区切るという、現在の企業活動とは違う計算になります。この場合には期間ということは考慮されず、かつ、個々の製品が売れた時に、その製品のもうけが分かるというだけで、企業全体のもうけは分からないことになります。
 14~15世紀のヴェネツィアにあって支配的な企業形態は、いわゆる個人企業、家族や同族によって経営されるものでした。そこでは身内の同じメンバーでずっと経営を続け、他人が途中で加わったり脱けることがない経営でした。もしも、途中でメンバーの出入りがあれば、脱退するものに大体の時点でのもうけを計算し、脱退者に分与しなければなりません。この必要がないならば、企業全体のもうけを厳密に計算し、把握する必要がなかったのでした。
 だからこそ、ヴェネツィア商人は地中海貿易を支配し莫大な利益を得ていながら、近代的な資本主義経営による大きな飛躍をすることができず、フィレンツェのメディチ家のような規模の事業経営をする企業は出現しませんでした。

« 選挙雑感 | トップページ | 株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(2)~序の序 株式会社はどこから生まれてきたのか(2) »

あるIR担当者の雑感」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 選挙雑感 | トップページ | 株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(2)~序の序 株式会社はどこから生まれてきたのか(2) »