株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(21)~2の2 参考書類─剰余金処分の件(1)
●剰余金の処分について
剰余金処分の議案について、昔話から始めたいと思います。平成17年に制定された現在の会社法となる前は、商法の中に会社法の部分があって、その規定に従っていましたが、現在の会社法が性質したときに内容が大幅に変わりました。その変ったもののひとつに、この剰余金処分についての内容があります。そのことを詳しく説明し始めると長くなってしまうので、ここでは剰余金処分議案の参考書類への記載に限り、その関連したところについて、少し説明したいと思います。そうすると、現在の記載事項の意味がよく理解できると思うからです。
図で示したのが、旧商法のころの剰余金処分議案です。現在とは議案のタイトルからして違っていることに気づくことと思います。「剰余金処分」ではなく、「利益処分」というタイトルで、議案に関する説明があり、その計算については計算書類の中に貸借対照表、損益計算書に続いて、図にあるような利益処分案という計算表が添付されて、株主総会においても、議案の説明において、この利益処分案の計算表の説明が行なわれていました。これは、企業単体の単年度の利益、現在の損益計算書でいえば、税引き後の当期純利益を、この利益処分案の計算表の一番上の当期未処分利益として、それについて、現在で言えば剰余金(この表では「利益準備金」「別途積立金」「次期繰越利益」)に繰り入れたり、株主への配当、そして役員賞与に割り振ることを一つの議案として、株主総会に諮っていました。つまり、事業年度にあげた利益について、その年度で、その利益をどうするかを株主総会で株主が決めていたのです。
これは、現在では単年度の利益は、いわば自動的に剰余金に繰り入れられて、長年にわたって利益を続けてきた企業であれば剰余金が毎年の繰り入れによって蓄積されてきたわけで、その剰余金の総額の中から、今年度はどの程度を株主に配当として支払うかという議案に変わりました。
ここまでの説明だけでは、何が変わったのか、大きな違いは分かり難いかもしれません。そこで、2点に絞って説明しますと、一つは、ここに役員賞与が入っているということ。つまり、役員賞与は単年度の利益を株主の配当と分け合うかたちで配当金といっしょに決められていたということです。だから、このころは役員賞与支給の件という議案はなかったし、業績連動賞与というような役務の対価として賞与を給与のように考えることはなかったのです。
そしてもう一つ、こちらが本題となりますが、利益処分は企業単体の年度の利益の処分ということですから、その単年度の利益を超えた配当というのは原則としてできないということなのです。単年度利益を超えた配当は企業の経営を不安定化される無理に政策として“タコ足配当(タコが自分の足を食べてしまうことになぞらえて)”と言われ違法なものとされました。したがって、内部留保を多く積み上げた企業に対して、その積年の蓄積を配当として一気に株主に還元するということは原則的にできなかったのです。そして、さらに、その利益処分案の計算表をみても分かるように、企業単体の利益から計算式が始まるわけなので、そこに連結決算での利益を基準に考えるという発想は入り込む余地がなかったと言えます。この表に連結の数値が混入すれば、かえって辻褄が合わなくなって、しまいます。
これは、どうしてかというと、会社の計算に関する基本的な原則は別にして、株主総会の手続きに限って説明すると、この利益処分に先立って計算書類の承認議案が前提されていたのです。現在の大部分の上場会社では、会計監査人による監査報告で承認されているので、報告事項になっていますが、本来は、会社の年度の成績が数値になって表わされたものを所有者である株主が確認し承認するというのは当たり前のことです。それを、まず計算書類の承認という議案で諮って、そこで承認された年度利益について、今度はその利益を株主と経営者との間で分配することについて決めていたのです。したがって、この議案に関する権限を取締役会に託して、株主総会の議案から外すということは思いもよらないことだったと言えます。
このような旧商法における剰余金処分議案と比べてみると、現在の剰余金処分議案の特徴と意味が理解できるのではないかと思います。以前の旧制度から、現在の制度に、ことのように大きく変化してしまった理由については、剰余金処分に限っての説明はむずかしく、他の部分も含めての大きな変化の一環として位置づけられると思いますが、概要を簡単に言えば、経営と所有の区別の考え方が大きく変化してきたことが大きいのではないかと思います。経営と所有の区別が進んで経営者は経営の効率性を自身のやり易さに方向に進んで、所有者である株主から委託されている立場に反する方向に行ってしまう恐れが出てきた。しかも、企業が巨大化し複雑になってくると株主はそれをチェックすることができない。例えば、単年度で経営者が株主よりも自身を優先した利益処分をしても(例えば配当に回す分を会社の内部留保にして多少経営をサボっても財務の安定性を高めて大丈夫にしようとした、つまり保身です)株主はすぐに分からない、それが何年か後にわかっても、それを配当しなおせということもできない。そこで、経営を業務執行と切り離して、株主の立場に立てるような会社の業務執行から独立した社外取締役を経営陣にいれることで、専門的な者による経営の監視を強め、単年度でみるのではなく中長期的にチェックをしてもらう、つまりはコーポレートガバナンスということが重視されるようになった。その分、変化の激しくなった経営環境の中で迅速に多額の投資を資本の中から行なうことによって市場での厳しい競争で有利に立つこともできるようにした。剰余金の処分は年に一回で、それに間に合わない緊急性の高い判断を迫られる可能性もあるので、それは取締役会でも判断できるようにして、それに伴うリスクはコーポレートガバナンスで補うことにした。そういう全体の流れのなかで剰余金処分の議案が株主総会に上程される方法が改められたということです。
なお、剰余金処分について、法定の規制や、配当可能利益の計算方法、取締役会に決定権限を委託することなどについてなど、「剰余金の処分」のページを別に設けて、全般的に説明を行ないますので、そちらを参照して下さい。
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